ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
久々に飲む酒の味。ビールの苦味が喉を通り、アルコールが腹に入っていく感触。
悪くない、とクリフはこの感触を堪能する。高い買い物ではあったが、今は高額報酬が手に入り、金銭面に余裕が出来たおかげで躊躇なく買えた。ついでに在庫が心許なかった煙草も補充が出来て充分といったところだ。
自分のねぐらでクリフはビール缶を片手にモニターを観ていた。モニターに映っているのはバーテックスが出した声明の映像。既に何度も繰り返し観ているが、これもリサーチャーの習性だ。映像や音声を細かく抽出する。使えそう情報は些細なモノであっても見逃さない。
既に知らない名前ではなかった。ついこの間、バーテックスのエージェントと名乗る者と接触している。だが、まさかこれ程の組織だったとはクリフは思ってもみなかった。
モニターに映るバーテックス所属ACの大半は特攻兵器襲来後に行方が分からなくなっていたレイヴンの機体。それもランカーもしくは総合で2桁台前半のランキング上位に入る強者。その中にはどの組織にも属さず独立で行動をしていたレイヴン、Ωの乗機<ClownCrown>の姿もあった。特定の組織に居付くことが無かったレイヴンがバーテックスに腰を据えようとしている。それはΩのみならず、同様の選択をしたレイヴンは複数いるみたいだ。
これだけのレイヴンを従える事が出来るジャック・Oの求心力と影響力の強さがこの映像だけで窺えた。
それでも、やはりというべきか、<ファシネイター>に<バレットライフ>といった独立で動く者の中でも実力の高いレイヴンの機体は確認できなかった。彼らにも信念というものがあるのだろう。そう簡単に尻尾を振るつもりは無い様だなとクリフは思った。
モニターからジャック・Oがバーテックスの理念を語る声が聞こえる。レイヴンによる新たな秩序の構築を目指すというものだ。
それは本当か? と、クリフは首をかしげる。確かにジャック・Oは人の上に立つ素質がある人間だと思うが、他の構成員は必ずしもそうではない。言ってしまえば確かに腕利きで、一癖二癖と強い個性を持つレイヴンたちであるが、それ以上の評価ではない。彼一人だけでは流石に限界はあるだろう。ブレーンとなるような人間が居るのかは分からない。
それでも半年間姿を見せずにこの時の為に準備をしている筈だが、戦力の質はともかく戦力の差はアライアンスとでは比べ物にならない位に劣っている。ジャック・Oにしては無謀な行動ではないかと疑問が残る。
リサーチャーのネットワークコミュニティはいつもに増して激しいやり取りで賑やかになっていた。ついこの間までレイヴン中心の独立武装勢力の動向に関する話題だらけだった筈が、既にコミュニティの話題はバーテックス一色に変わっている。真偽が判らない情報が洪水の如く溢れ、それをリサーチャーたちが掬い取り、探ろうとしている。バーテックスの構成員、アライアンス側の動き、そして他の武装勢力の動向も注視しなければならない。
ジャック・Oはバーテックスに同調しないレイヴン及び独立勢力も攻撃対象にすると明言していた。既にバーテックスに恭順する意向を示す勢力が出始めている。レイヴンが中心となっている組織はジャック・Oが声明で言っていた通りにバーテックスに恭順するか、自分の組織を守るために抗うか。それによって一気に勢力図も変わるだろう。
クリフはふと思いつき、サイト内のあのページにアクセスする。<十字架の天使>と名付けた正体不明の白いACのトピックページだ。ページを開くとやはり情報は止まったままで更新されていなかった。分かっていたが、日々押し寄せる情報の波によって片隅に追いやられてしまったという感じだ。
当然ながらバーテックスが出した映像の中には例の天使のエンブレムを付けた白いACの姿は確認できなかった。ついでに情報を売ってあげた艶やかな黒髪の美女もどこかに映ってはいないか探してみたが、映っている人物は直立不動で銃を構える兵士たちだけでそれらしい人影は見つからない。
「全く華が無いな」とクリフは呟き、皿に盛っていたピーナッツを10個程ひと掴みするとそれを口に放り込んで一気に噛み砕いた。
