ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
漆黒の空。
人類の愚か過ぎる行為を嘆く神を代弁するかのように降り続ける雨。
その雨に混じり、降り注ぐ”紅い雨”。
それは大地を潤す雨ではなく、全てを奪う”破壊の雨”であった。
その日、世界は”紅い雨”に包まれた。
過ぎたる力を求め、血を血で洗う争いを続けた代償は世界の崩壊という最悪の結末。
新興企業“ナービス”が発掘した”新資源”。
それは人類にとって飛躍的な進歩を遂げる可能性をもつ種だと誰もが信じていた。しかし、それは争いの火種となり、血と火炎の花を大地に咲かせた。
“ミラージュ”、”クレスト”、”キサラギ”を筆頭とする三大企業を巻き込んでの争奪戦が勃発した末に稼働したそれは”特攻兵器”という名の紅い雨となって世界中の文明を破壊尽くしていった。
突然訪れた世界の終末は無慈悲にそして平等に人類の頭上を覆う。
ただ呆然と立ち尽くす者。
己が信じる神に祈りを奉げる者。
全てを捨てて逃げる者。
武器を手に取り最期まで抵抗する者。
特攻兵器はそれらを全て飲み込み、世界は沈黙したかに見えた。
だが、ほんの一瞬の沈黙の後に聞こえてきたのは新たな戦乱を告げる銃声だった。
それはこの世界を統治していた企業同士の利益を確保する為の抗争ではなく、企業の連合組織である”アライアンス”による統治とそれに反発する勢力の抗争による動乱の音。
“新資源”の正体。“旧世代の遺産”を巡って戦火を広げ、その末に世界を崩壊させた力を目の当たりにしても人類はその身から湧き出す闘争本能を鎮めるでもなく、更にそれを求めるが如く戦いを止めることは無かった。
そしてその戦いの中心に立つのはどの戦場においても彼らであった。
“レイヴン”
最強の機動兵器と呼ばれる”アーマード・コア(AC)”を駆り、戦う傭兵。
彼らの多くは襲来した特攻兵器の前に散っていったが、それでも生き残った者は己の愛機と己が持つ操縦技術を武器に崩壊した世界で互いの生存を賭けてなお戦い続ける。
混迷を極める地上で戦う彼らが心の奥底に掲げる言葉はただ一つであった。
“生き残る”
* * *
漆黒の空に映える月とその月明かりに照らされる荒れ果てた大地は青白く輝いていた。だが、そこには静寂はない。
静寂の代わりに響き渡るのは耳を劈く激しい轟音。そして轟音と共に生まれた鮮やかな赤い炎が大地を舐める様に覆い、青白い大地にコントラストを成す。大地を照らす色は轟音と共に生まれる光で絶え間なく変え続けるが、その光の狂乱に映り込む影があった。
小山程の大きさの影は炎に照らされて金属光沢が鈍く煌めいている。影の正体は<MT09E-OWL>と呼ばれる戦闘用マッスルトレーサー(MT)であった。そしてそれは1つだけではなく5つ、6つと大地に影を落としていたが動くことはなかった。機体が既に破壊されていたからである。
だが、そのスクラップと化した機体の間から2機の<MT09E-OWL>がホバーを駆使して左右を機敏に動かしながら自機の腕に装備されたライフルをある一点に向けて発砲している。
突如、2機が相対している方向から月明かりよりも鮮やかな青い閃光が走ると、発砲していた1機のMTに直撃。爆発音と共に機体が大きく吹き飛ばされた。装甲や部品の破片を派手にまき散らしながら転がっていった機体は胴体に大きく穿った穴から炎を噴き出して二度と動くことはなかった。
「なんだっていうんだ……畜生……」
味方機からの信号がロストした事を確認したMTパイロットは狼狽した。彼はアライアンスのMT部隊の隊長であり、他の破壊された機体には彼の部下が搭乗していた。先程破壊された機体も損傷状況からしてパイロットの生存はもう望めないだろう。
いつもと変わらない定時哨戒任務のはずだった。だが、帰投中に正体不明の機体と接触。接触してから僅か3分半弱。為す術もなく味方が撃破されていくのをただ茫然と見ていくことしか出来なかった。所属基地には救援要請を出したが、150キロ以上離れている基地からすぐに援軍が来られる事は出来ない。
絶望的な状況の中、空調が碌に利かない蒸し暑かった筈のコクピット内が今は体の芯から冷え切っていて寒かった。
