サクリアの金色の輝きが収まった後、沈黙を破るように最後の一人――ネロミア・オウルが静かに前へ進んだ。
辺境の森から来た少年は、無言で聖龍像の前に立ち、手を重ね祈る。
「……黒炎操糸(こくえんそうし)」
その瞬間、彼の手元から黒い炎が揺らめきながら糸状に伸び、周囲に繊細かつ不気味な雰囲気を纏わせた。
見た者にはまるで意志を持つかのように見える、その漆黒の糸はネロミアの指先と連動して動き、自在に形を変える。
「黒炎とは、闇属性に近い異質な力か……器用な技だな。実戦では強力な武器になる」
レガルが小さく唸るようにそう評すると、ネロミアは肩をすくめて微笑んだ。
「……いや、サクリアのを見た後だと、俺の技なんて地味すぎて笑えてくるな」
軽口を叩くものの、その言葉にはほんの少しだけ、本心の翳りが滲んでいた。
レガルは生徒たちの様子を見渡し、大きく頷いて言った。
「よし、本日の授業はこれで終わりだ。皆、今日はよく頑張った。帰り道、気を付けてな!」
生徒たちは緊張の糸を解き、それぞれが学校を後にする準備を始めた。
「じゃあな、また明日」
ネロミアが手を振り、森の方角へと歩いていく。
サクリアとメアリも並んで歩きながら、夕焼けに染まる空を見上げた。
今日一日で、彼らの世界は確実に変わり始めている――そんな実感が、心のどこかにあった。
スカイテールの村に戻ったサクリアは、メアリと別れた後、自宅へと帰っていく。
「ただいま」
誰もいない静かな家の中。バラムはまだ校長の元から戻っていないようだった。
サクリアはため息をつきながら、自分の部屋へと上がる。
龍の技――『天翔闘輝』。
その力が何なのか、自分でも完全には分かっていない。ただ、その時確かに“何か”が目覚めた感覚があった。
(でも……本当に、それだけなのか?)
――誰にも気づかれていなかった。
聖龍像の前で祈ったあの時、サクリアの体内には、もう一つの力が密かに宿っていた。
それは、光でも、闇でもない。
混ざり合い、均衡し、眠る――双極の力。
それは、やがて訪れる運命の転機にて、再び目を覚ますことになる。
だがこの時、サクリアはまだ――
その真実に気づくことは、なかった。
その日の夜。
スカイテールの空には雲一つなく、満天の星々が瞬いていた。龍人の村とは思えないほど静かな時間が流れ、遠くでは風が木々を撫でる音がかすかに聞こえる。
自分の部屋――。
その中心に、床に座したサクリアの姿があった。
目を閉じ、両手を膝に置き、ゆっくりと息を吐きながら、自らの内に流れる魔力を整えていく。
(……まだ少し波があるな。もう少し……)
光のように温かく、それでいて時折荒ぶるように脈打つ魔力。
昼間の『天翔闘輝』の影響か、体の奥から力が溢れてくるのを感じていた。コントロールはできているが、無理をすればすぐに暴走しそうな、危うい均衡だった。
部屋の灯りは小さな魔導灯だけ。
静寂の中で、サクリアは深く息を整え、魔力の流れを細かく修正していく。
だが――。
(父さん、まだ帰ってないのか)
ふと気が逸れる。
いつもなら夜の食事時には顔を見せるのに、今日は珍しく姿がなかった。校長との話が長引いているのか、それとも別の用事が生まれたのか。
サクリアには分からない。ただ、心にほんの少しの寂しさがよぎる。
(ま、たまには一人も悪くないか)
魔力調整を終えると、サクリアは大きく伸びをした。
窓の外には静かな夜景が広がっている。風がそっとカーテンを揺らし、涼しげな夜風が頬を撫でた。
「……ふぅ。今日は、疲れた」
衣を軽く整え、ベッドへと潜り込む。
布団に包まれると、昼間の出来事が夢のように遠ざかっていく。
そして次第に意識が沈み――サクリアは眠りについた。
静かな夜が、その小さな家を優しく包み込んでいた。