「ほんげ―――っ!!?」
「テルさん!」
談話室に足を踏み入れた瞬間、それを待ち構えていたかのように
巨大化したライカンの『ソル』と
肥大化したケットシーの『コル』が
創造主であるアイシテルに牙を剥いた
ドン、という地鳴りと共に空気が震え
オッサンが2つの巨体に押しつぶされたように見えたモモンガは
考えるより先にコルとソルに向けて上位魔法を放とうとして
咄嗟に超位魔法の発動に切り替えた
相手はライカンとケットシー
元より魔法耐性を持つ種族で、その上
『即死無効』『状態異常無効』『上位魔法無効』など
その他多数の完全無効化特性を持つワールドエネミーのコピーだ
しかも、本来はレベル1で作成される筈が
オッサンの勢いとうっかりによって設定されたレベル100
マジックキャスターのモモンガにとって相性は最悪
そもそもからして単独で戦いを挑める相手ではない
備えもなく丸腰で赴くべきではなかったのに
『アイシテル』が同行しているから
三者は敵になり得ないと思い込んでいたのが間違いだった
唐突に訪れた最悪の事態に血の気が引く
全身を何度も淡緑の光が包む中、有効性を考える余裕もなく
今出来うる限りのバフを続けざまに己にかける
この二匹を始末しないことにはどうにもならないと
超位魔法の発動と同時に砂時計を取り出し―――……
「お待ち下さい父上!
母上は生きております!」
(ははうえ?!)
その一言で生まれた一瞬の間
「アイシテルのことかァ―――!!」
反射的にツッコんだモモンガが一際強く緑色に発光し
砂時計を割ろうとした手は完全に止まった
二つの巨体に阻まれ見えなかったが、誰が声を発したのか察しがつく
そんなことよりも確認すべきはアイシテルの所在だ
呼び捨てにしたにも関わらず、いつもなら
食い気味に返ってくるはずの反応がない事に焦りが増す
「テルさん!返事をして下さい!」
「う"あ"〜い、無事よォ〜」
僅かな間をおいて返された声には
おっかなびっくり、といったニュアンスが含まれていた
相変わらず姿は見えないままだが
幸いなことに巨大な二匹が動き出す気配はない
「怪我は?!」
「だいじょぶだいじょぶ、ちょ〜ヨユー☆
でもやばいわ」
「どっ…」
言ってることが矛盾しているので
どっちの意味で捉えればいいのか混乱してしまう
「どっちだよ?!」
「こっちだよ」
すぐ後ろから声が聞こえて、慌てて振り返ると
そこには黒い覆いを顔半分剥がした状態のアイシテルが立っていた
覆いが取れた部分から溢れる半透明に青白い髪が
ふわふわと柔らかそうな動きで後方に靡いていたが
すぐに黒い覆いが顔に巻き付き、普段通りの黒尽くめに戻った。
しかし、黒い膜が剥がれた状態はモモンガの目にはダメージを受けたように見えてしまい、早く対処しなければと気が逸る
「回復は必要ですか?効くかどうか分かりませんけど、とりあえずネガティブバーストぶっぱしときましょうか?そこの二匹はなんとしても滅殺するのでちょっと待ってて下さいっていうか方向的な意味での『どっち』じゃないです!」
「モモちゃん”プリケツ”☆」
「……」
おちけつ、からのプリケツ。
流石に咄嗟では通じない一言だ。にも関わらず
阿吽で理解した上、落ち着くまで出来てしまったモモンガは
理不尽の塊を無理やり喉の奥に押し込まれた気分に駆られる
ジトリとオッサンを睨めつけてから改めて二匹の様子を窺うが
そこに居たはずの二匹の姿は綺麗さっぱり消え失せていた
「あの二匹どこいきました?
