ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第9話「Red Butterfly」

 <ヴェスペロ>のリニアライフルが紅い機体に向けられ、数発放つ。だが敵はあたかも瞬間移動したかのような動きで弾速の速いリニアライフルの弾丸を難なく躱した。回避行動を終えると、素早い動きで<ヴェスペロ>の後ろを取り、両腕からパルスレーザーを放つ。

 それを察知したヴィラスは機体をブースト機動で横にスライドさせて回避する。被弾はしていない。反転してすぐさま反撃に転じようとするが、予想以上の機動力に<ヴェスペロ>のFCSが捕捉する事が出来ない。

 コア<C03-HELIOS>のオーバードブーストで紅い機体の射程外から一旦逃れる。距離を取ったところでオーバードブーストを切り、グレネードランチャーを構えて発射体勢を取ると、追撃してきた敵機が正面に飛び込んできた瞬間を狙ってトリガーを引く。元々は研究員たちが立てこもって投降に応じない場合に恫喝目的で装備したもので、撃つ事はあまり考慮していなかったが、今は目の前の敵を倒せる最大の火力を持った武器であった。グレネードランチャーから一発。続けざまにもう一発放つ。

 だが、必殺の一撃と思ったその攻撃は敵には命中することは無かった。紅い機体はあっさりとグレネード弾を躱す。弾は代わりに機体の背後にあった柱へ直撃、火球を吹き上げながら柱が崩れる。

 視界から敵機影が再び消え、死角からまたパルスレーザーが飛んできた。今度は流石に躱し切れず、機体の各部を焼かれる。

 ヴィラスは機体を飛び上がらせ、オーバードブーストを起動。敵から一旦距離を置き、反撃への糸口を掴もうと考えた。機動力では向こうに分がある。しっかりと敵の動きを見定めなければこちらがやられる。

 レーダーには不規則にそして、驚異的な動きと速さで<ヴェスペロ>を追いかけてくる敵の姿が捉えられている。今度は右背部のミサイルランチャーに切り替えて敵機を正面から見据える。ロックオンサイトに再び捉えた敵機へトリガーを引く。

 背部と肩部のミサイルランチャーからのミサイルが紅い機体へ放たれた。敵を捉えるはずのミサイルであったが、紅い機体は一気に加速して、柱の間を危なげなく泳ぐように飛び回ってそれを振り切ろうとする。ミサイルは次々と柱に衝突。最後まで追尾していた2発のミサイルも機体に命中する直前、あらぬ方向へ飛んでいってしまい、それぞれ天井と床へぶつかっていった。どうやらミサイルジャマーも搭載されているらしい。

 紅い機体は下降すると滑る様な動きで<ヴェスペロ>の背後を取ろうとする。ヴィラスはそれをさせないようにリニアライフルで敵の接近を抑え、距離は維持したままブースト機動で位置を変えていくが、敵の動きは速く、それを維持するので精一杯だ。

 

 だが、いつまでも敵とこうやって睨めっこしている積もりはない。先に均衡を破ったのはヴィラスであった。

 オーバードブーストを起動させ、紅い機体との距離を縮める。敵機体の構成から接近戦ではこちらの方に分はあると考えた。左腕のレーザーブレードを構える。狙うは敵機体の胴体。一気にカタを付けるつもりだ。

 それに対して紅い機体は頭部をスライドさせ、胴体内部に格納させると背部からキャノンらしきものを迫り出してきた。正面から向かっていったヴィラスは次の瞬間驚愕の表情を浮かべる。

 突如、赤い火球が目の前に飛び込んできた。すかさずオーバードブーストを切り、機体を横に滑らせて間一髪のところで回避する。火球はグレネード弾であろう。柱に直撃して轟音と共に炎を上げていた。武装は両腕のパルスレーザーだけでは無かったようだ。この分だとまだ武装を隠し持っていると考えていいだろう。

 

 

 《排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除……》

 

 

 『これは……』

 

 無線の共通チャンネルに入り込んできた無機質な声。明らかにあの紅い機体からのものであり、それには人間が乗っているような気配はまったく無い。──無人機だ。ファーストコンタクト時とミサイルを回避した時に見せたあの無茶苦茶な機動もこれで納得できる。

 

 「鬱陶しい……」

 

 ヘルメットから入ってきたその声はヴィラスの神経を逆撫でさせるには十分な効果があった。ヴィラスは通信機のスイッチを切りたい衝動に駆られるが、ボリュームを最小まで落とす事で何とか堪えた。

