推定犯罪者―私を愛したシリアルキラー(未遂)― 作:高田正人
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コンサートそのものは、妨害もなく無事行われた。スタッフたちに混じって舞台裏にいる私とジョンに、一人の男性が話しかけてきた。まだ若い敏腕そうな青年だ。しかし真面目一辺倒ではなく、どこか軽薄そうな雰囲気がある。
「こんばんは、ケリー捜査官」
彼は私に右手を差し出す。
「ガラテアのマネージャーのロバート・コナーです」
「ええ、よろしく。本日は捜査への協力、ありがとうございました」
私たちは義務的な握手を交わす。
「アウトカムの要請であれば、全力で協力しますとも、はは。それと……」
コナーの目がジョンの方に移り、ジョンはにこやかに手を振る。私は先手を打った。
「彼に話しかけないで下さい。この場にいないものとして扱って結構です」
「え、で、でも……」
「私はあなたの市民としての権利を守るために言っています。推定犯罪者との不必要な接触は、あなたの精神純度を劣化させる恐れがあります」
私は有無を言わさずに言葉を続ける。理詰めで押し切ると、コナーは完全に私に気圧されたらしくうなずく。
「わ、分かりました。ケリーさんがそうおっしゃるなら」
コナーは改めて、後片付けに従事するスタッフを見ながら言う。
「どうやら、やはりただのいたずらだったようですね。ガラテアも安心したことでしょう。ケリーさん、あなたも多忙ですからこれ以上は俺たちスタッフで何とかします」
要するに、これ以上はアウトカムがこの件に出張ってくる必要はない、と言いたいのだろう。
「私としては、ガラテアへの私服での警護を今後も続行するつもりです」
私が即答すると、コナーは明らかにうろたえた。
「え? それは……その……ありがたいと言うか……」
「ご心配なく。評議会によって、アウトカムの捜査官は独自の判断による捜査の続行が認められています。あなたがなんらかの不利益を被ることはありません」
「しかし……」
普通に考えるならば、コナーにとってありがたさと迷惑さが半々だろう。アウトカムは犯罪抑止の専門家だ。自分たちより犯罪に詳しい。しかし同時に捜査官はレイヤードの市民にとって恐怖の対象でもある。何しろバックに評議会がいるからだ。捜査官の機嫌を損ねたら市民ランクを下げられかねない。それを見越して、私はなおもたたみかける。
「推定犯罪者であろうと、犯罪者であろうと、彼らに人権はありません。レイヤードの秩序は何者にも脅かされてはならないのです」
だんだんと私もメアリー・ケリーとしての演技に慣れてきた。要するに融通の利かない権力者の走狗でいればいいのだろう。つくづく、このレイヤードの権力構造は歪んでいる。全ては評議会が狂っているせいだ。
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「そ、そうですか。ありがとうございます。ガラテアも――安心することでしょう。彼女のメンタルはあの脅迫文でかなり参っていましたからね」
わずかにコナーの口調からは、残念そうな感情が見える。
「――いや、逆だよ」
その時、突然ジョンが口を挟んだ。
「むしろ、ガラテアは精神的にこれからかなり追い詰められるだろうね。かわいそうに」
誰が自分の意見を言えと言ったんだ。
「ジョン、静かにしなさい」
私はジョンの方を見ないでそう言うけれども、彼は聞き入れない。
「考えてみてよ。アウトカムの捜査官に身辺を嗅ぎ回られるんだ。個人の精神純度を強制計測だけじゃなくて、口頭での質疑応答で決定する権限のある捜査官がだよ?」
「ジョン。もう一度言います。黙りなさい」
「誰だって秘密の一つや二つ、後ろ暗いことの一個や二個はある。さて、君の大事な歌姫は、アウトカムの無言の圧力にどれくらいストレスを感じるだろうね。僕が思うに――」
「ジョン! いい加減にしなさい!」
私はつい大声を出してしまった。このサイコパスが勝手に動き出したら、誰にも止められないと知ってるからだ。脱走した毒蛇同然だ。
「僕の言いたいことはそれだけさ。はいはいごめんねメアリー、もう黙るよ」
いけしゃあしゃあと謝るジョンに、私は詰めよる。
「あなたのような都市に適応できない非生産者が、他人の心配をする必要はありません」
「僕なりの今日のコンサートに対する謝礼みたいなものだよ。そう怖い顔をしないでよ、メアリー。君の可愛い顔が台無しだ」
歯の浮くようなお世辞を無視して、私はジョンに事実を突きつける。
「今一度だけ警告しておきます、ジョン・ドウ。評議会に提出するあなたについての報告は、私に一任されています。矯正不可能と書いて、あなたを今度こそエシックスの最下層に永久に拘禁させることもできるのですからね」
この警告が通じるだろうか。私は内心で祈るしかない。
「君はそんなことをしないよ、メアリー」
ジョンはただ楽しそうに笑うだけだった。
「君は僕を必要としている。違うかい?」
何もかも見通したような顔のジョンに、私は感情を込めずに応えた。
「ええ、必要です。迅速かつ円滑な犯罪捜査のための備品として、ですが」
バチバチと火花を散らす私たちの横で、コナーは困り果てていた。
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