推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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ガラテアの警備は引き続き行われる。しかしそれは形だけだ。私は既に、オルタナティブ・サイコというゲームでこの脅迫の犯人を知っている。犯人はマネージャーのコナーだ。優れた才能を育てるためには苦痛が不可欠というはた迷惑な理由で、コナーはガラテアに様々な形でストレスを与えていたのだ。本当に、はた迷惑にも程がある理由だ。
しかし、私は結論としてコナーが犯人と知っているだけだ。確かに、適当な理由でコナーを推定犯罪者に仕立て上げることはできる。でも、そんなことを何度も続けたら明らかに不自然だ。「メアリー・ケリーは直感で犯罪者を見つけ出す異能を有している」などと評議会に疑われたら私はおしまいだ。脳を摘出されて標本にされかねない。
できるだけきちんと手順を踏んで――少なくとも、踏んだように見せかけて――コナーを捕まえなくてはいけない。
「メアリー。それにしても弱気な脅迫者さんはガラテアに飽きたか、別の理由で脅しの手をゆるめているようだね。どうだい? 何かあっと言わせるような方法で彼を釣り出してみようじゃないか。そうしないと退屈で仕方ないよ」
別件で都市警察に顔を出した帰りのことだ。車に乗り込んだところでジョンがそう言ってきた。分からないのはジョンだ。コナーと会った時のあの発言。ジョンは一瞬で彼を犯人だと見抜いたんだろうか。それとも、イライラした私を見たくてわざと気に触るようなことを言ったのか。こいつの本心はまったく読めない。
「ええ、分かっています。これ以上は時間の無駄です」
私はエンジンをかけながらそう言う。
「ジョン、命令です」
「何かな? 親愛なるメアリー・ケリー捜査官殿」
助手席のジョンはにこやかに応える。
「犯人のフラストレーションが溜まるような行動を取ることにします。ガラテアと親愛な行為を人目のつくところで行って下さい」
「……はい?」
あっけにとられたジョンの声が聞けて、私は心底痛快だった。このサイコパスでも思いつかない方法があったなんて。
「あなたの容姿は人並み以上です。適切な配役でしょう。有り体に言います、ガラテアといちゃつきなさい」
コナーはガラテアに偏執的にこだわっている。そこにジョンがちょっかいを出せば、コナーも穏やかではいられないだろう。
「僕に拒否権は?」
当惑した様子のジョンに、日頃のストレスが一気に晴れるのを私は感じていた。ことさら私は当然のような表情で言ってやる。
「もちろん、一切ありません。あなたは私によって運用される犯罪捜査のためのツール同然なのですから」
まさか断るわけはないよな、と私は横目でジョンの方を見る。
「……まあいいか。いささか不愉快だけど、ほかならぬメアリーの頼みだ。やるよ」
しばらく沈黙していたジョンは、やがて諦めたように首を左右に振りながら観念した。しかし、すぐに困惑気味だった顔に笑みが浮かぶ。
「それに――たまにはこういうのも悪くない」
おい、なんで私を見て笑うんだ。なんだ? 私に見せつけて嫉妬させるつもりか?
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「ジョン・ドウと親しいふりをして下さい」
後日、私はガラテアの所属する事務所の一室で、彼女に協力を頼んだ。
「ただし、彼は第一級推定犯罪者です。彼を信頼しないで下さい。彼は致命的に他者と共感できない人間です。どれほど親切にしてきても、それは単なるエミュレートです。彼のことは人間のふりをする機械と思って下されば結構です」
冷静に考えれば、会話するだけで精神純度を低下させる第一級推定犯罪者を友人役としてガラテアにあてがい、おとり捜査のようなことをするのは正気ではない。しかし、私は上級市民にしてアウトカムの犯罪捜査官だ。一般市民が私の捜査方法に文句は言えない。仮にガラテアの精神純度が下がっても、私にはその数値を書き換える権限がある。
「……分かりました。それで、犯人が捕まるなら」
渋るかと思いきや、ガラテアは少し悩んだだけであっさりと了承した。
「ずっと……今も見張られている感じがしますから。もうこういうことは終わりにしたいんです」
ガラテアは不安そうに肩を振るわせる。しかし、その犯人がプロデューサーのコナーであるとは思っていないようだ。
「検挙した犯人は即時矯正されます。場合によっては記憶の消去も行いますので、二度とあなたを脅かすことはないでしょう」
私はすぐにフォローする。ストーカーに対してレイヤードの刑法は容赦ない。犯人は被害者に対する記憶を抹消されるだけでなく、再犯できないよう性格や性癖まで改ざんされてしまう。
「……ですが、その……推定犯罪者ですよね、ジョンさんは。できれば、アウトカムからほかの人を呼んでいただきたいのですが……」
ガラテアの困惑も分かる。評議会はストーカーの頭の中身を壊すことはためらわないくせに、ジョンの殺人嗜好を少しも抑制していない。ジョンがシリアルキラーであることは知られていないが、ガラテアも不安だろう。
「本件は私に一任されています。他の捜査官は別の事件に従事していて、協力は指示されていません。ジョン・ドウはサイコパスですが、私の命令には従います」
私は空約束をする。本当は少しも従わなかったけどね!
「彼には言い聞かせてあります。あなたと親しいふりをしろ、犯人を確保しろ、何があってもあなたを守れ、と」
結局最後は、私は四角四面なメアリー・ケリー捜査官を演じるしかなかった。
「お気になさらず。何かあっても彼は市民ですらありません。補充などいくらでもできる備品同然ですから」
そこまで請け合ってようやく、ガラテアは安心した様子だった。つくづく、ステージの上の天真爛漫さとは正反対の、等身大の女の子といった感じだった。
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