推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第17話:こんな怪物とメアリーは毎日一緒にいるのか

 

 

 

 

 そのメアリーが、行方不明になっただと? 気がついたらデッサン人形みたいなものと入れ替わっていただと? 真っ先に疑われて然るべきジョン・ドウは少しも動揺していない。メアリーのことが心配で。ハロルドは目の前のこの男を殴りつけてやりたい衝動を懸命にこらえた。あんないい子が、このサイコパスによって振り回されている。

 

「……どうしてそんなに落ち着いているんだ? 君の首にはメアリーしか更新できない論理があるのを忘れたのか!? このままだと君は脳が壊死して死ぬんだぞ!」

 

 もしメアリーを殺害していたなら、ジョンはもうおしまいだ。ならばどこかに監禁しているのか? 必死なハロルドに対し、ジョンは完全に他人事の顔で言う。

 

「あ、そう。そうだろうね。まあ、運が悪かったと思って諦めるさ」

 

 犯罪捜査官であるハロルドは直感した。本気で――この男は自分の生死に無関心だ、と。しかし、次の瞬間ジョンは亀裂のような笑みを浮かべた。

 

「ああ、それとも。どうせ死ぬなら最期に目一杯アーティストとして創作活動に邁進しても――」

「ジョン・ドウ!」

 

 もう限界だった。ハロルドはジョンを椅子から蹴り飛ばした。無抵抗で床に転がるジョンの額に、ハロルドは銃口を押し当てる。

 

「僕を処分するかい?」

 

 殺意を向けられてなお、殺人鬼の声に恐怖はなかった。

 

「引き金を引けないってたかをくくってるだろ。俺は評議会にコネがあってなあ。君をここで処分してもお説教程度で済むんだよ」

「じゃあ、メアリーに遺言を伝えて欲しいな。『君に会えて本当に嬉しかったよ』ってね。あ、それと『イカスミパスタを作る時はトマトは入れすぎないように』。これは大事だからね」

 

 にこにこ笑ってジョンはそう言った。強がりではない。心の奥底から、ジョンはメアリーにそう伝えたいのだ。それが遺言であることに、なんの後悔もない。

 

「……本当に気色悪いな、君は」

 

 ハロルドは理解してしまった。ジョンは犯人ではない。少なくとも今のところ、メアリーを傷つける気はない。ハロルドはジョンを引っ張って立たせると、苛立ちつつも手錠をはずした。

 

「今は一人でも助けが欲しい。メアリーは絶対に見つける。あいつがいない時に誰か殺してみろ。二度とあいつには会えないからな!」

 

 そう怒鳴るハロルドの顔を、穴の空くほどジョンは見ていた。しかし、少しずつその唇が吊り上がっていく。

 

「あはっ! あははっ! あははははっ!」

 

 何がおかしいのか、ジョンは突然大笑した。背筋の寒くなる笑い声だ。人間の血と肉と骨と臓物に飽食した人喰い鮫が笑うとしたら、きっとこんな声で笑うのだろう。

 

「分かってるじゃないか、ハロルド捜査官! 今の言葉の方がよっぽど僕を拘束する手錠になるよ!」

 

 ひとしきり笑ってから、ジョンは上機嫌な様子でウインクしてみせた。

 

「さっきのは冗談だよ。創作に締め切りは不可欠だけど、量より質が大事なんだ。参考になった?」

 

 ハロルドは本気で吐き気がした。こんな怪物とメアリーは毎日一緒にいるのか。

 

 

 

 

「さて、親愛なるメアリー・ケリー捜査官。君はいったいどこに行ってしまったのかな?」

 

 ハロルドを連れて事務所の外に出たジョンは、まるで散歩中のようにリラックスしている。メアリーがいない今、自分の首輪として施術された論理を停止させる術はない。近いうちに脳が壊死するというのに、まるで焦る様子がない。

 

「鬼ごっこだね、これは。こういうのも悪くない。待っててほしい、君を捕まえてあげよう」

 

 気楽にそう言うジョンだが、ふと立ち止まり顎に手を当てる。

 

「いや、でも、僕としてもこれは失策だ」

 

 良心の痛みというものを一切持ち合わせないジョンでも、何か悩むことがあるらしい。しかし、彼のろくでもない思考を妨げることが起こった。

 

 突然、こちらを見張っていたようなタイミングで、ジョンとハロルドの前に一台の車が止まった。こちらからでは、後部座席に人の有無は確認できない。運転席の側のドアが開き、中から出てきたのは典型的なメイドの服装をした一人の侍女だった。完璧な一礼の後、彼女は顔を上げる。

 

「突然失礼いたします。ジョン・ドウ様ですね?」

「ん? 誰だい? 僕は君を知らないなあ」

 

 春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)、といった調子でジョンは応える。のんきな良家のお坊ちゃんのような言動だ。その仮面の裏に隠れているのは殺人鬼という言語道断の代物なのだが。

 

「私めの主人が、あなたをお待ちです。お一人でご乗車を」

「う~ん、困るなあ。僕はアウトカムの目の届くところにいないと……」

 

 その時だった。

 

「――心配しなくていいよ。僕が代わりにいるから」

 

 ドアが開き、後部座席から降りてきたのは、ジョンその人だった。

 

「おや、僕に生き別れの兄弟がいたなんて驚きだね」

 

 わざとらしく驚く本物のジョンに、偽物のジョンは彼そっくりに笑ってみせる。明らかな異常事態に、ハロルドはメイドに詰めよる。

 

「一つ聞く。ケリー捜査官は無事か?」

「ジョン・ドウ様の協力次第です」

 

 顔色一つ変えずにそう言うメイドに、ハロルドは苦い顔をした。しかし、本物のジョンは彼の肩を軽く叩き、車に近づく。

 

「じゃあ、行ってくるね。後はよろしく、ハロルド捜査官」

「おい待て!? 本気か!?」

 

 ジョンの肩を掴もうとするハロルドだったが、彼はするりと蛇のようにその手をすり抜けて振り返る。

 

「大丈夫。この人は僕に用事があるみたいだからね。メアリーはどんなことがあっても無事に取り戻すよ」

 

 そして、不気味なことに彼は少しだけ恥ずかしそうにこう続けた。

 

「だって、僕はメアリーを守るって約束したんだ。約束は守らないと、ね」

 

 その言葉がどれほど身勝手か、ジョンはまったく気づいていない様子だった。

 

 ――ジョンを乗せた車が走り去り、後に残されたのは困惑したハロルドと、ジョンの偽物だった。

 

「どうするんだよ、偽物のこいつ……」

 

 頭に手をやって嘆くハロルドを前に、偽物のジョンは本物そのものの空気を読まない発言をする。

 

「気にしないで。僕はちゃんと本物そっくりに振る舞うからさ」

「だから困るんだよ……」

 

 

 

 

 

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