推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第20話:女神だ――君は

 

 

 

 

「ジョン・ドウはアーティストです。彼の殺人嗜好症は、彼の美的センスと密接な関係があります。彼が人を殺すのは、殺人という行為から満足感を得るため。遺体を解剖するのは、その過程において自己の理解へのインスピレーションを得るため。それをあなたは理解せず、自分たちの価値観を押しつけた」

 

 メイガスの提案はジョンにとって最悪のものだっただろう。言うなれば、美食家の目の前に添加物山盛りのジャンクフードを投げつけて「君の大好物をチョイスしたよ」と言うようなものだ。盛りつけは下品で賞味期限が切れ、しかも相手はこちらの美食を理解しきった顔でいる。グルメにとって冒涜以外の何ものでもない。それと全く同じだ。

 

「お分かりですか? あなたはジョン・ドウに美味な餌をちらつかせてスカウトしたつもりが、彼のこだわりを最も下らない仕方で踏みにじったのですよ」

 

 私の指摘にメイガスは言葉を失った。一方で、客間にジョンの笑い声が響き渡った。

 

「あはっ! あははっ! あははははっ!」

 

 シリアルキラーの顔でジョンは立ち上がると、私にひざまずいた。

 

「ああ……メアリー……メアリー・ケリー……僕の――僕の愛しい――」

 

 私の手を強引に取ると、ジョンはヴァイオレットとセーブルに見せつけるように手の甲にキスをした。

 

「女神だ――君は」

 

 ジョンの柔らかで冷たい唇の感触に私はぞくりがした。飢えた吸血鬼に口付けされたら、きっとこんな感触なんだろう。

 

「気色悪い表現はやめなさい」

 

 私の嫌悪を無視してジョンは立ち上がると、両手を広げて天井を仰ぐ。

 

「トレビアン! エクセレント! マーベラス! 僕は神様に愛されている! こんなに僕に寄り添ってくれる、理解しようとしてくれる人が側にいる! そして事実理解している! これはなんだ!? なぜこんなに心の底から満足感が溢れ出してくるんだ!?」

 

 気が狂ったように叫んだ後、突如ジョンは憑き物が落ちたかのように冷めた。

 

「一方で、君は不愉快だよ」

 

 感情の一切無い顔でメイガスを見る。感情の振幅がジョンは激しすぎる。

 

「エシックスを出て、今日ほど腹が立ったことはない。白紙のキャンバスに汚物を浴びせられた気分だ。なぜ僕が君たちの許可を得なくちゃいけないんだい?」

 

 そうだ。ジョンは推定犯罪者とは言えシリアルキラーだ。彼にとって、自分の殺人の行為を他人にあれこれ指図されることは不愉快でしかない。まして、メイガスのように知ったかぶりで「私たちに従うならご褒美で殺人を許可してあげよう」などと言われたら立腹するのは当然だ。殺人鬼は、気兼ねなく好きなように人を殺すから殺人鬼なのだ。

 

「なるほど、交渉決裂ね。つまらないわ」

 

 自分たちの提案を完膚無きまでに否定されたヴァイオレットが苛立たしげに言って席を立つ。

 

「しかし、君はこうされることを予期していない」

 

 次の瞬間、セーブルが指を動かしたのと同時に、私は自分の体が見えない何かに押さえつけられたのを感じた。恐らくメイガスの異能だ。意想でできた糸だろう。

 

「イニシアチブは変わらず私にある。ちなみに私もヴァイオレットもあのメイドと同じく人形だ。君は私――メイガスに触れられない」

 

 どうやら私を人質にして本格的に脅迫するつもりらしい。確かに、メイガスという本体はここにはいない。つまりメイガスは安全圏から私たちに一方的に交渉できる立ち位置だ。

 

「メアリー、どうかな?」

 

 脅されているにもかかわらず、のんきな口調でジョンはそう言う。

 

「ジョン、今日の私は予定の変更に次ぐ変更で苛立っています。――処理しなさい」

「どれくらい?」

「何もかも全部。ただし、殺人は許可しません」

 

 私の命令にジョンは笑った。肉食性の昆虫――あるいは猛毒の蛇のような、冷たい殺意を秘めた顔で。

 

 

 

 

 次の瞬間、ジョンのアグノスティックが発現した。見えないのではなく認識できない。そもそも保有者のジョンでさえ理解できないのだ。不可視の刃が飛んでくるのはそのごく一部。発生するわけの分からない現象こそが本質だ。単にジョンは異能の正体に全く関心がないので、切断にしか用いないのだ。

 

 しかしこれは腐っても異次元からの干渉。ただの刃物とはわけが違う。その証拠に――

 

「な……何……が……っ!」

 

 ヴァイオレットが床に倒れて呻く。人形とは思えない苦しげな動作だ。既にセーブルはただの人形に戻ってバラバラだ。まったく、危うく惨殺現場を見るところだった。

 

「何を……した……? お前……なぜ……?」

「簡単なことです」

 

 私はオルタナティブ・サイコのシナリオの本文を思い出しながら言う。

 

「操り人形と傀儡師は糸によって繋がっています。人形をいくら傷つけても傀儡師を傷つけることはできません。しかし、突然人形を掴んで力任せに引っ張ったらどうなるでしょうか?」

 

 床に倒れて、羽をむしられた虫のようにもがくヴァイオレットを私は見下ろす。

 

「傀儡師はバランスを崩して転び、怪我をする。そんなようなものです。あなたの人形への損傷は、あなたそのものにある程度フィードバックしているようですね」

「そんな馬鹿な!? これは異能よ!? 糸ではなく意想で人形を装っているのよ! そんな非常識が……!」

「非常識だからこそ異能は異能たり得るのです。違いますか、ジョン?」

 

 私はジョンの方を見る。人形をいくら破壊したところで、メイガス本体を傷つけることはできない。しかしジョンの異能で出現する異次元のナニカは、そんな当たり前の常識を無視する。実際にメイガスの肉体に傷を負わせたかどうかは分からないが、確かにダメージは与えている。しかし当のジョンはけろっとした顔で肩をすくめる。

 

「う~ん、たぶんそうじゃない? 僕もこれがなんなのか、よく分かってなくてね。便利な道具くらいにしか思ってないけど、メアリーのお望みだ。僕としてはそれを全身全霊で叶えたい」

 

 ――何か音がした。石と木とレンガとその他諸々に刃が滑り込む音。たぶん、土台をざっくりと切ったのだろう。音が連続していく。下から上へと上がっていく。

 

「なんだ!? 何をした――!」

 

 狂乱したメイガスが吠える。

 

「解剖――ううん、人間じゃないから、単に解体工事」

 

 壁に凄まじい勢いで無数の切れ目が走る。天井にも。そして次の瞬間、全てが同時に崩れ去った。悲鳴は一人だけ。ジョンは無関心な顔で立ったまま、そしてようやく拘束から自由になった私は、悠然と椅子に腰かけたままだった。

 

 

 

 

 

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