ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
<ヴェスペロ>のマニピュレータで瓦礫を除去してようやくAC1機が動けるスペースを確保することが出来た。
崩落がガレージの中央だったことが幸いした。中央からやや離れた場所に位置する通路の入り口付近まで大きな瓦礫は来なかったのでそれ程苦戦する作業では無かった。
床に置いておいた武器を拾い、マニピュレータが正常に駆動している事を確認して通路に向かおうとした時、ルシーナから<ハーデンパールト>が撃破されたという報告を受ける。
これで2機目の撃破。事態は更に良くない方へ傾いているとヴィラスは感じた。
『<スピットファイア>が<シュバルツナーゲル>と合流。敵機との交戦状態はまだ続いているとのこと。こちらも急いで脱出しましょう』
「そうだな。ここがまた崩落するかもしれない。早いところ出口に向かう」
ヴィラスはそう答えて通路に向けて機体を動かした。外の状況から一刻でも早く合流しなければならない。
通路の先も同じ様な構成のガレージとなっている。マップデータによればフロア最奥部にAC用運搬リフトがある。そこから登っていけば外へ出る事が可能だ。
機体をリフトに向けて進める。モニターの両脇をACの待機ブースが流れていくのが見える。どのブースも空だ。特攻兵器襲来のあったあの日、ここにいたACは全て迎撃に出たからだろう。
ふと、あるブースに目をやったヴィラスは機体を止めた。ルシーナが『何をしているの』と少し苛立ちを滲ませた声を上げるも「待ってくれ」と宥める。
そのブースのハンガーには武器が1つ掛かっているのが見えた。赤いカラーリングがされた背部レールガンの<WB24RG-LADON2>。ハンガーの使用者は”王焔”。搭乗機はタンク型ACの<弐式不動壕>。
接続ジョイントは左背部用になっている。自機の破損したチェインガンもちょうど左。──使わせてもらおう。ヴィラスはそう考え、チェインガンをパージするとレールガンを接続し直した。王焔は既に死亡が確認されている。使用者がいなくなった武器だ。ここは有効に活用してやろう。
接続が完了。コンソール上の武器使用パネルにレールガンのシンボルマークが表示される。だが、整備がされていなかった所為だろう。発射可能回数が4発だけであった。それでも使えそうなだけマシかとヴィラスは出来るだけポジティブに捉えることにした。
フロア最奥部に到着。リフトを発見。電力は途絶えている為、当然動かない。斜めに伸びる搬入口をブースターで上昇する。途中にある緊急用シャッターをマシンガンで破壊。最上部の出口の扉も同様に破壊。これで地上へ脱出が出来る。
地上に出る寸前、下からコンクリートが崩れる音が聞こえた。そしてガレージから出た直後に地面が大きく崩落。ギリギリだったのかとヴィラスは内心冷や汗をかいた。
レーダーを確認。レンジの端に3機のシンボルが示されている。方角は西。機体をそちらに向けると、モニターにはレイヴンズアーク本部ビル跡の方で閃光が幾つも走っているのが遠くからでもハッキリと見えた。フットペダルを強く踏み込み、交戦ポイントへ向かう。
レーダーディスプレイに僅かなノイズが走る。敵機からのECMだろう。それでも効果範囲が広い。背部レーダーと頭部の防御機能でどこまでこのECMに対抗できるか。ECMカウンターの数値は上下動を繰り返しながら少しずつ上昇。
「こちらヴィラス。合流する」
フライボーイたちに呼びかけてみるが、応答が無い。こちらの声はやはり届いていない様であった。
『敵機……だ……在。撃……を……』
ルシーナからの通信にもノイズが交じる。敵機からはまだ距離がある筈だが、相当強力なECMを使っていると感じた。