 

 再び距離が離れ、睨み合いに近いかたちになるがそれも長くは続かない。紅い機体は背部からミサイルを放ちながら接近してくる。やはり武器を隠し持っていたかと思いつつも、迫ってくる十数発のミサイルの雨を潜り抜ける為にオーバードブーストを起動した。インサイドトリガーを引き、デコイを射出しながら円を描くように紅い機体に徐々に近づいていく。その<ヴェスペロ>を追尾していたミサイルはデコイに次々と引き寄せられ、小さな火球が連続して咲いた。

 紅い機体は<ヴェスペロ>を追尾するべくブースターを吹かしている。速さはあるものの、<ヴェスペロ>を捕捉する為か、さっきよりは動きは若干遅くなっている。今の状態なら攻撃を当てられるチャンス。リニアライフルに切り替え、照準を定めた。

 それを察知したのか、紅い機体も両腕を上げるとパルスレーザーで無く、禍々しい紫色の光の帯が放たれる。プラズマだ。ヴィラスも機体を横に飛ばし、最小限の動きで回避する。高熱のプラズマが空気を焼き、機体の横を通過していくのが音で分かる。それでも照準を外すことはしない。ロックオンマーカーは赤く光っている。トリガーに指を掛けた。リニアライフルの銃口から弾丸が何発も放たれる。

 弾丸は紅い機体の右腕と胸部に命中。機体はよろめいてバランスを崩し、柱に機体を擦り付けた。それでも紅い機体は両腕を上げ、<ヴェスペロ>に狙いを定めている。パルスかプラズマか。どちらを放っても今の距離なら回避は困難だ。だが、ヴィラスは構う事無くリニアライフルを再び放つ。胸部へ弾丸を続けざまに受けた紅い機体はそのまま柱に叩き付けられ、床に落ちた。

 紅い機体は直撃を受けた胸部から煙を上げながら若干その体を身じろぎさせて起き上がる。柱に叩き付けられた際にかなり強い衝撃を受けた筈だが動く力は残っている様だ。

 

 「これで終わりだ」

 

 リニアライフルの照準を紅い機体に定める。僅かに身じろぎさせているこの状態なら外すことは無い。先程まで見せた驚異的な機動力が止まった今ならば仕留められる。ヴィラスはトリガーに指を掛けた。

 

 『待って! 新たな熱源反応を感知!』

 

 ルシーナの声に反応したヴィラスは咄嗟にフットペダルを踏み抜く。<ヴェスペロ>はその場から離れると、その場所に巨大な火球が上がる。グレネード弾によるものだろう。弾が飛んできた方に機体を向けるとそこには紅い機体がもう1機、空中に漂っていた。頭部はキャノンが迫り出されている状態。先程食らいそうになったあの武器だ。

 

 『同型機がもう1機……』

 「まだいたのか」

 

 ヴィラスは小さく舌打ちをすると、モニターに映る突如現れた新手の紅い機体を睨み付けた。キサラギ派が一体何機この機体を保有しているのか。なんとも言えない不快感が募る。さらにモニターの端を見やると倒れていた紅い機体もようやく体勢を立て直し、<ヴェスペロ>に両腕を向けていた。

 ヴィラスはブースターで機体を飛び上がらせる。2機の紅い機体もそれを追うように動き出す。新たにやって来た方はやはり動きが鋭く、速い。もう一方は先程と比べれば動きはかなり緩慢になっているが、火花を散らしながらもなんとか追従することは出来る様だった。狙うなら落伍したあの機体からだ。

 

 一旦、柱の陰に隠れ、メイン武器をグレネードランチャーに切り替えるとオーバードブーストを起動させ、一気に飛び出した。

 それに対して2機は即座に反応。<ヴェスペロ>に目掛けて一斉にパルスレーザーを放つ。数発掠らせながらもオーバードブーストとブースターを制御してこれを躱す。

 回避行動中でもヴィラスは敵の挙動を注意深く見やる。損傷を受けた方の紅い機体は明らかに反応が数テンポ遅れていたのを見逃さなかった。オーバードブーストを一度切ると、柱の1つを蹴り、進行ベクトルを変えて再びオーバードブーストを起動。別の柱の陰に潜り、オーバードブーストを切ってブースト機動に変更。紅い機体は急な方向転換に一瞬戸惑ったのかスピードを少し落としつつも一度<ヴェスペロ>が隠れた柱の横をパスしていく。

