推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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「――と言うことで、今夜は腕によりをかけたディナーだ。メアリー、君が無事に帰ってこられたお祝いだよ」
メイガスに私が拉致されてから二日後のことだった。それまでアウトカムと都市警察に缶詰にされて事情聴取と後始末だったが、ようやく私は自宅でゆっくりと夕食の時間を取ることができていた。
「まずは前菜から味わってほしい」
キッチンはちょっとしたレストランのように飾り付けられていた。ウエイターのように振る舞うジョンが、私の前にスモークサーモンのテリーヌが載った皿を置く。
「本格的ですね」
「いやいや、本格的に見せかけた僕のオリジナルだよ。レストランのフルコースには程遠い」
謙遜してそう言うけど、これは絶対にレストランでの外食に匹敵する。
「私は美酒や美食を必要としません。ジョン、あなたの料理は私にとって充分価値がありますよ」
「お褒めにあずかり心から光栄に思うよ、メアリー・ケリー」
ジョンはウエイターを買って出たけれどもが、私は一緒に食卓に着くように言った。ジョンは従う。
「ローストビーフにマッシュポテト。それにアスパラを添えて。シンプルに量は多めだよ」
本日のメインディッシュが目の前に置かれた。肉汁の滴るような食欲をそそる色のローストビーフと、空腹を満たせるマッシュポテト。緑のアスパラの組み合わせで見た目も申し分ない。ジョンのこういう料理のセンスは私は掛け値なしに素晴らしいと思う。
「これは――なかなか食べ甲斐がありますね。しかもおいしそうです」
「ワインはいかがかな? この前君と買ったとっておきを開けよう。僕の私費で買いたかったな」
グラスに赤ワインが注がれる。こうしていると、ジョンは非の打ち所のない好青年だ。明るく、ユーモアのセンスに優れ、会話する時はむしろ聞き手に回ってくれる。しかも料理はどれもおいしい。一瞬だけ、ジョンに心を許しそうになるのが怖い。
しかし――ジョン・ドウはやはりシリアルキラーだった。ローストビーフをフォークで口に運びながら、ジョンは口を開いた。
「ねえメアリー。君も知っての通り、僕は推定犯罪者だ。ほかでもない君の優れた観察眼によって精神純度の検査を路上で受けさせられ、そのままエシックスに直行だったんだ」
私は今でも鮮明に思い出せる。パトロールの最中にジョンを見た瞬間の、あの心臓の止まるほどの驚きを。慌てて私はジョンを呼び止めて検査を受けさせた。結果は最悪。即座に同僚がジョンに銃を向けた。第一級推定犯罪者その場で一切の尋問なしで射殺しても構わないが、私は何とか止めさせた。
何しろジョンはゲームの中では、後半のレイヤードの危機に一応役に立つからだ。あれ以来、私はジョンの特別な存在になっているらしい。「自分の殺人嗜好症を見抜いた」という意味で特別なのか「こいつだけは絶対に殺したい」という執着なのか。どちらにせよ、シリアルキラーに特別な感情を向けられるのは正直に言って空恐ろしい。
「情けない話だけど、僕は未だに誰一人殺したことがないんだ。笑えるだろう? こんなに殺人に焦がれ、殺人の良さを語り、殺人に傾倒していながら、その実殺人は未経験。まるで色事師を気取る人見知りみたいだよね」
ジョンの口調は軽かったが、目は真剣だった。
「……ジョン、率直に私の意見を述べさせていただきます」
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私はナイフとフォークを置いて、慎重に言葉を選ぶ。まるで檻の中で猛獣に手づかみで餌をやっている気分だ。ちょっとでも格下に思われたら襲いかかられそうだし、逆に居丈高に出ても牙をむかれる。
「あなたは殺人について未経験であることを恥辱と考えているようですが、これからも未経験で結構です」
「なぜだい?」
「私にとっては、殺人こそが極めて恥ずべき行為だからです」
レイヤードの管理者である評議会からすれば、犯罪者も推定犯罪者も同じだ。殺人を犯していようが「将来殺人を犯す可能性」があろうが、同様の扱いでしかない。だけど、私は違う。今のところジョンは誰も殺していない。それは事実だ。
「メアリー。続けて」
「はっきりと言います。私は決してあなたの殺人嗜好を肯定しません。どれほどあなたが人を殺したいと願い、その衝動で苦しんだとしても、あなたの身勝手な欲望のはけ口となって殺される善良な市民の側に立ちます。私はあなたの殺人への欲求を嫌悪します」
ジョンはほほ笑みながら立ち上がった。
「ワインのおかわりはいかがかな?」
殺人は悪だ。人殺しは幸せになれない。人を殺した罪は一生かけても償えない。だからどんなことがあっても、ジョン・ドウの殺人嗜好症を私は嫌悪する。
「普通の殺人犯はやむにやまれぬ理由から人を殺します。しかしあなたは違う。ただ快楽のため――己を知り、満足したいという個人的な理由により殺人を犯すのです」
私はワインの瓶を手に取ったジョンを、椅子に座ったまま見上げる。
「あなたにとって殺人とは――美学なのです」
私のプロファイリングは恐らく的中していた。当然だ。私はオルタナティブ・サイコという形でジョンを理解していたのだから。ジョンの顔が歪んでいく。嘲笑でも激怒でもない。それは……歪んだ愉悦だった。
「……あはっ!」
ジョンの口からあの哄笑が響く。
「あははっ! あははははっ! そうだよメアリー! 君は何度でも僕を楽しませてくれる! 君だけは僕を解釈してくれる! 共感してくれる! ああ――世界がこんなに色鮮やかに見えるのは初めてだよ!」
感極まったのか、ワインの瓶とグラスを投げ捨て、ジョンが私を立たせると全力で抱きついてきた。
「え!? ちょっと!? 落ち着いてジョン!?」
瓶とグラスは床に落ちる前にふわりと何かに受け止められた。恐らく異能だ。ジョンは私の耳元で囁いた。
「この狂おしい感情がなんなのか分かったよ。――『愛』だ」
愛を語る殺人鬼。なんて捩れていて――おぞましい。それでいて、抗いがたいほどの魅力がある。死神の微笑のような凄惨さ。
「僕は今までずっと、知りたいという願望と満足したいという欲求だけが、殺人の理由だと勘違いしていた。でも、君と出会って初めて世界に色が付いた。メアリー・ケリー。僕は君を愛している。心から」
私を抱きしめたジョンの手が、私の体をなぞる。背中から肩、うなじを執拗に指先で形を確かめるようにして愛撫する。
「君を愛しているからこそ――殺したい」
負の情熱に満ちたその告白。ジョンの愛の最高の表現。それは愛した相手を殺し、その手で余すところなく解剖することだ。私はメアリー・ケリーというペルソナを保つのに必死だった。何とかぎりぎりでメアリーとしてふるまっている。それ以上に背筋に氷水を流し込まれたように全身が冷えていく。
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