レールガンを構えてさらに機体を加速。3機の機影が大きくなるにつれてECMカウンターの数値は更に上昇。ルシーナとの通信は不通になる。
レールガンの射程距離に白いACを捉えた。白いACは2機の相手をしている為、<ヴェスペロ>に背を向けている状態。頭部と背部レーダーのECM防御機能が働いているお蔭で辛うじてロックオンは可能。ロックオンサイトに捉えてトリガーを引く。
電力がチャージされ、レールガン砲身に荷電粒子が帯電する激しい音がコクピットに響いた瞬間、高出力のプラズマが加速器を通じて砲身から放たれる。発射時の衝撃が予想以上であったため、ヴィラスは狭いコクピット内で揺さぶられた。
極超音速で放たれたプラズマは空中にいた白いACの背部を捉えたかに見えたが、白いACはブースターを一瞬だけ吹かして僅かに上昇。プラズマは足元を掠めていった。直後に<スピットファイア>の放ったロケット弾も敵機の横を掠めていく。
振動が収まり、ヴィラスはモニターを見据える。プラズマは本部ビル跡に当たったらしく、外壁が崩れていくのが見えた。
恐らく<スピットファイア>からの攻撃に対応した行動が結果として背後からの攻撃を回避できた形になったのだろう。フライボーイたちと通信が出来ていれば発射タイミングの調整を出来たのだが、高濃度のECMで今は不可能だ。必中を心掛けていただけあってヴィラスは「しまったな」と思わず声が漏れる。
<ヴェスペロ>からの攻撃に気が付き、白いACがこちらを振り向く。モニターに映る純白の機影。そのカラーリングにヴィラスは自分が知る機体を連想させた。だが、その機体は既に──
ヴィラスの思考を遮る様にロックオンの警告音が鳴る。左腕のマシンガンを発射。弾幕を張って敵機の接近を遅らせる。その隙にインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。ロックオン警告を解除。
再度トリガーを引くが今度は別の警告音。レールガンの砲身の過熱を知らせる警告表示がモニターに表示されている。半年近く整備されずガレージで文字通り埃を被っていたモノだ。冷却装置がまともに機能していなかった。ヴィラスは機体を建物の陰に退避させて武装を変更。そこから敵機の側面に回り込もうとする。
その回り込んだ先に既に白いACが自機に向けてレーザーライフルを構える姿があった。動きは読まれていたかとヴィラスは失敗を悟った。
直後にレーザーが2発飛んでくる。1発目は左肩に直撃するが、もう1発はサイドステップで建物の陰に飛び込んで回避。直ぐに飛び上がって両腕のマシンガンを発射。再び2発のレーザーが飛んでくるがそれもブースト機動で回避。発射間隔が違う。普通の<WH04HL-KRSW>では無いなとヴィラスは察する。
白いACの背後に着地。左腕のマシンガンで牽制しながら後退。モニターから過熱警告の表示が消えたのを確認。ようやくレールガンの砲身が発射可能な温度まで下がったようだ。これで撃つことが出来る。
ECMカウンターの数値が急速に減少。ノイズ交じりのレーダーディスプレイがクリア。自機背後からロケット弾とマシンガンの弾が白いACに向かって飛んでいく。レーダー上に味方機のシンボルが2つはっきりと表示された。
『脱出出来たか。無事でよかったよ』とフライボーイの安堵した声が聞こえてくる。通信が回復した。
「危うく2回目の崩落に巻き込まれそうになったが、大丈夫だ」
『そのレールガン……どうした?』
フライボーイは<ヴェスペロ>の装備が先程と違っている事に気が付いて尋ねてきた。
「拾い物だ。使えそうだったからな。回数は少ないが、まだ撃てる」
『それは良かった。では、反撃するよ』と横からスタークスの声が入ってきた。