 ここまではヴィラスの狙い通り。ブーストダッシュで柱の周りに沿って動き、紅い機体の背後に回ると、グレネードランチャーの発射体勢を取った。それを察知して2機は動きを止めて<ヴェスペロ>へ振り向く。狙うは近いレンジにいる落伍機。2機は一斉に<ヴェスペロ>に向けて動くが、落伍機の動きは先程よりも更に低下しており、両腕のパルスレーザーを放つのがやっとのところと言って良いだろう。

 狙いを定めて放たれたグレネード弾はやや直進的な動きを取っていた落伍機に命中。至近距離で咲いた爆風が<ヴェスペロ>の機体全体を揺さぶる。それでもヴィラスは再度狙いを定めて、もう一発グレネードを放つ。落伍機によるものか、柱にぶつかったような激突音がした。

 爆風が晴れた先には落伍機が派手に煙を上げて床に突っ伏しているのが見えた。だが、近距離で狙った攻撃にも関わらず、咄嗟の判断で避けたのだろう。ヴィラスの目論み通りとはいかなかったようだ。胴体から跡形も無く吹き飛ばすつもりだったが、結果は敵の右腕が失われているのみだった。

 

 「あのMTよりはおつむは良いようだな……」

 

 面白くも無さそうにヴィラスは呟く。あの驚異的な機動力と反応。先程撃破した無人MTとは全く別次元のもの。そんな動きを制御しているであろうAIは各企業軍が採用していたものでは無いと容易に分かる。あの機体は”旧世代の遺産”によって生み出されたもの。ヴィラスにはそれが分かった。

 

 (こんな兵器があったなんてな)

 

 ヴィラスの背筋に冷たいものが走る感触。少なくとも現時点での人類が触れてはならない物。その禁忌に何の躊躇いもなく弄りまわそうとするキサラギ派の研究者達の無謀な行動力は狂気の沙汰とも思えた。これは何としても外に出してはいけないものだ。

 モニターに映るもう1機の機体を見据え、リニアライフルを構える。落伍機は損傷状態から見ると暫くは動けないようだ。脅威はまだ無傷の方。先の戦闘で動きは大体読めた。後は倒すだけ。

 ブースターを吹かし、紅い機体との距離を詰める。接近戦では不利と判断したのだろう、紅い機体は両腕を構え、後退しながらパルスレーザーを放ち、逆に距離を置こうとする。それを柱の陰に隠れながら回避する。マシンガンの如く連射してくる敵のパルスレーザーは流石に厄介だ。レーザーが柱に当たり、焼ける音がする。それが一旦止むと次の瞬間、紅い機体は自機の頭上を飛んでいた。キャノンが迫り出されている。

 

 「くっ……!」

 

 咄嗟にブーストで躱そうとするが、間に合わず砲弾を受けてしまう。防御スクリーンのお蔭で致命傷となるような損傷は辛うじて避けられたが、コア及び<CR-A92XS>の左腕と<CR-LH80S12>の左脚の装甲の一部が吹き飛ばされた。コクピットを襲う大きな衝撃に耐えながらもモニターを見据える。紅い機体が頭上を旋回しているのが見えた。既に頭部のキャノンを収納しており、両腕を構えていた。動作が長い。次に来るのはプラズマか。

 ブースターで爆風と舞い上がる粉塵を掻き消して飛び出した。それと同時に紅い機体の両腕からプラズマが放たれる。機体を横に飛ばしてそれを躱そうとする。金属が熔解したと思しき音がコクピット内に響き、軽い衝撃と左腕部損傷を知らせるメッセージが聞こえた。プラズマを躱し切れず、左肩の連動ミサイルランチャーがやられ、中のミサイルが爆発した様だ。左肩インサイドの射出不可。コンソールのエクステンションランプが消えている。

 それでも紅い機体の真横にポジションを取ると、照準を定める。紅い機体は咄嗟に機体を後退し、パルスを放つ。数発のパルスが<ヴェスペロ>の装甲を焼くが、ヴィラスはそれに構うことは無かった。ロックオンマーカーが赤く光るとトリガーを引く。後退はしていたものの、距離はそれほど離れてはいない。リニアライフルを紅い機体に向けて連続発射。金属が大きく爆ぜる音と振動がコクピットを響く。紅い機体は直撃を受けながらも床に落ちることなく、ブースターで機体を何とか制御していた。だが、胸部周辺の装甲が大きく歪んだ機体は飛んでいるので精一杯といったところだろう。

