我が名を叫べ   作:ざむでいん

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イベント前の幕間

二人の視線は手元で広げている周辺地図に注がれている

地図を覗き込むべく前傾姿勢で、空いた片手は

深く思考していることを物語るように顎に添えられていた

静かで冷静で正に熟練の旅人であるかのような、どっしりとした在り(よう)だ……が、口だけは不毛な言葉の応酬で忙しなく動き続けていた

 

「アウトでしょ」

 

「セーフですよ」

 

「俺布越しよ?

でもお前さんは金属越し、感触がフェアじゃない」

 

「なんですかその謎理論は?

俺が金属越しなんだからお互い金属越しでしょう

だからこそ思いっきり顔面ぶつけられたんです

こっちだって布越しだったらしませんでしたよ」

 

唇があればキツツキ張りに尖っているだろう物言い。

言葉のイントネーションだけで分かり易く拗ねている相棒の

焚き火に照らされた兜な横顔を見たオッサンは長い溜息をひとつ

 

「お前さんはさぁ、ホントさぁ」

 

「いいじゃないですか

昼間の演技のお陰で今こうやって都合よく人払いが、」

 

「やることなすこと童貞だなぁ」

 

「……」

 

「……」

 

「しみじみ言うの

止めてもらっていいですか……?」

 

ぐしゃ、という音と共に一気にフラストレーションを溜めたモモンガが

薄緑のエフェクトを発生させるに伴い精神が強制的に沈静化される

気分は落ち着いたが手元で開いていた地図の皺が戻ることはない

苛立ちに駆られて握りつぶされた可哀想な複製の地図を

そっとモモンガの手から取り去ったオッサンは「よしよし痛かったね〜」などとほざきながら泣く子をあやすような慈愛で以て、それはそれは丁寧に皺を伸ばし始めた

そういう行動が他者の苛立ちを煽るのだが

当人は理解していないのだろうな、と諦観する

 

(破いたろかい)

 

王国領の詳細が記載されている地図のオリジナルはナザリックにあるので

今ここで感情に任せて破り捨てても問題はない

折角守護者が超特急で二枚も複製して

その日の内に届けてくれたものだからそんな事はしないが。

オッサンの手の中で不完全ではあるが紙としての意義を取り戻しつつある地図を横目に短絡的な怨嗟を吐き出したモモンガは今現在

王都に帰還する王国兵に同行し一日目の野営を行っている真っ最中だ

 

野営準備が始まった段階で兵士たちから離れた岩場の影に簡易拠点を作ったが恋人同士と周知されているお陰だろう、二人きりの時間を邪魔しに来る無粋者は一人もいない

昼間の大胆なパフォーマンスが功を奏しているのは明白だ

 

「モモ、空見てみ

星の光のバーゲンセール」

 

促され見上げた先に広がるのは所狭しと煌めく星々の大海

正にスターオーシャンだ、なんて言ったらまた

オッサンのコアでマニアな別ゲー語りが始まるのであえて言わないでおく

 

「この世界の空って、いつ見ても凄く綺麗ですよね

あっちで汚いものばかり見てきた目が

浄化されていくような気分です」

 

「良いこと言うなぁ、マジでその通りだわ

空気も美味いし、風もいい匂いするし土も香ってるし

夜特有の冷たい空気も気持ち良い

大自然最高」

 

「この世界に来られて良かった」

 

「なぁ、モモ」

 

「はいはいなんですか」

 

「浄化できるような目ェあったっけ?」

 

「アンタはそうやってすぐ雰囲気ぶち壊す事言いますよね」

 

「眼球ないのにしゃれこうべの奥で

赤く光ってるレーザーポインターどうなってんの」

 

「知りませんよそんなの

スケルトンに聞いて下さい」

 

「お前さんだってスケルトンやないかい」

 

「あーもーうるさいな

演出上の都合なんじゃないですか?知りませんけど」

 

「メタい事言いなさんな

今なら人来んじゃろ?

