「ガゼフ・ストロノーフという」
そう自己紹介した男性は実に男らしく、誠実な雰囲気を漂わせていた
男と対峙するは右にオッサン、左にモモンガ
僅かな沈黙を経て、覆面の下でキリリと目尻を釣り上げたオッサンが
これぞ真理、と言いたげに意味深に囁く
「……ビーフ」
「ストロガノフじゃないですよテルさん」
「ゼルダの伝説の」
「ガノンドロフでもないです」
「何故わかる」
「わからいでか」
「お二人とも、何を仰っているのだ?」
ガゼフは眉を顰め、困惑している
現地民とちょっと自己紹介した途端にコレだ。
すぐにチバけるオッサンの胸板に軽い裏拳を見舞い
握手するべく片手を差し出す
「流浪人のモモン
こっちは旅の
「相棒のテルよ!
アイボウだけに左手は添えるだけ……いたぁい!」
卑猥なジェスチャーを交え、あからさまな下ネタで
余計なことを言うオッサンの頭に強めのゲンコツを叩き込み
脳天を押さえてしゃがみ込み悶絶するのを他所に話を続ける
「それで、ガゼフ・ストロガノフ戦士長どの」
「ストロノーフだが」
「……失礼、ストロノーフ戦士長どの」
「ブッフ〜言い間違えてやんの、あいたぁ!!」
「い、いや、ガゼフで結構だ
お二人とも村を救ってくれた恩人なのですから」
言い間違えたモモンガを立ち上がり様に笑ったオッサンは
更に強めのゲンコツを食らって再びしゃがみ込んで悶絶する
その光景を横目に苦笑いしたガゼフは握手に応じ
がっちりと手を握り合うと人好きそうな笑みを浮かべた
「流浪人と仰っていたが、気のいい方のようで安心した
モモンどの、テルどの、心から感謝する」
「人として当たり前の事をしたまでだ」
「はぁ〜い!俺は人助けした報酬がほしいでっす」
「ちょっとテルさん」
二人共完全に顔を隠し、見せようとしないのだから
村を襲撃から救った存在とはいえ警戒してしまうのは無理もない
しかし、素直に見返りをねだるテルの表裏のない姿に
密かに安堵を覚えたガゼフは困ったように肩を竦める
「生憎と今はあまり持ち合わせがないのだが」
「この国で一番強いヤツと手合わせさせてください!」
しゃがんだまましゅぴっと挙手して
ハキハキと言い放つ姿には好感が持てる
戦士長という肩書通り軍人気質なガゼフは
きょとん、と目を丸くすると次には破顔し肩を震わせ笑ってしまった
「ははっ……それならば丁度いい
リエスティーゼ王国の戦士長である私がお相手しよう
国一番、というには畏れ多いが
いくつかの大会で優勝経験がある
それなりに腕には覚えがあるのでね」
胸を張って言い切るガゼフの姿に
そろりと顔を見合わせたモモンガとテルは小さく頷き合い
立ち上がったテルが背伸びしながら準備運動を始めた
「よぉ〜し!俺、がんばっちゃうよ〜!
