ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
高速で激しく交差する4体のAC。閃光と幾つもの銃声とACが地を踏み、ブースターが吹き上がる音が激しく混じり合い、獣の咆哮の様に基地内に響き渡る。
2発のレーザーが<ZANBA>の肩のすぐ脇を掠め、<ヴェスペロ>に向けて発射された4発のミサイルは<リンガベル>の肩から射出されたデコイに吸い寄せられて在らぬ方向に飛んでいく。
<ZANBA>は仕切り直しといくべく、<ヴェスペロ>にバズーカを向けようとしたところ、機体に軽い衝撃とダメージ警告。死角から<リンガベル>からの攻撃を受けたと判断するとすぐにブースターを吹かし、<リンガベル>が放つマシンガンの射線から離れる。それに追い縋ろうとする<リンガベル>に対して<ブラストソウル>が<ZANBA>の後方から割って入り、両腕のマシンガンを斉射。<リンガベル>は何発か被弾するも、ブースト機動で弾幕から逃れた。
2対2という構造。単独で戦うのとは勝手が違う。自分自身を守るのは当たり前だが、相棒となる僚機が自分の背中を預けられる程の腕を持っているかで生死に大きく関わってくる。下手な連携では勝てる戦いも勝てなくなる。お互い今日初めて組んだばかりのコンビ。どこまで戦えるか4人のレイヴンは賭けるしかなかった。
シャーリーンはTATARAとは過去にアリーナと戦場で戦ったことはある。アリーナでの戦績は1勝3敗。戦場での戦いは一度だけで、その時は何とか撤退させたが、自身も機体もボロボロにされた苦い過去があった。だが、それだけあのレイヴンの戦い方は熟知しているつもりだ。
『迂闊に近づくなよ。アイツの本領は接近戦のブレード捌きだ』
「ああ、分かっている」
TATARAのアークの最終ランクは9位。200人近いアーク登録レイヴンの中のトップ10に入る実力者。強敵だ。無傷で勝つどころか、ここで殺られてもおかしくは無い。<ZANBA>の左腕には最高クラスの攻撃力を誇るレーザーブレード<WL-MOONLIGHT>が装備されている。シャーリーンの言う通り、容易に接近戦を挑めばその光刃の餌食になる。
前のめり気味になっていた態勢を止め、ヴィラスは武器をミサイルランチャー<CR-WBW89M>に切り替えて、エクステンションの連動ミサイルを起動。機体を高く飛び上がらせると、<ZANBA>にロックオン。後ろに付いていた<リンガベル>もミサイルランチャーを構えている。最大で10発のミサイルが<ZANBA>に目掛けて飛ぶはずであったが、<ヴェスペロ>目掛けて火球が飛んでくる。ヴィラスはブースト機動でそれを回避。攻撃は半ば強制的に中断させられてしまった。
火球は<ブラストソウル>のグレネードキャノンからであった。これも中途半端に距離を取れば今度はあの砲弾が飛んでくるだろう。既に向こう側はお互いの長所を把握して動いている。伊達に戦術部隊に所属している訳ではないという事だ。
<ヴェスペロ>からの攻撃は出来なかったが、<リンガベル>からのミサイルは武器をマシンガンに切り替えた<ブラストソウル>によって全弾撃ち落される。その弾幕が途切れた瞬間、<リンガベル>へ向けて<ZANBA>がバズーカを発射。シャーリーンは機体を後退させて回避した。
「あいつも悪くない腕だ。相手をするには少し手を焼くかもしれないな」
『レイヴンであればそうだろうさ。簡単にやらせてもらえるほど甘くは無い』
「そうだったな……」
機体を着地させて、ヴィラスはモニターに映る2機のACの姿を改めて見据えた。ふと、ダストボックスに無造作に捨てられたコキノ・ケラトのネームプレートを思い出す。殺られれば、これまで自分が戦ってきて得られたものはすべて消え、そして忘れ去られる。
「生きて、帰ってやる」
ヴィラスはそう呟き、フットペダルを強く踏み出す。<ヴェスペロ>がそれに応えるようにブースターの炎を上げて一気に前進する。
戦場で綺麗な勝ちなどそんなものは望む方が難しい。どんなにボロボロになろうが、最後まで生きていればそれで良い。今は隣にいるシャーリーンを信じて戦うしかない。それは、背中を預ける相棒と認めた瞬間であった。
* * *
紺色のAC──頭部コンピュータの情報で<ヴェスペロ>いう機体名だと分かった──は真っ直ぐ自機に食らい付いてくる。バズーカのロックが完了したのとほぼ同時に敵ACの構えたレーザーライフルの銃口から赤い閃光が放たれるのが見えた。すぐに機体を横にステップさせて回避。モニターの端が一瞬赤く照らされ、背後の壁に当たったのだろう、轟音が響く。回避は一応出来たがコクピット内からロックオンされたことを知らせる警告音は鳴り止まない。敵はこちらのブレードを警戒して距離を置いて戦っているが、一息吐かせる余裕すら与えてくれない。距離を詰めようとすると、もう一機がマシンガンで弾幕を張って、それを許さない。