<シュバルツナーゲル>が<ヴェスペロ>の斜め前の位置に付くと、グレネード弾を1発放つ。続けざまに<スピットファイア>がその後方からグレネード弾を1発放った。2発のグレネード弾は白いACの左肩と腰部に命中。左肩の追加装甲が吹き飛ぶのが見えた。
<ヴェスペロ>はレールガンを展開。狙いを定める。その時、前方から甲高いブースト音。白いACがオーバードブーストを起動。こちらに突っ込んでくる。
発射が間に合わない。そう判断したヴィラスはマシンガンを放ちながら後退。左腕のレーザーブレードを構えた白いACの突撃から機体を横にスライドさせて回避。白いACの振るった光刃は右肩部の追加装甲を切り裂いていった。
白いACはそのままフロントステップ。今度は<ヴェスペロ>の後方にいた<スピットファイア>へ狙いを変えて再びブレードを振るう。<スピットファイア>はバックステップをするも躱しきれず、左腕グレネードキャノンの砲身が切断された。白いACは後方に逃れようとする<スピットファイア>に追撃。レーザーライフルを発射。レーザーはコアに直撃して<スピットファイア>は吹き飛ばされると、瓦礫にその機体を沈めた。
「フライボーイ!」
ヴィラスはフライボーイに呼びかける。スタークスも同様に呼びかけているが応答は無い。気絶しているだけでいて欲しいと思いつつも交戦している今、それ以上に気に掛ける余裕が持つことが出来ない。
ヴィラスは機体を反転。全弾撃ち果たした左腕のマシンガンを手放すとハンガーからレーザーブレード<CR-WL06LB4>を取り出して装着。右腕のマシンガンを放ちながらブーストで一気に距離を詰める。
反転した白いACは迎撃態勢を取るが、上にポジションを取っていた<シュバルツナーゲル>からマシンガンとイクシードオービットの一斉斉射を受けて動きを一瞬止める。そこにグレネードライフルを発射。白いACのコア装甲の一部が吹き飛んだ。
白いACは体勢を立て直して<シュバルツナーゲル>に向けてレーザーを発射。レーザーは<シュバルツナーゲル>の右脚に直撃。<シュバルツナーゲル>はバランスを崩し、建物の壁に叩きつけられて地面に落下した。
ヴィラスはレーザーブレードを発振させる。機体はいつも使っている横振りのモーションではなく、四脚型にプリセットされている腕を一度後ろにやり、正面に突き出す「突き」のモーション。初めて使う動作にヴィラスは戸惑いそうになるが狙いを付けて打ち付ける。コアの中央を狙った光刃はすんでの所で回避され、左腕の装甲を僅かに切り裂くだけに留まった。
至近距離。今度は白いACがレーザーブレードを振るう。ヴィラスは咄嗟にブースト機動で機体を横に滑らせて逃れるが、今度は左肩装甲が肩部の追加装甲ごと切り裂かれていった。左肩部のインサイドが射出不可のメッセージがヘルメットとモニターに流れる。
マシンガンを放ち、敵機から一旦距離を離す。そこに右側面から<シュバルツナーゲル>がグレネードライフルを発射。ジャンプして回避した白いACに向けてマシンガンを再度発射。白いACはオーバードブーストで射線を逃れていく。これですべてのマガジンを使い果たした<ヴェスペロ>は右腕のマシンガンを手放し、ハンドガン<CR-WH69H>をハンガーから取り出した。直後に<ヴェスペロ>の隣に<シュバルツナーゲル>が着く。被弾した右脚の膝関節から火花が出ていて動きが少し鈍い。
『相手はランカーばりの動きをしている。何者なんだ』
「俺も判らない。捕まえてハッチから引きずり出せば答えてくれるかもしれないが……」
そう言いつつもヴィラスは乗っているのは人間とも限らない気もしていた。既にそんな相手と戦っている。旧世代の技術を使えばこのような動きをするAIくらいは造作もなく作れる筈だ。後はそれを作っている存在。企業なのか、それともそれすらも超越する存在か。
