推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
◆
「ずいぶんと落ち着いているね、メアリー・ケリー捜査官」
車の中。窓の外は見えない。両隣に座る二人。片方は、一見少女にも見える細身の少年だ。もう片方はマスクで顔を覆った巨漢。脇腹に硬い感触が脇腹に当たる。恐らく拳銃だ。
「犯罪捜査官は最もレイヤードの犯罪と接触する職業です。こうなる可能性は予期していました」
まったく、いきなり誘拐イベントか。私は内心で深々とため息をつく。いつものようにアウトカムにジョンを伴って出勤した今日。彼を待たせて手洗いに行ったことまでは覚えている。気がついたら私はこの車に乗せられていた。どう見ても誘拐だが――幸いこれはオルタナティブ・サイコでイベントという形で体験している。私に危害は加えられない。
「おい、こいつはこんなことを言っているけど、本心かどうか少し試してもいいか?」
私が落ち着き払っているのが気に食わなかったのか、マスクの巨漢が少年にそう言う。
「やめろよ」
しかし少年は首を横に振った。苛立たしそうに巨漢は従った。
「お姉さん、怖いなら正直に言ってもいいよ。別に録画してばらまいたりしないからさあ」
「怖い?」
私は少年の方を向いて嘲笑する。
「あなた方は私を傷つけることはできない。そのことがはっきりと分かっている今、考えているのは今日のスケジュールの変更箇所だけです」
私の笑みを見て、少年の目が不愉快そうに歪められた。
「アハハッ、生意気。どうしてそんなことがはっきり分かるんだよ」
それでも強がって笑う少年に私は続ける。
「手持ちのデータを参照した上での推理ですよ。あなた方のことはアウトカムはまだ把握していませんが、私は既に捜査を開始しています」
いや、嘘だけどね。単にこの二人はゲームの中の登場人物だったから知ってるだけだ。
「不特定多数に異能を与える集団――それがあなた方では?」
車内に居心地の悪すぎる沈黙が訪れる。
「沈黙は肯定と見なしますよ?」
私がわざとたたみかけると、巨漢が私の肩を掴んだ。体格に見合ったでかい手の平だ。
「おい、本当に俺たちがお前に何もできないと思ってるのか?」
「ええ。それとあなた方の上にいる人物が、私ではなくジョン・ドウに会いたがっていることも分かりますよ。つまり私は人質、ということですか。古典的ですね」
「姉さん、あんまりしゃべると後悔するよ。もう黙れ」
少年が吐き捨てるように言うので、私はわざとらしく前を向く。
「では、最後に三つだけ。第一に、ジョン・ドウを操縦できるのは私だけです。第二に、この誘拐は茶番です。第三に――結果が分かっている以上、私はせいぜい映画を鑑賞する時のようにリラックスしているとしましょう」
それだけ言って、私は口を閉じて両脇の二人を無視する。二人からすれば、拉致されても平然としている私はさぞかし不愉快だろう。だいたいこの後に起こることは予想できている。ジョンが必ず私たちを追って来ることも分かっている。ゲームで見たシナリオうんぬん以前に、あのサイコパスが私を見捨てるはずがないからだ。
◆
「――それで? 君の証言が本当だとすると、ケリー捜査官は君の目の前でこうなったんだ。本当に?」
同時刻、アウトカムの事務所でジョンとハロルドが椅子に座り、向かい合わせで話している。
「うん、そうだよ」
「……はあ」
ハロルドはため息をついた。子供ほどの大きさのデッサン人形のようなものが、バラバラになって床に転がっている。
「君はケリー捜査官の隣にいたのに分からなかったのか。彼女の報告によると、君は人体にとりわけ関心を抱いているそうじゃないか。君はアレかい? 人間と人形の区別がつかないくらい近眼なのかなあ?」
皮肉を交えてハロルドはジョンにそう言うのだが、肝心のジョンはまったく傷つく様子もなく、少しだけ困った顔で笑うだけだ。
「あはは、面目ない。しかし驚いたよ。本当にこうなるまでメアリーとしか見えなかったんだ。匂いも同じだった。知ってるかい? 彼女の肌の香りはまるで煎ったアーモンドのようだ。きっとチョコレートのような血の匂いと実によく絡むだろうね。フォンデュはお好きかな?」
「あ、おじさんそういうの分からないし分かりたくないから」
ハロルドはジョンに乗せられまいと気を引き締める。第一級推定犯罪者と会話する際には、どれほど注意しても注意しすぎることはないはずだ。それにしても、とハロルドは内心頭を抱える。メアリーがいつの間にか人形と入れ替わっていた? 異能か論理の一種を用いて? いや、それよりもジョンがとうとう暴走し始めたと考えた方が適当か?
「これ、はずしてくれないかなあ」
ジョンがおもむろに両手を上げた。その手首には手錠がかけられている。それも当然だ。普通、メアリーが何者かに異能で誘拐されたと考えるよりは、ジョンを容疑者とする方が常識的だ。
「ねえ、僕をここに拘束しても無意味だと思うけど」
無神経なジョンの物言いに、とうとうハロルドの堪忍袋の緒が切れた。
「おい、ジョン・ドウ」
ハロルドは立ち上がるとジョンに詰めよる。
「アウトカムを舐めるなよ、推定犯罪者」
「急にどうしたんだい、ハロルド・ギボンズ捜査官。僕はただ、捜査に協力したいだけだよ」
歯ぎしりする彼を見ても、ジョンは少しも動揺しない。いつものように人の良い笑みを浮かべているだけだ。
「黙れ、それ以上しゃべるな」
ハロルドの脳裏にメアリー・ケリーの姿が思い浮かぶ。アカデミーを優秀な成績で卒業した犯罪捜査官。いつも真面目で四角四面だが、不思議と他のエリートが持ち得ない優しさを見せる時がある。アッシュブロンドの長髪に、過労に負けない細身の体。紳士的な視点でしかハロルドは彼女を見ていないが、冷静で知的な美人だとはっきり断言できる。
◆