モモちゃん!」
「なんですか?」
「 刮 目 せ よ !!」
「そこまで力入れて言う事じゃないでしょうが」
「いつまでも鉄塊のゴリ押しじゃ格好つかんわよ
折角戦士長ニキが付き合ってくれンだから
いい機会と思って学びんしゃい」
「あぁ、そういう……」
オッサンの意図に合点がいったモモンガは
「ニキ…?」と疑問を呟く戦士長に向けて
ついでとばかりに軽く挙手する
「では、テルさんが終わったら次は
俺の相手をしてもらっても?」
「ああ、構わない
こんな事で礼になるのかは疑問だが」
ガゼフはなんてことない風で頷く
その表情は自信に満ちており
己が負けるとは考えてもいない様子だ
モモンガは「ありがとう」と言いながら深く頷き
背後を振り返った
「村の広場を借りても構わないか、村長」
「ええ、どうぞ」
朗らかに笑いながら快く頷いてくれたカルネ村の村長は
奥さんと一緒にモモンガたちの後ろに立って話の流れを見守っていた。
夜通し歩き続け、昼前にカルネ村に到着して生存者を引き渡し
持ち込んだ物資について村長の家で話し合いをしている間に
王国の兵団が来訪し室内でガゼフと初対面した、という流れだった
村の広場に出ると、そこには
戦士長が率いてきたであろう兵士の一団が休憩を取っている姿が。
手合わせを始める前に話を聞くと
ここ最近、周辺の村々が襲われ壊滅する事件が頻発していて
原因を究明し解決すべく任務を帯びた王国兵が
王都から農村くんだりまで何日も馬で駆け回りっぱなしだったのだとか。
カルネ村へ到着する前に立ち寄った村も襲撃が行われた後で
しかし比較的新しい馬車と蹄の跡が森伝いに続いていたため
足跡を辿ってカルネ村まで来たという経緯だ
「襲撃者たちから押収した荷を改めさせてもらいたい
貴方がたの戦利品であるのは承知しているが
襲撃者の情報を少しでも手に入れておきたいんだ
証拠としていくつか持ち帰らせてもらうが
構わないだろうか」
「ああ、構わない
いいですよね、テルさん」
「モモちゃんが良いって言うなら
好・き・に・し・て v」
「きゃはっ」と付け加えながらケツを突き出し
両手をフェイスラインに乗せぶりっ子ポーズで
語尾にハートを飛ばすオッサン……
覆面の下ではウインクもしているに違いない、とんだパリピ野郎だ
黒タイツの時と全く行動が変わらないのは
後々『ラビ』との演じ分けをする時に問題になりそうだが。
おどけるオッサンを見たガゼフが笑う
「テルどのは面白い御仁だな」
「いつもこうだ、気にしないでくれ」
「彼のような明るい人が旅の道連れだと
毎日が退屈しなさそうだ」
「……確かに、退屈した事はないな」
しみじみと頷くモモンと、それを見て
照れ隠しするようにそわそわと忙しない動きを見せるテル
気のおけない様子の二人をガゼフはひっそりと観察する
(それなりの期間、組んでいるのか
前衛が二人なのはバランスが悪いが
どちらもそれなりの腕前なのだろう
……だが、テルどのに対して丁寧な言葉遣いなのが気になる
立場としてはモモンどのの方が下なのだろうか?
いや、しかし先程遠慮なく頭を叩いていたから違うか…
態度や立ち居振る舞いはモモンどのの方が
高貴な身分にも見えるが)
丁寧でもあり粗野でもある物腰からは
どの辺りの出身なのか全く分からなかった
徹底して顔を隠し続ける事から尋ねても答えてはくれないだろう
「これから彼らと手合わせを行う
場所を開けてくれ」
部下たちに告げるとほどなくして広場の中心に
手合わせするには十分なスペースが設けられた
兵士たちは遠巻きに輪を作って観戦の姿勢に入っている
そこにちらほらと入り混じるカルネ村の人々。
よくよく見れば、積荷を改めるよう命じた部下たちも
作業の手を止めて野次馬に混じっている
みな気になるのだ
襲撃者を撃退し、村を救った流浪の英雄たちの実力が。
腰に下げていた長剣を抜き去り正面に構えるガゼフ
それに合わせるように、テルは手品の如く
どこからともなく取り出した二の腕ほどの長さの短剣を
手元でくるりと遊ばせてから僅かに腰を落とし
肘を突き出すように構えた
「準備がない故、真剣で失礼する」
「ノォ〜プログレム
手に馴染んだ獲物の方が実力出せるっしょ?