僚機の<ブラストソウル>が自分の動きをフォローするように後ろからグレネードとマシンガンを交互に撃ち分けて相手の動きを引き付けている。機体の火力を生かして前に進む戦闘スタイルだと聞いていたが、こちらの戦闘スタイルに合わせて援護に徹してくれている。TATARAは相方となったヘヴィ・ガルドの判断に感心した。
『っははー! ばら撒くぜ!』
ヘヴィ・ガルドがそう叫ぶと、<ブラストソウル>の両腕に持つマシンガンが再び前方にいる<ヴェスペロ>に向けて弾丸が放たれる。だが、敵ACはそれを掻い潜るような動きで、獣の如く貪欲に食らい付いてくる。その動きにTATARA自身も良い感じに高揚してきた。強敵だと思えるからこの感覚に成れるのだろう。
フットペダルを強く踏み込み機体を上昇。レーダーを注視しつつオーバードブーストを起動。<ZANBA>は一瞬のうちに<ヴェスペロ>の側面に回りこみ、照準を合わせた。狙いは<ヴェスペロ>のコックピット。右腕に装備されている<CR-WR81B2>ならば軽量級コアの装甲に大きな穴を穿つことが出来る。
「あばよ」
その呟きと共にトリガーが引こうとした瞬間、レーダーにノイズが走り、ロックオンマーカーが外れた。そのままトリガーが引かれ、バズーカ弾が放たれるが、敵ACのコア目掛けて放たれた筈だった必殺のバズーカ弾はACのコアに直撃することなく、その後ろにあった建物を破壊した。ECM濃度カウンターが上昇するのを確認。<ヴェスペロ>がECMメーカーを射出して、ロックオンを妨害したのだろう。
代わりにコックピット内に鳴り響く警告音。モニターには自機よりも高く飛翔して、両腕のレーザーライフルを構えた<ヴェスペロ>の姿。──逃がしはしない。パイロットの意思が翡翠色に光る<ヴェスペロ>のカメラアイを通じてそう伝えているようにTATARAは思えた。
「痛快無比。面白い奴じゃねぇか」
機体をジャンプさせると足元で爆発音が響き、ダメージ警告。だが直撃ではない。コンソールに示された損傷度はまだ軽微。機体はまだ正常に動く。メイン武装をミサイルランチャーに切り替えてエクステンションをONにした。弾数でならまだこちらに分はある。有効だと思える手は全て出し尽くす。それがあの2機のACに対する最大の礼儀であり、生き残るための手段。
──久々だな。
突き刺さんばかりの殺気が装甲越しから伝わり、全身が滾りながらも神経が研ぎ澄まされていく。この感覚こそが戦場であり、レイヴンが存在する理由。
* * *
<ヴェスペロ>のコアに搭載されているミサイル迎撃装置が発動する。迎撃装置の銃口から数条のレーザーが照射してミサイルが全て破壊されるが、ロックオンの警告はまだ解除されていない。2機のACは必ず必中の一撃を狙ってくる。レーダーに映る機影を見逃すことなく、機体を左右に揺らしながら敵の挙動を伺う。
両腕のレーザーライフルが発射できる回数も残り少なくなってきている。まだ致命傷といえるダメージを与えていないので決めるのならば早めに決めたい。だが、敵はランカーと呼ばれていただけあってその隙を見せてはくれない。一旦距離を置かれてからは睨み合いが続く。
ふと<ZANBA>が上昇するのが見え、ZANBAに照準を合わせる。痺れを切らしたのかとそう考えたが、次に見えたのは<ZANBA>の後方が青白く輝き、一気に自機との距離を詰めてきた。
ブーストで後方に下がるが、高出力オーバードブーストを備えている<C03-HELIOS>のスピードには勝つのは無理だ。ロックオンの警告音と共にモニターには<ZANBA>が自機に向けてバズーカを構えているのが映っている。
「狙ってきた……!」
ブーストを駆使して機体を右方向に飛ばす。射線から逃れたがバズーカ弾は左肩の連動ミサイルをエクステンション接続部から引き千切っていった。衝撃でバランスを崩しながらも着地させ、機体を<ZANBA>に向けてレーザーライフルを発射した。
両腕のレーザーライフルから放たれたレーザーが<ZANBA>を捉えるが、<ZANBA>はブーストで後退してそれを躱す。<ヴェスペロ>もそれを見越して右腕のレーザーライフルをすぐに構えて発射体制をとった。<ZANBA>は着地してすぐに動くことは出来ない、ライフルの射程内。これなら直撃出来ると確信した。
そこにロックオン警告音が飛び込んでくる。ヴィラスはレーダーを見やり、咄嗟に機体を後退。機体がいた場所に巨大な火球が炸裂。それは<ブラストソウル>から放たれたグレネードだった。
その時、機体を一瞬止めてしまったヴィラスは不味い事に気が付く。火球越しから<ZANBA>が再びオーバードブーストを起動させて接近してくるのが見えた。左腕の<WL-MOONLIGHT>の先端から青い光刃が伸びている。必殺の一撃。TATARAはこれで数々のレイヴンを葬ってきた。
