朝日が障子越しに差し込み、部屋に柔らかな光を注いでいた。
目を覚ましたサクリアは、しばらく天井を見つめていた。
(……夢を見ていた気がする。何か……狐?)
だが、内容はまるで思い出せなかった。頭の片隅で確かに何かを感じていたのに、手から零れ落ちる水のように消えていく。
「……チッ、よく覚えてないや」
彼は布団から起き上がる。身体は軽いが、心はまだ重たいままだ。襲ってきた魔獣族、無意識に使ってしまった技、そして命の終わり……。
その思いを断ち切るように立ち上がると、引き戸をゆっくりと開けた。
朝の光が視界に広がり、そこにはメアリと、見知らぬ女性の姿があった。
淡いピンク色の髪、優しげな瞳、身長はメアリやサクリアよりも少し高い。女性はサクリアに気づき、微笑んだ。
「大丈夫?ぐっすり眠れた?」とメアリが声をかける。
「まあ、そこそこかな。えっと……」
「初めまして、私はメアリの母、ミュリエラ・アインと言います。メアリがお世話になっております」
女性――ミュリエラは丁寧に頭を下げた。
「いえ、俺は別に……ただ話をしてるだけなので」
「いいえ、貴方が来てからメアリはずいぶん明るくなりました。小さい頃は引っ込み思案で、この村には歳の近い子が他にいなかったものですから」
「……そういえば、あの時、他の子供はメアリしかいなかったな……」
ふとそんなことを思い出していると、昨日の出来事が頭をよぎる。
「あっ、昨日……学校行ってない」
するとミュリエラは微笑みながら答えた。
「そのことなら心配いらないわ。昨日の事件で学校が臨時休校になって、メアリも帰ってきたの」
「それでね、明日から学校再開なんだって」とメアリ。
「……そっか、迷惑かけて悪いな」
サクリアは目を伏せ、どこか申し訳なさそうに言った。
「サクリアは悪くないよ。悪いのは魔獣族が襲ってきたから……」
メアリの言葉に、サクリアは一瞬、心を救われかけた。だが、すぐにまた沈むような表情を見せた。
「……あの時、俺は……あいつらに……」
俯くサクリアに、ミュリエラが優しく声をかけた。
「あまり思い詰めると体に悪いわよ。少し外で風にあたってきなさい、気分が晴れるわよ」
「私も付き合うよ」とメアリ。
サクリアは、小さく頷いた。
「……ありがとう」
2人は静かに外へ出た。陽の光が、少しだけ暖かく感じられた。
一方その頃、遥か遠くの山岳地帯。濃密な霧が立ち込める、魔獣族の国。
岩に囲まれた巨大な玉座の間。そこには、漆黒の衣を纏った一人の魔獣族が座していた。
鋭い牙と、深紅の瞳。彼の名はルスカ。魔獣族の王である。
「……奴の技は確かにバラムを封じた筈だ。だがそれを阻止したのは……あの子供」
ルスカは片手で空間を操り、魔力で構成された映像を見つめていた。
「バラムの子供だと?いや、あいつに息子はいない……あれは一体、何者だ?」
そこへ、側近の魔獣族が現れる。「どうなさったのですか、王よ?」
「……魔力眼を使って様子を見ていたが、三人のうち一人が死んだ。技を受けて、潰された」
「なんと……作戦が失敗したと?」
側近が顔を強ばらせる。
「やはり、あいつらに任せたのが間違いだったか……」
「いや。奴が現れなければ、上手くいっていた」
ルスカは静かに立ち上がった。足元に走る魔力の波動が、玉座の間を揺らす。
「軍隊の強化を急がせろ。次に機会があれば――私も動く」
「……はっ!」
霧の奥から、低く獣のような咆哮が響いた。
この地の魔力は不穏に揺れ始めている。
そして、その渦中に巻き込まれていく存在――それが、まだ“己の正体”を知らないサクリアであった。