さぁ、いつでも打ち込んでいらっしゃいな
ガゼフニキ!」
「ニキ……」
さっきもニキと付け加えられたな、と
思うと同時に周囲から野次が飛び始める
「くらぁ白頭巾!戦士長を変な呼び方するな!」
「我が国が誇る戦士長になんたる無礼!」
「戦士長ォ!このイキリ野郎に分からせてやって下さい!」
「すまない、血の気の多い連中でな
気を悪くしないでくれ」
「いーよいーよぉ!
じゃんっじゃん盛り上がってこーぜ!
野次は俺へのラブコール!もっとよこせ!!」
「なんだコイツ変態か?!」
「野次に喜ぶんじゃねェぞ!」
構えを解き野次馬どもに向かって全身で煽りムーブをするオッサンが
ズボンの中に腕を一本入れて股間で突き上げた所で
「江頭二時五十分!」
「やめんか!!」
遠巻きに観戦する兵士や村人に混じっていたモモンガの
こぶし大の投石による容赦ない指導が入る
それを突き上げた股間部分でズボン越しに見事キャッチしたオッサンが
「尿路結石〜」と言いながらポロリと足元に落とした
病名に覚えのあるらしい数名の兵士が痛そうに股間を押さえる。
「なんなんだアイツ」だの「真正の変態だ」だの
周囲がざわざわし始めた所で戦士長が先手で踏み込んだ
力量を図るための最初の一太刀だ
モーションも大きく太刀筋も分かりやすい
(実力の程を見せてもらおうか)
ガゼフは表情を引き締める
野次馬に体を向けていたテルでも十分に間に合う速度にしたつもりだ
にも関わらず刃が届く寸前まで野次馬の相手をし続けるテルの様子を見て
呆れとともに寸止めに切り替えた、しかし
「あ?寸止めした?」
白い覆面の下から疑問の声が上がる
寸止めする直前、目にも止まらぬ早さでテルの短剣が視界に入り込み
接触と同時に寸止め前だった長剣の勢いは一瞬で消え去った
剣に込めた力全てが接触と同時に吸い取られたような手応えの無さ。
刃同士がぶつかった際に必ず発せられる「鳴り」の音すらなく
その一刀が合わさった瞬間、野次馬たちは静まり返る
「ガゼフ、今寸止めしたか?」
一変した場の空気など気にもしていない様子で再度尋ねるテルに
まるで咎められているように感じられて背筋が冷たくなり
戸惑いながら答えた
「……ああ」
「なんじゃい、それで手応えなかったんか
次は止めんでいいよ、それと、もっと早よしてな
さっきのは手ェ抜いてるにしても遅すぎるわ」
「遅すぎる……」
「仕切り直しな
次は本気で突っ込んで、技もたん〜まり使って?
……ガッカリさせんなよ、王国戦士長?」
「テルさん」
「あちゃ、また校正入っちったわ」
煽り姿勢をモモンガから短く咎められたテルは肩を竦め
ガゼフが初期位置として立っていた場所に向かって一歩で飛ぶと
その場でくるりとターンして再度間合いを作り
今度はしっかりと身構えた
「カマァ〜ン」
空いた片手でひょいひょいと手招きする余裕の声色に
額に一筋の汗を流したガゼフは、次は本気で柄を握りしめ
(―――『能力向上』)
土埃が舞うほどの踏み込みを見せた
端から見ても戦士長が本気になったと分かるほどの踏み込みだ
全員が息を飲んだが、またしても交わった刃同士の「鳴り」はなく
重い一撃を受け止めたテルの片腕はこれっぽっちも震えてはいない
対するガゼフは両腕を震わせており
その様相は力を込め続けているのに
全く刃が立っていない状態を物語っている
「……マジぃ?」
オッサンが苦笑い混じりに呟いた
まるで「こんなに弱いとは思わなかった」と
言外に告げているかのように。
そして何かに気づいたように慌て始めたので
ガゼフも一旦、数歩後退する
「ぁ……ああ〜〜〜!モモち!今解った!