開幕から主人に襲いかかるなんて躾がなってない
叩き潰して骨の髄まで」
「分からセックス!」
「そんなだからフレンドが俺しか残らないんですよ」
「モモちが居れば他はいらんよ
二匹とも
種族特性かなんか、今すぐ蘇生できるっぽいし
試しに生き返らせてみていい?」
他はいらない、と流れるように人たらしな発言をされて
はく、と口を開けたまま二の句が告げなくなったモモンガは
続く「自動キル」という言葉と「蘇生」という言葉を前に
とりあえずキルの件から言及する事にした
「他はいらない」という言葉についてはムズムズする感覚を抱き
どう触れたものか分からないままに。
「蘇生はちょっと待ってください、オートキルって?」
「俺も今知ったけどワールドエネミーの仕様だわ
あの子らが俺に攻撃した時、ダメージを反射したように見えた
そんで半分以下になってたライフが限界値以上に回復してる
ワールドエネミーのスキル
「眷属を攻撃して回復する手段なら
武器縛り有りでプレイヤーでも可能ですけど
《トータル・ジェノサイド》は縛り無しで発動できるんですね
体力半分以下で上位物理無効を突破するような攻撃を反射して
その上相手の体力を吸収して限界値以上に回復……
それが自動で?
ボスギミックにしても定番とはいえ、凶悪すぎますね
もしかして《トータル・ジェノサイド》は
体力半分以下になったら物理ではなく上位魔法で抜けば
リフレクトを突破できる……?
ということは、半分以下になるまでは
物理で叩かないとダメってことか?
だったらどうして上位物理じゃないのに
ハグだけでダメージが通ったんだ?
もしかして、ステルスを封じると無効特性もなくなる?
なるほどそれが正規ルートか」
「やめて!俺のこと攻略する気でしょう?
エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!!」
「ボケないと死ぬ病にでも罹ってんですか」
「いやだって本人目の前にめっちゃ考察し始めるから……
お前さんも根っからのゲーマーだよなぁ
しっかし、なんで襲いかかってきたんだ?
俺の種族コピーならこの仕様も分かってただろうに」
「はい!モモンガ様!アイシテル様!
「敬称不要!!」呼び捨ては無理ですっ
その件につきましてわたくし、パンドラズ・アクターから
ご説明させて頂いてもよろしいでしょうかっ!!」
二つの巨体が消えたことで空間の向こう側に視界がひらけ
長椅子とローテーブルが設置されている室内中央には
パンドラズ・アクターと、その傍らにはセラ・クラヴィスが立っている
天に向けてまっすぐ伸び上がった片腕とぴしっと伸びた背筋
一本の線のように美しく挙手するパンドラズ・アクターのハキハキした物言いを見たモモンガは「こうなるのかぁ」と諦観したような呟きと共に妙な既視感を覚えつつ精神を沈静化させる
薄緑に発光する創造主の隣でオッサンはというと
上体を限界まで仰け反らせ、それはもう大げさに慄いていた
「しょ、初見即答、だ と……?!
流石は完全無欠なモモンガの息子、やりおる……!」
大げさなオッサンのリアクションに対抗するように
上着の裾を翻し、挙手していた片腕をゆっくり大きく回し
そっと胸元に添え半歩片足を引き
「お褒め頂き光栄の至りで御座います
アイシテル様「敬称不要!」必要デスっ」
「ぇえい!終焉を司りし《トータル・ジェノサイド》が
呼び捨てを命じておるのだぞ!!」
「断固!謹んで!お断り申し上げまっす!!」
「なんでや!呼べや!」
「貴方様のご尊名をお呼びできるのは
我が創造主、ンモモンガッ様!だけですのっで!!
我々は王妃様とお呼びさせていただきまっす!
