空間騙 作:ベンゼン
遂に衆目の前へと現出した──異世界に通じる通路、その先端部となる『門』の形をした構造物。
私はその瞬間に立ち会いそして今まさに行われている「活動」と、それによって生じた光景を眺めていた。
(人間の軍隊が主、そこに何割か別種族が混ざった、異種族連合軍なのねー)
うぉおおお、と威勢の良い声を上げて、呆けていた一般人を蹂躙する姿に躊躇う様子はない。
とりあえず今あそこにいる者達は、最初から対話する気のない、言葉通りの「侵略者」と、それに流される系男子の集まりと考えられる。
(馬に乗った、騎士と……大きくて力の強そうな巨人、小鬼、そして竜……)
数えてみたところ、異世界の軍勢は優に10000を超える集団だった。
その上でまだ増え続けているため、異世界の軍勢は中々本気でこの世界を攻めようとしている事が伺える。
しかし、私に言わせれば異世界の門から出てきた以外は見るべきところのない、原始的な暴力を振るい続けるだけの集団でしかない。
それこそ超常的な能力、術の使い手……魔法使いや超能力者の戦力でもいれば違ったのかもしれないが、今のところそれに多少近いのは空を飛び火を吐く竜くらいのもの(それにしてもただのそういう生物でしかないようだが……)。
私としては妖怪のような概念的生命体が飛び出してくる可能性を捨てきれていなかったため、その面でみるとガッカリせざるを得ない。
「分かる範囲の戦力……勢いや人数はともかく他は……」
敢えて出し渋る理由があるわけでもなければ刀剣や鎧兜、馬を使って侵略戦争を仕掛ける以上、それが大真面目に戦力として運用されていると仮定した上で──文明レベルはそこまででもないと予想する。
少なくとも現代の科学文明を凌駕する超文明だとか、そこまでいかずとも高度な技術力があれば……戦車くらいは持ってこれるのではないかって思うし。
観測できる戦力の中にそういうものは無く、武装に特殊な付与が施されているわけでもない。
今使える力で調べられた結果は、喜ばしいものではなかった。
(『通路』ねぇ……そういえばさっきまた見ようとしたら)
騎兵隊が進軍していく光景に飽き始めていた時、気分転換に通路の構造解析を進めようと力を使った時に感じた、違和感。
小さく、それでいて鋭く刺すような、指に構えた針をこちらの眼窩に向けられたような感覚。
(見られていた……あの門の中のどこか、通路の……いえもっと先から)
こちらから見ようとするように、あちらもこちらの事には関心があるのか。
見られてるからと言って解析できないわけではないが……気が散ってしまうのがよくない。
面白そうなものを見る時に邪魔をされると嫌な気持ちになってしまうからやめてほしい、困る。
薄っすらと悲しい過去を想起していた私は、視線を異種族連合軍(仮称)に戻す。
「それにしても」
今はまだ調子よくずんずんと進んでいけているのが遠目でも分かるが、これから先はどうなるか分からない。
極めて甘く採点して、どうなるか分からない……だ。
それを廃して常識的に考え、今分かっている範囲の情報を総合して考えれば答えに近付く。
この軍勢が、無辜の一般人を一方的に殺害したこと、そしてこれからもそれを続けるだけであるなら──
「こちら側の防衛戦力に勝てるかというと……難しそうよねぇ」
独りごちて──手元に開いたスキマから異空間の様子を覗く。
──蒼褪めた顔で困惑し震える、異世界人の鎧騎士。
──その周りには小鬼や巨人、そして同じような意匠の鎧を着た騎士の姿がある。
──但し、生き残りは怯えた騎士一人しかいない、それ以外は捻じ切られたり平たくなったりしている。
「強度は人間に毛が生えた程度、か……これじゃとても」
『■■…………■■■■!! ──ッッッ!!!!』
「泣いちゃってる……戦う人でもスキマの中は怖いのねぇ」
弱弱しく震える姿を暫く見た後、スキマを閉じる。
ぼうっと眺めるだけだと暇を持て余すと感じていた私は……威勢良く進軍する大軍勢の中、いくつか人員に目をつけると、自分自身に掛けた『認識誤魔化しの術(仮称)』を頼りにスニーキング、気取られない内にその進行方向から計算して真下にくるようスキマを開いた。
そうすれば目を付けた対象を次々と自由落下させ誘拐できる。
何が何だか分かってない侵略者たちに、私は強度を調べるための実験として八雲紫パワーを引き出してそこから使えそうな攻性術式の知識を選択、順番に発動したという流れである。
久しぶりに使ったせいで少し手間が掛かったが、しっかりと術式は実行された。
──私が扱える力の内、所謂『境界を操る程度の能力』は自分対象の操作であれば比較的自由に行使でき、スキマ空間も開くために特に制限は無い。
──自分以外に対する能力行使や、『境界を操る程度の能力』に当て嵌まらない妖力を用いた術なども使うだけなら可能、けれども今の私だと元々の難易度にプラスして行使するために数分~数十分で前後するくらいの「集中」を必要とする。
──今回の場合、スキマ空間に閉じ込めた者達に力の練習がてら、つねったり切ったりしてみたわけだが、そのまま死んだ。
私が手加減を間違えたのでなければ、とりあえず異世界の生物も叩けば壊れる常識的な生物でしかないように思える。
こんな事を考えている私とて、非常識度合いで言えば八雲紫オリジナルの足元にも及ばないのだけれども。
この世界でなら私が非常識代表面しても構わないだろう、たぶん。