 着地した<ヴェスペロ>はグレネードランチャーを構えて動きが止まった紅い機体に向けて発射。直撃し、柱に叩きつけられた紅い機体の頭部は半壊。胸部装甲は大きく捲り上がり、更に酷く痛々しい姿になる。

 それでも紅い機体は立ち上がり、片方の腕を<ヴェスペロ>に向けるが、そこで紅い機体は硬直して床に倒れ込むとそのまま動かなくなった。

 紅い機体が機能停止した。ヴィラスはそう判断するとグレネードランチャーを再度構えて発射する。一発、二発と火球が紅い機体を覆った。爆風とともに紅い機体の破片がフロア中に舞い散る。粉塵が晴れると紅い機体が倒れていた場所は大きく窪み、機体を構成していたパーツであったものが派手に散らばっているだけだった。

 

 「敵機撃破」

 

 ヴィラスは1機目を撃破したことを確認すると、レーダーに残っている輝点を見据えた。その方角へ機体を向けると落伍して動けなくなった方の紅い機体が動き出しているところだった。

 右腕を失い、各部から煙と火花が飛び散り、相当のダメージを受けているのが分かる。キャノンを収納していた背部の突起をパージしてようやく立ち上がった。残った左腕が<ヴェスペロ>に向けられている。どんなに損傷しても動作が出来れば最期まで使命に忠実なのは実にAIらしいとヴィラスは思った。

 弾切れで不要になったグレネードランチャーをパージして、飛び上がった。身軽になった<ヴェスペロ>は先程より軽快な動きで紅い機体から放たれているパルスレーザーを回避する。

 リニアライフルを構えて反撃をしようとするが、地面付近を滑空する紅い機体を捕捉しきれない。あのキャノンを排除したお陰か、紅い機体もファーストコンタクト時にも劣らない動きを見せている。だが、目で追えない速度ではない。

 オーバードブーストを起動。フロアの隅まで出力全開で飛んでいく。ヴィラスの思惑通り、紅い機体もそれに追従してくる。

 

 「単純な奴だ。そういう所はあの無人機とは変わりないな」

 

 そう呟いている間もフロアの壁が迫ってくる。そして後ろからも紅い機体がパルスレーザーを放ってくる。それを僅かなブースト機動で躱すと、オーバードブーストを切る。目の前は壁寸前。ヴィラスは<ヴェスペロ>の足を壁に蹴らせて、機体の進行ベクトルを逆にした。

 正面から紅い機体が飛び込んでくる。再度オーバードブーストを起動。左腕を構えた。レーザーブレード<CR-WL06LB4>の青白い光刃が伸びる。<ヴェスペロ>は左腕を振り払った。

 光刃は紅い機体の胴体と脚部の結合部分を捉え、切断していく。紅い機体の上半身と下半身が分断され、上半身が勢い余ってフロアの壁に叩き付けられた。

 

 「これで終わったか」

 

 機体を止め、床に転がっている紅い機体の上半身を一瞬だけ見やるとフロアの入り口に向かう。もうここにいても意味は無い。仮にまだ紅い機体が出てきたとしてもこれ以上戦うのは厳しい。一刻も早く研究員達を見つけるのが先決だ。

 

 『ヴィラス! 後方に敵機の反応!』

 

 ヴィラスは機体を横に滑らせる。先程いた場所にパルスレーザーが落ちて来た。

 

 「3機目か。考えたくはなかったが、いるとはな……」

 『戦術部隊が合流するって通信がきたわ。ここは彼らに任せて早く逃げて。これ以上は危険よ』

 「分かっている。でも、こいつが逃がしてくれるか」

 

 機体を攻撃のあった方に振り向かせると視線の先にはもう1機の紅い機体の姿。両腕を構え、<ヴェスペロ>に照準を合わせていた。

 

 ヴィラスは機体状況をチェック。リニアライフルは残り12発。グレネードランチャーは既に弾切れでパージ済み。マイクロミサイルランチャーは後2回分放つことが可能だが、エクステンションの連動ミサイルランチャーは破損して使用不可。後はレーザーブレード。機体の損傷具合は装甲が吹き飛んでいる箇所はあるが、任務に支障をきたす程の損傷ではない。