もしくは母上、あるいはご母堂、または奥方様
なんなら我が創造主唯一のファ〜ズヴァンッッド!!とでも!」
後半につれて早口な物言いだがレスバならオッサンも負けてない
唇を窄ませ尖らせ同じ口調で言い返す
「断固謹んでお断り申し上げますぅ!」
「なんでですか!呼ばせて下さいよ!!」
声を張り合うやりとりとテンションを見て
モモンガは早々に理解した
嗚呼……既視感の正体はコレだ、と。
「なんで制作者の俺よりテルさんに似てるんだ」
頭を抱えるモモンガを尻目に
両者一歩も引かない敬称戦争が繰り広げられる中
「落ち着いて」と言いながら柔らかく止めに入る勇者がいた。
一挙手一投足が五月蝿すぎる二人の間に立ち
両腕を広げて双方の言い合いを収めようとする白衣の埴輪
「先にお父様にご説明しましょう
パンドラズ・アクター」
「そしてなんでオッサンのNPCの方が
俺みたいな立ち回りをしてるんだ……」
過去、散々にギルメン同士の仲裁をしてきたモモンガは
おかしいだろ、と言いながら頭を抱えてしゃがみ込む
その行動は魔王ロールとは遠くかけ離れたものだった
―――場を仕切り直して
長椅子に座ったモモンガとオッサンの正面には
パンドラズ・アクターとセラ・クラヴィスが座っている
それぞれの目の前には既に紅茶が用意されており
立ち上る湯気からは華やかな香りが漂っていた
「父上、お砂糖いります?」
「いや、多分飲めないから……
香りだけ楽しませてもらおう」
「そうですか」
「お父様、ミルクお入れになられますか?
マイルドになって美味しいですよ」
「レイスも飲めないだろうし
俺も香りだけでいいわ、娘っちと息子っちは遠慮せず飲み」
「「では遠慮なく」」
そう言って、全く同じタイミングでカップを呷り
ズゴッと勢いのある音を立てて素早く飲み干し
そっとカップを置くタイミングも息ぴったりな埴輪二人
それを見て遠い目をする親二人
「今、紅茶飲まずに吸ったよな?一瞬で吸引したよな?
……ダイソンかな?」
「どうしてこうなった」
「漫才の腕でも磨いてもらう?」
「やめてください
ここに来る度にM-1グランプリの登場音楽流れるとか嫌ですよ」
「吉本新喜劇」
「却下です」
「んじゃ、笑点」
「格式上げてもダメ」
「笑っていいとも」
「お昼休み限定で例のBGMが流れるんです?」
「バックダンサーが目の前に丁度二人いるし
司会のモモンガは目が黒いし」
「自然派志向のサングラスです
ってやかましいわ
それもう宝物殿じゃなくて笑物殿じゃないですか」
「うははは」
「何わろてんねん」
「「ふふふふ」」
「お前らもちょっと黙れ」
同じく笑い声を上げた埴輪二人にぴしゃりと命令する。
スン……と、同時に静かになる三名
空気を読む能力が抜群に優れているのはよく分かった
このままのんびり雑談に興じたい所だが
あと数十分で闘技場に向かわなければならない
時間もないので早速オッサンが話を切り出す
「それで、コルとソルはなんであんな行動を?」
ようやっと本題に入り安堵に肩を落とすモモンガ
埴輪二人はまたも息ぴったりに目の前のティーカップをソーサーごと脇に避けると、モモンガとオッサンの目の前に置かれていたティーカップを手元に手繰り寄せてそのまま当たり前のように口元に運んだ
ズゴーッと音がなった後に、カップを置いてパンドラが話し始める
その傍らでセラがティーポットの蓋を開け
モモンガたちの側に寄せて香りを楽しめるよう配慮した
「二匹のアレは敵対行動ではなく
テル様のライフを回復させたいが為に
気が逸り過ぎて本能のままに身を投じただけで御座います
コルとソルの復活に関しては
まだお二方は正式な婚姻関係にないので
財産の共有は避け、拡張領域にあるアイシテル様
「敬称不要!」必要デス!の金貨をご利用下さい
NPCの検証にも繋がりますので
この度の行いは決して無益にはならないと具申致します」
「あの子たちはお父様が傷ついたままでいるのに