ちーと兜とって目ェ見せてみ」

 

「ちょっと止めてくださいよもう

折角夜空堪能してるのに」

 

「さきっぽだけ!さきっぽだけだから!」

 

「この状況でそのセリフは悪意が強すぎる!」

 

「絶対痛くしないからぁ〜」

 

「マジでウゼぇ」

 

結局兜を取り上げられたモモンガは仰向けに引き倒されてしまい

頭を置いた先が胡座をかいたオッサンの膝の上だった事にげんなりしつつ

諦めてされるがままに身を委ねた

 

アイシテルから標的にされた時は諦めが肝心だ

 

ユグドラシルサービスが開始されてほどなくして、数多のプレイヤーから災害扱いされるようになった傍若無人っぷりは世界を跨いだ今でも健在だ

見下ろすオッサンの向こう側の星空に焦点を合わせ景色を堪能していると

フードを下ろし覆面を下げ、服を胸元まで寛げたテルが実体化(マテリアライズ)を解いた

 

彫りの深い精悍な顔、編み込んでひっつめた髪

そして真白の首筋が美しい星空を透過し

編み込んだ髪を留めた紫色のリボンは夜風に靡いて

その表面を波打たせキラキラと星の光を反射しながらうっすらと影を残す

見下ろしてくるアイシテルの表情はどこまでも穏やかだ

 

「これなら俺に視界を邪魔されず

存分に星空観賞できるだろ?」

 

星空と、微かに煌めくリボン、それに透過して辛うじて視認できる柔らかな眼差しで見つめてくるアイシテルの表情

 

(……)

 

うっかり見入ってしまったモモンガは

無意識に熱を纏ったため息を零してしまった

 

「綺麗だ」

 

自然と言葉を紡いで

ハッとして己の口元に手を持っていってしまう

 

(ちょっっっ……と待て俺!

 今何を見て言った?!)

 

内心で慌てふためいたモモンガの全身を淡緑の光が包む

と、同時に乱心しかけた精神がスン…と平静を取り戻し

その所為で己を誤魔化すことも出来ず

事実を真摯に見据える状況に陥ってしまった

 

(ああ、うん、どう考えてもテルさんの顔見て言ったな

 めちゃくちゃ自然に褒めちゃったよ……

 いや、だって実際テルさんは格好良いし?

 色素薄いのに男らしくて彫りが深いから

 妙に人間離れした綺麗さがあるというか……

 

 ああそうだ、絵画だ

 絵に描いたみたいな現実味の無さがあるんだよ

 レイスだから現実味ないのは当然なんだろうけど)

 

ナザリックのNPCに芸術系のスキル持ちが居たはずだ

帰ったらアイシテルの肖像画でも描かせてみるか……と、考えて

それをすると己だけに素顔を見せたと言ったアイシテルの特別が

特別ではなくなってしまうと気付き即座に却下する

 

(駄目ダメ、肖像画なんか描かせたら俺だけの特別が……

 じゃなくて!!そう!用心すべきなんだ!

 テルさんはただでさえ紙装甲なのに

 ワールドエネミーの認識が強いNPCの前で

 無防備にさせる訳にはいかない

 安全面を考慮してテルさんの顔は

 隠したままにしておくのが正しい選択だ)

 

一人悶々と考え込んでしまったが

骨顔によって沈思黙考していたと気付かれることはなく

星空に対する賛美と勘違いしたオッサンは嬉しそうに笑みを深める

 

「そら良かった

お前さんの目、眼球もないのに瞳の部分が赤く光ってるのは

やっぱり不思議だよなぁ……録画ランプみてェ」

 

「表現のチョイスが身近すぎて

分かりみが強すぎんですよ」

 

「押したら録画停止したりする?」

 

「そもそも録画してねーよ

ちょっと、指刺そうとしないで下さい」

 

「さきっぽだけ!さきっぽだけだから!」

 

「汎用性高すぎでしょそのセリフ」

 

結局さきっぽでは収まらず両目とも一本ずつ

ずっぽりと奥までハメられたモモンガは

諦めの境地でされるがままになった

 

「中かき回してんだけど分かる?」

 

「マジでセクハラで訴えるぞ

……特に感じません、でも

裏側を撫でられるのは新感覚ですね

ぞわぞわします」

 

「裏筋感じちゃう〜?あいたぁ!!」

 