 トリガーを引き、リニアライフルを発射。紅い機体がそれを回避するのをヴィラスは確認すると、素早くミサイルランチャーに武装を切り替えてロックオン。間髪入れずに発射した。紅い機体は高く飛び上がり、ミサイルの回避行動を取る。機体から放たれるジャマーがミサイルを四方に散らせ、周囲の柱に激突。火球が咲いた。

 

 紅い機体が動きを止めた瞬間、機体を反転して<ヴェスペロ>のオーバードブーストを起動。これ以上は戦うことは難しいとヴィラスは判断してこの場から逃げる事を選択。向かうは入り口。

 だが、後方から飛んできたグレネード弾への反応が一瞬遅れ、被弾。バランスを崩して<ヴェスペロ>は派手に転倒する。衝撃でコンソールに押し付けられてヴィラスはくぐもった悲鳴を上げる。その拍子で首に掛けていた認識票のチェーンが切れてコクピットの床に落ちた事に気付かなかった。

 パイロットスーツ内部には衝撃吸収用ジェルが収まっているがそれでも完全には抑えられない。胸部に走る痛みを堪えてコントロールスティックを握り、機体の体勢を立て直そうとするが、<CR-LH80S2>の右膝部分の関節が損傷したらしく直ぐに起き上がることが出来ない。

 ヴィラスはフットペダルを踏み込み、起き上がりかけた機体をブースターで無理矢理滑らせた。脚部の前面装甲が地面と擦れて立てる不快な音と振動がコクピットを襲う。

 後方確認モニターには紅い機体が迫ってくる様子が見えた。機体は両腕を構えている。ヴィラスは機体を飛び上がらせて、進行ベクトルを右方向に向けた。直後、紅い機体からプラズマが発射。プラズマは<ヴェスペロ>の装甲を僅かに焼いて飛んでいく。

<ヴェスペロ>は近くの柱の陰に着地しようとするが、関節が損傷した所為でバランスが保てず、着地時に機体がよろけて膝をつく。コンソールの部位損傷マーカーの脚部部分が黄色く点滅していた。機体を起き上がらせようとするが、関節のモーターが嫌な音を立てて動きがますます緩慢していくのが判った。損傷が更に広がっている。

 紅い機体が<ヴェスペロ>の正面にふわりと飛び込んできた。ヴィラスは再びフットペダルを強く踏み込んで横へ機体をジャンプさせながらロックオン。ミサイルを発射。一斉に放たれた7発のミサイルは直後に紅い機体の両腕から放ったパルスレーザーで破壊され、命中に至らない。紅い機体は「お見通しだぞ」と言わんばかりに悠々と<ヴェスペロ>の上を飛び越えて後ろに回り込んでくる。逃がすつもりは全く無いらしい。

 

 『ヴィラス。戦術部隊のACが1機、後3分程で合流できるそうよ。頑張って持ちこたえて!』

 「了解だ」

 

 ルシーナの言葉が生き残るための励みになる。機体を反転させて後退しながらリニアライフルを発射。紅い機体は上下左右に滑るように飛んで回避。最初に戦った2機と比べると動きに隙が無くなっている。

 2機から学習しているのか、とヴィラスは紅い機体の動きを見て思った。自分の攻撃、機動パターンを読み、それを超えるための行動パターンを構築させていく。この機体にはそれが出来るのだろう。長引けば疲れを知らない無人機相手だと分が悪すぎる。ヴィラスは逃げに徹する。

 だが無理を掛け過ぎたのか、ブースト機動に損傷した脚部がついに耐え切れず、機体が再び転倒。<ヴェスペロ>は柱に背中からぶつかって動けなくなる。部位損傷マーカーの脚部部分がついに赤点滅。致命的な損傷を意味していた。

 柱を支えにして機体を立て直そうとするが、紅い機体が追いつく方が早い。頭部を収納して背部のグレネードキャノンが展開され、砲身が<ヴェスペロ>に向けられる。この損傷状態でグレネードを食らえば、<ヴェスペロ>もただでは済まない。

 

 だが、紅い機体は不意に上に飛び上がる。その一瞬の間を置いて紅い機体のいた場所を緑色の光芒が横切っていった。ヴィラスはレーダーを確認。レーダーには友軍機を示す輝点が表示されていた。

 

 『味方の到着ね。……あの機体は──』

 

 機体を入口の方に向けると青と白のカラーリングがされた中量二脚型ACの姿。見覚えのある機体。

 

