推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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事件は解決した。コナーは推定犯罪者としてではなく、脅迫と精神的暴行の件で刑務所に送られた。きれいさっぱり記憶と情動の一部を切除されることだろう。ひどく怯えていたが、それも当然だ。奴は異能でジョンの心の中を探ろうとしたのだ。サイコパスの狂った思考を直視して正気でいられるわけがない。
何よりも、コナーは捜査官に抵抗したのだ。レイヤードでは重罪だ。かくして、私のジョンを伴った最初の犯罪捜査は、文句なしの成功で終わったのだった。
「ねえメアリー、僕は待っているんだ。何を待っているか分かるかな?」
アウトカムの事務所の一室で報告書をまとめていた私に、ジョンが話しかける。
「ジョン、あなたは勘違いをしているようですね」
椅子から立ち上がってコーヒーを煎れる私を見て、ジョンは小皿にクッキーをいくつか乗せていく。少し休憩にしよう。
「あなたはアウトカムの備品です。備品は備品らしく、従順に私の捜査に協力していればいいのですよ。感謝、ねぎらい、賞賛。そんなものをあなたが必要としているとでも?」
「つれないなあ。僕のモチベーションを上げたいと思わないのかい?」
「少しも」
ジョンは私のそっけない返事にも、嫌な顔一つせず小皿をテーブルに置く。
「これからも推定犯罪者として更生に努めることです。あなたが協力的ならば、評議会への報告でマイナスの評価はしません」
立ったままクッキーをつまむ私の顔を、ジョンはじっと見つめる。
「君は――僕が更生してレイヤードの健全な市民になる、と期待しているのかい?」
そう来たか。ジョンの反応がどんなものであれ、私は彼との会話でイニシアチブを取り続けなければならない。
「ええ、当然です。まさか、あなたは自分がシリアルキラーの推定犯罪者であることを、ちっぽけなアイデンティティにしてはいませんよね?」
シリアルキラーとして怖れられることで承認欲求を満足させる奴ならば、今の発現に図星を突かれて怒るはずだ。しかし、ジョンはほほ笑んだだけだ。
「メアリー、君はとても綺麗な瞳をしている」
いきなり話題が変わった。彼の手が伸びて、そっと私の頬に触れた。男性にしては細く繊細な指先が、まるでくすぐるように私の頬の輪郭をなぞる。
「ジョン、私はスキンシップは望みません」
「肌のつやも健康的だ。それに――」
ジョンの手が頬から移動し、私の髪を指先でかき上げる。手櫛と呼ぶにはあまりにも情感がこもっている。
「キューティクルが痛んでいない髪の毛も合格だ。どんな天然のシルクよりも素晴らしい」
私はため息をついて、コーヒーカップを机に置く。
「ジョン。私はあなたの手つきがセクシュアルではないので許しています。しかし、これ以上は慎みなさい」
注意しても、くすくすと笑いながらジョンは私の髪を指で弄ぶ。相当気に入ったらしい。
「僕はいつだって――自己を探求している。その手段は何か分かるかい? 他人を知ることによってだよ」
知るか。お前の持論は一方的すぎる。
「でも、自己とは無形で掴みがたい。だから代替として――」
ジョンの指から髪の毛がすり抜けた。
「人体をキャンバスと絵の具にして描きたいのさ。その先に――その芸術の追究の先に自己が見えてくるはずだ。僕だけの満足が待っている」
改めてぞっとした。ジョンの言葉には、本物の殺人鬼だけが有する人を人と見ていない冷酷さが宿っていた。
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「メアリー、君はきっと最高のキャンバスになってくれる。見て、触って、嗅いで、僕はそれを確信しているんだ。君の全てを、余すところなく知りたい」
ジョンの言葉に私はうんざりしていた。彼は人の話をまったく聞いてない。
「私の満足を無視して自分の満足だけに夢中とは、あなたは大きな子供同然ですね、ジョン」
「なら、君が満足を感じる瞬間はいつだい?」
ジョンがようやくコミュニケーションを取り始めたので、私は徹底的に理詰めで論じる。
「レイヤードの秩序を維持した時。そして――」
再び私の頬に伸びる手を、私はそっと払いのけた。
「ジョン。あなたを正常な一市民にした時、私は満足を実感することでしょう」
返ってきたのは――哄笑だった。
「あはっ! あははっ! あははははっ!」
身の毛もよだつようなジョンの笑い声が事務所の一室に響く。私は耳を塞ぎたくなるのを懸命にこらえた。もしそうしたらこいつに侮られる。侮られた先に待っているのはバッドエンドと大差ない惨殺だ。私の内心の恐怖に気づかないらしく、ジョンは心から幸福そうに大笑いする。
「メアリー! ああメアリー! 君は……本当に君は素晴らしい! それじゃあ、僕と君の満足は永遠に両立不可能じゃないか! いいね、とてもいい! なんて甘美な束縛だ! ぞくぞくする!」
そうだ。こいつは私に執着している。私を殺したいと思っているくせに、私に幸せになって欲しいと本気で思っているのだ。なんて歪んだ人格だ。
だから私ははっきりとこう言ってやったのだ。お前の殺人嗜好が治らない限り、私は満足できない、と。それなのに、ジョンは自分が否定されているというのに、なぜこんなに幸せそうなんだ?
「ねえメアリー。この感情はなんだろうね?」
ひとしきり笑い終えてから、ジョンは猫なで声で私に言う。
「君と一緒にいると、自己の探求よりも素晴らしいものがあるような気がするんだ。不思議と満足できる。メアリー、この心の高鳴りは何か、君は知っているかい?」
私は即答した。
「見当もつきません。私の管轄外です」
「あははっ! 相変わらずシニカルだなあ、メアリーは。でも――そんな君も魅力的だ。ますます君のありのままを見たくなる」
ジョンに興味を持たれてもろくなことにはならない。せっかく休憩したのに、かえって精神的に疲れた。私はジョンの執着から抜け出そうと、話題を変えた。
「そんなことよりジョン、私たち宛てにガラテアから感謝の手紙が届いています」
しかし、あれほどガラテアに親身に接していたにもかかわらず、ジョンは一瞬で興味のない目になった。
「ああ、適当に返事しておいて。僕は今のところ、あの子に関心はないから」
ジョンは本心からそう言っていた。著しい共感能力の欠如。社会性皆無の本性を、社交性溢れる外面で隠した人でなし。他人は全て舞台の上のキャラクターだ。……だが、ジョンのあの言葉。私は分かっている。ジョンの胸の高鳴り。
それは身勝手極まる「溺愛」の感情だ。
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