守護者たる者
「あの、あのぉ、デミウルゴスさんっ」
「なんですか、マーレ」
玉座の間を出て、早足で持ち場に向かう大半の配下たちを見送りながら
大罪の悪魔を引き連れ歩く階層守護者の背に声をかける闇妖精がいた
呼びかけに応え、立ち止まり振り返った悪魔が見下ろした先には
まだ成長途中で幼い形をした闇妖精二人が歩み寄り
真っ直ぐに見上げてきていた
「ぼっぼくたち、お祝いとか
しなくていいんでしょうか……?」
「ふむ、モモンガ様と『彼』の事ですか」
「そ、そうです」
「マーレ、そしてアウラ
君たちは『彼』の事をどう思っているのかな」
「どうって……えっと、」
言い淀むマーレの隣で
両手を頭の後ろで組んだアウラが澄ました様子で言い放つ
「あたしは正直複雑かな
だって、ぶくぶく茶釜様はあの人の事凄く嫌ってたから
『世界の敵』だから当然と言えば当然なんだけど」
「で、でもお姉ちゃん
数日前、久しぶりに会いに来て下さった時は
全然違ったよ?すごく、すごく嬉しそうに話してたよ
モモンガ様が楽しそうで良かったって言ってくださってたんだよ?」
「う、うーん……そうなんだよね
ここ数日で突然戻ってこられた方々も多かったし
あたしたちの創造主様たちに何か変化があったんだと思うけど」
「そ、それにあの人も
ぼくたちと初めて会った時に優しくお声がけして下さったし
見た目とか、いっぱい褒めて下さってたから」
「でもさぁ!それ以上にずっと長い間、沢山怒ってたじゃん!
ナザリックの大切なものを沢山奪われて
あたしたちの創造主様たちも何度も『キル』されたって!」
「で、で、でも!でも!モモンガ様は愛してるって!
『世界の敵』なのに、あの人のこと愛してるって
皆の前で言ったんだよ……?
あの人だって、モモンガ様の事絶対に孤独にしないって
誓いを立てて下さったし」
「それはっ……そう、だけど!その前にモモンガ様を
置いてくようなこと言ってたじゃない!あの宣誓だって
どこまで本当かわかんないでしょ!」
「あ、あんなに尊い誓いの言葉を、疑うなんて
おかしいよっ」
「落ち着きなさい二人共
こんな場所で話していい事ではないだろう」
「「あ……」」
場は玉座の間に続く回廊
話の内容が内容だけに居合わせた配下たちが
気にする視線を向けながらも、足を止めるようなことはしなかったが
それでも速歩きがのんびり歩きになる程度には関心を引いていた
「兎に角、君たちの意向は理解したよ
私の見解も同じように複雑で、似たようなものだ」
「デミウルゴスさんも?」
「私の創造主であらせられるウルベルト様が
久方ぶりにお顔を見せて下さった時に語っておられたことだよ
尊き御方々が次々とナザリックに再臨なされたのも
39番目の、彼の力によるものだと」
「えっそれホント?!
じゃあ、アタシたちの創造主が
お姿を見せて下さったのも?!」
「おそらく、ね
そういう意味で、我々は彼に対して大きな『借り』がある
だから、今は様子見……といった所かな
先程の会話で、モモンガ様を置いて
どこかへ行こうとしていたのも事実だからね」
「様子見かぁ……あたしも、そうしておこうかな
マーレの言うことも事実だし」
「それに、モモンガ様が仰っていらしただろう?
『匿う条件だ』と」
「匿う?そういえば
そんな事言ってたような」
「察するに彼は
モモンガ様の庇護を求めてナザリックを訪れた
『世界の敵』が庇護を求めるなど俄には信じられない事だが……
そして、庇護する条件としてこの地を去った筈の
我らがいと尊き御方々のご再臨を次々と実現し
これまでの蛮行を悔い改めることで
我らの御方々に認められ……結果として受け入れられた
しかしモモンガ様はそれだけでは足りないと判断なされたのだろう
ゆえに来たるべき今日、ダメ押しの一手を放ったのだよ
あえて全ての配下の前で
決して覆すことの出来ない永劫の誓いを結ばれた!
