「あの、車椅子、押します……?」
ミレニアムの校舎に入るためのスロープの上り坂、特異現象捜査部の部室へ行くためにそこを通り抜けようとしたヒマリはそう声をかけられた。振り返るとそこには黒いトリニティの制服を着たピンク髪の少女。EXPOに参加しに来た子だろうか、顔を真っ赤にしてもじもじしながらこちらを見ている。
「あら、ご親切にありがとうございます。ですがこの車椅子は私が製作したもの。このくらいの上り坂など苦にもならないのですよ♪」
そう言ってフフンと鼻を鳴らし、胸を張るヒマリ。己が才覚と製作物に絶対の自信を持ってる彼女は、ミレニアムの新技術を見に来たトリニティの生徒ならきっと羨望の眼差しを向けてくれるだろうと期待し、自慢して見せたのだ。……しかし、そんなヒマリの予想は外れてピンク髪の少女は今にも泣き出しそうな顔になった。
「い、いらないなら別にいい!……です、ごめんなさい……」
最初は語気が強く、だが最後は消え入りそうな声になる少女。そこでヒマリははたと気づいた。この子は他人と喋るのがあまり慣れていなくて、でも困っている人は見逃せない優しい心の持ち主なのだと。そんな子が、勇気を出して声をかけてくれたのだ。それを断るのは酷であったとヒマリは自省し、そして彼女がせっかく振り絞ってくれた優しさと勇気に報いることに決めた。
「……あら、そういえば車椅子のバッテリーが切れているんでした。このままでは坂道を登れませんね。……すみません、トリニティの方、先程断っておいて申し訳ないのですが、やっぱり手伝っていただいてもよろしいですか?」
「っ!!……うん、任せて!!」
泣きそうになっていた少女の顔は一気に晴れ渡り、すぐに小さな身体を走らせて車椅子の後ろについた。そして少女はヒマリの車椅子を押したのだった。
「ゆっくり押してくださいね」
「うんしょ……こんな感じ?」
「はい。フフッ、上手ですね」
「え?……ただ押してるだけなのに、上手とかってあるの?」
「ありますよ、車椅子に乗ってる側は押している人に何もできませんから。押し方が乱雑だと、このまま振り落とされるんじゃないかと不安になります。ですがあなたの押し方は……無意識かも知れませんが、私が怖くならないように気遣ってくれている。あなたの優しさが出ているのですね、安心して身体を任せられます」
「本当……?フフン、当然よ!私、正義実現委員会のエリートなんだから!」
正義実現委員会……トリニティの治安維持を努める組織だとヒマリも理解している。どうやらそこに所属しているらしい少女の誇らしげな顔を見てヒマリは笑みを溢した。こんなにいい子が所属しているのなら、正義実現委員会……引いてはトリニティは安泰だと思ったのだった。
__________果たしてスロープを上り切ると、少し進んだところで少女は車椅子を押すのを止め、ヒマリの顔を覗き込む。
「はい、登り切ったわよ!……大丈夫?車椅子酔いとかしなかった?」
「フフッ、大丈夫でしたよ。あなたのおかげです、ありがとうございます」
「その当然のことをするのは、とても素晴らしいことなんですよ?……ええと、失礼。自己紹介がまだでしたね。私、ミレニアム最高の学位『全知』の所有者にして、ミレニアムが誇る天才清楚系病弱美少女ハッカーの明星ヒマリと申します」
「ぜ、ぜんち……?あっ!下江コハルです!」
「フフッ、下江コハルさんですね。覚えておきます」
手伝ってくれたのはとても嬉しいことだが、せっかくEXPOを見に来たお客さんにこれ以上迷惑はかけられない。後日あらゆる手を使って少女……コハルに礼をすることを心に誓い、ヒマリはその場を離れようとした……瞬間、
「あっ、待って!」
「……あら?どうしましたか、コハルさん」
「いや、バッテリー切れてるんでしょ?だったら目的地まで押してあげるわよ」
「あ、ああそういえばそうでしたね。ですがこれ以上コハルさんの手を煩わせるわけには……」
「いいから!どこまで行くの?私が連れてってあげる!」
そう言って笑って見せたコハルに、ヒマリは肩をすくめる。迷惑をかけないようにと思っていたが、見ず知らずの自分をここまで気遣ってくれるのはとても嬉しく、何よりそれを当然のことと言って実践しているコハルにヒマリは感心していた。
「……フフッ、確かにそう言ってましたね。ではお願いします、コハルさん」
「OK、じゃあ車椅子押すわよ!」
元気なお返事、だが優しくゆっくりと押してくれる感触。ヒマリは部室にお気に入りのお菓子とお茶の在庫があったかを思い出しながら、コハルの力加減に身体を任せるのだった。