懲りない言動に、流石に重めの指導を入れる

モモンガのチョップを額ど真ん中に受けたオッサンは

それでもやっぱり懲りずに話を続けた

 

「真面目な話、骨で一番敏感なところが知りたい

後学の為にも」

 

「真面目になられると余計にキモいです

っていうかなんの後学ですか」

 

「お前さんだって俺のスペックを根掘り葉掘り聞いてきたでしょーが

このくらい我慢しんさい!で、生身の頃と比べてどうよ」

 

「生身の頃と比べて?そうですね……

頭撫でられてる感じと同じですね」

 

「内側でもか」

 

「はい、特に変わりなく

目の淵は生身の目元を触られてる感じですよ

表裏はあんまり関係なさそうですね」

 

「そこまで変わらないなら、足の裏はくすぐったいのかな」

 

「スケルトンを拷問する予定でもあるんですか」

 

「ないけど、折れたらやっぱ痛いか?

痛覚は無さそうだが」

 

「それ普通にダメージです、痛いに決まってるじゃないですか」

 

「骨なのに?」

 

「そういう種族なんでしょうね」

 

「そっかぁ

そこンとこ、俺も常識とっぱらわないとなぁ」

 

「……何か気がかりでもあるんですか?」

 

「ゲームとリアルの齟齬は埋めとかないと、と思って」

 

「齟齬」

 

言葉を反復するモモンガの視線は真っ直ぐにテルを見据えている

詳しく聞きたがる空気を察したテルは

そろりと視線を泳がせ苦笑いを浮かべた

 

アイシテルにはリアルで軍人をやっていた過去がある

多くの人々の死が関わる暗く淀んだリアル事情など

わざわざ話題に出す事では決してない。

美しい景色に囲まれリラックスしている今ならば尚の事……

だからこそ、

 

「教えない」

 

「なんでですか

そこまで言ったら教えてくださいよ」

 

「もっと深い仲になってからね〜

なんつって」

 

「……、わかりました」

 

茶化して言うテルの様子の中に真面目な雰囲気を感じ取ったモモンガは

無理に聞き出すべきではないと判断して追求を止める

現地民との戦闘やPKに関わることかと思ったが

 

(それだけじゃ無さそうだな)

 

長年ギルマスとしてメンバーの不和を仲裁してきた経験からコミュニケーションに関わるモモンガの直感は世界を超えた今でもしっかり冴え渡っている

引くべきところはちゃんと引く。

だが、普段からポジティブシンキングが常のテルから

初めて距離を取られたような状況にほんの少しの寂しさを覚え……

それを自覚し、自覚したことを理解してしまった

 

なので、一応の空気は読むが居直る判断も早かった

 

「深い仲になれるよう頑張りますので

これからもよろしくお願いします」

 

一段、語気が強くなったと気付いたテルが

嫌な予感から笑顔を引きつらせる

 

「……あるぇ〜?なんか俺

モモちゃんのやる気スイッチ押しちゃった感じ?」

 

「やる気かどうかは分かりませんけど

少なくとも見逃す気は失せましたね」

 

スパッと言い切ったモモンガはテルの膝枕から起き上がると同時に兜で頭部を覆い、座ったままくるりと身を反転させると膝がぶつかる近さで見据える

ヘビに睨まれたカエルのように冷や汗を流しているような気分に駆られたテルは本格的に口元を歪ませて背筋を伸ばした

 

「やっちまった……

めちゃくちゃスイッチ押しちゃったヤツだわ

どうしてそうなった」

 

「では先ず初めに

『深い仲』の詳しい定義を定めてもらっていいですか」

 

「めんどくせーの始まっちゃったよコレぇ

んじゃあ……『セックス週2回』でどうよ」

 

「無効です

種族適正範囲内でのタスクを要求します」

 

「デイリーミッションみたいな言い方やめろし」

 

「とりあえず、毎日一緒に寝るって事にしますか」

 

「俺もお前さんも睡眠いらんでしょーが」

 

「じゃあ食事……も、必要ないか

うーん、俺達の種族だと深い仲の証明って案外難しそうですね

デート……といってもこれから常に二人で行動する訳ですし

毎日一定時間ピロートークでもしてみますか

話術も磨けて一石二鳥ですよ」

 