ヴィラスはすぐさま機体をジャンプさせる。振り下ろされる筈であった<ZANBA>の左腕は空を切ったその隙に<ヴェスペロ>のオーバードブーストを起動して2機の攻撃範囲から退避。<リンガベル>がそれを援護するためにマシンガンを発射。そのまま<ヴェスペロ>の横に付く。
ヴィラスは機体の状況を素早くチェック。目立った損傷は無いが、エクステンションの連動ミサイルの片方が破損したことにより、肩部ハードポイントからエラー信号を発している。連動ミサイルはもう使用できないと分かったヴィラスはそれをパージした。
『危なかったな』
「肝が冷えた。あと少し反応が遅れていたらやられていたかもしれない」
『あの火力はやはり厄介だ……』
シャーリーンの吐いた言葉の意図をヴィラスは直ぐに分かった。先に<ブラストソウル>を片付けるという事だ。
レーダーで敵機の位置を確認する。攻撃レンジの違いもあるが、誤射を防ぐ為だろう、2機は常に離れて動いている。一気に片方を2機掛かりで行けば援護は遅れる。
『いけるか?』
「問題ない」
シャーリーンの問いにヴィラスは短く返答すると、2機は同じタイミングでブースターを吹かして加速。ヴィラスは武器をミサイルランチャーに切り替えた。
機体を飛び上がらせて<ヴェスペロ>はオーバードブーストを起動。正面に見据えていた<ZANBA>を飛び越して、一気に<ブラストソウル>に接近すると、ミサイルを発射。少し遅れたタイミングで<リンガベル>もミサイルを発射。8発のミサイルが<ブラストソウル>目掛けて襲い掛かる。
基地内の建物に沿って動いていた<ブラストソウル>は回避が難しい事を悟り、肩部のミサイル迎撃装置を発動。同時にマシンガンで弾幕を張り、ミサイルを次々と迎撃するが、再び襲い掛かってきた4発のミサイルまでは迎撃できなかった。<リンガベル>の放ったミサイルは<ブラストソウル>の頭部と脚部にそれぞれ命中する。
狙いが<ブラストソウル>と分かった<ZANBA>が援護するために近づこうとするが、その間に割り込んだ<ヴェスペロ>から放たれたミサイルを回避するために一度距離を取らざるを得なかった。これにより2機が分断された。
頭部にミサイルが被弾したことによりレーダー機能が一時的にダウンして動きが止まった<ブラストソウル>へ一気に肉薄した<リンガベル>は左腕のレーザーブレードを発動。<ブラストソウル>は<C05-SELENA>のイクシードオービットを起動させて迎撃を図るが<リンガベル>の動きが一歩勝った。イクシードオービットの高出力レーザーを回避すると、<WL14LB-ELF2>の光刃が<ブラストソウル>のコアを裂いた。
レーザーブレードと防御スクリーンがぶつかり合い、爆ぜる音が基地中に響き渡る。<リンガベル>は更にもう一撃、レーザーブレードを敵ACのコアに切りつける。これにより<ブラストソウル>のコア前方が大きく裂けた。その裂けた箇所に<リンガベル>はマシンガンを突きつけて発射。<ブラストソウル>のコアが弾丸によって内側から大きく歪み、変形する。
『うっあ……でっ……』
ヘヴィ・ガルドは悲鳴に近い言葉をあげるが、それもすぐにジェネレータの爆発で掻き消され、機体と共に散った。
* * *
「やってくれたな……」
TATARAは脚部だけ残った<ブラストソウル>の残骸を見て呟いた。ヘヴィ・ガルドの断末魔はヘルメットを通して聞こえていた。
「社燕秋鴻……良い相方になれるかもしれないと思ったが、ここまでの様だったな……ガルド」
コンソールに目を通して機体の状況をチェック。既に<ヴェスペロ>が自機に向かってくる。損傷度は先程のコンタクトで被弾したために上がっているが、まだ稼働に支障はない範囲だった。
1対2と数では不利になったが、僚機を失って嘆いたところで状況が変わるわけではない。戦場ではこれの比ではない状況に追い込まれた事は何度となくあった。ここから状況をどうやって好転させるか。ランカーレイヴンであった自分ならそれが出来ると自負している。
武器をミサイルランチャーに変更。自機に近い位置にいた<ヴェスペロ>に狙いを定めて、肩の連動ミサイルと共に発射。狙われた事を察知した<ヴェスペロ>がミサイル迎撃装置を起動させながらレーザーライフルを発射して反撃。それをブースト機動で右に一度回避して前進。オーバードブーストを起動。バズーカに武器を再度切り替えて一気に間合いを詰める。
バズーカ弾の一撃を警戒したのだろう、<ヴェスペロ>はECMメーカーを射出。ロックオンマーカーが消え、レーダーにノイズが走る。
だが、TATARAはそれを気にすることは無かった。そのまま<ヴェスペロ>の横をパスしていくと、機体を上昇。ECMの範囲外に逃れるとミサイルランチャーに再度切り替えて、<ヴェスペロ>に発射。高い位置からではミサイル迎撃装置の射角外に入ってしまい、迎撃が難しくなる。<ヴェスペロ>は機体を後退させて回避するしかなかった。これで1機、自機の射程外に逃す。