 『そのエンブレム。また会ったな。確か……<ヴェスペロ>だったか?』

 

 声の主はエヴァンジェ。愛機の<オラクル>が<ヴェスペロ>の前に付く。先程の攻撃は右背部に搭載されたレーザーキャノン<WB15L-GERYON2>によるものだった。

 

 『随分と面白そうなモノと相手をしているじゃないか』

 

 退避していく紅い機体に右腕に装備されたリニアライフル<CR-WR93RL>を放ちながらエヴァンジェはヴィラスに話し掛けてきた。

 

 「相手は特攻兵器関連の機体みたいだ。動きが速く、火力もある。気を付けろ」

 『だから何だ? そんなもので畏縮する私ではない。碌に動きそうもないその機体で戦おうとするな。お前はそこで黙って観ていろ』

 

 ヴィラスの警告に対して「そんなもの聞くまでもない」と言わんばかりにエヴァンジェは返答すると、<オラクル>のブースターの出力を最大にさせて紅い機体を追撃する。尊大な態度を微塵も隠そうとしないが、それがエヴァンジェであることは幾度かやり取りをして分かっていた事なので特に腹は立たない。その立ち振る舞いをしても相手を黙らせられる実力もあのレイヴンは持っているのも知っている。

 幸い、紅い機体の標的は既に<オラクル>に切り替わっている様だ。見せてもらおうじゃないか、とヴィラスはコントロールスティックを握る手を緩めた。

 

 

 パルスレーザーが<オラクル>に向かって飛んでくる。それを回避しながらコア<CR-C89E>のイクシードオービットを起動。オービットから放たれる弾丸を紅い機体は回避するも、エヴァンジェは敵機の退避先を予測してリニアライフルを発射。それは流石に避け切れず、紅い機体は被弾。動きが鈍ったところに更に追撃してリニアライフルを連続で放つ。連続で被弾した紅い機体はプラズマを発射して<オラクル>から逃げるように距離を離す。<オラクル>は飛び上がってそれを回避。体勢を維持したまま、左背部のリニアガン<CR-WB91LGL>を展開。狙いを定めて発射。リニアライフルよりも弾速、威力共に高いその攻撃は紅い機体の胴体部分に命中。紅い機体は大きく吹き飛ばされた。

 紅い機体は吹き飛ばされながらもパルスレーザーを連射して反撃。<オラクル>はその弾幕を掻い潜り、更にリニアガンを発射して追撃。装甲が大きく抉られ、動きが止まる。その隙に<オラクル>は一気に紅い機体に接近。

 その間に紅い機体も頭部を格納してグレネードキャノンを展開。<オラクル>に照準を合わせるが、<オラクル>がレーザーキャノンを展開して発射する方が早かった。高出力レーザーがグレネードキャノンの砲身付近に命中。キャノンを紅い機体の頭部ごと吹き飛ばした。

 頭部を失って機能が停止しかけたのか、両腕がダラリと下がった機体に<オラクル>の左腕に装備された<WL-MOONLIGHT>の光刃が振り抜かれた。紅い機体の胴体が接合部から両断され、完全に機能を失った。

 

 自分があれだけ苦戦した敵を初見でいとも簡単に撃破。時間にして2分も満たなかっただろう。

 ヴィラスはその様子を見て小さく嘆息した。あの挙動は”強化人間”でしかありえない動きだった。

 有脚型でキャノンを空中で構える事は機体の安定性が保てず、発射時の衝撃でバランスを崩してしまう。それを避ける為、コアの中枢コンピュータが動作制限を掛けているので本来はそのような挙動を取る事は不可能だ。

 換装を前提にしたAC用パーツは共通規格で滞りなく稼働させる為にリミッターが掛けられていているが、強化人間であるエヴァンジェは機体との神経接続によって各パーツのリミッターを任意で外し、パーツ本来の性能を引き出す事を可能にしている。空中でキャノンを構えて発射する操作も彼にとって容易い事だった。

 反面、デメリットもある。リミッターを切ったACは機体バランスが滅茶苦茶になり、機体制御に繊細な技術を要求される。そもそも、強化人間化の手術も簡単に出来るものでは無く、莫大な費用と失敗のリスクもある。失敗すれば二度とACに乗るどころか、まともな生活すら出来ない身体になる可能性もあった。

 

 『所詮は人形だ。私の敵ではない』

 

