推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
◆
「私はこう判断します。――ガラテア本人があれを書いたという可能性も考えて、鎌をかけてみたのでしょう?」
「あははっ、分かってるじゃないかメアリー。やっぱり君は捜査官なんかよりも、よっぽど犯罪者の方に寄った考え方をしているよ。ブラボー」
ジョンは心底愉快そうに笑った。料理の本を閉じて私を熱っぽく見つめてくる。
「犯罪者の検挙のためには、彼らの思考を知らなくてはなりません。私は彼らのような考え方はしませんので」
「ああ、そうだね。君は凡庸な犯罪者になりそうだ。それよりも――今みたいに足を踏み外さないように健気に頑張っている方がよっぽど魅力的だよ」
ジョンの嗜好には反吐が出る。他人を自分の興味の材料としてしか見ていない。
仮に犯罪者になった私を見たら、つまらなそうに一瞥して首を刎ねるだろう。壊れたオモチャに用はない、ということだ。それよりも、犯罪者の狂気に勇気を振り絞って突っ込んでいく私の方が、ジョンの好みに違いない。そうしている限り、私はこいつに殺されることはないだろう……たぶん。逆に興味関心を持たれているという可能性も高いが。
「それはともかく、あの脅迫状はガラテアの自作自演だと思いますか?」
「全然。彼女は普通の善良な市民さ。犯人は別にいる。さて、どうする? もう少し焦らせば、そいつは無視されたことに我慢できなくなって飛び出してくるかもしれない。分かりやすい脅迫状を出してくるだろうから、その変化は一目瞭然だ。僕たちは座ってただ待つだけでいい」
要するに、本当にガラテアに危害が及ぶようになってから出動すればいい、とジョンは言っているのだろう。私は考える。ストーカーの被害は悲惨だ。何かあってから動いても遅い。
「私は彼女を警備します。急激な精神純度の低下により、犯人が凶行に及ぶ可能性は無視できません」
「真面目だね、メアリーは。そんなに歌姫様を守りたいのかい?」
「当然です。私はこのレイヤードのために働く義務と責任があります。ならば全力で市民の秩序正しい日常を守るべきです」
「素晴らしい心がけだ。君の市民ランクが高いのもうなずけるよ」
ジョンは再びソファに寝転んで料理の本を広げるが、私はその側に立つ。
「何をしているんですか。あなたも同行するんですよ。今すぐです」
「はいはい。分かったよ。まあいいか。メアリーと一緒ならきっと面白いものが見られそうだ。期待しておくよ」
ジョンは気だるげに立ち上がると、ゆるめていたネクタイを締める。私は引き出しから拳銃を取り出してホルスターに入れる。今回の犯人はもう分かっている。後はどうやって、彼をおびき出すかだ。
◆
数日後。私とジョンはガラテアのコンサートに聴衆の一人として参加することになった。アウトカムの捜査官ならば、大抵の組織に対して協力要請が通る。レイヤードで人気の歌姫のコンサートでも、一番よい場所の席が二人分用意された。上級の市民、しかも評議会直属の組織の人間というだけで、ここまでお膳立てしてもらえて素直に助かる。
「メアリー、どうかな?」
コンサートホールに出発するほんの少し前。自宅の鏡の前でジョンはほほ笑む。こいつしか似合わないんじゃないか、と思う白ずくめの礼服姿だ。ジョンは白が好きだ。それも徹底した純白が。論理の効果で染みも汚れもないそれは、潔癖を通り越して脅迫的にさえ感じる色合いだ。
「ええ、よく似合っていますよ」
私はこちらをエスコートする気満々のジョンをそっけなく評する。確かに、こうやってにっこり笑って手袋に包まれた手を差し出されたら、大抵の女性はうっとりしてその手を取るに違いない。何しろジョンは顔も態度も良い。でも頭の中は最悪だ。そっと握られた手をいつ切り落とされるか分からないようでは、到底うっとりできるわけがない。
「ああ、メアリー。ちょっと待って」
「え?」
「ペンダントはこちらの方がいいと思うな。それと……」
私のドレスのペンダントをジョンはそっと取ると、別のものと付け替える。蝶を象ったデザインのものだ。続いて櫛を持つと、手早く私の髪の形を変えていく。
「あの……ジョン?」
いつになく真剣な顔で、ジョンは私の髪に櫛を通していく。
「ごめんね。もう少し待って――うん、こうかな?」
はい終わり、と言ってジョンは、美容師のような仕草で私に鏡を見せた。
「額を出すようなヘアスタイルの方が、今夜のドレスと合っていると思ったんだ。どうかな?」
確かにそうだ。少し悔しいけどジョンの方がセンスがいい。
「ええ、ありがとうございます。この方が適切でしょう。目立ちません」
「あはっ、メアリー。君は相変わらずお堅いなあ。僕は捜査のためにしたんじゃないよ」
くるりとジョンは私の後ろに回ると、両肩に手を置く。壊れ物を扱うような手つきがかえっておぞましい。怜悧さと人なつっこさが完璧に両立したその顔が近づき、耳元で唇が動いた。
「君が綺麗になるのを見るのは楽しいよ。思ったよりぞくぞくする」
すぐこれだ。ゲームと違いジョンのステータスを見ることはできない。こいつの依存度は今どれくらいだ? 私を自分の好みに仕立てようなどという薄気味悪いことを妄想しているのか? 内心の恐怖を押し殺して、私は冷徹なメアリー・ケリーの顔でこう言った。
「あなたの個人的な関心事には干渉しません。行きましょう。遅れないように」
◆