ブースターを吹かして一気に加速。向かう先は自機の射程内に入ってきた<リンガベル>。不意にやってきた<ZANBA>に<リンガベル>はマシンガンで応戦しながら後退。それを見てTATARAは狙い通りだと口を歪めた。
2対1という数の優位に立ったことにより精神的にも余裕が出来たのだろう。動きが少し緩くなっている。お互い僚機の存在というものに依存し始めたからこその状況。この瞬間だから狙える。ここで一気に分断してしまえば良い。
TATARAはレーダーを見やるとミサイルの回避が予想外に手間取ったのだろう、<ヴェスペロ>はまだ射程範囲外にいる。このままでは援護が間に合わない位置だった。
後退しながらマシンガンを放つ<リンガベル>は武器を切り替えてミサイルを発射。それを見たTATARAは冷静にインサイドトリガーを引き、デコイを射出してオーバードブーストを起動。バズーカを<リンガベル>に向けた。
「心慌意乱。いらぬ隙を作ったな。シャーリーン」
<リンガベル>の放ったミサイルはデコイに吸い込まれ爆発。マシンガンを構え直そうとしたその時、<ZANBA>が右腕のバズーカを発射。バズーカ弾は<リンガベル>のコアと右腕の接合部に直撃。右腕が肩関節から吹き飛ばされる。更にもう一撃、バズーカを発射。今度はコアに直撃。衝撃で<リンガベル>の機体が大きく仰け反った。
一気に<リンガベル>へ肉薄。<ZANBA>は左腕の<WL-MOONLIGHT>を発振。動きの止まった<リンガベル>のコア目掛けて青白い光刃が振り下ろされる。『くそっ……』というシャーリーンの声がヘルメットに聞こえてきた気がするがTATARAは気にも留めなかった。
<リンガベル>のコア上部が左腕ごと吹き飛ばされ、パイロットを失った機体は糸の切れた操り人形の如く崩れ落ち、爆散。それをTATARAは無感動にモニター越しから見据えていた。
「相碁井目。2対1だから有利だという訳ではない。2対1であろうが敵わない相手と対峙したという事を分からせてやる」
<ZANBA>がゆっくりと機体を<ヴェスペロ>に向けて炎を背にして立つ。ランカーレイヴンであったTATARAがその本性を見せた。
* * *
僅か1分にも満たなかっただろう。優位に動いたと思っていた戦況はあっさりと一変。ヴィラスのコントロールスティックを握る力が緊張で知らずに強くなる。
不利な状況を覆す為の知識とそれを実行できる技量の高さは戦場を潜り抜ける事で得た経験の蓄積。機械と違って敵機のパイロットの明確な殺意が装甲越しに感じ取れる。先日戦った紅い機体とはまた違う強さをヴィラスにまざまざと見せつけていた。
──撤退するべきか。ヴィラスは一瞬迷った。
1対1ではあるが、TATARAの実力と今の自分の実力には差がある事は分かっている。機体の消耗状態も向こうに分がある。状況はどう見繕っても良いとは言えなかった。勝算は少ない。
「ルシーナ。回収部隊を呼んでくれ。ここは退却する」
ヴィラスは撤退することを選んだ。自分は死ぬつもりは全く無い。後はバーテックスに任せれば良いだろう。そう判断した。
だが、ルシーナから応答がない。代わりに聞こえてきたのは、明らかに動揺している彼女の息遣いの音。もう一度呼びかけようとするが、モニターに急接近してくる<ZANBA>の姿が映る。右腕のバズーカが構えられていた。
ヴィラスはインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。正面に捉えた<ZANBA>に右腕のレーザーライフルを数発発射。<ZANBA>はそれを左右に機体をブースト機動で回避。その動きを見て、更にECMメーカーを更に1基射出。フットペダルを踏み込んで機体を加速させた。<ZANBA>のレーダーを一時的に潰して、視界外に逃れる。
そのまま敵機の背面に回り込んだ<ヴェスペロ>は武器をミサイルランチャーに変更してロックオン。ミサイルを発射した。
ミサイルは<ZANBA>が射出したデコイに寄せられていくが、それを抜けた1発が<ZANBA>の脚部に命中。<ZANBA>の動きが一瞬鈍る。ヴィラスは左腕のデュアルレーザーライフルを発射。レーザーは咄嗟に横へ動いた<ZANBA>の右脇腹にあたる部分を掠めるが、直撃はしなかった。ヴィラスは全弾使い果たしたミサイルランチャーをパージ。身軽になった<ヴェスペロ>をジャンプさせて、もう一度レーザーライフルを構えさせた。
『……ヴィラス』
ヘルメットにルシーナの声が飛び込んでくる。その声はさっきまでの動揺は薄れ、少し落ち着いてきたようだった。
『回収部隊がポイントS-38132に到着の予定。でも……』
「なんだ?」
『到着に10分以上掛かるって連絡があったの。だから……』
「分かった。それまでに終わらせるか、耐えてやる」
自然とコントロールスティックを握る力が緩くなる。上位ランカーが相手だからと言って畏縮している場合ではない。撤退が難しいのであれば戦って勝つだけだ。今、生き残れる確率が高いのはその選択だとヴィラスは考えを改めた。
