推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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仕事を自宅にまで持ち込むのはあまり誉められたことではないかもしれない。でも、アウトカムの捜査官は多忙だ。こんなことはしょっちゅうだ。自宅の一室で、私は事務所から持ってきたレポートをチェックしている。
「メアリー、何を見ているんだい? 僕は退屈なんだけどなあ。構ってくれてもいいんじゃないかい?」
忙しい私とは対照的に、ルービックキューブをいじるジョンは相変わらずマイペースだ。テーブルの上には既に完成されたものがいくつか並んでいる。
「あなたの情緒を満足させるよりも優先するべきことが山積みですので」
「おやおや、じゃあ僕は君のサポートをしてあげよう。とっておきのディナーでね」
私はつい口元が緩むのを隠した。
「あまり調理に時間はかけないで下さい。味と量については及第点です」
ジョンとバディを組んでから唯一よかったこと。それは私の食生活が大幅に改善されたことだ。上級市民御用達のレストランで出されるような料理が、自宅のキッチンから出てくるのだから嬉しいのは本音だ。ジョンも殺人鬼なんかやめてシェフになればいいのに、と思ったりする。
「うん。いやあ、君に誉められると俄然モチベーションが上がるよ。期待してね」
素早くジョンの両手が動き、ルービックキューブがたちまちまた一個完成する。
「――それは?」
ジョンの視線が私の見ているレポートに注がれる。
「先日アウトカムに提供された、廃棄地区で発見された異能の一覧です」
「ふうん。異能ねえ。別にわざわざそう呼ばなくても、論理の一種でいいんじゃないかな?」
ジョンの異能に対する理解は、情報を統制されている一般の市民と変わらない。
「異能はレイヤードの秩序を乱します。個人がある日突然、理学の修得なしで手にする超常の能力。大変危険です」
「僕も?」
無邪気に自分を指差すジョンに私は警告する。
「あなたはその殺人嗜好症故に第一級推定犯罪者に分類されていますが、あなたの異能も評議会は危険視しています。適切に運用できなければ――処分するべし、と」
実際、評議会がジョンを野放しにしているのは明らかに異常だ。こいつの異能は異次元からの干渉という、防御や回避ができないどころか、知覚さえできないという不条理なものなのだ。
「君の判断はどうかな? ぜひ聞きたいよ」
「私は、あなたを一個の責任感を有する人格として扱います。あなたが好き放題に異能を振り回すようでは、アーティストと呼ぶに値しない幼児として扱いましょう」
毎回私は口頭でジョンに警告するしかできない。こいつが異能を使えば、どんな人間も血塗れのオブジェに早変わりだ。
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「メアリー、相変わらず君は正しいよ。僕としては論破されて反論もできない」
嘘をつくな、と私は肩をすくめるジョンに内心で毒づく。こいつは本質的に自分の欲求以外どうでもいいサイコパスだ。昆虫と同レベルの本能だけで生きている。
「それで? 今回君が頭を悩ませている理由は?」
「多いのです」
「多い?」
「ええ。異能による事件の発生件数が。まるで誰かが異能を配っているかのように」
異能を有するだけで、基本的にレイヤードでは推定犯罪者として扱われる。その異能で犯罪を犯す可能性が高い、という理由だ。
「レイヤードの秩序に反抗するためかな?」
「それは分かりません。断言するには情報不足です」
いや、私は事件が急増した理由を知っているけどね。でもいきなり核心に至るわけにはいかない。今のメアリー・ケリーが持ちうる情報では、真実にたどり着くはずがないからだ。オルタナティブ・サイコというゲームでこの世界を体験済みでよかったと心から思う。これから起こる可能性の高い事件の数々に、あらかじめ心の準備ができる。
「異能は通常の論理を超えて発現します。頭が痛いですね」
私がそう言った時だ。机に向かう私の背にジョンが回ると、親しげに両肩に手を置いた。
「大丈夫、メアリー」
ジョンの囁きが頭の上で聞こえる。心から私を気遣っている仕草がかえって不気味だ。
「何があっても僕が守ってあげよう、安心して?」
「どういう風の吹き回しですか?」
「まだこれは予感だけど――君は僕にとってかけがえのない人間になるかもしれない。こんなに生きた一人の人間に関心を抱けるなんて、エシックスにいた時は思いもよらなかったよ」
首筋をジョンの指先が這った。明らかに私の頸動脈の形をなぞっている。何が「かけがえのない人間」だ。お前にとっては「かけがえのない素材」の間違いだろう。
「ありがとうメアリー、僕を見つけてくれて。絶対に君を危険から守ってあげるよ」
私はなれなれしく囁くジョンの手を払って、自分の首筋を守る。
「では、捜査の際には私の指示に従順に従って下さい」
お笑いぐさだ。危険から守る? 私にとって今一番の危険と言えるのは、そんなことを口走っているこの未遂の殺人鬼――ジョン・ドウだからだ。
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