耐えられなかったのでしょう
ヘロっち卿への恩義に報いるべく『一発かましてやる』と
いう思惑に沿ったのも理由ですね」
「セラ・クラヴィス
それはお伝えしない方が良いと話したでしょう
至高の御方々の分裂を招く発言ですよ」
「お父様はこの程度を許せないほど狭量ではありません
ヘロっち卿との関係も改善しておりましたし
コルとソルも己の特性を十二分に理解した上で実行したのです
今回はへロっち卿への恩義に報いる為の一回限りで
次からは先程のような愚行に及ぶことはありませんもの
ね、お父様」
「おう、長年ヘイト溜め込んでたヘロっちの気持ちもよく分かるし
コルとソルの作成を手伝ってくれた恩があるのも事実だからな
アレぐらい全然構わんよ
久しぶりにヒヤッとさせてもらって楽しかったわ
な、モモンガ」
「制作段階で何か企んでるなとは思ってましたけど
こういう事だとは思いませんでした
油断しちゃいけないっていう教訓になりましたし
テルさんがいいなら俺も許します、それと……
パンドラズ・アクター
俺達の間で伝えなくていい事なんてひとつもない
これからも気になることや気づいたこと、興味のあること
なんでもいい、俺かテルさんにちゃんと話すように」
「……わかりました」
神妙に頷くパンドラズ・アクターを見て短く吹き出したオッサンは、目線だけで「なんだ」と問いかけるモモンガを見つめ返し優しくその背を叩く
「やっぱりパンドラズ・アクターは
根っからのモモンガのNPCだなと思って」
「その心は?」
「ギルメンを特別に思ってるからこそ
それに関する伝えるべき情報に慎重になっちまうんだよ」
「……どういう意味ですか」
「モモンガはメンバーみんなが大事だろ?
コイツは、お前さんがナザリックを支え続けてきたのを
この宝物殿で何年も、ずーっと……たった一人で見守ってきたんだ
『わかりました』って言っても、お前さんを気遣い続けるだろう
この先何かあったとして
大切なことを伝えるのが遅くなっても頭から咎め立てはしてやるなよ?
モモンガの本音の深い所まで知ってる、唯一の存在なんだからな」
モモンガは、アイシテルの指摘に息を呑んだ
本音の深い所、という言葉に嫌と言うほど思い当たることがあったからだ
思い出すのはアルベドの目の前で怨嗟を吐き出していたタブラの映像
モモンガにもタブラと同じようにパンドラズ・アクターの前で
去っていったギルメンについて愚痴ったり
運営に向けて毒を吐いたりしたことも少なくない
モモンガの飾らない言葉を、本音を
それらの何もかもを覚えているのであれば。
「……」
恐る恐るパンドラズ・アクターに視線を移し
事実を確かめるように見つめる
すると微動だにしなかった埴輪は僅かな間を置いて肯定するように頷いた
「覚えている」と明確に返されたモモンガは
己がNPCの傍で何を語っていたのか、数年分を振り返り……
結果、その場で薄緑の発光を繰り返し頭を抱える
「全部……覚えてるのか」
「はい、私という存在が生まれた時から
今までの事は全て、詳細に覚えております
父上」
「だよなぁ……知恵者っていう設定だもんなぁ……」
「セラは俺が作ったNPCだからナザリックの歴史だとか
ギルメンに関する、その辺の情緒に疎い所がある
共有する情報はちゃんと選んどけ
ある程度の分別は付いてると思うが、俺と似てるなら
今さっきみたいにポロッと口にしちまう場合もあるからな」
「承知しました」
会話の流れから失言していたのだと気づいたセラが狼狽する
「お父様……私、」
「だいじょぶだいじょぶ、怒ってない
でもナザリックのデリケートな話題の扱いには気をつけろよ
判断できない時はパンドラズ・アクターの意思に従え」
「はい……メンゴリでございます、モモンガ様」
想定外の謝罪にモモンガが体勢を崩す
「謝り方遺伝しすぎでしょ」
「褒めて褒めてぇ」
「ダメ親か」
「でも許しちゃうでしょ?」