<ZANBA>との距離を縮めて、両腕のレーザーライフルを発射。身軽になったとはいえ、機動力の勝る<ZANBA>に遠距離からでは当てるのは難しい。バズーカに警戒しながらも確実に当てられる距離で戦う。レーザーが<ZANBA>の右肩とコアの装甲を焼いた。それを確認したヴィラスはECMメーカーを射出。相手の反撃を遅らせて、その隙に一気に叩く事を考えた。
<ZANBA>はバックステップの体勢を取って回避すると思っていたが、ブースターを吹かして一気に前方へジャンプ。レーザーブレードを発動。<ヴェスペロ>に切り掛かってきた。ヴィラスは機体を後退させてそれを回避。光刃がコアを掠めていく。ブレードが空振った事により、<ZANBA>に大きな隙が出来た。ヴィラスは<ヴェスペロ>の両腕を構えさせてトリガーを引こうとした。
だが、それより先に<ZANBA>がブーストで強引に<ヴェスペロ>を押し出す方が早かった。2機のACが取っ組み合いの状態となる。
「ぐっ!」
激突した衝撃で思わず出た悲鳴がくぐもる。モニター全面に映る敵ACの姿。後方確認モニターには戦闘で煤けたハンガーと思しき建物。敵はそこに自機をぶつけるつもりでいるのだろう。かなりのスピードが出ているから衝突すればただでは済まない。
フットペダルを踏み込み、ブースターの出力を全開にして速度を相殺させようとする。だが、<ZANBA>の方がブースターの出力が勝っているのか止まることは無い。2機のACが縺れ合い、接地していたアスファルトが砕け、宙に舞い上がった。機体が擦れ合い、不規則な振動がコクピットを襲う。
《右腕部、損傷》
頭部コンピュータの警告メッセージと一緒にモニターの部位損傷アイコンの右腕部分が黄色く点滅していた。縺れ合っている時に関節部分が損傷したらしい。このままでは右腕自体が完全に使えなくなる。このまま火力を失うことは避けなければならない。後方確認モニターに映されている建物の影は次第に大きくなってきている。ヴィラスはフットペダルとフットペダルを強く蹴りこむ。これは一つの賭けだ。
機体の進行ベクトルを後ろに切り替え、無理矢理<ZANBA>から機体を引き剥がして離れようとする。組み合ったお互いの両腕が擦れて耳障りな金属音が響く。そのまま両機はよろける様な形で離れた。<ヴェスペロ>はブースターでバランスを取り直しながらレーザーライフルを発射。そして、<ZANBA>も転倒しそうになりながらも体勢を立て直して<ヴェスペロ>に向けてバズーカを放つ。
お互い、まともに狙いを定めていなかった為、レーザーは<ZANBA>の左肩にあったエクステンションの連動ミサイルランチャーを破壊し、バズーカ弾は<ヴェスペロ>の腕部<CR-A82SL>の左肩上部の装甲を抉り取った。
ハンガーまで残り2メートル程のところでようやく機体はストップする。後方確認モニター一面に煤けた建物の壁が映りこんでいた。
機体状況を確認。先程の接触で左腕のデュアルレーザーライフルはハードポイントから脱落していた。ハンガーからレーザーブレード<CR-WL79LB2>を取り出す。右腕のレーザーライフルも発射可能回数がもうすぐ限界に近づいている事を示す警告が出ていた。
距離が再び離れ、ヴィラスの口からようやく一息吐けた。それは安堵から来るものではなく強敵と交わっているという実感からくる興奮であったが、意外と頭の中は澄んでいる事に気が付いた。よく見ると、<ZANBA>の両腕の肘関節から火花が飛び散っている。敵も無傷ではない。勝機はまだある。ヴィラスはそう確信した。
『このまま押し潰してやろうかと思ったが、諦めの悪い野郎だ』
TATARAの声が入ってきた。その言葉は興奮と殺意が入り混じり、狂的な印象をヴィラスに与えた。
『甘受忍耐。潔く諦めるということを覚えておくんだな。それが正しい選択の時もある』
<ZANBA>がまたオーバードブーストを起動させているのが見える。バズーカを構えて再び飛び掛かろうとするその姿は傷だらけながらも力強い。
急接近を仕掛けてくる<ZANBA>に照準を合わせ、トリガーを引こうとする。しかし、バズーカ弾が自機に飛び込んでくるほうが早い。即座に機体を横に飛ばし、レーダーを見据えた。接近してくる<ZANBA>。向こうも手持ちのバズーカ弾はもう少ない筈だ。決めるのなら接近戦になる。
モニターの右端から不意に入り込むように映し出される<ZANBA>。それに合わせてレーザーブレードを振るった。狙いは<ZANBA>のコア。
だが、確実に切り裂くはずだった光刃は空を切り、<ZANBA>を捉えることは出来なかった。<ZANBA>は切り裂かれる前にその光刃を飛び越していた。上空でバズーカを構えるのが見える。ロックオン警告音がコクピットに鳴り響き、時間が間延びするような感覚に陥る。