「真面目か

何事も真摯に取り組もうとするトコは

モモちゃんの良い所ではあるけども」

 

「毎日一定時間ピロートーク

毎日一定回数スキンシップ

……他に提案はありますか?」

 

「マルチタスク扱い気持ち悪ぅい」

 

「平気でセックスを提案するアンタも大概ですよ

似た者同士お似合いじゃないですか」

 

「皮肉にしか聞こえねーわ

もーこれピロートークに入れていい?」

 

「こんな殺伐とした会話が甘く聞こえるなら

耳鼻科をお勧めしたいですね」

 

「なにキレてんのよォ……

ところで話は変わるんだが」

 

「はいはい今度はなんですか」

 

「盗賊狩り、興味ある?」

 

「盗賊狩り?」

 

睨み据えるのを止め、きょとんとした様子を見せたモモンガを前に

話題そらしに成功したテルはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 

野営ポイントまでの道中、王国兵士たちと積極的に話をし情報収集に精を出していたテルは現時点で既に有用な情報をいくつか仕入れていた

その内のひとつが『犯罪者』に関する情報だ。

国から正式に指名手配され懸賞金も定められている犯罪者について手配書を見せてもらい、名前と似顔絵を把握している

それらの情報にテルが持つ索敵能力が加われば

賞金首たちの末路は確定したも同然だ

アイシテルというプレイヤーのプレイスタイルは『生かさず殺さず』

犯罪者側ならば飼い殺しより捕縛された方がマシ、と

言いたくなる扱いを受けるのは明白だ

 

「ここからそれほど離れてない場所に人溜まりがある

襲撃犯どもが持ってた地図と照らし合わせても

村や集落があるわけでもない、ただの岩場だ

これらの事実から導き出されるもの、な〜んだ?」

 

「賊の拠点ですね」

 

「大当たり〜☆

と、いうわけで初デートと洒落込みましょうや」

 

「初めてのデートが賊の追い剥ぎですか

サ終までインしてたプレイヤーらしいチョイスだなぁ」

 

「報酬はこの世界のお宝ザックザク」

 

「ただし初回報酬なので質はランダム」

 

「まんま初回ガチャだわ

最初の村での戦闘はチュートリアルってか?」

 

「リセマラしたくなりますね」

 

「モモちリセットマラソンするタイプだったん」

 

「可能なら走りますよ

最低確率が出るまで粘ります」

 

「LR一枚とSSR三枚だったらどっち取る?」

 

「パーティプレイ必須だったらUR追加で後者

一強総合力だったら前者」

 

禿同(はげどう)

スタートダッシュまじ大事」

 

などと言い合いながら

テルはマテリアライズ(実体化)を有効にし、改めて装備を見直してから

フードと覆面で身なりを整え二人揃って立ち上がると火種を処理し

離れた場所で部下たちと火を囲んでいるガゼフの下へ歩み寄り声をかけた

 

「戦士長」

 

と、呼びかける前から

歩み寄ってきた段階で二人の動向を注視していたガゼフは

片手を軽く上げて朗らかな笑みで応える

 

「我々はそろそろ就寝する予定だが

お二人はどこかへ向かわれるのか」

 

「ああ、夜の散歩に出てくる

明け方までには戻る予定だ」

 

「明け方?それは流石に、」

 

苦笑いを浮かべたガゼフはすぐさまその表情を引っ込めると難しい顔で思案する……と、いう意味深なリアクションを前に

顔を見合わせたモモンとテルは肩を竦ませてガゼフの了承を待つ。

大方、下世話な想定をしたが「明け方」と聞いて

即座に考えを改めたといった所だろう

暫しの沈黙を経て顔を上げたガゼフが心配そうに眉を潜める

 

「夜はアンデッドや夜行性の魔獣が出やすい

明るくなってからでは……」

 

「そちらの予定に響かせるつもりはない

こちらの事は気にしないでくれ」

 

「しかし、人数は多いほうがいいのではないか?