「許しますけども」
「仕草も立ち回り方も
お淑やかで儚げで慎ましやかで可愛いっしょ?」
「そんな子にメンゴリと言わせた
アンタの罪は重いですよ」
「ノット・ギルティ!!そんな事よりモモンガ
NPCの中ではパンドラズ・アクターを最優先にしろよ
この場にいる誰よりもお前に寄り添うことができるんだから」
気心も本音も知っている存在は大変貴重だ。
NPCの中でも特に優先するのは当たり前、とアイシテルは思っていたが
当のモモンガは暫し考えた後にそっと首を振る
「それは、止めておきます」
「なんでよ」
「俺は、ナザリックで唯一
パンドラズ・アクターの創造主として存在しています、それは
俺達で言う所の『両親が健在である』のと同義だと思うんです
だから、他のNPCたちにとっての他の創造主の不在は
とても大きな影響があるんじゃないでしょうか?」
「両親って例えるなら、まぁ……確かに」
「この一週間で戻ってきてくれたギルメンも居ましたけど
大半は戻ってきませんでした
NPCの中には『捨てられた』とか『見放された』と
考えている者もいるのかもしれない
よって、この件はより慎重に扱うべき案件だと判断します
ナザリック内の均衡を保つためにも」
「……ンン」
NPCはデータの集合体、という認識が強いオッサンは唸る
モモンガはNPCの事を、転移によって現実化したいち生命体と見なしており
双方の認識の差の所為でいまいちピンとこないオッサンが首を傾げる中
パンドラズ・アクターとセラ・クラヴィスは深く頷いた
「父上の仰る通り、今……我々は様々な要素において
実感という名の波に飲まれ、翻弄されている最中です
私も、セラという妻の存在に戸惑っている部分がある位ですから
他の者たちの動揺もかくやといった状況だと思いますよ」
「戸惑っている?
何か違和感でもあるのか」
「複製とはいえ、《トータル・ジェノサイド》が私の妻
というのが、その……いけに…いえ、ひとばし……ン"ン"ッ
ワールドエネミーに対する認識が強すぎて
妻と分かっているのに本能的な畏れを感じると言いますか」
「今、生贄とか人柱って言おうとしたよな」
「近しいNPCにとってはそういう認識なのか……」
「失言です、お忘れ下さい
それとは別に、
モモンガ様が与えて下さったセラに関する大半が
実現できていない状況に焦りを感じております」
(俺が与えた常識?)
すぐに思い至らなかったモモンガは内心で首を傾げる
先程のパンドラの失言を気にした素振りのないセラが続いて発言した
「ワールドエネミーの複製である私は
パンドラズ・アクターの生存本能を滅多刺しに
してしまっているのはハッキリと感じ取れます」
「セラ・クラヴィス
滅多刺しと断言するほどハッキリと感じ取れるのなら
なにかに付けて私のウィークポイントを見つめるのは
止めてくれませんか」
「あら、また見つめてしまっていましたか?
《トータル・ジェノサイド》としての特性の所為か
無意識に背後を取ったり、気配を殺したり
急所を見つめてしまったり……困りましたわ」
と、頬に片手を当てつつさも困り果てたといったジェスチャーをするが、端から見ても分かるほどの白々しさが感じ取れる
愉しんでいるのが見て取れたパンドラズ・アクターは
疲れたように肩を落とした
「困っているようには見えないんですけどね」
「(平静を装いながらも心の奥底で
震えている貴方は)とても可愛らしいです」
「副音声で言葉を付け足すのを止めて下さい
……と、いう具合に
彼女の存在に慣れるまで今暫く時間がかかるかと」
セラのクセの強さを目の当たりにしたモモンガは
やっぱりオッサンのNPCだと深く納得する。
パンドラに疲労の色を感じ取ったオッサンは
早速尻に敷かれてる感じか、と
黒い覆いの下で達観した笑みを浮かべた。
「娘っちが苦労かけるねェ、パンちゃん」
「パンちゃん?!というか言い方が軽すぎでは?!