構えられたバズーカ。命中すれば頭部はもちろん、コアもただでは済まされない。そしてコクピットの中の自分も確実に死を迎えることになる。そんなことを考えても何も恐怖しないのは自分が傭兵である事なのかは分からない。だが、生き意地が汚いという事はコントロールスティックを握り締めてまだ抗おうとする自分に気付いて分かった。ヴィラスは迷わずトリガーを引いた。
<ヴェスペロ>の右腕が素早く上げられ、レーザーを発射する。赤い一条の光が空中にいるZANBAを捉え、命中した。攻撃態勢を取っていた<ZANBA>はコア近くにレーザーの直撃を受け、装甲の破片を撒き散らしながら地面に叩き落される。
地面に落ちた<ZANBA>に追撃を掛けようと、<ヴェスペロ>はレーザーブレードを構えるが、ブレードを振るうよりも<ZANBA>が動き出すほうが僅かに速かった。ブースト機動で<ヴェスペロ>へ一気に肉薄すると左腕のレーザーブレードを振るった。青い光刃が形成され、<ヴェスペロ>のコアを薙ぎ払うように振られる。
ヴィラスは機体を右へスライドさせてそれを躱そうとするが間に合わない。光刃が<ヴェスペロ>の頭部を捉えていた。頭部が吹き飛ばされる。モニターがブラックアウト。瞬時にコアの非常用カメラに切り替わり、ノイズ交じりの世界が映る。
<ZANBA>の動きは地面に叩き付けられた影響か、先程よりも緩慢になっている。各部から火花を上げ、痛々しい。それでも隙を見せないように動かせるのはTATARAの実力であった。ブレードの光刃が消えると間髪入れずに右腕のバズーカを構えて攻撃を途切れさせない。
ヴィラスもそれに応じるようにブレードを<ヴェスペロ>に振らせ、レーザーライフルを<ZANBA>に向ける。数メートルも離れていない至近距離での攻防。機体にはブレードによる擦過傷がいくつも刻まれていく。その応酬が何度も続いた。
しかし、その応酬は不意に終わる。動きに限界が来たのか<ZANBA>の動きは更に鈍くなり、隙が出来る。その隙をヴィラスは見逃さなかった。<ZANBA>のバズーカの砲身を<ヴェスペロ>のレーザーブレードが切り落とす。<ZANBA>は使えなくなったバズーカを手放し、レーザーブレードで反撃を仕掛けようと左腕を振ろうとするが、その挙動を読んだ<ヴェスペロ>がレーザーライフルを放ち、左腕を肩から吹き飛ばした。
<ZANBA>はよろけながらも機体のバランスを保とうとするが、激戦で酷使した機体にそれを出来る力はもう無い。もはや倒れるのを待つだけ。ヴィラスは照準を定める。後は止めを刺すだけだ。
だが、<ZANBA>の後方からまた光が溢れ出している。オーバードブーストのブースター炎。それをヴィラスが認識したときには<ZANBA>は<ヴェスペロ>との距離をゼロに縮め、残っている右肩を突き出していた。
オーバードブーストを使用しての体当たり。衝撃でレーザーライフルが手から離れ、コアのミサイル迎撃装置が潰れた。激しい衝撃がコクピットを襲い、身体中を揺さぶる。<ZANBA>の右腕が<ヴェスペロ>の左腕を押さえ込むと、左肩に装備されているミサイルランチャーを自機に向けた。密接した状態からミサイルを撃ち込むつもりらしい。残された武器でまだ反撃に転じようとしてくる。
敵はまだ戦うことを放棄していない。モニターに映る<ZANBA>の頭部カメラアイが搭乗者の意思に同調しているかのように鈍く輝いていた。
ランカーと呼ばれていたレイヴン。自分に似ているところがある。生き意地が汚く、諦めが非常に悪い。傭兵は皆そうなのか?と思ってしまう。死はあっけないが、”生”には必死に縋り付く。その姿は正に傷だらけの”ワタリガラス”。
「足掻いてやるさ」
そう呟き、コントロールスティックを強く握る。”生”に縋り付く為に。
<ヴェスペロ>はハンガーからハンドガン<CR-WH69H>を取り出すと、<ZANBA>のコア側面に突きつけて発射。1発だけでなく何発も放つ。装甲片や部品を派手に撒き散らしながら<ZANBA>の機体が大きくよろめき、ついに地に膝を付けた。コアの装甲は破壊され、歪んだフレームが痛々しく露出している。もはや指先すら動くこと出来ない機体。ハンドガンを構え直す。狙うは<ZANBA>のコア、コクピット部分。
『生死一如……いつかはこうなると思っていたが……俺の番か……』
先程とは打って変わって、憑き物が落ちた様なTATARAの声が聞こえる。勝負は付いた。静かにトリガーを引き、ハンドガンから数発の弾丸がZANBAの頭部からコアのコックピット部分、そして最後にジェネレータを打ち抜いた。
「生き残らせてもらうよ」
機体の爆発を見届け、ヴィラスはゆっくりと吐き出す様にそう呟く。生き残ることが出来た。紙一重の判断と決意。その結果である。もし、それが無ければヴィラスが死んでいたはずだ。
『敵ACの撃破を確認』
