サクリアは自室のベッドに横たわり、天井を見つめながら右手を軽く掲げた。
「……出ろ」
静かな呟きと共に、空間が淡く歪み、掌の前に一振りの短剣が現れた。黒と銀が交差する不思議な刃。特に禍々しい気配を放っているわけでもない。ただ、どこか空気がピンと張り詰めたような感覚だけが残る。
「これが……本当に“災いを呼ぶ危険な物”ってやつか」
軽く指先で柄をなぞる。あの時、バラムの拘束を解いた力の源。今のところ、異常な様子はない。ただの武器とは思えないが、それでも暴走する気配もなかった。
「……色々試したいけど、止めとこう。父さんに何言われるか、たまったもんじゃない」
サクリアは呟き、短剣を意識で消す。空間が一瞬だけ揺れ、刃は霧のように消えていった。
その時、階下から扉の開く音が響いた。
「……ん?」
体を起こし、階段を降りる。静かな家の中に、確かに誰かが入ってきた気配がある。姿を確認すると、そこには見慣れた長髪と優しい目の龍人──バラムがいた。
「父さん」
「すまないな、遅くなってしまった」
サクリアが階段を降りきると、バラムは椅子に腰掛けていた。少し疲れた表情だが、威厳は変わらない。
「警備隊に周囲の巡回強化と、訓練強化の方針を伝えてきた。万が一の備えだ。もっとも、そう簡単には魔獣族は再び攻めては来ないだろうが」
バラムは静かに語りながら、サクリアに目を向ける。
「今捕らえている魔獣族にも聞き込みをしてみたが、有力な情報は得られなかった。おそらく王から命令されたのみで、作戦の全容までは知らされていないようだった」
「……やっぱりか」
「だが、王──“ルスカ”という魔獣族の王は、この件で何かを察しているはずだ。私も鍛錬を怠らず備えるつもりだ」
その言葉を聞いたサクリアは、強い決意を込めた声で言った。
「だったら父さん、俺もやる」
「……サクリア?」
「この前の戦い、俺は怒りで自分を制御できなかった。その反省を踏まえて、もう一度、自分の力を見つめ直したい。そして、この地を守るために力になりたい」
バラムはしばし黙ったあと、サクリアの肩にそっと手を置いた。
「……そうか。なら私も、お前の力になろう。お前の“龍の技”は未知数だが、確かにそれは私たちにとっての希望となり得る」
サクリアは頷き、そしてふと視線を落とした。
「父さん。……俺が人間だからこそ、聞いて欲しいことがある」
バラムが静かに頷いた。
「魔獣族と……本当に争わなきゃならないのか?」
その問いに、バラムはわずかに目を見開いた。
「……それは」
「言葉は通じるんだ。だったら、何か方法はあるはずだよ。俺のいた世界では、同じ人間でも言語や文化が違っていて最初は通じなかった。でも、時間をかけて少しずつ理解し合って、今では当たり前に交流してる」
サクリアの声に熱がこもる。
「もちろん、戦争もある。でもその中にも、必死に平和を望んで努力してる人たちもいるんだ。……だから、もしほんの少しでも可能性があるなら、俺は試したいんだ。争いのない世界を」
バラムは言葉に詰まる。そして、そっと口を開いた。
「……だが、サクリア。それはあまりにも理想に過ぎる。現実には、過去の因縁と痛みが積み重なって……」
「できないとは言わせないよ」
その言葉に、バラムの目が揺れる。
「例え1%……いや、0.0001%でも希望があるなら、俺は賭けたい。俺はこの世界での過去のことは知らない。だけど、未来のことなら自分で選べる。俺は、この世界で……争わずに生きていく方法を探したいんだ」
サクリアの瞳に宿る真剣な光。それは確かに、今まで見たどの瞬間よりも強く、鋭く、そして美しかった。
バラムはしばらくサクリアを見つめたあと、静かに目を閉じた。
「……その意志が、未来を切り拓くのかもしれないな」
その言葉には、父としての想いと、龍神としての覚悟が混ざっていた。