「マジですか、オフれないんですか」
「ムリぽ!」
「あぁ……」
黒い兜の下で諦念の溜息が零れる
元アストラル種であるアイシテルの種族特性は
アンデッド種と被っている点が多いが、それに上乗せして
ワールドエネミーの特性が優先されているのだろう
モモンガで言う所の精神作用を無効化する機能と一緒だ
現状、アイシテルのワールドエネミー仕様は未知の部分が多い
つい数日前に偶然発覚したのだから無理もないが
それ以上に当人が己のスペックに無関心過ぎるのも要因の1つ。
むしろモモンガの方がしつこく詰問して
できる限りの保持スキルを教えてもらい、考察した程だ
そんな訳で今の今まで効果不明だった『99オフサイド』が
何を意味するのかモモンガは大体の所を察した、おそらく
オッサンと正式な『戦闘状態』に持ち込めるのは
レベル100かそれ以上のみ、という前提条件を指しているのだろう
それがこの世界で現実化しているという事実、そして
現地民のガゼフにも適応されているということは
今いる世界には『レベル』という概念が存在する証明に外ならない
あんまりな仕様に兜の上から額を押さえる
―――……運営、最後の最後でなんという実装を。
(否、最後に実装されたワールドエネミーという観点から言うと
レベル100か100以上である事が戦闘条件に含まれるのは
妥当な設定と言えるか……?)
他のワールドエネミーにはエンカウントと同時に
レベルが一定値まで強制ダウンするという悪辣極まる敵も存在していた
一定のレベルは条件問わず確実に一撃死させられるといったスキルもある
それに比べればレベルカンストで
フル装備して全力出し切って戦える
むしろ良心的と言って良いのかもしれない
(……)
―――良心的?
神器級装備やワールドアイテムすらも強奪できてしまう盗賊スキルまで極めているPK狂いのエネミープレイヤー相手に物資潤沢なフル装備で挑めと?
そんなモノ、盗まれ放題奪われ放題で
一時的にレベルダウンするより痛手を負うヤツでは?
最上級の装備やアイテムを奪わせるためにあえてレベル100縛りを設けたのであれば
運営の意図はカルマ値が極悪に振り切っている
挑んだプレイヤーをトコトンまで叩き潰す目的が透けて見える
下手するとプレイヤー全員が初手から裸一貫で戦わせられるヤツではないか
(……裸一貫?)
そういえば、同種であれば
捕捉しない限り初見では索敵できないとアイシテルが言っていたな
もしや彼と同種の、レイスプレイヤーにこそ
《トータル・ジェノサイド》に快勝できる可能性があるのでは。
(うわぁ、絶対にそうだ
質の悪い運営のやりそうなコトだよ
プレイヤー数が一番少ないレイス種を総動員しないと勝てないような
ワールドエネミーを実装するなんて)
ちなみにだが《トータル・ジェノサイド》固有の『サイド系スキル』は
今回の『99オフサイド』以外にも『5デスサイド』や『24ポリスサイド』
『8アウトサイド』『100ジェノサイド』などなど、複数存在している
特に、レベル100しか挑めないとすれば
『100ジェノサイド』なんて響きは地獄絵図しか思い浮かばない
(レベル100を封殺するスキルだとすれば無理ゲー過ぎる
限界突破の使い捨て課金アイテムならあるが
100レベルを突破する手段があれば対アイシテル戦でも
世界級の即死スキルも無効化できるか……?)
ちょっと色々試してみたい、とモモンガが考察する間
訳が分からず困惑しているガゼフに向き直ったオッサンは
数秒、どうしたものかと考え込み「まぁいいか」と思考を放棄した
「なるようになるわ
勝手に中断してごめんな、手合わせ再開しよか」
「……その不可解な力は、タレントによるものなのか」
「たれんと?戦士長持ってんの?」
「いや、俺の話ではなく貴殿の」
「俺?
わからん!とりあえず強さには自信がある!
