推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
◆
メイガスが用意した屋敷。それをほんの数分で瓦礫の山となっていた。私の周りだけを残して、全て切り刻まれた破片となってその場に積み上げられていた。
「逃げられたようですね」
ヴァイオレットはただの人形になって転がっている。
「捕まえたかった?」
「レイヤードのどこかにいる本物を見つけない限り、あの犯罪者は捕まえられません」
メイガスの正体はゲームで見たから知っている。あれは双子の男女だ。二人で一つの異能を使っている。
「レイヤードの秩序を脅かす異能の発現、捜査官の拉致、危険思想の発言。以上より、自称『メイガス』を推定犯罪者ではなく犯罪者として分類します」
立ち上がって服の埃を払う私に、ジョンは近づく。
「それにしてもメアリー」
「なんでしょう」
「拉致されても怯えるどころか悠然としていて、しかも粗雑な解体を間近にしても子猫の喧嘩を見ているかのように落ち着き払っている。実に君は興味深い。君の頭蓋骨の中には何が詰まっているんだい?」
「ただの脳ですよ。一般の市民と何も変わりません」
極力つれなく振る舞う私に対し、ジョンは目を輝かせて私に手を伸ばす。
「だからこそ、この目で見てみたい」
私は一歩下がった。
「許可しません」
「それは残念だ。きっと君は大脳や小脳――海馬さえも美しいフォルムに違いないのに」
まったく、すぐこれだ。ジョンは面倒くさがりなだけで、本気を出せば極めて精密な外科手術のメスのようにアグノスティックを使うこともできる。
何しろこいつは――人間を生きたまま、骨格と筋肉と内臓と神経に腑分けすることだってできる。神経の伝達を阻害することによってわずかな痛みさえ感じさせず、むしろ脳の特定の場所を刺激させることによって極上の快楽を味わわせつつ。オルタナティブ・サイコで、ジョンの依存度がボーダーラインを突破した後にはそういう描写が挟まれる。
プレイヤーの見えないところで、ジョンはプレイヤーが担当した事件の犯人を解剖の練習台にしていく。歪んだ愛情を注ぐプレイヤーを、同様の方法で隅から隅まで堪能し味わい尽くすために。私は吐き気がしつつ手を差し出すと、ジョンは嬉しそうな顔で手を取って立ち上がらせた。まるで淑女にかしずく騎士だ。そんなにスキンシップが好きか。
◆
いや、ジョンの場合はあっという間にそれは血みどろの愛撫に変わるだろう。素肌のぬくもりを味わうためではなく、鮮血のぬくもりに興じるための。
「嬉しいなあ、メアリー。君は僕を信頼してくれている。胸がときめくじゃないか」
「捜査官がパートナーである推定犯罪者に一定の信頼を示すのは当然です」
私が淡々とそう言うと、少し残念そうにジョンは手を引っ込めた。う~ん、少し私は無愛想すぎただろうか。さすがに、助けてもらってもお礼一つ言わない人間なのは望ましくない。
「ジョン、ありがとうございます」
一応……本当に一応私はジョンにお礼を言う。彼はきょとんとした顔になる。
「え? 僕、何かしたかな?」
「メイガスの意図がどうあれ、あなたが私を助けたのは事実です。お礼を言います」
「う~ん。メアリー、君なら一人で脱出できたんじゃないかな? 全部君の計画通りって感じだし」
「どうでしょうね。少なくとも、あなたのおかげで時間の節約になりました」
あくまでも大したことがないという感じのジョンだが、私は軽く頭を下げた。
「ありがとう、ジョン。私を助けてくれて」
口にして急に恥ずかしくなってきた。なんだ、私。相手はサイコパスのジョン・ドウだぞ。人に優しいのは単なるエミュレートで、こいつの本心は気に入った人間を解剖するのが好きな殺人鬼だぞ。それをまるで……窮地を救ってくれた恩人みたいに思うなんて。おかしい。絶対におかしい。
「――おやおや」
つい赤面してしまう私を見て、ジョンはからかうことはなかった。彼は自分の胸に手を当てる。
「不思議だね、なんとも言い難いよ、この感情は」
その表情は、まるで初めて味わった美味に当惑しつつも感動しているかのようだ。
「どうして僕はこんなに満足しているんだろう。ただ君にお礼を言われただけなのに。僕は幸福を感じてしまったよ」
ジョンは私の頬に触れつつ囁く。
「もう一度言って欲しいな、メアリー」
「言いません」
私は即答する。耳朶をなぞる彼の指に殺意を感じたからだ。
「そう言わずにさあ、僕はもっと満足を味わいたいんだ。ね? ねえ?」
やめてくれ。私の心に踏み込んでくるな。つい内心文句を言ってしまうほど、この殺人鬼の顔は甘やかで爽やかだったのだ。
◆