戦闘が終わったことをルシーナが告げた。ヴィラスは機体のモードを通常モードへ手動で切り替えると、シートにゆっくりと身を預けた。戦闘中に五感を張り詰めていた緊張も段々と緩んでいく。何度も味わってきたその感覚は、生き残れた事に対する安堵感であった。首に掛けていた認識票を握ろうとしたが無い事に気づき、大きな溜息を吐く。
コクピットハッチを開き、外に出る。金属が爆ぜて焦げた臭いが鼻に付いた。基地の至る所に散らばるACの残骸。<ブラストソウル>、<ZANBA>、そして共に戦ってくれた<リンガベル>。生き残ったのは自分の駆る<ヴェスペロ>だけだ。
視界に2機の輸送機の姿を捉えた。ヴィラスたちが進攻してきた方角からだ。輸送機はバーテックス所属機だとルシーナが告げてくれた。
早い到着だった。バーテックスは監視していたのだろうとヴィラスは察した。自分たちが作戦に失敗した場合のバックアップを兼ねて後方で待機していたからこその動き。
2機の輸送機が基地の滑走路に順次着陸。輸送機の後部ハッチからMTが数機。そしてもう1機の輸送機からACが2機、降りて来た。そのうち1機はヴィラスもよく知っている機体だった。
“アンテナ頭”という別称で呼ばれることが多い頭部<CR-H95EE>が特徴的な茶色の軽量二脚型AC<エイミングホーク>。バーテックスの実質ナンバー2と呼べる存在の鳥大老の駆るACだ。<エイミングホーク>は隣にいた青いカラーリングの逆関節型ACと並んでMT部隊の動きを見張っているようだった。
バーテックスのMTが基地の司令室のある建屋に向かっていく。基地の守備部隊を全滅させられた為、アライアンス側の降伏もそう時間は掛かることは無い。バーテックスが何の目的でここを奪取するかはヴィラスにはあまり興味の湧かない事だった。
『もうすぐ回収部隊が到着するわ』
「分かった。機体を動かす」
ヴィラスはコクピットに戻る。低解像度になったモニターにはアークから派遣された輸送機の姿がこちらに近づいてきているのが映されていた。
『ヴィラス……』
「なんだ?」
『さっきはごめんなさい。私、シャーリーンがやられた時、何も考えられなくなってしまったの……怖くなって。あなたが死んでしまうんじゃないかと……』
少し怯えた声だった。コキノ・ケラトの件を脳裏に思い浮かべてしまったのだとヴィラスは想像ついた。パートナーの喪失はまだ新米と言えるルシーナには耐え難い事だ。だが、それでオペレーターとの意思疎通がはっきり出来なければ、それは死に繋がる。
「俺が生きるにはルシーナ、お前のオペレーションが必要だ。味方が殺られたといって弱気になることは無い」
『……そうね、ヴィラス。私はあなたを喪わない為にサポートする。それが自分の役目よね。……帰りましょう。待っているから』
ヴィラスはその言葉に「了解」といって返答して傷だらけの<ヴェスペロ>を動かすと、<リンガベル>の残骸の前で立ち止まる。
そして、共に戦ってくれたシャーリーンへ「ありがとう。さよなら」と呟いた。弔いの仕方はヴィラスには分からなかったが、この日だけ背中を預けた戦友であった彼女へのヴィラスなりの精一杯の礼であった。
* * *
戦闘の痕跡が刻まれたアライアンス基地に夜の帳が下りる。夜の闇に飲まれてもそこには幾つもの光が瞬き、動いていた。この基地を占領したバーテックス所属のMTが基地周りを哨戒する動きだった。
その中心に1機、AC<エイミングホーク>が静かに佇んでいた。それは、部下の操るMTの動きを見張っているというよりは、敵を待ち構えているといった感じであった。
コクピットに座る鳥大老は愛機同様に動く事無く、静かにモニターを見つめていた。だが、何か動きがあればすぐさま引き金を引く準備は出来ている。強化手術と長年の傭兵稼業で培った敵を察知する感覚は正に獲物を仕留める狩人の如く鋭く研がれていた。
レーダーディスプレイの端に輝点が1つ示された。識別はブルー。味方だ。同時に通信が入ってくる。
『期待していたのだが、そう易々と来てはくれなかったか』
ジャック・Oの声が鳥大老のヘルメット内に響く。その声は穏やかさと冷淡さの両面を包括したかのような声であった。
「ああ、仮初の目的は果たせたとは言え、残念ながら本命の”来客”は現れなかったよ。お前の目論見は外れたな」
鳥大老はジャック・Oに返答した。ヘルメットからジャック・Oが微かに含み笑いをしているのが聞こえる。それはただの照れ隠しか、それともこの”誤算”も彼にとっては余興の内なのか。鳥大老には分からない。この男はどんな言葉にもその裏にある真意を決して見せることは無い。
モニターに<クランウェル>の機影を捉える。<クランウェル>に吊るされたその機体は固定フックから切り離され、降りて来た。
銀と空色のツートンカラーに染め上げられた重量二脚型ACが砂塵を巻き上げながら着地する。ジャック・Oの愛機<フォックスアイ>がゆっくりと立ち上がり、<エイミングホーク>に近づいてきた。
『話はこちらに来る途中である程度聞いているから報告はいい。君の出番は結局無かったか』