警告音が鳴る。それは自機に装備されていたライフルの残弾がゼロになったことを知らせる警告だった。予備のマガジンも使い切っていて既に無い。
「くそっ……」
パイロットは機体を180度反転させてブースターを全開。このまま退避行動に移る。自分の機体には戦う力はもう残っていない。少しでも機体を軽くするためにライフルを手放すとフットペダルを必要以上に踏み込む。後は逃げるしかなかった。
ヘルメット内に声が飛び込んでくる。所属基地のオペレーターの声だ。この場所から比較的近い場所で作戦行動をしていたレイヴンがもうすぐ来られるとのことだった。その救いの言葉にパイロットが安堵したその瞬間、警告音がけたたましく鳴り響く。この警告音はロックオンをされた事を知らせるものであった。
パイロットは後方確認用モニターに視線を落とす。彼が見たものは巨大な人型のシルエットが右腕にあたる部分に銃のようなものを持ち、それを構えている姿だった。
「やられる……敵は……」
言葉はもう続かなかった。後方確認用モニターの一面が青白く輝いた一瞬の後、パイロットの体は機体とともに霧散した。
1つの影が大地に降り立った。その影は寸胴に近い形をした<MT09E-OWL>よりも更に人間を彷彿させる形をしており、精悍な印象を纏っていた。右手には細身のシルエットにはやや不釣り合いな大きさの銃。そして左腕にもフィン状の様なものが腕の先へ重なって伸びるように付けられている。それはMTとはまた違うものであった。爆音がけたたましく響いていた荒野に静寂が戻る。
影の正体はAC。それが彼らMT部隊の戦っていた相手の正体だった。戦闘用MTとしての性能は高い方である筈の<MT09E-OWL>の集団を容易く倒すだけの戦闘力をこのACは持っていた。だがそのディテールは先刻月を覆った雲が月明かりを消してしまって判別が出来ない。ただ唯一、頭部のカメラアイが青く輝いていることが判るのみだった。
だが、その静寂も長くは続かない。遠く上空から響いてくるローターの音に気が付いたACはその機体を音のする方角に向けた。ローター音は真っ直ぐACに向かってくると同時にその巨大なシルエットもはっきりわかってくる。
その正体は輸送ヘリ<クランウェル>であった。機体下部に取り付けられた懸架フックには2つの人型の影──これもACであった──が釣り下がっている。フックから開放された2機のACは大量の砂埃を上げて荒野に降り立つ。
アライアンスからの依頼で別の場所で作戦行動をとっていたレイヴンが救援要請を受けて救援に駆けつけてきたが、通信が途絶えた事、そして遠くから見える炎でそれが既に遅かったことを悟った。
『全滅……持ち堪えられなかったか』
『敵機を視認。ACだな。──だが、こちらもACだ。負ける相手ではない。やるぞ』
標的である敵ACを捉えた2機のACは相対するACに向けて腕に装備された武器を構えた。一方はマシンガン、もう一方はショットガンを発射する。相手のACは機体に被弾する前にブースターの炎を吹き上がらせて上空に跳び上がった。食らいつくように飛んでくるマシンガンの弾幕をブースト機動で回避をしながらACは右腕を構えると装備していた銃から青い閃光が放たれる。
このACが持っていたのはレーザーライフルのようだった。青い光は地上からマシンガンを発砲しているアライアンス側ACの頭部を捉えていた。
青い光はアライアンス機を包み込み、轟音とともに破裂した。アライアンス機は全身を赤い炎を纏い、直撃を受けた影響で姿勢を崩しそうになりながらもブースターを駆使して退避行動に移る。
ACはブーストを切って急降下するとまだ炎を上げながらフラフラと揺れ動くアライアンス機の左側面に立ち、右腕の銃を近距離から撃つ。
爆風に飲み込まれ、左腕を吹き飛ばされたアライアンス機の背後に回るとACは左腕を横に振るった。同時に左腕に装備されていたパーツから青い光が直線状に伸び、アライアンス機の背中を捉える。アライアンス機は咄嗟に動いて回避しようとするも完全に躱しきれず、背中の装甲を引き裂かれる。引き裂かれた箇所からコア部分の電子部品等を撒き散らしながらブースト機動で反転するが、目の前に迫るACの左腕から青い光が再び伸びている事にアライアンス機のパイロットが気付いた頃には既に遅かった。
