静寂の森に、風のざわめきが戻ってきた。バラムは警備隊に結界の再構築を指示し、自らも地に膝をついた。
「……サクリア、お前……」
神の力さえ封じる技に抗えず、何もできずに伏していた無力感。そして、息子が見せた強すぎる力と、それに伴う代償。バラムは天を仰いだ。
「全ての能力を封じる力に、全く未知の“反転”の技か……まるで、神でも悪魔でもない“何か”だな」
彼の手は震えていた。あの一瞬、サクリアの身に宿った何かが、確かにこの世界の理を揺るがしたのだ。
警備隊のリーダーが近寄ってくる。「結界の再構築、完了しました。周辺に魔獣族の痕跡はありません」
バラムは頷く。「よし……ご苦労だった。私も村へ戻る。サクリアの様子が気がかりでな」
空を仰ぎ、重い翼を広げると、静かに飛翔した。
スカイテールの村。夕刻、空は橙に染まり、風が瓦屋根を優しく撫でていた。
村の一室――
ふかふかの布団に身を預けたサクリアは、薄く目を開ける。
「……ここ、どこ……」
見慣れない天井。だが、空気は懐かしく、どこか安心できる。
「気がついたのね!」
メアリの声だった。彼女は布団のそばにちょこんと座っていた。顔には安堵と、それ以上に心配がにじんでいた。
「お前……なんで……」
「警備隊があんたを運んできて……うちに預けていったのよ。龍神様が、すぐ来るって言ってたけど」
「……父さんは……無事?」
「うん。結界も直して、ちゃんと戻ってきてる。もうすぐここに来るって」
サクリアは枕元に手を置き、上半身を少しだけ起こす。
「俺……何したんだ」
「……わからない。でも……」
その時、戸が静かに開かれ、バラムが姿を現した。いつも通りの穏やかな眼差しでサクリアを見る。
「サクリア……もう大丈夫だ」
「父さん……俺、やっちゃった。殺したんだ……!」
バラムは静かに部屋に入り、サクリアのそばへと歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「……あの技、あれはお前の意思ではない。だが――お前の中に、確かに宿っている何かの力だ」
「違う……違う!自分の意志じゃなかった?そんなの言い訳だ……俺の中に、あんな力があるなら……!」
サクリアの声は震えていた。恐怖ではない。自分が知らない「何か」が自分の一部にあるという現実が、彼の心を締め付けていた。
「サクリア……それでも、私は信じている。」
バラムの声は、優しく、けれど揺るぎない力を持っていた。
「でも……俺が来なかったら、父さんは死んでたかもしれない。守れたのは……たまたま、だ」
「たまたまでも、お前は来た。拘束を解いて、私を助けた。そして自分の中の力を知った。……これ以上の“運命の導き”があるか?」
サクリアは目を見開いた。その言葉は、まるで長く闇の中にいた自分を引き上げるようだった。
バラムは微笑み、メアリに一つ頷いた。
「ありがとう、付き添ってくれて」
「……うん。私も、サクリアが無事で良かった」
サクリアは目を伏せ、ゆっくりとつぶやいた。
「……父さん、もう少しだけここにいてもいい?」
「もちろんだ」
バラムはサクリアの手を包むように握りしめた。
夕日が完全に沈む頃、スカイテールには静かな夜が訪れていた。
その夜、サクリアは夢を見る。
漆黒の闇の中、炎の狐が静かに佇む。そして、その瞳がこちらを見つめ、こう告げる。
「目覚めよ、サクリア。お前はまだ、ほんの一欠片しか知らぬ」