空間騙   作:ベンゼン

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4.1

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 ──目の前で炎上する家屋を見つめる私。

 

 ──火の勢いは次第に増していき、やがて全体を包んでいくのであろうことが分かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 ──ふと思うことがあります。

 

 昔の自分であれば、こうやって文明の起こす火を見る事も無かっただろう、という事。 

 どうしていいのか分からず、山奥に引き籠っていた頃の私。

 

 

 

 ──私は生まれながらに力を持っていた。

 

 ──その由来に対する答えを得るために歩き回った事もありますが、次第に落ち着きを得て。

 

 

 ──ただ時を重ねるだけの存在に近付いていました。

 

 

 

 

 ──人間ではなく妖怪的、怪異的と言える程の、強靭で破損や病気を知らない肉体。

 

 例えば──物を食べなくとも人間のようには早々に飢えて死んだりしない、雨に打たれて体が冷えても、真冬の川の中や海で全身水浸しにされようと耐えられます。

 

 雨宿りがしたければスキマ空間に引き篭もる事ができる……等々。

 

 バリエーションに頓着しない事を選べば、衣服など買わなくとも自力で生成できる特徴も持ち合わせています。

 

 それが八雲紫らしさなのか、妖怪らしさなのかはさておき──優れた基礎能力を持っているがために、衣食住が他人と比べて必要ではない、という事になります。

 持ち物が少なくて済む、所謂ミニマリストと言えるでしょう。

 

 

 

 ──私が初めに意識を目覚めさせてから暫くして、結局はこの国の制度に基づく人としての枠組みに入りに行ったという経緯がありました。

 そうなる以前はどうしていたのかというと──生活範囲は山奥の人里離れた森の中、食物はその辺の山菜(雑草)、服は自前で済ませればいいと、諸々身体の強靭さに任せて、後はひたすら考え込んで、昼も夜も無くどうしよう、どうしよう、と彷徨う日々を送っていました。

 

 今思うと、そこには現実逃避が入っていたと言えるのですが、孤独をこじらせておかしな、調子づいた感じになった結果「やだ、私ったら完璧ね……」とか、そんな言葉をひとりで語り始める始末。

 そこに居もしない誰かの妄想をしたり、とりとめのないことを次々と、考えては忘れて。

 その内やること成す事新しいことが思いつかなくなるまで──目的もなく生きておりました。

 

 そんな妖怪擬きならぬ仙人擬きのような生活を続けていた私でしたが、突如として天啓が訪れたのです。

 それはちょうど、寝転がって夢の中の羊を数えていた時のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 ──文化的に暮らすのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………文化……』

 

 

 ──およそ20文字にも満たない言葉、どうにでも解釈できる具体性の無い情報の羅列。

 

 ──しかし、浮かんだ言葉は不思議と私の全身を満たすように拡がっていって、気付けば足は街へと向かって駆け出していました。

 

 

 

 ──思い立ったが吉日、『野生の妖怪モドキ』をあっさりと辞めた私は、しかしノープランのままではどうしようもない事に思い至り、新しい悩みを得て。

 

 

 

 

 ──今となっては『都会でその日暮らしをする人モドキ』になっているのでした。

 

 ──おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしいわね……フフフフ」

 

 

 私の目に、現実の光景が映し出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──燃えてるわね」

 

 

 

 

 

 現実逃避したくなる時もあるので、仕方ない。

 私が八雲紫としての力を持っているから余裕があって耐えられただけで……これが妖怪に襲われる「一般人A」だったのなら、耐えられなかったかもしれない。

 明日の暮らしに耐えられなくなって首をくくっていたかもしれないそれくらい住処を破壊されるというのは悲劇的であるから、動揺しても仕方ないことなのだから。

 

 

 つまり何が言いたいかというと。

 