相手の規模が大きいほど人手が必要だろう」

 

「おお〜」

 

テルが感心したように声を上げる

今の僅かなやりとりで二人の目的を察したガゼフに対して

手袋越しに拍手するテルの好感度はうなぎ登りだ

嬉しそうな相棒を傍らに、モモンが一度だけ首を振る

 

「お前達の本来の目的とは異なる行動だ、それに

こちらの取り分を減らしたくはない

旅人にとって僅かな物資も貴重な命綱だからな」

 

もっともらしい台詞に感心したのか、今度はモモンに向かって

「おお〜」と言いながら拍手するテル

おいこら当事者の一人なのに感心するんじゃない不審がられるだろうが。というモモンガの内心の抗議もどこ吹く風なアイシテルには黒い甲冑による遠慮のない裏拳が入る

「ふぐ!」と毒魚の名前を噴き出しながら脇腹を押さえ背を丸めるテルを見るガゼフの目は何かを悟ったようにどこか遠くを見つめた

 

「そこまで言うのなら、今回は黙って見送ろう

明け方までに戻らなければ、」

 

「先に出発しててぇ〜

多少遅れてもすぐに追いつけるから」

 

脇腹を擦りつつ軽いノリで言い切るテルの実力を回想したガゼフは

少しだけ表情を綻ばせ、徐ろに自身の懐を探り始める

 

「ではテルどの……ではなく、モモンどのにコレを預けておこう

経由地となるエ・ランテルという都市の門番へ話を通しておく

追いつけなかった場合は門番に見せて町に入るといい」

 

ガゼフが手渡してきたのは艷やかな布に包まれていた王国の印章

戦士長の役職を証明するものだ

 

「ねぇガゼっちゃん

なんで俺じゃなくてモモちゃんにって言い直したん?」

 

「……」

 

「ガゼっちゃん?」

 

「……」

 

「ガゼっちゃ」

「無言の笑顔で察してあげてください」

 

尚も問おうとした所で首根っこを掴んで軽く引いてきた相棒の容赦ない言葉にムスっとしたニュアンスで文句を垂れる白覆面

 

「俺の方が経験豊富なのにィ」

 

「言動が信用に値しないので無意味ですね」

 

「ン〜ン、クール ェ〜ンド ドゥラ〜イ☆」

 

気安いやりとりを前にしても尚、無言で通すガゼフは鉄壁の愛想笑いを浮かべたまま話の成り行きを見守っているが、内心では二人に対しうっかり優劣をつけるような言動をしてしまった事で不興を買わずに済んだことに安堵していた

 

二人はリ・エスティーゼ王国の中枢が動くほどの重大事件を解決に導いてくれた恩人だ、できる限り丁寧な対応を心がけたい

特に、ガゼフが決して敵わないと断言できるほどの技量を有した『テル』という流浪の存在は可能であれば王に目通りさせたいと考えていた

黒の剣士モモンも、技は未熟なれど力だけ見れば玄人すらをも圧倒できる

二人が王国の正式な所属となれば

王国の未来は今以上に盤石になるに違いない――……

 

この時のガゼフは権力を有する者であれば

誰もが考えるであろう一般的な打算を脳裏に過ぎらせていた

 

「んで、何コレ」

 

「王国の紋章か」

 

「いかにも

それはリ・エスティーゼ王国の

戦士長のみに与えられる特別な紋章だ」

 

他の兵士がつけている腕章とは異なり華美な装飾が施されている

鎧につけているのではなく懐から取り出しているあたり

普段から装着はせず大切に仕舞い込んでいるものだと窺えた

大切そうに手渡された、傷も汚れも全く無い印章を覗き込み

熱心に観察する二人の様子を見たガゼフは照れくさそうに笑った

 

「見た目が仰々しいだけの、ただの腕章だ

何も珍しいものではないぞ?」

 

「謙虚で誠実なガゼっちゃんだから

お守り的な意味で大事に持ち歩いてんのね」

 

「なるほど、テルさんはそういう解釈ですか」

 

「お前さんはどう解釈したのよ」

 

「戦士長ともなると方々から命を狙われることもあるでしょう

遠目でもひと目では分からないよう身分を隠すために

装着を控えているのかと」

 

「ああ、戦略的な意味ね……でもそれだけだと

傷も汚れもないのは、ちと説得力に欠けるな」

 

「ええ、言われて気付きました

この磨かれっぷりは大事にしてる証拠ですね

 

戦士長、こんなにも大切なものを

まだ身元もハッキリしていない旅人に渡してしまっていいのか

どこぞで売り飛ばすかも知れんぞ」

 

「剣の指南を受けてくれるのだろう?