残っていたビールの半分も一気に飲み干し、冷蔵庫から缶をもう一本取り出して開ける。これで3本目だが、まだ酔いがまわった事を実感できない。ビールを一口飲んで、モニターの脇に置いてある端末に情報を表示させた。バーテックスのエージェントを名乗っていた女性、シェイン・ファレムの情報だ。念のために調べておいたものだ。
調査した結果、シェイン・ファレムは「ホルスアイリサーチ」という大手の民間調査会社で一級調査員という職に就いていた。ホルスアイリサーチのデータベース上に存在していた情報だ。その事に関してまず嘘は言っていないだろう。
だが、荒事には関わった事が無いと本人から出た言葉。それは嘘だろうなとクリフは直感している。ニュートレネシティで会った時は人のよさそうな表情をしていたが、その目つきと佇まいは荒事と無縁の人間とは正直思えなかった。もしかすれば自分より血生臭い事をやっている。そんな雰囲気を醸し出していた。
アライアンスは情報部が、バーテックスはシェインがそれぞれ懸命に<十字架の天使>の調査を続けているのだろう。目撃情報はあれっきり無いが、撃破されたという情報も無い。ならば、いずれまた姿を見せる筈だ。この勢力相手にまた戦いをするのかもしれない。かつてのトップランカーたちとやり合う<十字架の天使>の姿を想像する。気にはなるが間近では見たくないというのが本音だ。
5本目を半分ほど飲んでようやく酔いがまわってきたと実感する。つまみとして齧っていたピーナッツの入っていた皿も空になっていた。クリフは大きく溜息を吐いて椅子から立ち上がると部屋の隅に置いてある棚に向かう。吐いた息はアルコールの匂いがした。
クリフは棚に入れてあるケースを漁って、いくつかメモリースティックを取り出すとその内のひとつを端末に差し込んだ。メモリースティック内に保存されたファイルが複数表示される。ファイルを読み込むと表示されたのはレイヴンズアーク所属レイヴンのミッション報告書のスキャンデータだ。内容はレイヴンが受けた依頼の詳細な戦闘記録。ミラージュのミサイル発射施設防衛や反企業主義を掲げるテロ組織によるコローナ発電施設攻撃、中にはロールアウト直前であったクレスト製MT<CR-MT98G>の性能テストといったものもある。様々なミッションの報告書が表示されていた。
レイヴンズアーク関連の書類は表に出ることは滅多に無いが、時折アングラに出回ることがある。実際はアークが意図して流していたことがあったという。企業が交戦したレイヴンの情報から投入した兵器の戦闘データの取得、またはアークが所属レイヴンを企業に専属パイロットとして売り込む為に敢えて流すこともあったらしい。
探すのは先日フライボーイから依頼を受けたジノーヴィーを撃破したレイヴンの情報。レイヴンの情報を探すにはこれが一番手っ取り早い方法だが、いくつかのファイルを探るもそれらしい情報は出てこない。ジノーヴィーが最期に戦ったとされるベイロードシティでの戦闘はジャック・Oがアークを掌握していた頃。その時期はアークの体制が変わったことによる混乱もあるが、それ以上にアークの守秘体制が厳しくなったのもあって情報の流出が殆ど無い。
クリフは残りのメモリースティックを出して、中身を見る。そしてネットワーク内の情報も探せるだけ探してみるも、目ぼしい情報は見つからない。8本目を飲み切った所で酔いと眠気でギブアップ。
遠出の準備を進めておくかと、ベッドに横になりながら考える。あとやれる事とすれば更に深いところを探るか、レイヴンズアークの関連施設に残っている資料を直接持ってくるかだ。サーバーは既にダウンしているが、紙の資料くらいは残っている筈だ。かつてのレイヤードも崩壊後の調査で中枢に残っていたのは管理マニュアルが記された紙の束だったという話もある。最終的に頼りになるのはアナログかとクリフは頭を掻きながら軽く笑う。そうしている内に視界に映る天井の照明が段々とぼやけてくる。そのままクリフは眠りに就いた。
* * *
サークシティ。
ジャック・O率いるバーテックスが本拠地として構える地点である。
