推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第13話:――きっと満足できる

 

 

 

 

 自分のマネージャーが豹変するに飽きたらず、レイヤードではあってはならないとされる異能まで使い出したのだ。ガラテアがショックを受けるのも無理はない。

 

「そりゃ決まってるだろ。俺には――才能がなかったからさ」

 

 一瞬だけコナーの顔が正気に戻る。「才能がない」と言うその言葉は、それまでの狂乱が嘘のように悲哀に満ちていた。

 

「努力しても、勉強しても、俺に歌の才能はないというレイヤードの判断は覆らなかった。ステージに立てなかったんだよ、俺は! 俺より努力してない、親と金とコネに恵まれた奴が喝采を浴びる時、どれだけ俺が悔しかったか分かるか!?」

 

 だが、その悲哀は一瞬でかき消える。再びコナーは無意味な怒りに満たされて叫ぶ。

 

「だったら、他人をそこにまで持っていけば、俺がそこにいることと同じになるって気づいたんだ。だから、ガラテアを堕落させるような奴は一人も許さない!」

 

 やはり――異能は存在してはいけない。私はメアリー・ケリーの思考で思う。ゲームの中ではキャラクターのアビリティでしかなかった超常の力は、人を狂気に導く劇薬でしかない。

 

「安心しろよ。俺は人の心どころか記憶だって操作できる。ここにいる全員も、ガラテア、お前もすべて今日のこのやり取りをなかったことにしてやる。お前は、俺の敷いたレールの上を走っているのが一番幸せなんだよ!」

 

 でも、ならばコナーは異能の被害者なのか。そうではない。

 

「一つ質問があります」

 

 私は二人の会話に割り込む。

 

「あなたの異能は精神操作と仮定します。だとしたら、なぜわざわざガラテアに脅迫状などを送りつけたのですか?」

「はははっ! もうとっくにそいつには異能を使っているさ。芸術は苦痛なくして生まれない――俺の持論だがなあ、ガラテア」

 

 気が大きくなっているのかそれとも自棄になっているのか分からないが、ご丁寧にコナーは説明する。

 

「お前は両親にそれを言われて育ったと思っているな? 残念。それは――俺がお前に植え付けた記憶だ」

 

 今度こそ、ガラテアの目が泣きそうなくらいに大きく見開かれる。

 

「な、なんで……!」

「決まってるだろ? レイヤード一の歌姫を作り出すためさ! 感謝しろよガラテア! お前は俺が一から十まで育てたんだ!」

 

 つまり、はた迷惑な親が子供に自分の夢を叶えさせるのとなんら変わらない。異能も脅迫状も、コナーの歪んだコンプレックス解消の手段でしかない。

 

「ジョン」

 

 私は面白そうに事態を見ているサイコパスに言う。

 

「はいはい、なんだい?」

「もういいです。私はこれを犯行の自供と判断します。何よりも未登録の異能の発現は看過できません」

 

 淡々と私は命じる。

 

「ロバート・コナーを確保しなさい」

「了解」

 

 ジョンは気絶している警官を長い脚で踏み越えて、悠然とコナーに近づく。

 

「どけ、推定犯罪者!」

 

 コナーは自分から手を伸ばしてジョンに触れる。異能が発現したと私は予測する。しかし数秒後、その場に倒れたのはコナーだった。ジョンは――笑顔を浮かべたままだった。

 

 

 

 

 ――闇。一瞬のめまいの後、コナーはそこにいた。

 

「――ッ!? な、なんだ!?」

 

 足元から伝わってくるのは木の感触。まるで舞台上だ。ここは……どこだ?