「こちらの雇ったレイヴンが思っていた以上に奮戦してくれた。大きな戦果はTATARAが敗れたことだな。戦術部隊にとっては大きな痛手になるだろう。奴は良い腕だったが、一歩足りなかった」
『……例えランカーでも、戦場から一時とはいえ離れればその爪も鋭さが鈍る。常に戦場に身を置いていたレイヴンとでは差は出るものだ』
<エイミングホーク>と<フォックスアイ>。シルエットが対照的な2機のACの姿が夜の闇の中に並び立つ。組織のトップに立つ2人のレイヴンが駆るACが並び立つなんて事はそう滅多に無い。その姿に基地の外で哨戒していたバーテックスのMTも思わず動きが止まった。
『TATARAを倒したレイヴンの名は?』
「ヴィラスという名前だ。アークでの最終ランクは84位。アリーナはミラージュ領所属。レイヴン登録前は傭兵としてMTパイロットをやっていたらしい。中位クラスだが、登録から1年近くでこのスピード。腕はまずまずといったところか」
『そのレイヴンはどうした?』
「奴ならこの基地にあったAC用パーツを土産に持たせて帰ってもらった。残ってもらった方が良かったか?」
『いや、生きていればまた会うことになるさ。それが敵であろうとも』
ジャック・Oはそれ程興味を示していない感じで言い放った。
「で、そちらの首尾はどうだったのだ? 逃げ帰ってきた訳ではあるまい?」
鳥大老は話題を変えた。ジャック・Oがここに来る前の事を一応聞いておきたかったからだ。
『楽ではなかったが、実りのある交渉が出来た。我々の空路がこれで確保できる』
ジャック・Oはこの基地に来る数時間前、サイナス飛行場へそこを拠点とする武装組織と単独で交渉に出向いていた。結果は彼の言葉通りだろう。そして、懸念されていた武装組織との戦闘もなく終わらせられたことは無傷の<フォックスアイ>を見てすぐ分かった。
「フム、空路が確保できればこちらの進攻ルートを拡大と制空権の確保が出来るようになる。これで一つ目の課題が解決できたな。そうだ、お前に報告があった。エージェントからだ」
『どうした』
「レイヴンズアークが復活してレイヴンを勝手に自分たちの所属にしたのはお前も知っているだろうが、中枢メンバーが閉鎖した幾つかの施設で動きを見せているらしい」
『アークか……既に役目は終えた筈だが、未練たらしくこの世界にまだ居座るつもりか』
かつて自分が掌握した組織。復活した話は既に知っている。そしてそのレイヴンズアークには追放した旧メンバーが戻ってきている事も。
まだ過去の権力に縋りつくのかと最早、憐れみしか感じられない。
腐敗した元凶がいるアークはまた近いうちにかつてと変わらない傲慢な顔を見せてくるだろう。どこかで幕引きさせる必要がある。今後の彼らの動向も注視しなければならない。
『まあ、いい。奴らの動きに関しては手はもう打ってある。君はサークシティに私と戻れ。既に”G.ファウスト”と他数名を呼んでおいた。ここは彼らに任せる』
「次の仕事か。彼女は動かしておいたが、それとはまた別の事だな」
『サークシティ地下の動きに変化が見られた。我々が雇った研究スタッフだけではその対応は難しい。高度な専門知識を持つ協力者が必要だ。不測の事態に備えて我々がいた方が良い』
ジャック・Oの言葉を聞き、鳥大老の双眸が自然と細くなる。脳裏に浮かぶあの光景は鳥大老の神経を大きく泡立たせるには充分なおぞましさがあった。個人的には何度も見たくなるものでは無いと思っている。
「……キサラギ派か。そう簡単に来るような連中ではないだろう」
鳥大老が真っ先に思い浮かべた名前。確かにキサラギ派の知識量、技術レベルはとても高い事は理解している。だが、彼らの旧世代の遺産と新技術に対する執着は端から見れば狂信的に映る。そんな彼らを組織に入れるのは鳥大老にとってあまり歓迎したくないものであった。不安の方が大きい。
『キサラギ派に限らずとも、旧ナービスの連中でも良い。彼らも高い知識を所有している。サークシティの情報を少し彼らに分けてやれば碌な研究が出来ていない彼らには良い刺激になるだろうさ』
「奴らには刺激が強過ぎる気がする。下手に弄ばせるのは愚の極みだぞ」
『レベルCの情報を少し出すだけで十分だ。それに向こうが所有している情報も持ってきてくれれば上等といったところか』
「それで何とかなれば良いのだが」
『サークシティに直ぐ入れる必要は無い。適当な施設に一時的に留めさせて見てもらえばいい。その為に彼女らを動かしているのだからな』
ジャック・Oの言葉に鳥大老は「分かった」と頷いた。この男の真意はまだ見えない。だが、彼が下す判断の結果に最悪の事は無いと信頼している。サイナス飛行場の件が良い例だ。最悪ともいえる判断から最高の結果をもたらす。ジャック・Oはそれが出来る男だ。
翌、東の空から朝日が昇る頃に2機のACを載せた<クランウェル>が白み始めた空に飛び去っていく。向かう先は彼らの本拠地、サークシティ。