推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第3話:君の肝臓と脾臓はきれいで健康的だ

 

 

 

 

「……あはっ!」

 

 ジョンが亀裂のような笑みを浮かべた。

 

「あははっ! あははははっ! 冗談だよ冗談。安心していいよ、マドモワゼル。僕は君のせいだなんてこれっぽっちも思ってないからさ」

 

 耳障りな笑い声を響かせて、ジョンはその場を取りつくろう。なにが冗談だ。お前の発言を信頼するなんて、窃盗犯に金庫の鍵を管理させるようなものだ。

 

「それにしても、君みたいな可愛い女の子もアウトカムにいるんだね。握手したいけど、あいにく僕はこんな格好でね」

 

 ジョンはにこにこ笑っておどけてみせる。まるで猛獣を縛るかのように、ベルト付きの拘束衣で身動きが取れないでいる。それでも、ジョンの顔は笑みを絶やさない。隣でハロルドが咳払いをした。本題に入らなくてはいけない。

 

「あなたにとって耳寄りな取引を持ってきました。これは、第一級推定犯罪者であるあなたには、願ってもない話です」

「聞かせてほしいな」

「私は今日付であなたの担当捜査官となりました。あなたには二つの選択肢があります。一つは、私の提案を拒否してこのままエシックスの最下層で終身収監されるという選択」

 

 私はなるべく余裕を見せるため笑みを浮かべる。

 

「もう一つは推定犯罪者更生プログラムに則り、私に協力して犯罪捜査に従事するという条件で――ここを出るという選択です」

 

 私の言葉に、警備員たちが血相を変えて詰め寄った。

 

「バカなことを言うな! アウトカム風情がどんな権限があってこいつを外に出すんだ!」

「貴様正気か!? こいつは第一級推定犯罪者だぞ! どんなことがあっても外に出せないに決まってる!」

 

 私もそう思うよ。心から同意する。評議会は何を考えているんだ? こいつが犯罪捜査? 劇毒に劇毒を混ぜて無毒になるわけないだろうが。さらにひどい劇毒が発生するに決まっている。ジョンがエシックスから出るとはそういうことだ。

 

 でも、私はアウトカムの捜査官だ。内心とは裏腹の態度を演じなくてはいけない。

 

「黙って下さい。私たちアウトカムは評議会の命令でここにいます。私たちの提案に異議を唱えるということは、評議会の決定に異議を唱えるのと同然だということがお分かりですか?」

 

 威圧的に警備員をにらむと、すぐに二人は黙った。私はジョンに向き直る。

 

「もう一度聞きます。ここで一生を過ごすか、私と共に行動するか。どちらを選びますか?」

 

 ジョンは一瞬だけ黙ったが、またにっこりと笑う。

 

「僕はもちろん後者を選ぶよ。君のことが気に入りそうだからね」

「おや、たったこれだけの会話で私を気に入ったのですか?」

 

 私がそう言うと、ジョンの笑みが深くなった。爬虫類のような不気味な笑みに。

 

「君の体臭で分かるんだよ。君の肝臓と脾臓はきれいで健康的だ。ぜひ、腹腔から新鮮なまま取り出してみたいね。それに、君はとても形の整った眼球をしていて、瞳の奥には深い闇がある。いいね、そういう目は大好きだ。取り出してワイングラスの中に沈めれば、きっと味わい深い美酒が堪能できる。思索のお供だ」

「……それはそれは」

 

 

 

 

 寒気がして私は自分の体を抱きしめた。私はジョンのことを侮っていた。こいつは正真正銘の異常者だ。その時だった。ハロルドが一歩進み出てわざとらしい明るい口調で手を叩いた。

 

「よし、決まりだね。おじさん肩の荷が下りちゃったよ。それじゃ、手続きを頼むね」

 

 明らかにハロルドは、私をかばってくれた。

 

「……大丈夫、メアリーちゃん?」

 

 ハロルドが私に耳打ちする。

 

「ご心配をおかけしました。大丈夫です」

 

 真性のサイコパスは危険すぎる。会話するだけで精神が汚染されるのを体感するなんて。私が深呼吸するのと同時に、ジョンが軽く身を振った。それだけで、ジョンを何重にも縛り付けていたベルト付きの拘束衣がずたずたに引き裂かれて床に落ちた。

 

「なっ!?」

「なんだと!?」

 

 警備員が驚愕するのを無視して、簡素な灰色の服を着たジョンは軽やかに私に近寄った。これがジョンの異能だ。ここで見るとは思わなった。その名は「アグノスティック」。本人にも私たちにも認識できない上に理解できない、異次元のナニカを使う。認識不可能、理解不可能だから防御も回避も不可能という反則極まりない異能だ。

 

「さぁ、行こうか。君となら刺激的な毎日が過ごせそうだ」

 

 ジョンが手を差し出す。私は自分の手が震えていないよう祈りつつ、その手を握り返した。

 

「あなたが協力的である限り、個性は尊重するつもりです」

 

 ジョンはにこやかな笑顔のまま私の手を撫でる。

 

「ああ、思った通りだ。君は素晴らしい。筋繊維も脂肪も血管も全部が合格だ。理想的だね」

「それはどうも」

 

 私は不快感に耐えながら答える。手を撫でるな、鳥肌が立つ。

 

「安心していいよ。僕はちゃんと手順を重んじているんだ。君はまだ白紙のキャンバスだ。完成してないのに汚してはいけないからね」

「意外と紳士なのですね」

「芸術品の制作に下準備は必要だろう? それに、完成した時に歪んでいると台無しだ」

 

 ジョンは私の手を弄びながらにこやかにのたまう。この後非常ベルを鳴らした警備員によって、軍隊並みの武装した面々が押しかけてきて、ジョンの保釈がとんでもないことになったのは言うまでもない。

 

 ――こうして私、メアリー・ケリーはジョン・ドウとコンビを組むことになった。犯罪捜査官と、未遂のシリアルキラーという組み合わせで。

 

 

 

 

 

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