 異世界ドラゴンが、集合住宅に頭から突っ込んで、死にかけドラゴンになり……死にかけドラゴンの居る場所が私の部屋だった場所付近であり。

 そして建物のいたるところに火の手が上がっているのであり。

 その上で付け加えて更に言うと、日本国もとい東京都、銀座の一帯では建物一個の火事に構っていられない非常事態であり。

 

 

 つまりはこのアパート最後の日が今日だったということ。

 

 

 

 

(あーあ……あー……)

 

 

 

 こんな状況を説明しようと言うのなら、今から遡ること数分前の話をする必要があるでしょう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げっ」

 

「■■■■──っ!!!」

 

 

 

 銀座に現れた門を見物したその後。

 

 スキマから抜け出た私が、降り立った自宅の窓の外から目にしたのは、空中で通り過ぎる際にこちらと目が合った異世界の騎士と、ワイバーン的なドラゴンっぽい生物。

 家の中に入るからと油断して認識誤魔化し術を解除していた事が裏目に出た事、こちらへ向かってくる姿に見つかった事を悟って。

 

 

 

「あらら不味いわ、どうしましょうねぇ……」

 

 

 

 

 ──竜騎士がこちらへ向かって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんちゃって」

 

 

 私は空中へ素早くスキマを開くと、その開いた先で更に別の開口部を生成。

 こちらへ向かってくる騎士がその勢いのままスキマを通り、直後に開かれたスキマの行き先は──アスファルトの地面へ叩きつけられるようにしようと考えました。

 

 

 考えたのだけれど──ここからが問題で、私はこの時大きなミスを犯してしまいました。

 

 地面へ開いた筈のスキマは、気が抜けていたためか、普段ならあり得ない程に制御を外れて、見当違いのずれた場所へ開いてしまいました。

 

 ドラゴンがスキマへ吸い込まれたと認識した、次の瞬間──建物全体に響く大音が周囲を揺らして。

 

 

 

「ちょっと何が…………あら?」

 

 

 

 

 私は窓の外を見ておや? となりました。

 既に残酷な現場を作っていると思っていた竜と騎士は、その場所にはおらず。

 

 先ほどの振動と開いたスキマの事が脳裏を過りいやな予感を覚え、まさか──と思考がある可能性に行き着いたその時、今度はまた違った爆音により建物が振動。

 

 

 

「今のってまさか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──耳をつんざくような炸裂音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──足場の消えた浮遊感と共に、自分の身体が大きく吹っ飛ばされたのを自覚した私。

 

 

 ──「あ、これガス爆発かぁ~」……なんて呑気に思いながら、風圧に身を任せて後頭部から地面にバウンドしたのを実感した。

 

 

 

 

 

「あああああ~」

 

 

 

 

 

 ゴリゴリッゴシャッ──と地面の固いところを削り取りながら転がって、漸く止まったと思って建物の方角へ顔を向けると、そこには今まさに炎によって燃え上がっている建物が──

 

 

 

 

「あーあ……」

 

 

 

 

 そこには大きく燃え広がる、借りている自室のある集合住宅が。

 注視すれば、建物の屋根にドラゴンの尻尾が突き出ていて。

 

 

 

 

「……間違って屋根に向かってドラゴンを射出しちゃったの……へ、へぇ……」

 

 

 

 

 ──やや下り気味に接近していたドラゴンは、スキマが不意打ち気味に現れたために減速する暇もなく建物へ頭から勢いよく激突。

 衝撃で柱や梁がひび割れ、それが広がって──そして激突時の衝撃でガス管やら、内部の配線とか何かしらが引きちぎれて引火したのでしょう、古い建物だったし。

 ドラゴンは生命力故か暫くもがいていたけれども、生命維持に必要な器官が潰れたのかお陀仏となり、動かなくなりました。

 同じくらいの速度で建物にぶつかった騎士は──あ、見えた、ドラゴンと屋根の隙間に。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなったのかしら……」

 

 

 

 

 