ところでタレントって何?」
「はは……俺の無知も大概だとは思ったが
とんでもない野生育ちの猛者が隠れていたものだな
タレントというのは個人が生まれながらに持っている特殊な能力の事だ
事前に天候を予知したり、様々な分野の技や魔法の習得に役立ったり
毒が効かないとか病気にならないといった恩恵がある」
「なるほどぉ〜……
『 ユグドラシルのパッシブスキルみたいなモンか? 』」
『 持って生まれた、となると種族特性のほうが近いかも 』
『 常時強制発動型のオフれないヤツか 』
『 はい、99オフサイドもその類ですね 』
小声でボソボソとモモンガとメッセージを送り合うオッサン
説明しつつ苦笑いしていたガゼフは表情を引き締め
再度身構えると手合わせを再開する
アイシテルが持つ短剣を叩き折る勢いで振り下ろされる長剣は
幾度刃を交えても金属音のひとつも上がらず
込められた力は接触と同時に何度も霧散し続ける
「……―――っ」
剣筋は往なされ続け、これでは埒が明かないと眉を顰めたガゼフは
武技の発動体勢に入った
(『可能性知覚』―――『急所感知』!)
武技を用いて自身への
目の前に立つ男の弱点は見つけられない
男の不可思議な能力がタレントに依るものであれば
それを上回る力でなければ打ち破るのは難しい。
手応えなく幾度も受け流される攻撃と短剣の使い方から
テルという男が、一介の冒険者では足元にも及ばない力量を
備えていることは十分すぎるほど理解できた
「武技―――『四光連斬』!」
「おおー!」
これまでと異なる太刀筋に、目の前の男から驚嘆の声が上がるが
四つの弧を描いた剣気全てを完璧な柔の動きで受け流し
一切の無駄のない最小の動きで間合いを詰め
攻撃の隙間を縫うようにガゼフの首筋に短剣を突きつけた
「……参った、俺の負けだ」
「ありがとう戦士長、色々と参考になった」
「王国にこれほどの剣の使い手が隠れていたとは
世界はまだまだ広いのだな」
「俺ほどの実力者は見たことないって?」
「ああ、ないな
俺以上の強者は数名知っているが
歯が立たないと思わされた相手は貴殿が初めてだ」
「あ〜、俺のは多分
タレントとやらのお陰というか」
「それを抜きにしても
テルどのの戦闘技術は俺を遥かに上回っていた
でなければ俺の太刀筋全てをあれほど的確に、柔軟に受け流せはしない
早さも力も、全てを俺に合わせて調整してくれていただろう?」
「そこまで解ってるなら戦士長も
まだまだ伸び代があるぞ」
「それはどうだろうな……
今以上に鍛えても、年には勝てないさ」
少なくとも、貴殿には敵わない
内心でそう付け加えたガゼフは剣を鞘に収めようとするが
それより先にオッサンがモモンガを呼ぶ
「次はモモちゃんやで〜!」
(そうだった、手合わせ相手がもう一人いた)
完膚なきまでの敗北を味わった所為か、今日の予定全てを終えた気になっていた
歩み寄ってきた黒いフルプレートの躯体はガゼフよりも一回り大きい
ひと目見ただけで上等な拵えの武具だと分かるが
白装束の男の実力を鑑みて、黒い甲冑の男も相応の力の持ち主だろうと予測する
手合わせ前は己が負けるなど考えてもいなかったが
今やすっかり負け腰だ
(一日で二度も負けを経験するなど、何年ぶりの事か)
深々とため息をつき、黒鎧の男へと剣先を向ける
「お手柔らかに頼むぞ、モモンどの」
「こちらこそ
では、俺の方から行かせてもらおう」
「いつでも」
答えると同時に踏み込んできた黒い巨体は想像以上の速さを伴っていた
ガゼフが振るう剣よりも巨大な長剣が頭上から襲いかかり……
しかし、先の白覆面に比べると非常に分かりやすい動作と足さばきを前に
ガゼフは持ち前の反射神経で重い一太刀を軽く受け流した
刃の接触で当たり前のように爆ぜる『鳴り』を聞いてホッと安堵する