元々は三大企業間の技術協力によって都市機能を統一規格で連結した複合ユニットとして建設された都市群であった。企業ごとの名称はあったが、“サークシティ”というのはこの地の正式な地名ではなく、中心部から円形に損傷を免れた地点をいつしかそう呼ぶようになっていた。
他の都市は少なからず特攻兵器による被害があったが、何故かこの地点だけはほぼ無傷で済んでいた。
当然ながらこの地を巡ってサークシティ周辺では武装勢力同士の衝突もあったし、アライアンスの介入もあった。だが、必ずと言っていいほど特攻兵器が飛来して双方に大きな損害を与える事態になり、結果、サークシティは危険地帯としてどの勢力も手出しすることは無くなった。
バーテックスがサークシティを抑えることが出来たのはその隙を掻い潜って仕掛けた結果であった。当然、ジャック・Oのレイヴンとしての実力と彼に協力するレイヴンたちの支援があったおかげである。既にサークシティ周辺はバーテックスにより防衛網が引かれて強固な要塞と変えるべく備えをしていた。
旧居住エリア。クレスト管理地区の旧ナイアー産業区をはじめとする商業及び工業エリアで働く労働者の為に建設されたドーム型の居住区はそのままバーテックス兵たちの兵舎となっている。その一角に設立されていたコミュニティセンターは司令センターとして新たな役割を担う事となった。
その生まれ変わった司令センターの通路をシェイン・ファレムは独り歩いていた。既に日没時間を過ぎた居住区は照明が落とされて兵舎からの明かりだけが僅かに点々と灯っている。司令センターも同様に主要な照明以外は消えて、通路も輝度を落とした間接照明だけが弱々しく足元を照らしているだけだった。
窓からは作業用MTと重機が数機、格納庫へ向かっていくのが見えた。恐らくプラントの修復作業を行っていた作業チームが帰投したのだろう。そして、交代要員の機体が代わりに格納庫から出て行く姿も見える。
シティの電力を供給するエネルギープラント「キエラ」の修復状況はまだ40から50パーセント程だという。シティ全体を賄うだけの電力を生成するにはやや厳しく、シティ周辺に設けたレーザー砲台や旧ナイアー産業区のクレスト社屋に設置された防衛システムに回すにはまだ十分とは言えない。シティ周辺は暫くの間、レイヴンのACとバーテックス所属MTに守備を頼らなければならないのが現状だ。
早急過ぎたのではないのか、とシェインは窓に映る光景を見ながらそう考えてしまいそうになる。
シェインのジャック・Oに対する評価は大胆不敵に見えるが、その裏で冷静に状況を分析して機を逃さず行動を取る人物であったが、今回の蜂起に関して言えば準備は万全とは言い難く、どう見繕っても準備不足感は否めない。
アルバタ基地をはじめとするアライアンスの前線基地への攻撃はイレギュラーがあったとはいえ成功したが、結局は基地機能が不全になったアルバタ基地を除く3つの基地はその後、アライアンスに全て奪還されてしまった。襲撃作戦は蜂起前の戦力及び戦術の浸透状態を計る為のデモンストレーションの側面があったとはいえ、その結果の報告にもジャック・Oは眉一つ動かす気配を見せなかった。この結果も彼の想定内だったのか。
元は講習室だったという第一ブリーフィングルーム。その前に通じる通路に見張りの兵が2人立っているが、シェインの顔を見ると軽く頭を下げて通してくれた。シェインはドアをノックして入室する。
ブリーフィングルームの照明は落とされていたが、ブリーフィングルームの正面壁に設置されている大型モニターには映像が流れていてそれが唯一の灯りだった。映像は先日、シェインがクリフから買い取ったアルバタ基地での戦闘のものだ。
シェインはブリーフィングルームを見渡す。ここには自身を含めて7人いるのが判った。自身を除く6人は皆、幹部扱いされているレイヴン。そして彼らは皆、ランカーと呼ばれていた実力者。
彼らは一同にモニターの映像を見つめている。映像は丁度<スカルスカーレット>と<キャットフィッシュ>が戦闘中に突如乱入してきた白いAC──報告書で<十字架の天使>と記載されたAC──と交戦を始めたところだった。映像に映る3機のACの動きを分析しているのだろう、音もなく繰り広げられるAC同士の戦闘を彼らは無言で見続ける。