アライアンス機のコア中央へACの左腕から伸びる青い光刃が貫いた。コア中央にあるコクピットから背中に向けて青い一筋の光が真っ直ぐに伸びている。コクピットを貫かれたアライアンス機は力を失うように腕部がダラリと下がり、手に持っていたマシンガンを地に落とす。コアを貫いていた青い光が消え、光刃の拘束から解かれたアライアンス機はカメラアイの光を微かに明滅させながら膝を落とすと、そのまま爆発を起こした。
ACはすかさず機体を反転させると正面からロケット弾を放つもう1機のアライアンスACにターゲットを切り替えた。ロックオン機能を持たず、ガイド通り真っ直ぐ飛んでくるロケット弾を難なくサイドステップで躱すと右腕の銃を構え、一射する。
アライアンス機も回避して反撃に転じ、右腕に持っているショットガンを放つ。ショットガンから放たれた対AC用の散弾は正面に居たACに命中する直前、機体背後から白い光が発してあっという間にパイロットの視界外から消え去った。パイロットがレーダーを確認すると自機の右側に映る敵機の反応と警告音。次に来たのはコクピット中に響く振動と右腕の損傷を伝える警告であった。
アライアンス機のパイロットはコアに装備されていたオーバードブーストを起動させて射程外へ逃げようとしたが、ACは既に機体の背後に回っていたらしく、続けざまに放たれるレーザーに反応しきれず直撃。コクピットに衝撃が襲い掛かる。コンソール上には左肩、右脚の装甲を吹き飛ばされたと警告メッセージが表示された。
「……は、速い……」
パイロットは青ざめた。たった1機のACを始末するという簡単な任務だったはずなのに、接敵してから5分も経っていないにも関わらず、相方の機体は瞬く間に破壊され、自分も今まさに追い詰められているという有様だ。
自分もかつては”レイヴンズアーク”に所属する一端のレイヴンであった。いくつもの死線を潜り抜け、数多くの相手を倒してきた。だが、今戦っているのは自分の実力を超えた相手であることを認めざるを得なかった。
「ヤツは”ランカー”なのか? ここまでやられるとは……」
ここまで己が恐怖に陥る事は初めての事だった。コクピット内に響く警告音と同調するように激しく動く心音が耳を打ち、悪寒が全身に駆け巡る。
パイロットはコンソールを操作して自機の左腕に取り付けてあったロケット砲をパージするとコアのハンガーに格納されていたレーザーブレードを取り出す。そして右腕に装備されていたショットガンを手放した。両武器ともまだ弾は残っていた筈だが、体中を包み込む恐怖感から刺し違えてもというパイロットの思考が無意識にそうさせていたのかもしれない。
自機の背後から迫ってくるのがレーダー上に表示される。パイロットは敵が飛び込んでくるタイミングを見計らい、機体を急旋回させると同時に左腕に装備されたレーザーブレードを振るった。
完璧なタイミングの筈だった。敵ACの胴体へ赤い光が横に走ったのがモニター上に映る。だが、敵ACに対して直撃の手応えを感じなかった。そしてそれはすぐに正しいとパイロットは気付く。レーザーブレードの赤い光が消えると共にACの姿も消えた。モニターに映っていたのはACの姿は残像であった。レーダー反応は依然として自機正面。コクピットにはアラートが鳴り響く。パイロットは機体の視線を上へ向けた。
そこでパイロットが見たのは月を背にして跳躍するACの姿だった。
再び雲が晴れた夜空の下、月明かりに照らされたそのACは白く輝き、左肩には「大剣を振りかざす十字架を背負った天使」のエンブレムが付けられていた。左腕から流れるように伸びる青い光刃を構えた白いACの姿は優雅で、幻想的にさえ見えてくる。
「天使──」
白いACの左腕が横に薙ぐ様に振るわれた瞬間、青い光がコクピット左側から差し込み、その一瞬後にはパイロットのすべて包み込んだ。そこで彼の意識は霧散した。
コアのコクピット部分から分断されたACの残骸を背に白いACは難なく着地した。直後に残骸と化したACはコアの切断面から火球を膨らませ、その機体を散らした。
炎に照らされて赤く煌めく白いACはそれを見届ける事無く、機体の背中に装備されているブースターを展開。ブースターの炎が小気味よく噴き出すと、ACは猛スピードでその場から飛び去っていった。再び荒野に静寂が戻る。
荒野には撃破されたACの腕がまだ小さく燻っている炎の中で天を仰ぐように月の光を浴びていた。