今はそれをじっくり考えている余裕は無い。ヴィラスはモニターに映る白いACを見据えた。損傷はしているものの、まだその動きは健在だ。
オーバードブーストを起動して白いACが向かって来る。右腕に握られたレーザーライフルの銃口は<ヴェスペロ>に向けられていた。
ヴィラスはモニター横に目を向ける。迎撃をするつもりだろう。<シュバルツナーゲル>が上昇するのが見えた。ブースターを起動。ハンドガンの射程に入れる為に機体を前進させた。
レーザーが飛んでくる。それをサイドステップで脇の路地に逃れて回避。その数秒後、<ヴェスペロ>の立っていた場所に白いACが滑り込んできた。左腕のレーザーブレードの光刃が自機のコアに向かって伸びてくる。
後退して回避するが、光刃は本来の<WL-MOONLIGHT>以上に伸びてきた。避け切れない。コアのミサイル迎撃装置が吹き飛ばされるが、それに構うことなくハンドガンを発射。
レーザーブレードの展開が終えていた白いACは跳躍してそれを回避して再びレーザーブレードを構える。収束口から青白い光が溢れてくるのがヴィラスには見えた。このままだと光刃は自機のコア。そしてコクピットへ振り下ろされるだろう。
ヴィラスは武装をレールガンに変更。砲身が展開され、伸びきったそれは白いACのコアに接触。バランスを崩した機体は側の建物にぶつかった。その隙に後方へ一気に加速。距離を離す。
直後に前方で火球が咲く。<シュバルツナーゲル>のグレネードだ。建物が崩壊して、白いACはそれに巻き込まれる。
機体は瓦礫に飲まれたが、レーダー上はまだ反応がある。ヴィラスは<ヴェスペロ>の現状を確認。接触させたレールガンの砲身は損傷があるものの、軽微。発射は可能だ。撃てるのはあと2発。
突如、瓦礫の下からレーザーが四方でたらめに飛んでくる。突然の攻撃だったのでヴィラスは反応しきれず被弾。右肩の装甲が吹き飛んだ。直後に瓦礫を吹き飛ばして白いACが飛び出してくる。カメラアイを青く明滅させて飛翔する白い機体は広がるブースター炎と相まってエンブレムの天使、いや、こいつは悪魔か。ヴィラスはそう連想した。
白いACは建物の壁を蹴飛ばし、更に大きく跳躍して<シュバルツナーゲル>に接近。レーザーライフルを発射。<シュバルツナーゲル>は左腕が吹き飛ばされながらも後退。更に右腕にもレーザーが直撃するのが見えた。それでも左右にブースト機動をさせて距離を保ち続ける。その動きにヴィラスはスタークスの意図が伝わった。
ヴィラスは白いACが丁度背中を向いた瞬間を狙い、トリガーを引く。再びレールガンの砲身が帯電。その数瞬後、プラズマが放たれる。
プラズマは機体の背中を捉えるが、寸前で白いACは僅かに右へ動いて直撃を逃れるも、左前腕がプラズマに飲み込まれ、レーザーブレードごと消失した。
空中でバランスを崩した白いACは地上に堕ちるように膝を付いて着地。それを見たヴィラスは機体を加速させて接近。ハンドガンを構えて発砲。弾丸が防御スクリーンに衝突しながらも白いACの装甲を弾いていく。
白いACは反転してレーザーライフルを発射。まだ撃てるのかとヴィラスは驚く。右腕に被弾。マニピュレータが破損。ハンドガンが吹き飛ばされる。更に距離を縮める間に背部レーダーにも被弾。レーダーが機能停止。
<ヴェスペロ>は小さく跳躍。左腕を振りかぶり、レーザーブレードを展開。コア目掛けて打ち下ろそうとする。だが、白いACはブーストで左肩口から体当たりを掛けて<ヴェスペロ>を吹き飛ばす。衝撃がコクピットを襲い掛かる。パネルに激しく叩きつけられた衝撃でヘルメットのバイザーが割れ、破片が右こめかみに突き刺さった。機体は体勢を崩し、地面に荒く着地。
