四カ国同盟戦争は1719年12月に戦争指揮をしていたスペインのジュリオ・アルベローニ首相が解任され、スペインが戦争終結を目指して講和を模索している間に年が明ける。
1月に南海会社の株は大台の1株100ポンドに到達し、ジワ伸びを続けていた。
俺は投機バブルが来る事を見越して売春宿の1年間の利益のほとんど(約600ポンド)で南海会社だけでなくイングランド銀行やイギリス東インド会社の株も買い漁り、持ち株だけで1100ポンドの資産を有するに至る。
「さぁ賭けの始まりだ」
1720年2月にはハーグ条約と呼ばれる講和条約が結ばれ、戦争は終結し、イギリスは戦争で徴兵した海兵を一部退役、残りは海賊退治に充てることになり、政府も海賊に関する法律を改定。
海賊に物資を売った商人や取引した密貿易人、海賊がたむろする酒場の店主までも海賊の関係者として処罰すると言う法律に変更し、海賊=縛首の印象が強くなる。
俺はこの時知らなかったが、前に一緒に船に乗っていた船大工のジョンはこの海賊の処罰が厳しくなる中、海賊に転身していたりと時勢の読めない奴も居たが……。
またスペインとの戦争に勝ったお陰でスペインの植民地との貿易も可能になり、海軍が貿易船の護衛も積極的に行うようになったことで投資熱が過熱されていく。
とある会社なんかは海賊を殲滅するための最終兵器を開発しているなんて怪しい情報まで出る始末……。
2月まで150ポンドだった南海会社の株価は3月に350ポンド、4月に550ポンド、5月に700ポンドに到達。
それにつられる形で他の企業の株価もガンガン上がっていき、事業形態の無いペーパーカンパニーが作られる始末であった。
俺は5月の20日から売春宿の業務を事前に告知して停止すると、俺、コーラル、アクア、マリーゴールド、シルバーリーフの5人でロンドンに向かい、ロンドン取引市場近くの宿を拠点にして株の売却を行う。
6月1日に南海会社の株価が900ポンドを付けたところで売却し、南海会社の12株を売却し、1万800ポンドを確定させる。
その金で借家を借りて拠点を移動させると、6月中に他のイングランド銀行やイギリス東インド会社の株を売却し、総額にすると1万5000ポンドにものぼった。
そしてこの市場過熱を良しとしなかった政府が6月下旬に泡沫会社規制法、8月下旬に告知令状の法令を出すと、市場は一気に沈静化に向かっていく。
俺はここで空売りを行う。
空売りは株価が下がれば下がるほど利益が出る方式であり、まず株を借りる。
次に借りた株を売却し、現金化。
株価が下がったところで株を買い戻し、差額で利益を確定させると言う方法で、この頃の未成熟な株取引には空売り防止の法律なんかはなく、普通に通り、数日で100ポンド近く暴落を続ける南海会社に絞り、パニック売りをしている資本家達から利益を吸い上げていった。
9月に利益が確定し、3万ポンドもの金を稼ぎ出した。
値段の下がった東インド会社の株を買い戻したり、細々な事をし、この金を会社の口座に振り込み、個人所有じゃ無くし、責任追及で荒れる資本家達を尻目に借家で宝石人間達と祝勝会を開く。
「一攫千金! 大当たり! ちゃんと売り抜けることに成功した!」
「「「おぉ!」」」
「よし、資金は十分に手に入れた。ジュエリーカンパニーを一気に貿易会社にしていくぞ!」
今回のバブル崩壊により倒産する会社も相次いでおり、船を売る会社も出てきていた。
特にバブルの発端となった南海会社のダメージは凄まじく、会社の損失を埋めるために新造船の建造資金が凍結してしまうほどであった。
俺はその船に目をつけて、南海会社から船の権利を買い取り、直ぐに資金を投入して建造を再開させた。
俺の前世の故郷日本の名前を持つジャパン号と名付けた船は、全長50メートル、2層甲板、2本の横帆に後部に1本の縦帆を持つ新型のスノーブリッグ帆船であり、舵輪もちゃんと付いていた。