 紅い機体の撃破を見届けて<オラクル>が<ヴェスペロ>に向かってやってくる。

 ヴィラスはモニターに映る紅い機体の残骸を見やる。不愉快な「排除」という言葉を無限に繰り返すあの機体の成れの果て。

 

 『キサラギ派の連中が何を考えているかは知らないが、下らないモノを稼働させてくれたな』

 「あの機体。あんたは知っていたのか」

 『私も知らんよ。本部の奴らは知っているみたいだがな』

 「戦術部隊司令のあんたでも知らない事もあるんだな」

 『連中は旧世代の遺産関連について何も情報を出してこない。制御の仕方も碌に知らないくせに手を出した挙句がこのザマだ。後始末を押し付けてきたお陰で私は優秀な部下を1名失ってしまった』

 

 怒りの色を滲ませた声だった。恐らく自分を蔑ろにした態度を取っている本部に対する怒りだろう。それに部下を失ったことは自身の経歴に汚点が付く。プライドの高い彼にとっては堪えがたいものに違いない。

 

 『……部下から通信が入った。どうやら研究者どもの居住区を見つけたらしい。その損傷した機体でうろつかれては邪魔でしかない。妨害要素はゼロに等しいだろう。後は我々でやる。もう戻って良いぞ』

 

 エヴァンジェはそう言って<オラクル>を入口方向と逆の方向に向けると、ブースターを起動して去っていく。どうやら別ルートがあったみたいだ。

 

 『一時はどうなるかと思ったけど、生きていて良かった。さあ、帰還しましょう』

 

 そう言ってルシーナは言葉を詰まらせた。

 

 『でも……あの兵器は正直、もう二度と見たくはない。……あの光景がどうしても頭の中に過ぎってしまう』

 「ああ、そうだな。でも、特攻兵器はまだ生きている。いずれはそいつを止める時が来るよ」

 

 ヴィラスはパージしたグレネードランチャーを機体に拾わせて入口に向けた。損傷はかなり深刻だが、動くことは出来る。リフトを起動し、地上を目指す。

 

 

    *     *     *

 

 ディーネル中佐が軍参謀本部の自室に戻った時、時計の針は既に午前2時過ぎを指していた。

 

 書類等を収めている棚と机一式以外は殆ど無い部屋。ディーネル中佐は書類袋を机に置き、ゆっくりと椅子に腰掛ける。疲労が溜まった身体をクッションの効いた椅子に沈み込ませた。ほんの少し眠気が出るが、やるべき事は大量にある。寝るのはまだ先だ。

 キサラギ派の研究員たちが起こした一連の行動は予想されていた通り、旧世代の遺産の産物である兵器の起動。兵器はACの様な姿をしているものの、その正体はあの特攻兵器と連動して動く自律起動型の兵器であった。報告書にはナービス領内での紛争終盤、特攻兵器襲来直前に姿が確認され、レイヴンの駆るACと交戦したと記載してあったがその結末までは記載されていなかった。

 ロイス少佐が持ってきた映像データには1機の紅い機体が演習所内で標的テスト用のMTを破壊する様子が映されていた。<レッドバタフライ>というキサラギ派が付けたコードネームの通り、緩急をつけて縦横無尽に飛ぶ姿は正に空中を自由に舞う蝶の様であった。

 戦術部隊からの報告では工廠内で起動した3機の<レッドバタフライ>は暴走したのかプログラムに沿った動きかは分からないが、研究員たちに牙を向いたらしく、工廠の最下層にある一角で彼らは焼死体となって発見されたとの事だった。

 だが、結果として<レッドバタフライ>は戦術部隊と本部で雇ったレイヴンの手で撃破に成功。都市部に機体が飛び出してしまうという最悪の事態は免れた。それは非常に喜ばしい事だが、戦術部隊所属のレイヴン1名の戦死。これによって戦術部隊に旧世代の遺産に関して更に干渉する口実が出来てしまった。独断行動が目立ち始めた戦術部隊がどう動きだすか予測が難しくなる。

 正直な気持ちとしては特務部隊結成後に事を起こしてくれた方がマシだっただろう。そうであれば犠牲の数はあれど、本部部隊内で完結できた筈だ。

 そして気掛かりなのは、逃走した研究員の人数と確認された遺体の数が一致していないという報告もあった。もしかしたらあの工廠だけではなく別の場所にも潜伏しているのかもしれない。そうなれば再び行動を起こすかもしれないだろう。

 