<十字架の天使>の頭部がカメラの方に向いた瞬間、映像は止まった。機体頭部の<H11-QUEEN>のカメラアイが青く輝いているのがはっきりと見える。
「……壊し甲斐がある。と言えば良いのか、この白い機体は。武装構成は単純で、かつ極端だが、あの集団相手に立ち回るには丁度良い派手さを持っている。それにしっかりとレーザーライフルが無くなった場合の備えをしてある強かさも俺好みだ」
シェインのすぐ横から声が飛び込んでくる。高揚感を帯びた声の主は蜂起直前に合流してきたΩだった。あの戦闘で唯一勝ち残った<十字架の天使>の見定めをしていたのだろう、その声には悦びの色が零れていた。ACや戦闘の事になれば饒舌になるが、それ以外の事には全く無関心。面識はまだ浅いが、独特の雰囲気を持つ人物であるとシェインは認識していた。
「アークの登録機体で該当機体は無い。そうだったな」
隣に座っているのであろう、同じく幹部である”ミューズ”の言葉がシェインに向けられる。
「アーカイブにも存在しない機体だと聞いた」
「はい、リサーチャーの報告書にも記載されていますが、過去の登録情報には存在は確認されていません。現在、過去に存在した武装組織やアーク外で存在が確認されていた機体に対しても調査をしていますが、今のところ有力な情報はありません。また、アルバタ基地に残されていた白い機体が装備していたとされるレーザーライフルの残骸には製造番号が刻印されていなかった事から特定は非常に難しいです」
ミューズからの質問にシェインはそう返した。調査班から受けた報告はシェインの予想通りだった。
「これはあくまで私の予想ですが、この機体はつい最近、恐らくは特攻兵器の襲来後に組み立てられた機体だと思っています」
「理由は?」とミューズ。
「理由は2つあります。1つ目は出現時期と使用パーツからそう予想しています。まず単純にこの機体の出現時期が特攻兵器襲来後で、報告書に記載のエンブレムの機体はそれ以前には存在が確認されていない事。2つ目は白い機体のフレーム構成パーツの内、頭部<H11-QUEEN>と脚部<LH09-COUGAR2>は後期生産、所謂ナービス領内で起きた紛争の末期に正式にリリースされた新型で、使用しているレイヴンはまだ少ないです。特攻兵器襲来以前に該当パーツの使用を確認されていた機体はこれまで19機。襲来後に確認されたのが今回の機体となっております」
「わかった。後はパイロットか。それについてもまだ不確定なのだろう?」
「はい、残念ながら搭乗者も誰であるかは特定出来ておりません。アーク所属レイヴンだけで絞ると、死亡が確認されておらず、現在も所在が判らない者はまだいます。ですが、調査範囲を機体同様にアーク外へと広げるとACパイロットは多岐にわたって存在しますから、独立傭兵にアーク離反者にテロリストに企業専属……と時間はかなり掛かることが予想されます」
「そう簡単に分かるものでは無い事は分かっているさ。ただ、この映像をみる限り、反応速度が並みのパイロットとは違う。企業の強化人間手術の被検体という線も考えられるな」
「……この時期においてこんな機体とパイロットがいるのか……」
ミューズの言葉にもうひとりの幹部である”ハラフ・アッディーン”が陰鬱さを感じる声の中に僅かに感嘆を交えた声を上げる。自らが持つ操縦技術”砂嵐”を存分に発揮させることが出来る相手だと認識したのだろう。
これもレイヴンとしての本能か。アライアンスの様な強大な組織と自分以外のレイヴンに対して己こそが生き残るのに相応しいという事を知らしめたいという欲求。他のレイヴンもそうだろうか、ブリーフィングルーム内の空気が少しざわついた気がした。
「確かに強い。しかし、ただそれだけだ。このACは我々の求める強者ではない」
声量は決して大きくは無いが、広いブリーフィングルームの隅々まで響く明瞭な声。ざわめき始めた部屋の空気は再び沈黙に戻る。
声の主はジャック・Oだった。一番壁際に近いところに座っていたジャック・Oの顔はシェインに向けられているみたいだが、モニターの逆光でシェインにはその表情は見えない。
「単なる破壊者にしか過ぎない」