常に命の危険に晒されている心情と慕われている安心感の落差で
結構深刻なんですよ私!」
「……パンドラズ・アクター」
「なんでしょうか父上」
「くれぐれも、浮気はするなよ」
「ちょっ」
「くれぐれも」
「 し ま せ ん よ ??!!
滅多なことを仰らないで下さい 我 が 創 造 主 !!
むしろ私がされた方が面倒なことになるのは
モモンガ様もご存知でしょうに!!!」
パンドラの言葉に、オッサンが腕を組み首を傾げる
「された方が面倒?」
「ええそうですよ!
もしセラが私から離れるような事があれば
その原因を根幹から根こそぎ排除して
セラを私だけが知る場所に閉じ込めますっ
それぐらいはしますよ私は!」
「ぅゎ……」
即答する自身のNPCに引くようなリアクションをしたモモンガだったが、それはただ『引く』というより納得や理解したという意味合いが大きい
その辺り深く考えた様子のないオッサンが再度首を傾げ
切れ味よく現実を口にした
「パワーバランス的に無理じゃね?」
「だから困ってるんです!
私の奥さんなのになんでこんなに強くしたんですか!
せめてどっこいどっこいにして頂けたら
手数で抑え込めていたのにっ」
「雌のほうが強いのは自然界の法則だぞ」
「それは精神面の話でしょう!
私はフィジカルの話をしているんです
さっきだって腕相撲で負けたんですよっ
とっても悔しいです!私が!夫!なのに!」
「二重の影って変身前は弱いから余計になぁ」
と、モモンガは内心で苦笑いする
両腕の肘から下をブンブンと上下に振って必死に不満を体現するパンドラにそっと寄り添い、その腕に片手を添えもう一方の手で頬を撫でて宥めにかかるセラ
さりげないボディタッチにまんざらでもない様子のパンドラ
今更どうしようもないので慣れてもらうしか無い
いちゃいちゃし始めた二人を前に、オッサンはまたもや首を傾げる
「ところで、幻想的な常識ってなんのこっちゃ」
独り言のような問いを拾ったモモンガが応える
「多分アレですよ、バイタルとか
特殊能力で互いの居場所に瞬間移動するとか
メッセージではない意思疎通能力とか」
「ああ〜、ソレ現実化しなかったのかァ
やっぱりユグドラシルにない能力は現実化しないのな
息子っち、意識読む特性はどうなってる?」
「それについては問題なく……
私は上位特性も獲得しているので
格下相手であれば深層まで暴くことが出来ますが
セラ・クラヴィスの場合は
基礎種族のみであるにも関わらず深層どころか
それよりも更に深い所まで干渉できるようです
……ワールドクラスなので非常に強力ですよ」
パンドラの言葉にオッサンが慌ただしく立ち上がった
期待する雰囲気と勢いにビックリした埴輪二人は反射的に身を引く
「それって、もしかして
集合的無意識の事か?!」
「……集合的無意識?」
テーブルに手をついて身を乗り出すオッサンの
聞き慣れない言葉にモモンガは首を傾げる
訳知り顔のオッサンは再度ソファーに腰を沈めると
得意げに腕を組んで説明し始めた
「集合的無意識ってのは『虚数領域』……
つまり魂が存在する精神世界の話だ
俺達が『地獄』や『天国』もしくは『あの世』っていう
概念でしか認識できない世界で
量子AIでも実現不可能な高次元領域一歩手前の場所の事だよ」
「お父様、残念ですが
私の能力はそこまで高性能ではありません
『実数領域』を介した虚数概念までは干渉できますが
『虚数領域』そのものへの干渉には至っていないのです」
「そっか……もしできたとしたら理論上
単体でも相転移が可能になるって事だろうし
位階魔法に縛られない次元移動ができるようになると思ったんだが
そうウマくは行かねーか」
「相転移の研究を始めますか」
「……やめとこ
グノーシス出てきたら太刀打ちできん」
別ゲームの世界観の話をしていると
モモンガがオッサンの肩をがしっと掴んで
一層顔を近づけ凄んできた
「アンタもしかして、セラに
アレ以上の別ゲー設定盛り込んだりしてませんよね?