つまるところ話を戻すと、あちらの生物の強度が私の知るこの世界産の人間と大差無いとするなら。
銃火器の使い手が現れたりすれば、いかに精強ではあれど旧式の装備しかない軍隊では立ち向かえないのではないか、と。
とはいえこれも日本の防衛力がどの程度かにもよる……生憎この身を得てから軍事的な何かと関わったことがない以上は推測でしかない。
私の手加減攻撃で物理的に壊れる強度なら、鉛玉の雨あられは普通に死ぬだろう、くらいの雑な話でしかなく。
誰に恨みがあるわけでもないし、どちらかと言えば自分以外の個に対し無関心に生きる道を進んできた身としては──どっちが勝っても困らないといえばそうだが。
このまま一方的な展開になるとしたら、自分にとってはどうだろうか。
「うーん」
自分はいったいどうしたいのか──ここにきて方針が迷子になってしまった気がする。
ここまでは流れに乗ってきただけで、深い考えは無かったが。
どちらでもいい、と言い切ってしまっていいのかしら──と。
この世界の陣営や、異世界の軍隊どちらかに手を貸す、というのは違うと思う。
もっとこの心に湧き上がる衝動を発散できるようなものがいいのだけど、それが頭に浮かばない。
諦観という名のぬるま湯に浸っていればよかった頃は、それでもよかったのだけれども、異世界という新要素が現れてしまった。
それは私にとって間違いなくワクワクするものであって、嬉しいことであったが、同時に方針を変えざるを得ない時代の流れに面倒くささを感じてしまって。
すべてが都合よく、すべてを受け入れられる……という境地に私は到達できずにいた。
「うーん……うーん……うーん……どうしましょう、すごく困った」
私はここで閃きを得る──特に何も閃かないから悩んでいるのである。
八雲紫パワーでどうにかする──これは私の意志の問題だからあまり役に立たないのでは。
誰かに相談する──だからそんな相手いないって。
「うあー……」
慣用句でいうところの、八方塞がりになってしまった私は項垂れる。
まさかこんなところで悩む羽目になるとは……流石に想像していなかった。
「……」
「はぁ……」
「……」
「………………どうする、か」
(ちょっと待って?)
──視線を横に向ける
(うわ……なんかいる……)
──具体的には、人間の子供と思しきものがそこにいた
──死んだ魚介類の目をしている以外は特にこれといって特徴の無い、黒髪の小さな子供のようだ
(えー……? 何この子、この雰囲気…………ていうか)
「お前──どうやって私を見つけた?」
「……」
無言の少女。
私は警戒度を三段ほど上げる。
どうやってか知らないが、私の術を見破って近付いてきた以上は何かしらの能力者の類を疑うべきか。
(……いやちょっと待って)
そこでふと疑問に思う。
疑問という餌を与えられた頭はいつも以上に冴え渡り、高速で状況を俯瞰し、そして言葉を並べていく。
(子供……よね)
(この子……異世界人ではない)
(あちらから渡ってきた戦士にしては戦意が感じられないし、武器の一つも持たない……今まで私がこのあたりを行ったり来たりしていた時にも居たなら何故気づかなかった? 常に一方だけ見ていたわけではないのに……騎士どもの移動音や悲鳴が鳴っていたし足音や衣類の音はかき消される? そもそもこのベンチの周りに張っておいた人除けが……)
「ぁ……」
「……へ」
対応を決めかねていた私の目に次に映ったのは。
突如目鼻から流血し始めた少女──かと思えば、次は口から血を吐き、倒れる。
「…………は」
(……死んだ……? まだ何もしてないのに?)
恐る恐る触れてみると、まだ生死の境界でいえば死の側に向かう感じでも無い様子。
見た目の真っ赤を無視すれば、概ね正常……のよう。
「……やーねー、驚かして何も無いなんて」
私は目の前で起きた事が事だけに、情報を飲み込むのに時間がかかった。
このところ驚くことばかりで感情がよく動く。
(酷いわぁ……思わせぶりに現れたかと思ったら)
(何もせず血を吐いて倒れるなんて)
私は再びベンチへ背を預けた。
気付けばもう夕方になっていた──見るべきものは見たので家に帰るか。
(面白い……興味が涌いたわ、捕まえておきましょう)
(そういえば私の家……遠いから心配ないと思うけど……)
倒れた女の子の血を拭ってあげると、どうやらもう出血はしなくなっていた。
ピクリとも動かないが何度確認しても生きている判定でしか返ってこないことに生命の神秘を感じながら、私はスキマ空間(異世界騎士達を殺害した場所とは隔離している)に少女を格納。
そして自分も移動のためスキマの中へ。
──ベンチの前を、次々と通り過ぎる騎士。
──時折視線を向けるものは居ても、その場所に意識を向け続けるものはいなかった。
「クハハハハハ! 圧倒的、強過ぎる! そして異界の兵は弱卒ばかりである」
「しかし閣下、彼奴らは妙な武器を用いているとの報告があります……気が付けばこちらの兵が血を流しやられていたとか」
「この軍勢を従えて何を恐れる必要があろう! 帝国万歳!! 皇帝陛下万歳!!」
「――まだ許可は降りないのかっ、死人がどれだけ出ていると思っているんだ!?」
「そう言われましても……こちらも上から下までてんやわんやで……とにかく『包囲網の維持を継続せよ』と厳命されています」
「こんな時に自衛権行使できなくて何のための──くそがよっ!!」
──まだ銀座の騒乱は始まったばかり。
──収束する兆しは、見えない。