ジャック・Oから発せられたその言葉は明確に<十字架の天使>をバーテックスの「敵」と認識させるものだった。
「もういいだろう。この機体に関して時間を大きく割く必要は無い。知り得る事はリサーチャーの報告書で大体は知れた」
「調査規模は縮小するという事でよろしいのでしょうか」
「一端のACに対して必要以上に深入りし過ぎるなという事だ。最大の脅威はこのACではない。ただ、動向だけは情報収集を怠らないで欲しい。可能であれば我々で奴を叩く」
「例の機体は我々も標的にしている様だが、アライアンスであろうと武装組織であろうが牙を向けている。そこを上手く利用してやれば我々の損害を最小限に出来る」
ジャック・Oに続いて鳥大老が口を開く。トップランカーであった者の矜持であり余裕なのか、2人共あの<十字架の天使>を脅威としていない様にシェインは感じた。
「それよりも本題だ。我々の蜂起後、他の組織の動向について確認しておきたい」
「分かりました」
鳥大老の指示でシェインは持っていた端末を繋げ、画面を正面壁のモニターに映す。
「アライアンスに関しましては既にご存じの通り、各方面軍の部隊の再編成が進められていますが、我々の予想よりも早く部隊の編成が完了して展開が進んでいます。戦術部隊が暫くの間、各方面軍の補佐を行うようで、駐屯基地から戦術部隊所属のACが複数動いています。また、参謀本部が何人かのレイヴンや独立傭兵と接触を図っているのが確認されました。十中八九、部隊再編成に伴う新設部隊の準備をしていると思われます」
シェインは端末を操作して画面を切り替える。
「こちらのリストは現在、我々に対して合流の意向を示している組織の一覧になります。規模の大小こそありますが、現時点で15の組織がバーテックスへの合流を希望していますが……」
「各組織の構成か。当たりばかりではないという事か」
「……はい。戦力として戦闘用MT及びACを所有している組織は6つ。こちらは精査して交渉に応じる価値はありそうですが、残りは民生品の改造機等といった小火器しか所有していない組織。恐らくですが構成員も軍事訓練を碌に受けていない素人の集団と言っていいでしょう」
「アライアンスの打倒を掲げるだけならば誰にでも出来る。我々の下に付けば自分たちの待遇が変わると考えているのだろう。仕方がないとはいえ、考えが少々短絡的だな」
鳥大老は僅かに溜息を交えて言い放つ。だが、それは彼らを嘲る意味ではなく、実力不相応の選択をしてしまった事への憐れみ。
「戦う力、彼らは持っていない」と”ンジャムジ”が呟き、後に続く言葉をはっきりと言い放った。「あるのは怒りと闘争本能だけ。それだけでは戦えない」
「彼らは弱者だ」とジャック・O。「弱者の庇護など私は考えてはいない。我々バーテックスに必要なのは、この時代を生き残れる力を持つ強者」
彼らの申し出を拒否するという事だ。当然だろう、シェインは思った。現在のバーテックスでは置いておく価値もない存在。仮に組織に招いても小間使いか弾除け位しか彼らの使い道は無い。残酷な判断かもしれないがある意味一番慈悲のある選択だ。
「それでは、9つの組織については受け入れをしないという旨のメッセージを伝える事にします」
彼らに申し伝える言葉は既にシェインの中で決まっていた。彼らが少しでも賢ければ実力相応の選択をやり直せるだろう。
「そうしてくれ。残り6つの組織も構成を見てから私が判断する」
「分かりました」とシェインは端末の接続を切って、ジャック・Oに返答した。
照明が灯り、暗かったブリーフィングルームが明るくなる。
「さて、諸君。遂に我々は動き出した。後戻りはもう出来ない。アライアンスという企業主義体制の亡者から本来在るべき秩序を取り戻す為に、これから行う作戦を君たちが先頭に立って進めて貰いたい」
ジャック・Oが立ち上がり、ブリーフィングルーム内のレイヴンを見渡してゆっくりとそして明瞭にその言葉を言い放つ。すべてを見下ろすその眼には一つの確立した意志があるようにシェインには見えた気がした。
* * *
