推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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「……ふう」
自宅で私は、推定犯罪者の更生プロジェクトについての分厚い書類に目を通し終えた。コーヒーはすっかり冷めていて、しかも雑に煎れたのでおいしくない。評議会とアウトカムの間には官吏がいて、これがまた仕事を煩雑にしている。役所の悪いところを全部組み合わせたような彼らは、レイヤードというディストピアの象徴だ。
それにしても、ジョンに捜査の補佐に当たらせるなんて、正気とは思えない。プロファイリングをさせたければ、エシックスでやればいいのに。やはり、闇から闇に葬りたい事件が多い、ということか。私はオルタナティブ・サイコでプレイヤーとして体験した事件を思い出す。いずれも例外なく奇怪で歪み、狂った事件の数々を。
その時ノックの音がした。
「メアリー、入ってもいいかい?」
ドアの向こうからジョンの声がした。
「ええ、どうぞ」
私は書類を引き出しにしまいつつ入室を許可する。ドアが開いた。
「久しぶりの自由には慣れましたか、ジョン……ジョン?」
なんとジョンはエプロンをしていた。似合うような似合わないような。
「その格好はなんですか?」
「どう? 似合う? じゃなくてメアリー、夕食の時間だよ。集中していて忘れてた?」
そう言われて気がついた。時計を見るといつの間にか夜だ。
「ああ、もうそんな時間でしたか。あなたが作ったのですか?」
「うん、暇だったからね。キッチンにある食材を適当に使わせてもらったけど、いいよね?」
「そういうことは先に言ってください」
「あはは、ちょっとびっくりさせたかったからね。どう? 手は空きそう?」
陽気な好青年としてふるまうジョンに私は気を許さずに答える。
「ええ。せっかく作ってくれたのですから、温かいうちにいただきましょう」
確かにオルタナティブ・サイコでもジョンは料理上手という設定だった。それがここでも再現されているだろうか。
◆
「どう? メアリー。僕の料理のご感想は」
食卓に並ぶ料理を得意げにすすめるジョンに対し、私は感服するよりほかなかった。
「……おいしいです」
パスタはイカスミ(以前買ったけどそのままだった奴だ)。チーズとトマトのサラダ。オリーブオイルとバジルの香りが引き立つ。そして何よりも焼き立てのピッツァ。
「これを……本当にあなたが一人で?」
「もちろんさ。僕は友人も知り合いもいない天涯孤独の身だからね」
確かに、ジョンが勝手に自宅から出れば警報が鳴るので、彼が外で買うことはできない。デリバリーを注文した様子もない。
「ラザニアもどう? おいしいよ」
小皿に私の分を取り分けながら、ジョンは満面の笑みを浮かべる。
「ジョン、あなたは……」
はっきり言って、こんな料理なら毎日食べたいくらいだ。……太るけど。
「うん?」
「器用なのですね。更生したらシェフを目指してはいかがでしょうか」
もっとも、レイヤードの職業適性がシェフを可能と判断した場合に限るのだが。
「いいね、それ」
ジョンは私の提案に当たり障りなく答えた。
「それにしても、メアリーは案外食いしん坊だね」
勧められるがままに手料理を楽しむ私を見て、満足げな表情をジョンは浮かべる。
「美味ですので。これくらいのカロリーの摂取は許容範囲内です」
「がっつかなくても大丈夫。僕はお相伴にあずかるだけだから」
そんなに私はがつがつ食べていただろうか。少し顔が赤くなる。
「……推定犯罪者の作った料理を少しも疑わずに食べるなんて、君はお人好しだね」
急にジョンが意味深なことを言うと、私をじっと見つめる。
「それは違います」
ナプキンで口元を拭いつつ、私はその目を見つめ返す。ジョンの目は不可解な色で、どんなに見つめてもおよそ人間味がない。こちらの視線がそっくり吸い込まれてしまう。
「あなたの殺害の方法は異能を用いた斬首です。毒殺ではありません」
私はジョン・ドウのエシックスでの尋問記録を閲覧している。ジョンは実際に殺人こそ行っていないが、いくつかの精神分析や特殊な実験や検査によって彼の性癖は明らかにされている。ジョンの理想とする殺人の方法は常に即死であり、毒殺は候補にさえ含まれていない。
「気が変わったかもしれないよ」
私がそう言ってもジョンは表情を変えない。だが、私を動揺させようとしても無駄だ。私はオルタナティブ・サイコというゲームでもジョンのことを知っているのだから。
「まさか。ほかでもない殺人について、あなたに妥協や心変わりはありません。私は、あなたのそのこだわりに信頼を置いているだけです」
シリアルキラーのジョンにとって殺人はこだわるべき行為だ。斬首が彼のスタイルなら、それを絶対に変えるはずがない。だからこそ、私は平然とジョンの手料理に口ををつけられるのだ。……それ以上に、とてもおいしいのもあるけれども。私の堂々とした態度に、ジョンは感服したような表情を浮かべた。
「君は面白いね、メアリー。実に素敵だ」
私はジョンの賛辞を受け取ってから、白ワインを満たしたグラスを掲げた。
「レイヤードの秩序とあなたの協力に乾杯」
ジョンも素直に応じる。
「優秀な君の頭脳と、勇敢な君の心、そして君の美貌に乾杯」
「多すぎです」
「それだけ、僕は君のことを評価しているってことだよ」
ジョンの笑みは亀裂のようで、温かみのない不気味なものだった。
「また作ってあげるよ。メアリーがこんなにおいしく食べてくれるなら、僕としても作りがいがある」
「ええ、ありがとうございます。期待していますよ」
社交辞令ではなく、本心から期待してしまう自分が悔しい。これじゃまるで、餌付けされた飼い犬だ。私はむしろ、ジョンという毒蛇の飼い主でなければならない。その事実は私の頭痛の種だった。
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