俺としてもあのまま放っておきたくはない

是非返しに来てくれ」

 

「言われてんぞ、ゴリ押しのモモン」

 

「二つ名みたいに言うな、賑やかしのテル」

 

「二人揃って〜?」

 

「俺の名付けセンスで良いならお応えしますけど」

 

「大事故起きるから止めとこ」

 

「そこまで酷くないわ」

 

「思い出せ

かつての仲間たちから総スカンをくらった光景を」

 

「グッフゥ……!!」

 

突如として両手で胸を抑え背を丸めたモモンにガゼフが慌てふためく

テルは腹を抱えて笑った

 

「ど、どうしたモモンどの!」

 

「うはは!大丈夫よガゼっちゃん

心の古傷が疼いてるだけだから」

 

「それこそ大丈夫なのか?」

 

「へーきへーき」

 

などと軽口を叩く傍らで背を丸めて震えているモモンから

「アンタが言うな……!」という憎らしげな声が聞こえているが

ヘラヘラと笑うテルが意に返す気配はない

要所要所で恋人から雑な扱いを受けているモモンに

ガゼフはひっそりと同情の視線を送った

 

「そろそろ出発したいんだけど、お散歩行ってもいーい?」

 

「勿論だ、我々に貴殿らの行動を制限する理由はない

それに何より、モモンどのであれば

約束を違える事はないと確信している」

 

イケオジによる善意100%の微笑みを前に

うっかり浄化された気分に駆られるカルマ値極悪のプレイヤー。

揃って糸目になった二人はさりげなく上体を逸らし

目頭を押さえるような素振りで呟く

 

「絶滅危惧種や……」

 

「保護しなきゃ……」

 

こうして王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフは

意図せずしてモモンとテルにとっての保護対象枠に収まったのだが

当のガゼフはその事実に気付ける筈もなく。

 

「カードでいう所のスーパーレア(SR)かな?

複数の武技使えるし」

 

「レアものに目がない俺を前にソレ言うの止めてください」

 

捕獲してナザリックに持ち帰りたくなっちゃうでしょ、という

無言の台詞が付け加えられた事に阿吽の呼吸で気がつくアイシテル。

希少価値の高いものが好きなモモンガは実の所くじ運が悪い

だからこそ余計にレアものに対しての執着は強めなのだが

それを知っているが故に、ニンマリと人の悪い笑みを浮かべ

完全に煽りモードに入った

 

「モモちゃんてば〜

俺だけじゃ飽き足らず戦士長までモノにしようっての?

あられもない姿で散々に辱めた緊縛ムキマッチョに

くっ!殺せ!とか言わせたいの?くっころブームなのぉ〜?」

 

アイシテルがユグドラシルの全プレイヤーを敵に回す明確な理由が(以下略

 

「アンタ全然懲りてないな、予定変更して

朝まで耐久くっころコースを堪能させてあげましょうか?

俺の膝の上で、あの時のように」

 

「ウソウソやっぱナシ

冗談よジョーダン!マイケルジョーダン!」

 

「いいえ許しません覚悟してくださいね

全身全霊で前回以上の

夢のような時間をご提供して差し上げますので」

 

「いやいや勘弁してアレまじですっごい痛いんだって

お前さんてば股間にどれほどの凶器を持ってるか

ちっとも自覚してな」

 

「液体ムヒ、ハッカ油、エタノール

どれを塗って突っ込むか迷いますね」

 

「ちょっと待ってソレなんて拷問?!

も、モモさん!いや、モモ様!!

エタノールは流石に駄目よ!?他も当然駄目だけど!」

 

「いっそ全部混ぜますか」

 

「おしり壊れちゃうぅぅうう!!」

 

言い募る間にサッサと踵を返して野営地から足早に離れていくモモン

その背を慌てた様子で追いかけ走っていくテル

 

「待てコラ無視すんな!やるなよ?!マジでやるなよ?!

そんな事したら新しい扉開いちゃうぞ!?