ガレージの整備ブースで<ヴェスペロ>は修理を受けていた。キサラギの工廠での戦闘で大きなダメージを負った機体は特に脚部<CR-LH80S2>の損傷状況が深刻で、<クランウェル>で運ばれてガレージに帰還する頃には自立が出来なくなるくらいに関節部分の損傷が広がっていた。今はチェーンとワイヤーで吊り上げて機体を何とか立たせているが、脚部は間違いなくもう使い物にならないだろう。修理するより買い直した方が早い。
機体全体に大きなダメージを受けている為、整備士たちだけでは手が回らないのでヴィラスも帰還後すぐに修理の手伝いをする事にした。各パーツが順次取り外され、損傷個所の確認から始める。ヴィラスは頭部<CR-H97XS-EYE>の状態確認と修理に取り掛かる事にした。
外装は幾つかの装甲板とメインカメラアイのレンズが割れてしまっているので交換が必要になる。内装も装甲カバーを外してチェック。メインコンピュータは幸いな事に損傷は無かったが、戦闘中は気が付かなかったが動作チェックで内蔵レーダーが損傷していたことが判明。これも取り換えなければならない。ヴィラスは小さく嘆息した。
「今日は派手に壊したな。どんな奴を相手にしたらこうなるんだ?」
様子を見に来たアントニーが大きなスパナでヴィラスの頭を後ろから軽く小突く。
「色々とあってね……今はちょっと言えないな」
「何だそれは? また新型MTでも相手したのか? おい……まさか噂の”9”のエンブレムを付けた赤いACとやり合ったとかいうんじゃねぇだろうな」
「いや、違う……まあ、とにかく今は言えないんだ」
「機密ってやつか。しかし、この壊しっぷりは久々に忙しくなるな。ま、取りあえず一通りバラしてみてみるか。もう見た目からしてダメそうなパーツだらけだがな」
「買い直した方が早いかもしれない。一応、予備の確認をしておくよ……」
小突かれた後頭部をさすりながらヴィラスはそう答えるとレーダーを取り外す。他のセンサーは特に問題ない事を確認出来て安堵の溜息を吐く。
「他のパーツはどうなんだ? アントニー」
「コアはオーバードブーストが損傷。内装も思っていたより酷くてな、ラジエーターにも折れたフレームが食い込んじまって破損している。インナーパーツはFCSを除いて全て修理が必要だ。腕部は今、エリカたちが診ているが帰還した時のあの有様から期待しない方がいいな。こいつは高くつくぞ」
「自分の機体だからある程度は把握しているけど、聞くのが怖いな」
そう言うものの、修理費に関してヴィラスはあまり気にはしていなかった。今回の報酬であれば修理費と弾薬費を差し引いても赤字にはならない。
それよりも交戦した紅い機体の方だった。帰還するまで工廠での戦闘の事で頭が一杯だった。あの紅い機体自体が一種の生命体、人ならざる者ともいうべきだったのだろう。そんな感じがした。
特に3機目は明らかに自分が辛うじて撃破した2機と比べて違う動きをしていた。2機の交戦情報から攻撃パターンを更新していたのだろう。企業のAIでもそれは可能だが、リアルタイムで能動的にかつ瞬時に組み替える事は出来ない。
特攻兵器同様、禁断の技術の結晶ともいうべき存在と再び相まみれた。だが、あの機体が全てではないだろう。あれも”旧世代の遺産”の一部に過ぎない。あれ以上のモノがいつ出てきてもおかしくは無い。
これからの戦いはそれら機械群との戦いになるのかもしれない。人間同士の争いとは違う意味で先が見えない戦い。かつて人類が地上から地下へと追いやられた元凶である”大破壊”はもしかしたらこういった機械群との争いの末路。歴史の事などそれ程分かってはいないが、ヴィラスはそう考えてしまった。
「ヴィラス。おかえりなさい」
ルシーナの声が聞こえた。手にはいつものタブレット端末とバスケット。整備班たちと一緒に食べる分だろう。今日持ってきたバスケットはいつもと違って大きいサイズの三段重ねになっている。
「今日の戦闘結果がこれよ。今回のアライアンスは大盤振る舞いね」
端末に表示された収支報告を見てヴィラスは小さく頷いた。当初の報酬と合わせて紅い機体の撃破報酬なのだろう、1機につき85,000コーム加算されている。合わせて170,000コーム。前払いのと合わせれば破格の報酬だ。
「ああ、多分この撃破報酬は口止め料として出したんだろう」