簡単に往なされたモモンガは不満の声を漏らした
「むぅ……」
「お手柔らかに、とは言ったが
そこまで手心を加えてくれずとも構わないぞ」
「ぬ、そうか」
「では、次はこちらから」
そう言って踏み込んだガゼフは二度三度と刃を交える内に
モモンの実力に気づき苦笑いを浮かべてしまう
(なんと極端なお二人か)
片方は戦闘の玄人
もう片方は新人ばりに剣の扱いがなっていない剣士
剣を扱う技術こそ素人だが、かといって
見掛け倒しというには力が強すぎる。
大きな体格と巨大な長剣の重み、それに伴う速さで攻撃力だけは驚異的だが
ナメてかかると危険な相手であることに変わりはない
剣を交える回数が増えれば増えるほど
首を捻りたくなるほどのお粗末さが放っておけなくなり
とうとうガゼフは間合いを大きく取り中断を提案してしまう
「ちょっと待ってくれ、モモンどの」
「なんだ戦士長」
「どうしてそうなった……?」
「ぶわっはっはっはっは!!」
心の底から、と言いたげなほど切実なガゼフの疑問に
意味が分からず首を傾げるモモンガの後ろでは
アイシテルがブレイクダンスの要領で笑い転げている
そろりと背後を振り返ったモモンガが
怒りか恥じらいからか声を震わせ始めた
「……笑わないでもらえますか…?」
「うはは!スマンスマン
だから言ったろ?力押しじゃ通用しなくなるぞって」
「そんなに俺、酷いですか?」
「お前さんのは俳優の殺陣……ン"ン"!
獣相手なら百戦錬磨でも対人戦闘はさせられんよ
大剣ならガゼフの立ち回りが参考になる
基礎だけでも教えてもらっとけ、後々絶対に役に立つ」
「テルさんに教えてもらいたかったのに」
「使う獲物も戦闘スタイルも全然違うでしょ
大剣は門外漢の俺が教えても変なクセ付けるだけだから
大人しく戦士長に教えてもらいんさい」
「むぅ……」
モモンガはあからさまに不貞腐れた
そんな二人のやりとりにガゼフは合点がいく
「なるほど
モモンどのは対人戦の経験がなかったのか
道理で足さばきにも剣筋にも統一性がないはずだ」
「そーそー、対人以外はなんの心配もないんだけどね
これから人を相手にする機会も増えるだろうから
基礎だけでも教えたげて、戦士長
この子飲み込みは良い方だから」
「この子て」
「承知した、不肖の身ではあるが
基礎的な立ち回りと基本の型をいくつか指導させていただこう
ようやく礼らしい事ができて、こちらとしても嬉しい限りだ」
「……ホントーに、テルさんじゃダメなんですか」
「駄々捏ねないの」
「むぅ」
それでもやっぱり不満げなモモンガ。
どれほど己に教わりたかったのやら、と覆面の下で笑ったオッサンは
続いて聞こえてきた周囲の野次で機嫌を急降下させる
「なんだ、とんだ見掛け倒しじゃないか」
「大層ご立派なフルプレート付けておきながら、」
少し離れた場所で野次馬していた王国兵二名が言い終えるより先に
目の前に一瞬で移動したアイシテルが
その兵士の兜を顔ごと鷲掴みにすると
形が歪む程握力を込めて低音で言い放つ
「死にたくなければ今すぐ黙れ」
「ギャア!?」
「なんの事情も知らない貴様らに
アイツをとやかく言う資格はない」
「痛!痛いィ!」
「分かりました!すみません許して下さい!」
「次は警告なく首を引き千切ってやる
口の利き方には気をつけろ」
「「申し訳ありませんでしたぁ!」」
オッサンは二人の兜にクッキリとした手形を刻み
頭部を
そして、変形した兜を必死になって脱ごうとする二人に背を向け
呆然とした様子でこちらを見ていたモモンガとガゼフに気づき
魔法少女ポーズで「みゃはっ☆」とおどけてみせた
背後では半泣きになりながら歪んだ兜をなんとか脱ぎ捨てる事ができた兵士が二人。
「そういうトコだぞ、テルさん……」