奴隷積載人数は200人の中型商船であった。
実質新造船。
ちなみに叩き売りされているため新造船なのに購入費用は1000ポンドで、この規模の新造船相場が3000ポンドから6000ポンドと考えると格安である。
11月には船が完成するということで、俺だけドーバーに戻り、売春宿を畳み、拠点となっていた売春宿も売却してしまった。
で、新しく貿易会社の事務所を借りて、正露丸製造事業も売却し、ジュエリーカンパニーは貿易会社にジョブチェンジ。
娼婦をやっていた宝石人間達は一度宝石に戻し、海軍に勤めていたアクアマリン達を引き連れてロンドンに戻り、船が完成するのを待つのだった。
11月、船が完成し、宝石から再び宝石人間に戻し、娼婦だった者達は全員男に性転換させた。
完成したジャパン号に宝石人間達35名で艦装をしていき、ロンドンからドーバーに船を移動させた。
「遂に自分の船を手に入れられたぜ!」
俺は大喜び、そしてドーバーの街にて船を停泊させる。
ドーバーの街やロンドンを行き来して交易商人達に挨拶を行い、イギリス勢力圏での貿易許可証を国から発行してもらう。
これで貿易をすることが出来る。
なんなら東インド会社の株を持っているので、東インドまで貿易範囲である。
そして俺は約束をしていたワイアット元船長を雇い、ワイアット元船長を副船長に任命し、今回の航海についての作戦会議を行った。
「で、チャーリー社長、俺達はどんな航海をして儲けるつもりだ?」
「まぁ普通に奴隷貿易ですね。アフリカの黄金海岸で奴隷を手に入れて、ジャマイカとノースカロライナに寄って砂糖、タバコ、綿、コーヒー豆を満載して戻って来る」
「普通のルートだな。投資は募るのか?」
「いや、会社の資本で賄えるので、会社持ちです」
「随分とギャンブルするな……大丈夫なのか?」
「大丈夫です。あと奴隷だけでなく金や象牙等も詰め込んで、それもイギリスで売りますからね」
「予定資金は?」
「とりあえず6000ポンド分の交易品を詰め込んでいきます。アフリカでは今布不足らしいので、綿製の布を大量に詰め込んでいこうと思います」
「この船だと奴隷200人程度だから4000ポンド、交易品満載しても1万ポンド程度の収益になりそうだが大丈夫か?」
「大丈夫です。あと利益は第二船、第三船建造の資金になっていくと思いますので……」
「ふーん、まぁ良いや1ヶ月5ポンド、黒字航海成功で200ポンドのボーナス……この契約で本当に良いな?」
「かまいません。それに今回は診療所で3年ほど勉強を続けてきた船医が数名、薬剤師も4名、料理人も複数人に海軍で功績を挙げた水夫も複数人確保しています。あと10名ほど水夫を集めたら十分に船は動かせます」
「チャーリーは社長兼二等航海士で良いんだな?」
「はい、あとは料理手伝いくらいですかね。前の航海よりは楽させてもらいますよ」
「経験を積むための航海って感じになるのかね……わかった。準備を進めておこう……あと今回の船の内装少し独特だな。船内が2層になっているから船底の倉庫スペースの他に船員達のスペースが多少有るんだな」
「ええ、今回は45人ですが、50人の船員が寝れるスペースを確保しています。寝れないと辛いですからね」
「その分積荷のスペースが狭くなるが大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です」
船内のスペースを有効活用するために二段ベットの船員室を設けたり、空きスペースに船員の為の娯楽として本棚を設置したりもした。
その分積荷スペースが狭くなってしまうが、それは必要経費だと割り切った。
こうした細かい改造を施したジャパン号は1721年2月に航海を開始するのであった。