いいのか?!オッサンのドぎたねェアヘ顔拝むことになるぞ?!

聞けっつーのオイぃ―――!」

 

悲壮な叫びは否応なく遠のいていった。

草原の果てへと消えゆく後姿を見送る兵士たちの表情は

一様に苦くて酸っぱいものを含まされたような表情に彩られており

焚き火を囲んだ全員が意味深に沈黙を守るが

そんな異様な静けさを打ち破ったのはやはり戦士長だ

 

「見張り以外は交代の時間まで寝ておけ」

 

ガゼフの指示で安堵の表情を浮かべた者が十数名。

夜間の見張りとして改めて焚き火を囲い直した他数名は

就寝のためにテントに入ってく同僚を見送り

戦士長もテントの向こう側に姿を消したのをしっかりと見送ってから互いに身を寄せ合い、囁き声で話し始める

 

「あの白覆面、モモンさんの膝の上で

あられもない姿で辱められた過去があるのか」

 

「大剣の方が凶器って、どんだけデカいんだよ」

 

「あんだけガタイ良かったらアッチがデカいのも当然なんだろ

くっそ〜女泣かせかよ!羨ましい〜!」

 

「白さんが女役ってのは想定してたけど

男でも起つほど美形なのか?」

 

「人間かどうかも怪しいよな

二人ともエルフだったりして」

 

「黒い方は獣人って可能性もあるぜ」

 

囲んでいる焚き火がパチパチと火の粉を散らす

 

「確かに、あの腕力は人間じゃないな」

 

「凶器って言われるほどだし」

 

「……ケンタウロスか?」

 

「いや、ワーウルフって可能性も」

 

「どっちも特徴当てはまってないだろ

下半身基準に考えるなよ」

 

「でも、凶器って言われるレベルだろ?

他種族のは人間と比べると大体凶器だろうが」

 

「それ聞いて余計に興味湧いてきた」

 

「わざわざ野営地から離れなくても

あっちの岩場でやってくれりゃあ覗き見できたのに」

 

「怖いもの見たさで?」

 

「それ以外が目当てだったら以後他人のふりするからな」

 

「俺は流石に覗きは止めとく

もし見れる機会あったら二人がどんな顔してるのか教えてくれ」

 

「俺も俺も」

 

「にしてもさぁ

二人ともめちゃくちゃ鍛えてる体格してたよな」

 

「戦士長が並んで小さく見えるなんて早々ないぜ」

 

「対人戦未経験って言ってたけど

あんな体格で人と戦ったことがないって

二人の住んでた場所はどれだけ魔境なんだろう」

 

「モモンどのと比べて、白どのは

ありえないぐらい強かったな」

 

「強いなんてモンじゃない

刃が鳴らないほど柔らかく受け止められる上に

相手の力を一気に削ぎきる技術なんて人の域超えてるよ」

 

「戦士長曰く、あの剣術は対人の……

暗殺に特化した技術だって言ってたな

あれほどの手練れなら殺した数も百や二百じゃ利かないって」

 

「気配が異常に薄いのも足音殆ど立てないのも

それが理由かぁ」

 

「それ以上に本人が賑やかすぎて

戦士長に教えてもらえるまで気づけなかった」

 

「俺も」

 

「恥ずかしながら、俺も」

 

「右に同じ」

 

「どいつもこいつも注意力散漫だな」

 

「そういうお前も気付かなかっただろうが

ここまでの道中一番油断して白さんと話しまくってたクセに」

 

「しょーがないだろ!

あの人すげぇ話術が巧みなんだよっ

話してて楽しかったのはお前らもだろ!」

 

「王都着いたら案内して回る約束しましたが何か?」

 

「馴染みの酒場で一杯酌み交わす約束した」

 

「俺だって修練場で手合わせしてもらう約束したけど」

 

「たった半日でどんだけ懐柔されてんだ」

 

「そうやって相手の懐に入り込んで

油断を誘った隙に殺すワケか」

 

「勝手なこと言うな

暗殺者って決まったワケじゃないんだから

白さんはそんな人じゃない」

 

「正気にもどれ、断言できるほど覆面の事知らないだろうが」

 

「白さんの事覆面って呼ぶな、失礼な」

 

「白さんだって名前じゃないだろ」

 

「俺だってできることならテルさんって呼びたいよ!