なんでそこまで詳しく話が通じてるんですか!」
「付帯文は好き放題と思ったら
世界ぐらい軽く超えてもいいかなって☆」
「最終確認をしたつもりだったのに
いつの間にそんな内容を……」
呆れ果てたモモンガが何かを思い出す素振りで顎に手を当てる
すると話の流れを見守っていたパンドラがしみじみと頷いた
「王配のお話はひとまず横においといて
夫婦間の特殊能力のお話しに戻っても宜しいでしょうか」
「誰が王配じゃい」
「位階魔法による虚数領域へのアプローチでしたら
ドッペルゲンガーの種族特性だけでなくテレポートやゲート
タイムストップという取っ掛かりがあるので
すぐにでも研究に移ることが可能ですよ」
「早速スルーか?流石モモンガの息子、歪みねェな」
「しかし、魔法の法則に縛られることになるので
新たな位階魔法を構築したとしても
手練のマジックキャスターには妨害や対策の隙を
与えてしまう事になりますが」
「連続スルーは初体験だわ
こうなったら顔文字でうざ絡みを」
「ちょっと大人しくしてて下さいねテルさん
グノーシスとやらが干渉する危険に比べれば
位階魔法の方がずっとマシだ
その方向で進めるなら許可する……が、
お前たちには別にやってもらいたいことがある
虚数領域とやらの研究は片手間程度にしておくように」
「「畏まりました」」
話をさっさとまとめてしまうモモンガ。
危険思想を持ち出した当事者二名は
若干不満げな様子で主従二人を見つめ
オッサンがボソリと呟き、セラがそれに応える
「ゾハル作れねェかな」
「ドッペルゲンガーは種族特性上
制御装置としての親和性も強そうですものね」
「そこの二人、話しを終わらせたそばから
物騒な事を企むんじゃない」
「安心しんさい
マジで本腰入れてそっちの研究を始めるとしても
実績出すまで軽く一万年はかかりそうだし」
「別ゲーの実績獲得よりも
今の世界の未知を探求しましょうよ
ただでさえ分からないことだらけなんですから」
「ところでモモち」
「はいはいなんですか」
「時間大丈夫?そろそろ闘技場行かんとヤバない?」
「あ"っ?!」
慌てて時間を確認したモモンガはあと数分しか残されていないことに焦り
隠密偵察を兼ねてオッサンを先に闘技場へ向かわせ
改めて埴輪二人に密命を与えると忙しなく宝物殿を後にする
慌ただしい創造主たちを起立して見送った埴輪二人は
互いを見合わせ、一層声を潜め話し始めた
「ウルベルト卿の件はお伝えしなくて
良かったのですか?」
「ええ、必要ありません」
「……貴方達が敬愛する者の一柱が亡くなられた
という話ですよ?
やまいこ、というお名前の方でしたか
かなり重要な事だと思いますけれど」
「それこそ『知った所でどうしようもない事』ですから」
吐き捨てるパンドラズ・アクターの声はどこまでも無機質だ
創造主を前にした時に比べて、分かり易い言動の温度差
楽しげに笑った白衣の埴輪は
『伝えなくていいことなんてひとつもない』と
言われたばかりなのに、と
早速とばかりに報連相を怠る忠義者を
愛おしげに見つめるのだった
※実際に死亡した人はベルリバー
誤解と誤解釈でやまいこが死んだと思い込んでる埴輪二人。
サ終前にウルベルトが戻った時の詳細は
語られるタイミングが来た時に創作予定です。