 

「よく分からないけど、君は人の心の中に土足で入ってくるんだ。困るなあ」

 

 突然、頭上で音がした。それと同時に、一筋のスポットライトが椅子に座って足を組むジョンを照らし出した。

 

「なぜお前は平気なんだ!? お前は……」

 

 何が起きている? コナーは必死に自分の異能を思い出す。接触することによって人間の心中を操作する異能。確かに、強く相手の心の中を知ろうとした時、心象風景の中に入り込むことがあった。でも、イニシアチブはこちらにあったし、触れた相手が意志の疎通をしてくることなんてなかった。

 

「別に? スタンスの違いだよ。君は自分の満足を無視して他人の顔色ばかりうかがってるけど……つまらなくない? そんな生き方」

「な、何を言ってるんだ?」

「いや、ほら。君は僕に一作も発表してないやる気のないアーティストだって言ってたからさ。一応、僕の作品をここで見てもらおうと思って、君にわざわざ合わせてあげたんだ」

 

 コナーはぞっとした。目の前の青年が心底恐ろしい。自分の精神の深層に、明晰な意識のままで気軽に入ってくるのだ。人間ではあり得ない。何よりも恐ろしいのは――自分とジョンは会話しているようで会話していない。言葉が通じるのに言いたいことが伝わってこない。狂人の思考に今自分が晒されていることを知り、コナーは震えだす。

 

 そしてようやく気づいた。血の臭いがする。それもむせ返るほどの濃い臭いだ。空気そのものが赤く染まるほどの血の臭いが、舞台に立ちこめている。そして肉の臭いもする。新鮮な引き裂かれた肉の臭い。吐き気がこみ上げてくる。それなのに、ジョン・ドウはまるで母の腕に抱かれた幼子のように、居心地が良さそうな笑みを浮かべたままだ。

 

 舞台の闇が徐々に明るくなってきた。足元の床にだらだらと血が流れていく。

 

「アプローチの方向性が正反対なんだよ。僕も心に興味がある。だからその外面――他人の血と肉と骨と臓物と神経とその他諸々に余すところなく触れる活動を通じて、どうすれば自己の有り様を解釈できるのか。ずっと考えているんだ」

 

 一気にスポットライトが点灯した。

 

「君に見せてあげよう。僕の思索の道程を」

 

 明るく照らし出された舞台に並んでいる「それ」を直視し、ロバート・コナーの平凡でちっぽけな精神はあっさりと屈服した。悲鳴さえ上がらなかった。これはあくまでも現実ではなく、ジョン・ドウの心象風景である。だが――心象風景とはすなわち、彼が追い求めて止まない欲望の純粋な表現なのだった。

 

 

 

 

「あ~あ、やっぱりだめだよ、メアリー」

 

 ジョンの殺人嗜好そのものを直視して一時的な廃人になったコナーを見て、ジョンは大げさにそう言う。舞台に並んだそれに愛しげに手を伸ばす。ジョンにとって、これこそ人間のありのままの形だ。でもこれは過程でしかない。言わば学者が自説を書き綴ったノートだ。自己に至るまでの練習台と言えよう。

 

「ああメアリー。君はこれを見てどんな反応をするんだい? 知りたい、ぜひ知りたいよ。君の表情、息づかい、心音、すべてを余すところなく観察すれば僕は――」

 

 ジョンは想像する。今この心象風景にあるものを現実で実現した時のメアリーを。全身を貫く甘美な刺激にジョンは吐息をもらした。最上の美食を口にした美食家のように。

 

「――きっと満足できる」

 

 しかし、シリアルキラーの身勝手な空想はそこに留まらなかった。

 

「いや、違う……」

 

 ジョンの目が喜悦で歪む。

 

「君を思索の過程としてここに並べたら――もっとずっと心から満足できる」

 

 その瞬間、確かにジョンは予感した。ずっとずっと追い求めている至福の片鱗を五感で感じた。口元が勝手に笑みに変わる。

 

「あはっ! あははっ! あははははっ!」

 

 亀裂のような笑みのまま、ジョンは笑い続けた。

 

「そうだ、その方がずっといい! メアリー! メアリーメアリーメアリー! 喜んでくれ! 君のおかげで僕はようやく自己の真髄にたどり着く方法が分かってきたよ!」

 

 歪み、濁り、腐りきった愛情に溢れた笑い声が、いつまでも舞台に響いていた。

 

 

 

 

 

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