推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第12話:証拠など必要ありません

 

 

 

 

「おでましのようね」

 

 離れた場所から一部始終を見ていた私は、通信機で都市警察に連絡を取る。すぐに数人の警官がこちらに向かうはずだ。ジョンの服につけている通信機は、向こうの声をはっきりと届けてくれる。

 

「すみません、もうそれくらいにしていただけますか」

 

 通りの向こうから歩いてきた男性に、わざとらしくジョンは驚いた態度を取る。

 

「おや、君は……」

「ガラテアのマネージャーのコナーです」

 

 すばやくコナーはジョンに言葉を続けさせない。

 

「そうかい。個人的に挨拶するのは初めてか。僕はジョン・ドウ。アウトカムのメアリー・ケリーの友人だよ」

「冗談はやめて下さい、第一級推定犯罪者。あなたの存在そのものがガラテアにとって有害です」

 

 コナーは苦々しい顔になる。

 

「まったく、何を言うかと思えば……芸術が楽しみから生まれるだって? ばかばかしい」

 

 ジョンの脇をすり抜け、コナーはガラテアの前に立った。

 

「行きますよ、ガラテア。もうこんな時間の無駄は止めましょう」

 

 まるで娘に説教する父親のようなコナーだったが、彼の提案は受け入れられなかった。

 

「無駄じゃないです」

「なんですって?」

 

 正真正銘驚愕した様子のコナーを見ながら、私は歩き出した。これは一悶着あるに違いない。

 

「ジョンさんは初めて、私の駄目なところを認めてくれました。苦しまなくても、歌が歌えるって言ってくれたんです。ずっと忘れていました。子供の時、どうして私が歌手を目指したのか。あの時の私は本当に楽しかった――」

 

 ガラテアがジョンを守るように、彼を背にしてコナーの前に立つ。

 

「私は駄目な人間です。コナーさんには迷惑ばかりかけてしまいます。でも、ジョンさんのことは否定しないで下さい」

 

 歌姫の心のこもったお願いに対し、コナーは無言だった。一方で笑顔のジョンは肩をすくめた。

 

「だ、そうだよ。マネージャーさん、どうやら方針が変わりそうだね」

 

 明らかに人の神経を逆撫でするジョンの言葉は、まさにその場の起爆剤になった。

 

「ふ……ふざけるな!」

 

 コナーがマネージャーの仮面を脱ぎ捨てて激昂した。

 

「お前は何も分かっちゃいない! 芸術家気取りの推定犯罪者の分際で!」

 

 コナーはジョンにつかみかかろうとしたが、彼は「おっと」と身をかわす。

 

「お前に芸術の何が分かる!? 何か作ったか? 発表したか? 公開したか? どうせ頭の中で傑作を妄想するだけで、何一つ世間に見せていないだろうが!?」

 

 通信機から聞こえてくるコナーの声に、私は吹き出しかけた。おいおい、殺人がアートのジョンにそれを言うか。

 

「いや、まあ、そうなんだよ。いろいろと込み入った事情があってね」

 

 珍しく口ごもるジョンに、勝ち誇ったようにコナーはげらげらと笑う。

 

「こいつは傑作だ。芸術はバラと同じだ! 甘やかしても美しい花が咲くわけがない! 痛みが! 恐怖が! 苦痛がバラを美しくする! ガラテアも同じだ! それなのにお前は……俺がどれだけこいつを育てるのに苦労したと思ってるんだ!」

 

 ガラテアを指差してコナーは叫ぶ。こいつ、本当に豹変したな。普段のあのまじめくさった顔がペルソナだとすると、相当裏でストレスが溜まってたんだな。まあ、ここ辺りでいいだろう。

 

「――だから、彼女に脅迫文という形でストレスを与えたのですね?」

 

 私はそう言いながら、当然のような顔でその場に姿を現した。

 

 

 

 

「おや、メアリー。助太刀かい?」

「あなたは黙っていて下さい」

 

 楽しそうに私に近づくジョンを手で軽く押しのけ、私はコナーの真正面に立つ。

 

「私はガラテアのプロデュースの方針に興味はありません。あるのはレイヤードの秩序を守る義務だけです。今のコナーさんの精神純度は、警告もしくは軽度の矯正の対象となる可能性があります」

 

 権威主義者の都市警察はいちいち市民の行動一つ一つに干渉はしない。もっとも、評議会が動けば途端に市民の思想も心も規制してくるが。特に精神純度。これは別名犯罪傾向とも言われ、評議会が勝手に定めた人間の精神の状態だ。

 

「ロバート・コナー。アウトカム捜査官の所持する権限に基づき、あなたに精神純度の計測を義務付けます」

 

 私が威圧的にそう言うと、案の定コナーは目をむいた。

 

「なんだと……?」

 

 ちょうどその時、都市警察が到着した。車から降りてこちらに駆けつける二人の警官に、私は目だけで挨拶する。向こうは即座に敬礼した。教育が行き届いた珍しい警官だ。アウトカムは立場上は都市警察よりも上だが、あまりこの事実は浸透していない。

 

「数値によっては、私はあなたを推定犯罪者として確保します。あるいは――ガラテアに対する数々の脅迫の実行犯として」

 

 両脇に警官を従えた状態の私は、普通のレイヤードの市民ならば逆らえない法の番人に見えるだろう。だが、コナーは違った。

 

「ふざけるな! 俺があれを書いたなんて証拠がどこにある!?」

「証拠?」

 

 ああ、ここは本当にディストピアだ、と思いつつ私は不敵な笑みを見せる。

 

「証拠など必要ありません。捜査官である私は、独自に市民を被疑者として強制処分することが可能です。市民がこれに従うのは義務ですよ」

 

 圧政の象徴のような発言だけど、アウトカムは証拠なしで市民を逮捕できる。もっとも、あまり多用すると評議会に処罰されるが。

 

「計測は強制です。あなたに拒否権はありません」

 

 私が目で合図すると、警官たちがコナーの腕を掴もうとする。

 

「触るな!」

 

 コナーが叫んで後ろに下がる。

 

「おい、動くな!」

 

 一人の警官が彼に触れる同時に――突然昏倒した。

 

「な、何をした!?」

 

 驚くもう一人の警官に、逆にコナーは触れた。一瞬警官の体が硬直し、次いで同様に倒れた。

 

「携帯用の火器ではありませんね。異能ですか?」

 

 この展開を予想していた私は、平静なまま言う。あえて銃は抜かない。ここは余裕を見せて無手でいた方がいい。

 

「そうだ。人間ってのはもろいよなあ! 肉体をどんなに鍛えても、精神は赤ん坊の子ネコ同然だ! 俺にはどんな奴の心の中も読み取れるし、どこを壊せばいいのかも分かる!」

 

 典型的な力におぼれるタイプ、それがコナーだ。精神操作の異能。記憶や感情を操るそれは、当然乱暴に使えば精神にショックを与えて相手を気絶させることだってできるだろう。

 

「どうして……」

「ん?」

 

 その時、ずっと黙っていたガラテアが声を上げた。

 

「どうしてこんなことをするんですか、コナーさん!?」

 

 

 

 

 

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