推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)―   作:高田正人

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第4話:生けるバイオハザード

 

 

 

 

 今回の推定犯罪者更生プログラムに参加している捜査官は、私だけではない。以前リストを見たけれども、何人かゲームでプレイしたことのある推定犯罪者の顔写真があった。他人の思考を読み取ってしまうテレパシー能力者、エリー・ゴールドや、怪盗紳士を気取るアンドリュー・コリン・マクスウェルは個人的に思い入れのある人物だ。

 

 けれども、私の担当するジョン・ドウはその危険性が桁違いだ。エリーは人間不審なだけだし、マクスウェルは彼の美学が評議会の逆鱗に触れただけで、人間としては問題ない。一方でジョンはというと、思想も実害も最悪だ。下手に親しくなると彼の狂った思考に呑み込まれるし、異能を使われたらレイヤードに現存する武装では対処は不可能だ。

 

 そんな生けるバイオハザードのようなジョン・ドウを、評議会は私一人で制御できるとは思っていないらしい。いや、そう思っているなら最初からエシックスから出すなよ、と思うのだけど。評議会はジョンに特殊な首輪をつけた。物理的なものではないけれども、これが彼の首にはまってる限り、ジョンが脱走することはないと思いたい。

 

「論理」。それは森羅万象に干渉する現象をプログラム化したもので、レイヤードではごく普通の技術だ。「理学」として一般人も学べる。魔術や超常現象と思えば一番近い。

 

「ああ、結構邪魔だね、この論理」

 

 私が運転する車の助手席に座ったジョンが、手で自分の首を撫でている。そこには論理で刻んだ黒いチョーカーのような線が一周している。

 

「ジョン、あなたの頸部には逃走防止用の論理が施術されています。便宜的に首輪と呼びますが、その論理のパターンを更新する頻度は一日に一度。怠った場合、あなたは脳が腐蝕して死にます」

 

 私は虚実を交えて説明する。

 

「つまり、君を殺して逃げたら僕は死ぬ、ということだね」

 

 生殺与奪が握られていることを知っても、ジョンはどこ吹く風だ。

 

「ええ。私の心臓に刻まれ、私の生命活動とリンクした論理だけが首輪のパターンを更新できます。あなたの協力次第で、この更新の頻度を減らすこともできます」

 

 私はこれ以上ジョンが興味を示さないよう祈った。何しろオルタナティブ・サイコというゲームの後半では、ジョンがこの拘束を自らの異能で無効化するシーンがあるからだ。

 

「それにしても、これからどこに向かうんだい。まさかさっそく捜査に参加しろ、とは言わないよね」

 

 幸い、あっさりとジョンは首輪への興味を失った。こいつは自分の異能を本能的に使っているだけで、それを研ぎ澄ます気はないからだ。そもそも、異次元から出現するナニカを、殺人のための刃物にしか使わない時点でジョンの無関心さが知れる。

 

 

 

 

「今日は私の個人宅に向かいます。あなたの部屋は用意してありますので」

「驚いたね。君は一軒家で一人暮らしなんだ?」

「ええ。私はアウトカムの捜査官――レイヤードの上級市民です」

 

 私は自分の今の社会的地位に感謝する。ここではメアリー・ケリーとしての知識と優秀さだけが頼りだ。前世らしきものの記憶など役に立たない。

 

「少なくとも、私はあなたの人格は尊重するつもりです。あなたはまだ、誰も殺していないのですから」

 

 私は窓の外の景色に目を向けながら言う。どこまでも続く積層の都市。層を成した(レイヤード)、という名前の通りだ。評議会によって管理された社会、道徳、個人――人生。前世らしきものがある私だけが、その歪さを肌で感じている。

 

「ふ~ん、捜査官らしくないことを言うね、君は。捜査官にとって、実際に殺人を犯した犯罪者も、これから殺人を犯すであろう推定犯罪者も同じじゃないのかい?」

 

 確かにジョンの言う通りだろう。この世界の捜査官にとってはそれは常識だ。でも私からすれば、犯罪を犯した人間と、犯す可能性のある人間とでは天と地ほどの差がある。

 

 いくらジョンが筋金入りの殺人鬼でも、まだ誰も殺していない以上、人間以下の扱いはしたくなかった。もっとも、そんなことをおおっぴらに言おうものなら評議会ににらまれるけど。

 

「私は捜査官です。推定犯罪者の検挙のために有効な手段を取っているにすぎません。ただし、捜査の時はあなたのことをアウトカムの備品として扱いますので」

 

 暗に「調子に乗るなよ」と匂わす。私が横目で見ると、大げさにジョンは肩をすくめた。

 

「そうかい。オーケー、僕だってせっかく外に出られたんだ。しばらくはおとなしくしているよ。備品扱いでも我慢するさ」

 

 しばらく、と言う台詞が気になるけど無視する。

 

「では、帰る前に買い物をしましょう。あなたの私服と靴を購入します。それと眼鏡を」

「眼鏡?」

 

 ジョンが不思議そうに首を傾げた。

 

「ええ。必要ではありませんか?」

 

 私が当然のようにそう言うと、一瞬ジョンは黙った。それから驚いた声で言う。

 

「……どうして分かったのかなあ。実は僕ちょっと近視なんだ。エシックスでは本を読むのに苦労してたよ。眼鏡を差し入れてくれって言ってもみんな拒否さ。金具がだめなんだって」

 

 やはりそうか。このあたりもゲームと同じだ。ゲーム本編でもジョンにプレゼントするアイテムで眼鏡は有効だった。しかし、まさかそれを口にするわけにもいかず、私は適当な理屈をでっちあげた。

 

「あなたと会った時、こちらを見る視線に近視特有のものを感じましたから。必要ならば購入しましょう」

「あははっ、一目見ただけで分かったのかい。少し君を侮っていたよ。ますます気に入ったなあ。君みたいな人間は初めてだ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

 私はそう言って、ハンドルを強く握った。もしかしたら、私は出だしから失敗したかもしれない。ジョンの目に、蛇が獲物を狙う時のような粘ついた関心を感じたからだ。

 

 

 

 

 

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