推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第1話:今の私の名前は、メアリー・ケリー

 

 

 

 

 これは私の前世らしきものの記憶だ。真実かどうかは分からないし、何もかもが偽りかもしれない。でも、今の私にとってはこれこそが自分の記憶だ。

 

 まず最初に話したいのは「オルタナティブ・サイコ」という名前のゲームのことだ。私はかつてそれにはまっていた――と思う。何もかもが曖昧だけど、このゲームのことだけは覚えているからだ。

 

 舞台となるのは「レイヤード」と呼ばれる超巨大都市。全市民は「評議会」という権力機構によって製品のように管理され、それに疑いを持つこともほとんどない。

 思想も、信条も、願望も、全て評議会が決めた通りのものを選び取り、市民として模範的な生活を送ることこそが至福という、絵に描いたようなディストピアだ

 

 特に犯罪について、評議会は兆候さえ嫌悪している。

 定期的に全市民は検査を受け、犯罪に繋がりかねないとされた人物は「推定犯罪者」として扱われる。今犯罪を犯していないけど、将来犯罪を犯す可能性が高いから同等に扱う、という狂った理屈だ。

 とりわけ危険な人物は施設に収監されて洗脳という名の矯正が行われるか、適宜粛清される。

 

 プレイヤーは評議会直属の犯罪抑止組織「アウトカム」に属する捜査員で、様々な推定犯罪者と共に、都市の平和を守りつつ評議会の秘密を探る……といったストーリーだった。

 もうお分かりだろう。

 私は今、そのゲームの世界にいるようなのだ。もし私の記憶が正しければ……だけれども。今はこの事実を評議会に隠しつつ受け入れるしかない。

 

 

 今の私の名前は、メアリー・ケリー。

 

 

 アカデミーを文句ない成績で卒業した、アウトカム期待の新星である犯罪捜査官だ。私がある日突然この世界のメアリー・ケリーとなってしまったことは誰も知らないと思う。いくら人の頭の中身まで監視してくる評議会でも、メアリーの中身が突然変わったなんて分かるはずがないと思いたい。

 

 ともかく、メアリーの記憶を頼りに仕事にも慣れてきて、これならやっていけるかもしれないと思っていた頃。私の期待を全壊する事態が訪れてしまった。

 推定犯罪者の更生を目的とした、コンビを組んでの犯罪捜査のテストに私は選ばれる。

 

 

 その相手が、よりによってオルタナティブ・サイコで最悪とされる殺人鬼、ジョン・ドウだったのだ――

 

 

 

 

 レイヤードの特別収監施設「エシックス」。要するにここは刑務所であり、パノプティコンだ。建前は推定犯罪者を自発的に受け入れて、社会復帰を援助する施設だが、実際はそうではないのは火を見るよりも明らかだ。人体実験や非合法の薬物の実験場でもある。そして、私は今ここに収監されている最悪の推定犯罪者に面会に来たのだ。

 

 もちろん絶対行きたくはなかったのだけど、私の上司のハロルド捜査官に同行する形になっているのだから拒否権はない。

 

「メアリーちゃん、何度も言うようだけどさ、今回君がこのテストに抜擢されたのは、評議会の決定だからね。くれぐれも気をつけてくれよ。下手なことをしておじさんの寿命を縮めないようにね」

 

 私にそう言うのはハロルド・ギボンズ捜査官。アウトカムのメンバーの中では一番の古株の一人だ。外見はちょっとさえない感じの中年の男性で、いつも困ったような笑みを浮かべている。四角四面な住民が多いレイヤードの中では、言動が危ないくらいフリーダムな人だ。本人は口にしないけど、評議会ともコネがあるとかないとか。

 

「心得ています、ハロルド捜査官。アウトカムの一員として、全身全霊で職務を遂行する所存です」

 

 私は犯罪捜査官として非の打ち所がない返答を返す。これで敬礼をすれば軍隊だ。実際、私たちアウトカムの制服のデザインは軍服に近い。私の返答に、ハロルドはいつもの人当たりの良い、曖昧な笑みを浮かべる。

 

 それにしても、このエシックスの中は本当に気持ちが暗くなる。延々と続く似たような外見の廊下。鉄格子の中の推定犯罪者たち。通り過ぎる私たちを見て「助けてくれ! 俺は何もしていない! 犯罪者なんかじゃない!」なんて叫ぶのはまだ収監されて日が浅い人だ。エレベーターで下の階に下りるたびに、彼らの狂気はどんどん増していく。

 

 意味不明の数式を壁にびっしり書いている人、ひたすら虚空を見つめて誰かと会話している人、私たちを見ていきなり祈りをささげる人、何かの設計図みたいな絵を延々と描いている人――とにかく異常者だらけだ。評議会は「精神純度」という指数で推定犯罪者かどうかを判断する。下の階に行けば行くほど、それは濁り、低下していくのだ。

 

「いつ来ても気が滅入りますね、ここは」

 

 私はつい感想をハロルドに言ってしまった。ハロルドの困った顔が大慌てで真面目な顔になる。

 

「メアリーちゃん、それはおじさん以外に言っちゃだめだよ。この人たちは一応、社会復帰に向けて努力中ってことになってるんだから」

「しかし、こんな場所では逆効果ではないですか」

「まあ、だからこそ、評議会は今回の更生プログラムを用意したってことかもね。君がそう思うのなら、一人でも多くの推定犯罪者が更生できるよう、全力を尽くそうね」

 

 結局それか。分かっているけど、ため息が出るのも仕方ない。何しろこれから面会する相手が相手だからだ。あれは――これ以上ないくらいのサイコパスだから。

 

 

 

 

 

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