 ただ降り掛かる火の粉を払おうとした結果、私はそこそこ長く住み続けていた住居を失ってしまいました。

 あの分だと他の住民もただでは済まない──幸いにも、例の別件で避難警報が出ているようなので、この辺りの住宅内は避難してもぬけの空になっているかもしれないですが。

 

 

(『塞翁が馬』ってところね……彼らにとっては)

 

 

 

 

 

「は~……こんな風になっちゃったからにはもう……暫くスキマ生活……でしょうね」

 

 

 

 

 過ぎた過去を取り消せない以上は仕方ないので、切り替えようと思い直して。

 

 ──とりあえず、無事な私物が残っていないか望み薄な希望を抱きつつ、壊れた焼け跡になろうとしている建物に向かって私は走り出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見事な燃えっぷり、酷いことしますわね」

 

 

 火の手の中心へ迫る中で、崩れかけた壁を蹴り壊そう──として倒壊が早まるかと思い直し、スキマでスキップしながら進む。

 そして、ある場所の崩れた建築資材を持ち上げたら、見覚えのあるものを見つけました。

 

 仄かに光沢のある黒い金庫──前時代的なダイアル錠のそれは、ところどころ傷はあれど頑丈だったお陰か壊れずに済んでいました。

 中に貴重品をまとめて入れてあるので、真っ先に回収しておきたかったもの。

 私はスキマ空間に金庫を放って、その流れで他の道具も見つけては放り投げるように収納していきました。

 

 

 

 

「ほっ、よいしょ……こんなものでいいでしょう」

 

 

 四方八方から焼き尽くす炎の勢いに、形あるものの、いつか壊れていくという事に対する無常感をしみじみと感じられます。

 

(しかし惜しいわね、能力で何とか直せたりしないのかしら……ダメかしら)

 

 結界を張って補強するにしても、倒れそうな建物の精密な補強は骨が折れそうで。

 あるいは建物の継ぎ目の境界を弄れば──前衛芸術のような建物になりそうだったので止めておきます。

 

 そもそも、自分は建築士でも電気工事士でもないのでぐちゃぐちゃになった建物の治し方などよくわからないのでした。

 それを踏まえても能力で頑張れば何かやれるかもしれないとは思いましたが……何となく、そこまでして延命しようという気にはならなかったのです。

 

 

 

 

 

(ん……気配?)

 

 

 

 

 

 

 自分の背後、壁を隔てた先に、ふと、奇妙な反応を感じ取った私は、大きく歪んだ玄関の扉に手を伸ばして。

 

 

 

 ──ちょっと扉が変形していたせいか、無理やり開けた途端に割れてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

(文句は建物に突進した奴に言ってね──あ)

 

 

 

 

 

 開けた瞬間──背後から火災の勢いに押されて吹っ飛ばされた私──バックドラフトという現象だという思考に至るには遅きに失して。

 

 ぐげぇ、と背中にぶつかってきた衝撃と熱感で嫌な思いをしましたが、これくらいは何てことありません。

 この程度で死ぬほど軟な身体はしていないので、立ち上がって衣服の埃をはらいます。

 

 

「あーあ……これはもう本格的に全焼するわね」

 

 

 

 

「しかし……」

 

 

 

 

 さっと周囲を見回す。

 

 煌々と燃え始めたアパートを見つめる姿は、私一人だけ。

 これだと先ほど感じた気配はいったい何だったのか──という疑問が生まれます。

 

 

「こんな時こそ八雲紫の力、生命探知の術で……………………よし成功」

 

 

 

 

 

「ううん……反応なし?」

 

 

 周辺の生きているもの、人型生物の所在などを調べてみるも反応なしときた。

 先ほど感じた気配は人ではなかったということか、それとも感知範囲から高速で逃げてしまったのか、そもそも気のせいか。

 

 

 

「さて、そうなると……もう他にやる事はないかしら」

 

 

 

 

 

 

 

「…………では」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後で燃えるアパートに背を向けて、私はその場を立ち去りました。

 

 

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