ぱっと顔を逸らし、ガゼフに向き直った黒衣の剣士から
ポロリと溢れた言葉には明らかな喜色が滲み
それを隠すように大げさに居住まいを正す素振りを見せた
二人の関係性が気になっていたガゼフには
今のやり取りがどこか青臭く、成熟しきった強さの割に
妙な所で若々しい様子が矛盾しているように見えて
(……)
更に観察しようとしたガゼフは、しかし諦めるように目を閉じ
気を取り直して流浪人モモンへと刃を向けた
「気心知れた仲なのだな、お二人は」
「……まぁ、そのようなものだ」
「ただの旅の伴には見えない
本当はどういった関係なんだ?」
「…… ……」
返答は、ない
やはり剣士の口は重い、だが
その代わりとばかりに白覆面の口はものすごく軽かった
「愛し合ってる仲よー!」
「「「「え―――――――――っ!!!?」」」」
想定外な発言に野次馬全員が驚愕の悲鳴を上げる
そんなリアクションに囲まれ
当事者であるはずの黒衣の剣士まで狼狽する始末
「テルさん!?」
「故郷の大切な掟でね、俺たちの素顔は
恋人同士であるお互いにしか見せない決まりなのー
見たいって言われても見せたげないからねー」
「うぐっ!……いや!それはそう……ですけどっ
そうではなく……っ ああもう!
それ以上余計なこと言わないで下さい!!」
「アーイよ」
楽しそうにおどけながら「了解」という意を込めたゆるい返事にさえも
深い情が籠もっているように感じられるのは
先程の情熱的な言動を見ていた所為だろう。
(恋人を侮辱されたら怒るのも当然か)
怒り方が些か苛烈を極めていたが。
慕わし気な返事を背中で受け止めた黒衣の剣士は
色恋の類の他者への周知に慣れていないのか相当に取り乱している
あの様子だと兜の下で真っ赤になってそうだな、と
余計な詮索をしたガゼフは申し訳なく思った
「知らなかったとはいえ、俺の部下が失礼した」
「いや、もう、その事については触れないでくれ」
「驚きはしたが、偏見はないぞ」
「だから、触れないでくれ」
すぱっと言い切る男の心情を気の毒に思うも
そこを更に煽るように声をかけてくる白覆面の行動で
ガゼフはようやく、白覆面の
「硬派で堅物で童貞なアタシのダーリィ〜ン!
頑張ってェ〜!」
「童貞?!」
「うわぁ」
「恋人同士なのに童貞なのかよ」
「やめろそういう話は聞きたくない」
「真っ昼間から酒の席でもないのに」
「俺等の故郷ってかなり特殊でねェ
一度契りを交わした相手とは生涯純血を貫くって掟があんの
お互いしか顔を見せ合わないのもその一環
肌も極力、ね」
「へぇ〜、徹底してるんですね」
「聞いたこともない風習だ」
「じゃあ一生女抱けないって事じゃないスか
地獄ッスよそんなの」
「肉欲よりも心を通わせ合うほうが何倍も人生が豊かになんのよ
よく言うだろ?幸せで胸がいっぱいって」
「おっさんほど人生悟り啓いてないんですよ俺等は」
「そーそー、若さを甘く見ないでほしいッスね」
「風俗取り上げられたら死ぬ、絶対死ぬ」
「恋人とすらできないとか、理解できない次元の話だ」
「はぁ〜あ、どいつもこいつもガキばっかりだわぁ
お前らも早く、言葉1つで世界がひっくり返るような人に
出会えるよう祈ってやるよ」
「貴方にとってあの人って
どういう存在なんですか」
「生きがいであり死にがいであり
世界でもある」
「……うわぁ」
「ひぇぇ」
「なんスかそれゾッコンじゃないスか」
「依存しすぎんのもどーかと思いますよ?」
「失敬な
依存じゃなくて純愛だっつーの」
「人の趣味ってそれぞれですもんねー」
「はいはいお熱いですねぇ」
「女ひでりなんでノロケはほどほどにお願いしますよ」
「男同士とか子供できないし、非生産的だよな」
「同性の何がいいんだか」
「何がいいかって?
