空間騙 作:ベンゼン
――その形だけを見れば、確かに「人」のよう
──否、だが、それでもあれを「人」と呼んでいいのだろうか
──ヘリコプターの中、何度も何度も、しきりに繰り出された言葉が脳内を反響している、そんな錯覚に揺らされている
――「何だあれは?」
『当たった…… 当たったよな、なぁ!? おい』
『……やっぱり、これって……』
『分からない……人間じゃなかったのかよ』
その場所は、嘗ては多くの人々が往来する大通りであった。
今も同じく大勢の人影があるのは変わらず、しかしその雰囲気は全くと言っていいほどに一変していた。
平和だった穏やかな空気は四散し、繰り返し鳴り響く銃撃と砲声により殺伐とした気配が充満し、既に一般人の姿は無い。
生きているものは逃げ去ったであろうし、死んでいるものは沈黙し道路の染みとなっている。
──銃声が、炸裂音が、ヘリの駆動音が鳴り響く
まき散らすように吐き出された弾丸は亜音速を超え猛烈な勢いで射出され、窓ガラスを、街路樹を、時折粉砕していくが、撃ち続ける側はそれを気にする事もない。
破壊される音、そして破壊される器物──だが、何度となく聞いてきたそれの後に作り上げられるべき光景には、あるものが欠けていた。
「(化け物……!)」
倒れない。
怯まない、下がらない、そして死なない。
いくら攻撃を続けても、そこに出来上がるべき筈の死体は出てこない。
恐ろしい──同じ人間とは到底思いたくなくなるような、その姿に恐怖を覚えている姿が見える。
気持ちは分かる──己もそう思っているのだから、と内心で一人呟いた。
「(ロケット弾もまるで効果無し、吹っ飛びすらしねぇとか)」
「(宇宙人でも相手にしてるような気分だよ……どうすればいいんだ、これ)」
絶句する、という言葉がこれ程似合う状況も無い。
──最初に謎の軍隊を攻撃の射程圏内に収めた時、自衛隊はその保有する兵器により敵兵の命を次々と奪うことができていた。
──確かにある時点までは「一方的」と言えるだけの優位を獲得していた。
──先制攻撃が、平和に浸り過ぎた国民性の隙を突いて、異世界の軍隊は一時的に優位を得ていただけだった。
──蹂躙される側と、蹂躙する側、その立場は容易く入れ替わるものでしかなかった。
――自衛隊にとって謎の軍隊の装備は大昔の遺物、近代的な科学で裏打ちされていない時代遅れな戦力であったために。
――ひっくり返った優位は覆ることなく、このまま状況は流れていくと、誰もが考えていたはず。
『まさか、これがあいつらの本当の力、奥の手的な何かなのか……?』
まるで何が起きたのか分からないかのように、動揺し、威勢を失い右往左往して逃げ回り始めた騎士姿の野蛮人共を見た時、少しだけ胸がすいた瞬間が記憶に残っている。
同じようにしてやろうと思ったが、しかし今度はこちらの心胆が冷やされる事態となっている。
戦況がシーソーのように移り変わって、こちらには打開の手立てが不透明な状況。
なまじ、人間離れした異形の存在――大型のドラゴンらしき生物であっても、既に銃火器によって殺傷できていた事実が、余計に混乱を加速させる。
かの生物達の中には確かに強靭な身体を持っていたのか、身体を二、三貫通されても倒れず向かってくるものもいたが、それでも最期には倒れ伏す結末を迎えていた。
だが今見えている奴らはどうか?