「けど、代わりに今回の戦闘記録ファイル及びカメラの情報は全部消すように指示されたわ。帰還中に私の方で消去しておいたからそこは了承してね」
「分かっている。あの依頼内容からしてそう言ってくることは予想していた」
「表沙汰にしたくないというのがよく分かる。あんなものが万が一、都市部に出てきたらパニックでは済まなくなるもの」
ヴィラスはバスケットを受け取って中を見る。サンドイッチとコーヒーにトウモロコシのスープが入ったポッド。バスケットの中からサンドイッチを取り出そうとするが、ルシーナに手を叩かれる。
「ダメよ。食べる前はちゃんと手を洗ってからにしなさい。ヴィラスの手、すごく汚れている」
「すまない、ルシーナ。戻るのであれば、ついでで申し訳ないが俺の部屋から端末を持ってきて欲しい。機体のアセンブルをこっちでやっておきたい」
「そう言うと思って」とルシーナは肩に下げていたバッグから端末を取り出した。「持ってきておいたわ」
「助かるよ」と少し肩をすくめてヴィラスは端末を受け取る。自分の考えはお見通しだったらしい。バスケットから立ち昇るベーコンの匂いが不意に空腹感を湧き上がらせた。
「そういえば、ヴィラスは見たのかい? バーテックスって連中の声明」
エリカがバスケットからサンドイッチを1つ取りながらヴィラスに聞いてきた。
「……今日の出撃前に見た。まさか生きているとは思わなかったよ。ジャック・Oが」
それがヴィラスの率直な感想だった。
最初の特攻兵器襲来によって多くのレイヴンが命を落としたのは知っている。ジャック・Oもその内の一人かもしれないと思っていたが、このような形で姿を見せてくるのはヴィラスには想像できなかった。
「攻撃してくるのかねぇ……こっちにも」
不安そうな顔を浮かばせるエリカに対してヴィラスは直ぐには答えられなかった。ジャック・Oが中立の立場にいるレイヴンたちに対してどんなアクションを起こしてくるのかは知る由もない。
「俺が聞いたところによると」とアントニーもバスケットからサンドイッチを取り出す。「幾つかのガレージからレイヴンもそうだが整備士とかも既に抜け出しているところがあるそうだ」
「バーテックスに付いたって事っすか?」とエリカはサンドイッチを頬張りながら言う。
「そうでも無さそうだ。アライアンスにも流れているらしい」
アントニーはそう答えてサンドイッチを齧る。
「そりゃまた何で……」
「生き残る為の選択……だろう。彼らにとっての」
ヴィラスは静かに言い放った。その話を聞いても別に不思議には思わなかった。今の場所よりも確実に生き残れる方法がこれだとそう彼らは判断したのだろう。
世界が新たな局面を迎えようとしている。レイヴンとして状況の判断を誤れば自身を殺す事になるだろう。崩壊した今の世界であればそれが顕著に表れる。自分も選択すべき時が来るかもしれない。その時は決断しなければならないだろう。
今の居場所を切り捨てる覚悟があるか。ヴィラスにはそれを決める事はまだ出来ない。余計な事を考えたとヴィラスは小さく頭を振った。
「アントニー。アセンブルデータを送っておいた。修理が一段落したら組み立てを頼む」
自分の端末で機体アセンブルの調整を終えたヴィラスはアントニーに声を掛けた。損傷したパーツは暫く使えそうにない。現時点で所有しているパーツで上手くやりくりしていかなければならない。同時に新しいパーツの発注を済ませておく。問題無ければ2日程で来るはずだ。かつてはアークが仲介してメーカーから直ぐに持ってこられたのだが、復活したアークは組織の維持で手一杯でそこまでやれないだろう。個別のルートで入手するしかない。
端末を閉じてヴィラスはゆっくりと立ち上がった。次の出撃まで頭部の修理は終わらせておかなければならない。そう思いながら身体を伸ばすとルシーナが入口から手を振っているのが見えた。追加の夜食を持ってきてくれたらしい。
「もう少し休んでいてもいいぞ」とアントニーが肩を叩く。帰還してからも動きっぱなしだった体はまだ休みたがっている。今はその言葉に甘えよう。ヴィラスはもう一度座り直し、バスケットからサンドイッチを取り出して食事を続けた。
束の間の休息。こうして夜は更けていく。