 ディーネル中佐は身体を椅子に預けて少し目を瞑る。明朝には調査部隊の派遣に本部への報告会とやるべき事があるので少しでも身体を休めておきたいが、そうもいかない。中佐は身体を起こすと、書類袋から40枚程の書類と1本のメモリースティックを取り出した。自室に戻る前に情報部から貰ってきたものだ。本来やるべきだった仕事に手を付ける。

 端末を起動して、メモリースティックを挿入する。そこには現時点で存在が確認され、バーテックスをはじめとする反アライアンス勢力に所属していない事が確認されているレイヴン及びACパイロットの名前と搭乗機体の構成が詳細に記載されたリストが表示された。これを基に彼らとアライアンスの為に戦ってくれるか交渉を行う。設立がほぼ決定的である特務部隊の一員の候補だ。

 それに暫く目を通す。リスト上には様々なレイヴンやACパイロットが上がっている。実力、知名こそは玉石混交ではあるが、この混乱の続く半年間を生き抜いてきた者たちだ。彼らの存在は少なくとも本部部隊の未熟なパイロットへの刺激ぐらいは与えられるだろう。

 優秀なパイロットがいれば、部隊の士気向上のみならず、操縦技能の向上を促すことが出来る。結成初期にいたランカーレイヴンやエースパイロットを相次いで失い、MTパイロットから無理矢理転向させたばかりの経験不足なパイロットしかいない本部部隊にとっては貴重な人材となる。しかし、そのようなレイヴンはアライアンスに与することを拒み、対立していることが多いのが現状である。

 企業に雇われて任務を遂行しても企業に飼い慣らされるつもりは一切無い。必要なのは報酬。ましてや、彼らの拠り所であったレイヴンズアークが企業と癒着していたとなるとその反発も大きくなる。かつて自分自身がレイヴンであったからこそ彼らの気持ちは分からなくも無い。

 

 「レイヴンズアークか……」

 

 リストに上がっているレイヴンの中には辛うじて復活したレイヴンズアークに所属扱いになっている者もいる。かつて自分が所属していた組織だが、時折見せた調停者気取りの傲慢な表情をディーネル中佐は覚えていた。

 

 「彼らの拠り所を餌にもう一度立ち上がりたい……か。役目は果たしただろうに」

 

 一度潰れておきながら、未練がましく復活してレイヴンを縛り付ける気かとディーネル中佐はレイヴンズアークという単語を呆れながら眺めた。次の時代にはその時代に相応しい組織が必要になる。彼らはもう不要な存在だ。アークが中立の存在としていられたのは過剰な程に設けられた規律。だが、辛うじて立ち直ったあの組織にはそれがもう成立していない。現状からしてそう遠くないうちに崩壊するだろう。

 

 そして、情報部から受け取った書類に目を通す。書類には先日、クリフが渡してくれた<十字架の天使>について情報部の追跡調査結果が記載されていたが、結果はあまり芳しくなかった。彼らが追うにはまだ時間が足りていないせいもあるが、判明したのは機体の詳細な構成とアルバタ基地から去っていった方向には旧キサラギ社とナービス社の研究施設跡がある事くらいだった。ただ、これらは旧世代の遺産に大きく関わっていた企業の施設だ。何があったっておかしくは無い。

 

 「ここ最近は姿を見せていないが……さて……」

 

 ディーネル中佐は近況の報告書の内容を思い出す。アルバタ基地の戦闘で出現した以降はこの<十字架の天使>と思しきACによる襲撃は報告されていない。このまま姿を見せなくなるのはアライアンスにとっては好ましい事かもしれないが、中佐はまた姿を現すだろうと考えていた。この機体の持ち主は次の準備に入っているだけだ。だから今は動いていない。だが、次に現れるときは更に脅威度が増すのだろう。そう中佐は予感した。

 報告書をファイルに収めて棚に入れると、ディーネル中佐は窓の外を見やる。今宵の月は珍しく赤みを増して鮮血の如く紅く染まっていた。初めてACで出撃した日もこんな空だったな、とふと思い出す。

 レイヴンの頃、出撃前に自身を奮い立たせる為に聞いた音楽はハイテンポなリズムで流れるジャズであり、血沸き肉躍らせるヘヴィメタルであったりした。これから自分が向かう先に相応しい音楽は何だろうか。

 

 それは次の時代へ繋がる前奏曲か、または滅びゆく世界へ捧げる鎮魂歌か。

 

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