呼びたいけどなぁ……!」

 

「呼んだらすげぇ圧かけられるんだよな、黒い方に」

 

「アレは本気の殺意だ、だから誰も呼べないんだ

嫉妬深すぎるだろあのデカブツ」

 

「戦士長は普通に呼んでるよな?」

 

「強い者同士通じ合うものがあるんだよ、きっと」

 

暗がりの中で小さく爆ぜる焚き火のゆらめきが

兵士たちの神妙な表情を浮かび上がらせる

 

「方や対人経験皆無の大剣二刀流

白さん曰く、魔物相手には常勝無敗

恋人が大好きで恋人にだけ丁寧な態度

嫉妬深くて他人に対しては寡黙で尊大で素っ気ない

威圧感すごい、立ってるだけで大物感出てる」

 

「方や対人戦特化の短剣使い、賑やかで人の懐に入り込むのが得意

フザけるのも下ネタも好きで恋人をからかう事が多い、あと口が軽い

……改めて言葉にすると全部真逆だな、あの二人」

 

「しかも戒律厳しそうな国出身のクセに

こっそりヤる事ヤッてる恋人同士」

 

「戒律破りまくったから

国から追放されたとかいうオチじゃないだろうな」

 

「その可能性は大いにある」

 

「あのさ、俺気になってたんだけど

モモンさんって白さんにだけ態度が丁寧だろ?白さんは実は

さる国のやんごとない身分のお人なのかなって思うんだ」

 

「かけおちの可能性もあるよな」

 

「考察甘いな、白さんがやんごとないお人なら

対人経験のないモモンどのこそ何者だよ」

 

「……木こり?」

 

「あんなクソ高そうなフルプレート装備で

剛腕な木こりがいてたまるか」

 

「だからその辺が身分差なんだろ?」

 

「闘技場とかで獣相手に戦わされ続けた元奴隷って可能性もあるぞ

白さんの異常なはっちゃけぶりはこれまで身分に抑圧され続けた反動!

頑なに顔を見せないのは故郷の国に指名手配されてるから!

どうよ俺の考察!」

 

「男同士で身分を超えた道ならぬ恋って時点で色々濃すぎだろ」

 

「世界って広いなぁ」

 

誰ともなく長い溜息が吐き出され

中心にあった焚き火は不規則に揺らめく

先にテントに入った十数名の兵士は全員聞き耳を立てており

なるほど、と静かに頷いていた。

そんなこんなの流れで一晩かけて入れ代わり立ち代わりな見張り役が熱い議論を交わし――……

 

王国兵士らの間で

モモンは猛獣や魔獣に対して常勝無敗な元奴隷剣闘士で

テルはその国のやんごとない身分のお人で

闘技場で巡り合った二人は真実の愛に目覚め

身分を捨て、二人で駆け落ちし、幾多の追手を振り切った末

リ・エスティーゼ王国領まで逃げ延びてきた

 

―――と、いう認識で統一されてしまった。とんだメロドラマである。

翌朝は寝不足気味の兵士が続出したため

予め原因を把握していたガゼフの説教で少しばかり出発が遅れたのだった

 

話題の渦中にあった二人はというと

結局出発時刻を過ぎても戻ってくることはなかった




▼ モモンガとアイシテルのQ&Aコーナー ▼

Q:モモンガが昭和ネタに詳しいのは何故?
A:「テルさんから元ネタのキラーパスを寄越されまくった所為です
  『なんですかソレ知りません』って言うと
  頼んでもないのにソース元の情報渡されたり
  その場でドラマやアニメ、ゲームの観賞させられたりしてたんで
  自然と詳しくなりました」
 「モモンガはソコソコに知識欲強いからな
  教えたネタ元の殆どを楽しんでくれたし」
「古き良きってヤツですね」
「DMで感想送り合ったりして楽しかったな」
「それは俺もです、ありがとうございますテルさん」
「いいってことよ!」


(……ギルメンがいなくなった後の虚しさとか苛立ちとか
  寂しさを紛らわすことができたってのは、言わないでおこう)
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