推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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この辺りにさしかかると、銃を持った軍人顔負けの警備員が常に巡回していた。私たちは今、第一級の推定犯罪者の隔離フロアへと向かっている。何度も身分証を提示して、別の場所に設置された特別なエレベーターに乗った。冷えきったエレベーターから出た時、即時粛清が許可される推定犯罪者のいる階層へと到着したのが分かった。
「ここが彼の収容されている階だよ。絶対に問題を起こさないでね」
「分かっています」
「よし。何かあったらおじさんを頼って」
二人の警備員に左右を挟まれた状態で、私たちは廊下を歩き出す。通路も壁も天井も真っ白だ。まるで柩の中だ。どんなことがあっても、この先にいる推定犯罪者――ジョン・ドウは脱走させないという意志が伝わってくる。
ジョン・ドウ。このレイヤードでも数少ない第一級推定犯罪者。その圧倒的な殺人のセンスとあらゆる精神汚染を無効にする理性(そもそも汚染されるまともな部分がないので)、そして何よりも蛇のような犯罪に対する嗅覚というか、蛇の道は蛇と言うべきプロファイリング能力の高さから、特例として評議会の命令で生かされているのだ
最後の分厚い扉を抜けて、私たちはフロアの行き止まりにたどりついた。全身を覆う特殊装甲を着た警備員が二人、シンプルな扉の前で私たちを待ち受けていた。身分証を提示する。
「面会時間は五分だ。ジョンに対してどのような発言や行動をしても構わないが、形式上のことだ。我々の指示には常に従ってもらう。よろしいか?」
「了解しています」
「よし。気をつけるように」
私はハロルドと共に扉をくぐってその部屋に入る。目に染みる異常に明るい真っ白な部屋の中心で、一人の青年が椅子に座っていた。影が一つもできない、まるで手術室のような場所だ。
「ジョン。面会だ」
警備員の声が空っぽなその部屋に響き渡る。ゆっくりと、「彼」が目を上げた。
何重にも拘束衣を着せられた青年がこちらを見ていた。屈託のない美青年だ。どこにでもなじみそうで、どこにいても話題の中心にいて、誰にでも好かれそうな好青年。それがジョン・ドウだ。つやのある金髪に色白の肌。人好きのするやや垂れ目。拘束衣を除けば、人畜無害な青年にしか見えない。さしずめ人間が大好きな大型犬だ。
彼にほほ笑まれれば、大抵の人間が一瞬で心を許してしまうだろう。犬が尻尾を振って近づくようなものだ。だが、このジョン・ドウは犬どころか毒蛇だ。正真正銘の殺人鬼。殺人嗜好症。生粋のシリアルキラー。度し難いサイコパス。人体解剖マニア。幸い、過去に私が路上で精神純度の検査を強制した結果、誰一人殺すことなくここに収監された。
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でも、私がかつてプレイしていたオルタネイティブ・サイコでは違う。プレイヤーは主に捜査官でプレイするけど、バディとしてジョンを選択すれば、要所では彼でプレイできる。ジョンのパラメーターは攻撃特化で、狂った反則的スキルを持っている。敵を殺せば殺すほど攻撃速度と攻撃範囲と攻撃力が上昇する。
さらに死体を解体しても一定時間ステータスが大幅上昇という壊れた性能だ。なら、オルタネイティブ・サイコにおいてジョンとコンビを組めばゲームは楽勝かと思えばそうではない。ゲームにおいては捜査員と組む推定犯罪者には「依存度」というパラメーターもあり、要するにあまり彼らを使いすぎるとプレイヤーを溺愛してくるという意味だ。
ジョンはこのパラメーターの上昇スピードがバグかと思えるくらい早い。簡単に言えば調子に乗って使いすぎるとすぐに暴走し、送り返されたエシックスから脱獄してしまうのだ。その際ジョンでプレイできるけど、並み居る警備員や防衛機械を鼻歌交じりに解体していくジョンには鳥肌が立つ。こいつにとっては虐殺など落書きみたいなものだ。
そしてバッドエンドに一直線。プレイヤーである捜査官の家にジョンがやってくるところで、ゲームは唐突に終わる。エンディングで明かされた第三者による報告書が、その後に起きたおぞましい惨劇を匂わせているのがまた怖い。ジョンが立ち上がった。一斉に二人の警備員が銃を突きつける。数歩歩いてジョンは立ち止まった。
「こんにちは、ジョン・ドウ」
イニシアチブはこちらにあることを知らしめるべく、私は先手を取って彼にあいさつした。
「やあ、こんにちは。可愛いお嬢さん」
にっこりとジョンは満面の笑みを浮かべた。花束を差し出しかねない親しげな態度だ。
「会えて嬉しいよ。ここに閉じ込められていると、女の子に会えるのは本当に久しぶりなんだ」
私はジョンの会話に乗らないよう注意しながら言葉を続ける。
「私のことを覚えていますか? 私はメアリー・ケリー。アウトカム所属の犯罪捜査官です」
ジョンの目が細められる。真顔でじっと私の顔を見て、鼻をひくつかせる。こいつ、視覚よりもむしろ嗅覚で人を区別しているのか? ますます犬みたいな奴だ。
「ああ、なるほど」
すぐにジョンは人なつっこい笑みを浮かべる。本当に今思い出したのか、思い出したふりをしたのか分からない。
「君は確か、僕に道ばたで精神純度のチェックを強制した……うん、思い出したよ」
「それはよかった。自己紹介の手間が省けます」
ジョンが笑みをやめた。
「君のせいで僕はここに閉じ込められている」
一瞬息が止まる。こいつの「異能」を私はゲームでプレイしたから知っている。でも、このメアリー・ケリーとしては知らない。ジョンはあっさりと捕まったからだ。だから私は知らない振りをしなければならない。はっきり言おう。今ジョンがその気になれば、私を一瞬でひき肉にすることだってできる。恐怖で鳥肌が立つけど、懸命に我慢する。
「私のせいではありません。あなたの精神純度の低さ――推定犯罪者として区分される低俗な精神性故です。私はレイヤードの秩序を守るためにあなたを逮捕しました。今ここにいる原因は全てあなたにあります」
私は判で押したような、レイヤードの犯罪捜査官として模範的な回答をした。勇気を振り絞ってジョンと目を合わせる。
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