一定以上の威力の兵器を……生身で受けて完全に無傷であるかのように済ませてしまう相手の対処法など知らない。
実弾を浴びて、耐えているでなくまるで効いていないかのように振る舞うことなどどうすればできるだろうか。
できるとすれば、こちらの想定を超えた耐久性能だが、今見えている敵はそもそもこちらが眼中にすら無いように見える。
建物を破壊し、弾で撃てば死ぬ生物に対処する方法は知っていても、絵本の世界から飛び出た本物の化け物を抹殺する方法など知らない。
何度挽肉にされてもおかしくない衝撃の雨を悠々を通過する人間型怪物の姿は、本能的な恐怖を呼び起こすに余りあった。
「(どうしてこうなった)」
「(こんなはずじゃ……こんなの、こんなのおかしいって……おっかしいだろ)」
最初の群れを蹴散らし、その次も蹴散らして──「おお、あそこに沢山進軍している、糞野郎どもがいるぞ」、と次の現場に赴いて。
同じように弾丸の雨を浴びせたところまでは良かった。
効いていない──大口径の弾を浴びせたのに。
煙が晴れたとき、その隊列に何ら動揺を与えられていない事に気づくには少し時間が掛かった。
――目を疑った。
だが、現実の光景は思考の逃避を許さなかった──
謎の奇跡が起きたのかと思い、再度進軍する奴らの先頭に回り込んでその顔面から機銃掃射をぶつけてやった。
しかし、何度同じことをしても、奴らの足取りは止まらなかった。
先に壊滅させたグループは泡食ったように慌てた動きを見せていたというのに、こちらはそれもない。
そうこれは普通ではない、その程度はといえば――冷静さを欠いた操縦士が操作を誤り、機体の姿勢を崩しかけてしまうくらいには普通ではないことが、目の前で起こっていた。
──そう、これは有り得ないことだ。
繰り返すが、正体不明とはいえ――暫く前の時点で敵は「人間」でしかなかった。
携行する重火器よりも大口径の弾丸を生身で受け切り、あまつさえ目立った外傷すらないなど考えられなかった。
粗末な金属鎧を着ていようと同じ。
だが、何かを切っ掛けに敵は「人間」から、突如「怪物」になった
科学の生み出した破壊力は、現代において一方的な殺戮を齎すものと信じていたが、しかし実際にはそうなっていない現実の光景がある。
もしそんな事があり得るとしたら、自分達が今日まで知らなかった
「クソ……!」
幸いなことは、その動きの遅さと、歩く以外のアクションを取らないこと、周囲への反応の鈍さ。
一歩一歩、鈍間な足取りは今にも倒れそうな雰囲気が感じられるのだが──どういう均衡のとり方をしているのか横倒しになったものは遠目で見た範囲に確認できない、これもまた非常識だ。
不安定な足場をもほぼ同じ速度で、ある種の一体感を伴う動きに敵でなければ感動していたかもしれない。
「(もうとっくに報告は上げたぞ……何で返事が返って来ない、他はいったいどうなってる、いつまでこうやってれば――)」
いっそ放置して帰投してはどうかと、弱気が心の片隅に現れ始めた時。
──ぐらり、と世界が揺れた。
「え──」
『――村!? 応答しろ鷹村!!!』
『何してる曲がってるぞっ おい!!』
『ううふふふォオイイイイヤアァアあああああッ!!!』
『機首を下げるなッ!! 聞こえないのか!? 鷹村ァああああ!!!!』
『手を、手を離せ、この馬鹿野郎っ』
『なんだこの力、持ち上げられない……ッダメだ!! 墜落する!』
「(なん……待てよ、おい)」
暴力的で猛烈な加速が浮遊感を与え、逃げる間も無く身体が空に浮かんだ。
「(俺は)」
数秒先の未来をイメージして、何かできることはないかと考えたが時既に遅し。
気持ち悪い感覚が腹の底からこみ上げてくるがどうにもならない、己の力では覆せない、人生の終焉が眼前に迫ってくるのを実感して。
「(死ぬのか、こんな……あっさりと)」
一周回って静寂に回帰した精神が、振り切れて狂乱に向かう前に俺は死ぬだろう。
浮遊感が気持ち悪い、背中が冷えている、死がもうすぐ近付いているそれが分かる。
そして次に来るのは、衝撃と熱とが全身を蹂躙し骨も肉も引き裂かれる姿をイメージして──
──ー ‐‐ーー ── ──ー ──
「(ああ~、周りにいっぱいるとパレードみたいで楽しくなってきたわね)」
「(っと、まーたヘリコプターが来たじゃない、お勤めご苦労様な……ていうかスキマにダイブすれば銃撃も回避できるじゃない)」
「(そうよ、私ったらこんな事にも気づかないなんて、考えが足りてないのねホント…)」
「あれ? (あのヘリこっちに向かって来てるような──ていうか、あの速度で止まれるものなの?)」
「あ――ちょっと待って待っ」
──その日、一機のヘリコプターが忽然と姿を消したが、より大きな異変によって話題はかき消される事となる。
――銀座事件の最中に起こった数多くの解明困難な超常現象、その一つ。
――何をされようと、どれほどの妨害をも物ともせずただ行進し続ける不死の集団。
――これらはのちに、『アンデッド』と呼ばれ恐れられることとなる。