それは、モモンガ様が『世界』を完全に手中に収めた
という証明に外ならない」
「39番目の世界を……す、すごいです!」
「流石はモモンガ様!!」
「仮に、モモンガ様のお傍を離れるような事があれば
それこそ誓いを遵守すべく
配下である我々が全てを賭してでも彼を囚え
モモンガ様の元へお連れすれば良いだけの話」
「それもそうだね……そうなったら死ぬ覚悟しなきゃだけど
モモンガ様だって逃がさないって強く仰ってたし」
「えっと、それで話は戻るんですけど
お祝いとか、どうしたら……」
「お祝いって、モモンガ様とあの人の……
……
……ご成婚の?」
「だ、だって、ぼくたちの前で愛を誓われたわけだし」
「……」
う"〜〜〜〜ん"
と、アウラとデミウルゴスは険しい顔で唸り
デミウルゴスに至っては額に手を当てて苦悶の表情を浮かべている
明らかに歓迎できない二人の様子に狼狽えたマーレは
長い両耳を垂れ下がらせて目線を足元に落とした
回廊の先から歩いてきたアルベドが声をかける
「あら、そんな所でどうしたの?」
「アルベドこそどうしたのよ
玉座の間から出るなんて珍しいじゃない
……大丈夫?顔色悪いんじゃない?」
「平気よ
モモンガ様から言付けをお預かりしたの
デミウルゴス、アウラ、マーレ
今から二時間後に階層守護者全員で闘技場に集まるようにとのご命令よ
二人は闘技場でモモンガ様をお出迎えする準備が必要でしょう
早く持ち場に戻りなさい」
「りょーかい、行くよマーレ」
「ま、待ってよお姉ちゃん」
パタパタと走っていく二人の小さな背中を見送ると
アルベドの含みのある視線がデミウルゴスを貫く
視線を受け、伴っていた悪魔たちに先に持ち場へ戻るよう指示したデミウルゴスは、二人きりになった所で改めてアルベドへと向き直った
「まだ何か?」
「貴方には伝えておくわね
『彼』は、”真に”モモンガ様の
「断言するには、早計では?」
「確証を得るためにコレだけのことをしたのよ」
差し出されたアルベドの手にそっと触れたデミウルゴスが表情を強張らせた
触れた部分から伝わる、止まる気配のない小さな震え……そして
氷のように冷え切った指先は尋常でない湿り気を帯びている
デミウルゴスに手を包まれ、そっと握りしめられたアルベドは
安堵したように吐息を吐き出した
数秒の握手を経て、互いに手を離し適切な距離を保つ
「第七階層を守護するだけに、貴方の手は温かいわね」
「無茶をしましたね」
「この位どうという事はないわ
『39番目』が真実モモンガ様のモノであり
我々にとっても危険性がないと……いえ、」
「やはり懸念がありますか」
「訂正するわ
我々もまた
「ほう、それはそれは」
「モモンガ様の手腕には恐れ入るわ
誓いに効果が在りすぎたのか
私たちまで簡単に敵に回されるんですもの」
「外ならぬ、ユグドラシルの終焉を司る
39番目の『世界』から向けられる敵意ですからね
一介の被造物で耐えられるのは我々ぐらいのものでしょう
お疲れ様でした、守護者統括」
「そうよ、もっと労ってちょうだい
……そろそろ行くわ
シャルティアたちにも伝えにいかないと
ところでデミウルゴス」
「なんですアルベド」
「直ちに行動を開始するよう指示を受けたのに
こんな場所で悠長に立ち話だなんて
モモンガ様のモノに対して反意でもあるのかしら」
不敵な笑みを浮かべるアルベドに
同じく口の端を吊り上げたデミウルゴスが
眼鏡のブリッジを上げ直しながら長い尾を揺らす
「御冗談を
それは、この場で呼び止めた豪胆なマーレにこそ問うべきでしょう
私は速やかに持ち場に戻り、厳戒態勢に入りますとも」
「二時間後の集合に遅れたら
次は貴方に役目を回してあげるわ」
「ああ忙しい
では、私はこれで」
