目覚めた朝は、どこか落ち着かなかった。ふかふかのベッドに、重厚な木製の家具。そして広すぎる部屋。何もかもが人間だった頃とは違っていた。
だけど、隣の部屋から聞こえる湯の音や、キッチンから漂ってくる朝食の匂いが、不思議と“家”という実感を与えてくれる。
「おはよう、サクリア。よく眠れたかい?」
キッチンに立つバラムは、エプロン姿で微笑んでいた。龍神の威厳も、神々しさも、今は一切ない。そこにいたのは、優しい“父親”だった。
「……まぁ、悪くなかった」
小さくそう返すと、バラムは「ふふ」と笑って、皿を差し出した。
湯気の立つ朝食。焼かれた白魚に、野菜の煮込み、木製の椀に注がれたスープ。どれも素材の味を活かしていて、調理道具もまるで江戸時代のような手作りの品だった。
「食べたら、外に出ようか。少し魔力の具合を見たいんだ」
サクリアは、バラムの言葉に首をかしげる。
「俺、魔法なんて使ったことねぇけど?」
「それでも、“龍人の血”は君の中に流れている。どんな力を持っているか、確かめないとね」
屋敷の裏手にある、広々とした草地。周囲には障害物もなく、魔力の扱いを試すには最適な場所だった。
「魔力の流れを感じてごらん。体の中心から、あたたかい何かが巡っていく感覚があるはずだ」
「……あたたかい、何か……」
サクリアは目を閉じ、静かに呼吸を整える。深く、深く、自分の中に潜っていく。
すると――。
ドクン、と心臓が大きく跳ねたような感覚と共に、全身が灼けるように熱を帯びた。
「っ……な、なんだ、これ……!」
地面が微かに震え、サクリアの周囲に風が渦を巻く。
バラムの目が、驚愕に見開かれた。
「この魔力……まさか……!」
目には見えないが、確かにそこには“圧”があった。空気が重く、地面にひびが入るほどの濃密な力。
「止めて、サクリア!」
バラムが駆け寄り、そっと肩に手を置く。その瞬間、魔力の奔流はすっと収まった。
息を切らしながら、サクリアは言った。
「……今の、俺の魔力なのか……?」
「……ああ。完全に開放していたら、山一つ消えていたかもしれない」
バラムは笑いながらも、その瞳は真剣だった。
「いいかい、サクリア。君の魔力量は……私を遥かに超えている。だからこそ――絶対に、学校では魔力を全開放してはならない。誰にも、見せてはいけない」
「……そんなに?」
「うん。君の力は、“神”をも超えるかもしれない。それを知れば、多くの者が恐れ、あるいは利用しようとする。君を守るためにも、これは約束だ」
バラムの手が、サクリアの頭にそっと乗せられる。
「だから、しばらくは基礎だけを覚えよう。力はゆっくりと、自分のものにしていけばいい」
サクリアは静かにうなずいた。
この世界での生活。バラムという父。眠れる力。
すべてが始まったばかりで、まだ先は見えないけれど。
それでも、この温もりだけは、確かに胸の奥に灯っていた。