……女に魅力を感じなくなるレベルで気持ちいいぞ〜?」
その言葉に興味を引かれた兵士複数名が
そろりそろりとオッサンににじり寄り
後学のために話だけ聞いておきたい複数名もそれとなく耳を寄せ
周囲の数少ない村娘に配慮した紳士はさりげなく女性と集団の間で壁になる
そうして出来上がった人だかりの中心でオッサンがしゃがみ込み
ボソボソと行われる密談……と見せかけて周囲に丸聞こえな話し声
「契りとかいうので純血守ってるならおっさんだって童貞だろ
なんでそこまで断言できるんだよ」
「一線超えなきゃいいだけだもの
それ以外ならやりたい放題よ」
「緩い純愛なんスね」
「同性は楽でいいぞ?
優しく扱う必要ないし、力加減いらないし、避妊の必要もない
何より同性だからこそ分かる部分も多いし話しも早い
それに……括約筋の締め付けに勝る名器はないってのが
その道を極めた知り合いの決まり文句でな」
「テルさん」
「テルどの」
本格的に話し込もうとした所で
くだを撒いた集団に大きな影が二つ差し込んだ
集団の背後に仁王立ちする巨体が現れたからだ
影ができた原因を見上げたオッサンは悪びれもなく肩で笑う
目線の先には明らかに雰囲気で怒っているモモンガと
困り顔で不快感を露わにしている戦士長が居た
「っと、彼ぴっぴからお咎めが入ったから
話はここまでな」
「テルどの、部下を横道に誘うような言動は控えて頂きたい」
「男所帯の組織なんだからそういう話も多いだろ?
いい機会だし、正しい性教育してやってもイイケド」
「ご遠慮願おう
手合わせは終わりだ、真っ昼間から下らん話をしてないで
お前たちも仕事に戻れ!」
まさに鶴の一声
ガゼフの号令で王国兵はさーっと散り始め
その流れに乗るように村人たちも野良仕事に戻っていく
一分とかからずオッサンとモモンガ、ガゼフだけになった広場には
ひゅるりと寂しい風が吹き抜けた
「稽古付けてくれるって話だったでしょ
やっぱり止めたなんて言うなよ?」
「稽古の傍らで猥談などされれば誰だって集中を欠く
モモンどの、申し訳ないが指導はまたの機会にして頂けるだろうか
必ず場を設けると約束しよう」
「かまわん、丁度俺の方でも急用が入った所だ」
「「急用?」」
ガゼフとセリフが被ったオッサンは小首を傾げるも
威圧を以って伸ばされた大きな手によって襟首を猫のように掴み上げられ
そのままの姿勢でガゼフへと向き直ったモモンガの怒声が
地を揺らすように二人の腹の底を震わせる
「戦士長どの」
「あ、ああ」
「剣の指導は是非、またの機会で宜しく頼む
今からこの阿呆を折檻しなければならないのでな」
「ああ……まぁ、その、なんだ
ほどほどに……ほどほどに、な」
襟首掴み上げられ宙吊りにされたままのオッサンは
「ひぃん」と、あからさまな泣き真似をして同情を誘うが
ガゼフはそれを華麗に無視した