眼鏡のブリッジを支えながら踵を返した悪魔は
忙しいと言いながらもゆったりした足取りで歩いていく
その背を見送り、呆れたため息を吐いたアルベドも上層へ向けて歩き出す
「本当に、モモンガ様は素晴らしいわ」
漸く手足の温度を取り戻し始めたアルベドの気分は高揚の一途を辿る
ナザリック地下大墳墓の主は
誰もが手にしたことのない世界さえもその手中に収めた
かの39番目に生み出された、ユグドラシルの終焉を司る存在が
たった数日前にナザリックを訪れ、創造主と接触した
その事実を知った守護者たちがどれほどの絶望を覚えたか。
今度こそ全てが消え去ってしまう
誰もがそう思わされた時、奇跡が起きた
ナザリックの主が世界と交渉し、なんと懐柔に成功したのだ
それだけではない、一度はこの地を去った尊き創造主を次々に再臨させ
守護者たちとの満たされた一時を実現させたばかりか
ナザリックの領域を何倍にも拡張し偉大なる主に多大なる恩恵を齎した
それだけでも信じられない出来事だと言うのに
いと尊き創造主はその世界を手中に収めてしまう。
外ならぬナザリックの全ての者達の前で破れぬ誓いを結ばせ
その偉大なる力を証明してみせたのだ
「それほどのお方が、私たちの主であるというだけでも
身に余るほどの光栄だというのに……」
それでもアルベドは
たった一人この地に残った創造主のために
あえて踏み込まずにはいられなかった
創造主の手腕を疑ったわけではない
己の存在意義として、被造物の役目として
世界の真意を確かめずにはいられなかったのだ。
竦みきった足を絡ませることなく
全身に受けた恐怖を表に出すことなく
今にも崩れ落ちそうになる平静を必死に顔に貼り付けたまま
玉座の間から出てこられた己を褒めてやりたかった
正直、デミウルゴスの労い一言だけでは全く割に合わなかったが
その一言すら無いよりはマシだ
結果論だが、踏み込んで良かったと心から思えた
《ワールドエネミー》
ユグドラシル全ての者にとっての共通の脅威
挑むことが許されているのはプレイヤーのみ
それが世界の真理であり、破ることの出来ない不文律だ
その不文律を今日、アルベドは僅かだが踏み越えた
そうすることで得た確証が
今後のナザリックの命運を大きく左右すると確信を持って。
「この判断は、間違いでは無かったわ」
結果、39番目の世界は真実モモンガの
プレイヤー以外の、ユグドラシル全ての者たちにとっては
想像すらしていなかった出来事だ
その時モモンガは間違いなく世界すらも超えた超越者となったのだ
これほどの偉業を成し遂げた創造主を崇拝しない者などいないだろう
ナザリックは今、かつて無いほどに高まり
全てが一丸となっている
「モモンガ様による誓いの効果が大きすぎて
守護者たちでさえ下手なことをすると
容赦なく殺されてしまうでしょうけれど
嗚呼……それでもいいわ
だって世界がモモンガ様のモノになったんですもの!
プレイヤーの誰も成し得ることの出来なかった偉業を
私たちの主、モモンガ様が成し遂げたのよ!
全てを終焉へと導く世界が!!タブラ様の望みを叶える世界が!
モモンガ様だけのモノに!」
これは全て織り込み済みだったのかしら?
ええきっとそうだわ!
だから《真なる無》が取り上げられたのよ!
世界に終焉を齎すことに比べれば
私が壊せるものなど玩具の一つに過ぎない!
きゃー!と、嬉しい悲鳴を上げるアルベドは軽い足取りで
時折くるりとターンしながら回廊を歩いていく
第五階層に辿り着く頃にはすっかり澄まし顔に戻っており
何事もなかったかのようにコキュートスの名を呼ぶのだった
五階層特有の冷たい空気が火照った体を程よく冷ます
その心地よさに、アルベドは一層機嫌を良くした