朝日が窓から差し込み、頬をくすぐるように風が室内へと入ってきた。
「……風?」
サクリアはまどろみの中で微かに眉をひそめた。
「昨夜、ちゃんと閉めたはずだが……」
違和感を感じながら目を開けると、窓の向こうからバラムが顔を覗かせていた。
「おはよう、サクリア」
「うわっ……!急に顔出すなよ……!」
驚きつつも、サクリアはベッドの上で背筋を伸ばし、端座の姿勢で問いかけた。
「っていうか、いつ帰ってきたんだよ?」
「ついさっきだ。君が起きる直前にな」
「昨日の夜、帰って来てなかったじゃん。何してたの?」
サクリアの問いに、バラムは少し重たい表情で応える。
「君の『龍の技』について、教師陣とずっと話していた。……聖属性で間違いないが、ほんのわずかに“神力”を感じるんだ」
「……は? 俺、神じゃないよ? っていうかそんな力持ってるわけないし」
サクリアは呆れたように呟く。
バラムは頷きながらも、慎重に言葉を選んだ。
「それでも、確かに感じたんだ。“神に近しい何か”を。だから……君の龍の技の属性を、あらためて《神聖属性》と名付けることにした」
サクリアは黙って聞いていたが、やがて視線を落とし、ぽつりとこぼす。
「この短期間でさ……色々ありすぎて、正直まだ頭の中まとまってない。でも、これだけは、聞かせてくれない?」
バラムは少し驚いたように顔を上げた。
「……何をだい?」
サクリアは真剣な目でバラムを見つめる。
「“この世界で果たすべき役割がある”って、前に言ってたよね? あれ、ちゃんと話してよ」
バラムはすぐには返事をしなかった。
「……それは――」
「何? 答えられないの?」
サクリアは少し語気を強めた。
「俺だって、好きでこの世界に来たわけじゃない。……分かるでしょ? 人間なんて、他にもいくらでもいるんだよ。なのに、なんで俺なんだよ!」
その時だった――。
外から「バキィン!」と何かが砕けるような音が響いた。
バラムの顔色が一気に変わり、言葉を止めて窓の外へと飛び出していった。
「父さん!」
サクリアも即座に飛び起き、その後を追う。
バラムはサクリアの呼びかけに答えることなく、窓の外へと飛び立った。
その視線の先――家の裏手に広がる山奥。
「どこに行くんだよ!」
サクリアもすぐに飛び出そうとし、翼を展開させる。
だがその瞬間、バラムの声が空を裂いた。
「来るんじゃない!!」
次の瞬間――地面から無数の光の帯が噴き出し、サクリアの体を縛りつけた。翼、腕、脚までもが動かせず、床に膝をつかせられる。
「なっ……何の真似だよ!」
息を荒げながらサクリアが問いかけると、バラムは振り返りもせずに言葉を投げた。
「聞こえただろ、あの音を。あれは“結界”を破って侵入してきた《魔獣族》だ!」
「なら、俺も手伝うって……!」
「駄目だ!!」
バラムの声音は、怒りというよりも、必死の抑制に満ちていた。
「君はまだ“完全ではない”。事が収まるまで、ここにいなさい」
それだけを言い残し、彼は一陣の風とともに山の彼方へと消えていった。
「……っくそ……!」
サクリアは体を揺らして抵抗するが、光の帯はびくともしない。
魔力を解放しようと集中するも、それすらも反応せず――まるで封印されたかのように、力が一切湧いてこなかった。
焦燥感に胸が熱を帯び始めたその時だった。
――「カァン……」
音もなく、空間に淡い光が現れた。
目の前に現れたのは、見覚えのある一本の短刀――《アセン・ヴァイト》。
「えっ……? 自分で……出てきた?」
刃は光を放ち、まるで生きているかのように浮かび、サクリアの上に降り立つ。
オーラがふわりと広がり、彼を包み込んだその瞬間――
縛り付けていた帯が、霧のようにスゥ……と消えていった。
「……!? 解けた?」
短刀は静かにサクリアの右手に収まり、途端に刃全体が強く輝く。
眩い閃光の中で刀身が変形し始め――
やがてその姿は、日本刀に近い長さとしなやかさを持ちつつ、
刃先はどこか料理包丁のような鋭さと広がりを併せ持った独特な形状へと変化していた。
「……形が……変わった……?」
その変化に驚くサクリアだったが、アセン・ヴァイトの刃先が静かにある方向を指し示す。
それは――バラムが飛んで行った、山奥の方角。
「……そうか、お前が導いてくれるのか」
まだ何が起きているのか理解できない。
でも、サクリアの中にあったのは、ただ一つの想い。
「……父さんに、追いつこう」
右手に新たな姿となったアセン・ヴァイトを携え、
翼を大きく広げ、彼は空へと羽ばたいた――
それが、“もう一つの力”への扉を開く、運命の追走の始まりだった。