流れ出る血が首筋を伝う感触。それが失いかけたヴィラスの意識を踏みとどまらせた。
白いACはレーザーライフルを構えている状態だ。だが<ヴェスペロ>はまだ体勢を立て直せず、動くことが出来ない。
その時、モニター横から弾丸が白いACに向けて飛んでいくのが見えた。直後、機影が飛び込んでくる。<スピットファイア>だった。弾丸は<スピットファイア>のコアのイクシードオービットから放たれたモノだ。白いACはブースト機動でそれを逃れようとする。
その隙にヴィラスは機体を立て直し、後方に跳躍。レールガンを展開。
頭部コンピュータが再び砲身の過熱を警告してきた。構うものかとヴィラスはトリガーを引く。プラズマが白いACに向けて放たれた。直後に小さな爆発音と衝撃。それが何であるかをヴィラスは直ぐに悟った。
プラズマは白いACのコア上部に命中。だが、砲身が過熱した状態で撃ったのが悪かったのか、プラズマは白いACのコア装甲と頭部の装甲を吹き飛ばすだけに留まっていた。高温のプラズマで表面装甲が溶けた頭部<H11-QUEEN>はフレームが露出して出来の悪いゾンビの作り物に見えて気味が悪い。
<スピットファイア>が動きを止めた白いACに向かって飛び掛かるような体勢でグレネードキャノンを構える。その瞬間、白いACの右腕が上がった。機体はまだ生きている。<スピットファイア>のグレネード弾と白いACの高出力レーザーがほぼ同じタイミングで発射された。
両機は互いに装甲を散らしながら吹き飛ばされる。<スピットファイア>はそのまま倒れ、動かなくなった。コア前面装甲は完全にひしゃげてしまっている。
白いACは頭部と右腕が吹き飛んだが、まだ立っている。何故だとヴィラスは首をかしげたが、地面に落ちた黒焦げのレーザーライフルを見てその理由に感づいた。
咄嗟にライフルを盾にしたのだろう。コアへの直撃をそれで回避した。そのしぶとさにヴィラスは思わず感心しそうになるが、白いACの動きは完全に止まって膝を付いていた。<ヴェスペロ>の武装はレーザーブレードのみだが、向こうの戦う力はもう残っていない筈だ。止めを刺すのは今しかないと接近する。
『……ぃ……ょぅ…………っ……』
それは白いACからなのか。混線した無線のチャンネルに僅かではあるがヴィラスのヘルメットに声の様なものが入ってきた。それは自分が知っている声の気がした。ヴィラスはチャンネルを合わせて問いかけようとするも応答は無い。
白いACは<ヴェスペロ>の接近に気付いたのか、ブースターを吹かして上昇。撤退するつもりだとヴィラスには判った。
逃がす訳にはいかない。ヴィラスは砲身が大きく裂けて使い物にならなくなったレールガンをパージ。<ヴェスペロ>のブースターを吹かして追いかける。だが、白いACの方がブースターの出力が高いのか少しずつ引き離されていく。ペダルを踏み込むも、これ以上出力は上がらない。コンデンサのエネルギー残量がレッドゾーンを迎える方が早かった。ヴィラスは<ヴェスペロ>を手近な建物の上に降ろすしかなかった。白いACの影が次第に小さくなっていく。
遠くでオーバードブーストのブースター音が木霊するのが聞こえた。白いACによるもの。それを見送る事しか出来ない自分に歯噛みをするしかなかった。ルシーナから白いACが作戦領域から撤退していった事を伝えられるとヴィラスは「分かった」とだけ返事をした。
レバーを握る腕やペダルを踏む足が鉛の様に重くなるような感触。取り逃がしてしまった事による無力感と疲労がドッとのしかかってきた。頭部コンピュータがシステムの切り替えを告げてもすぐには動けなかった。モニターに映るのは天井の穴から見える空だけ。
先程聞こえた声。ノイズの方が大きく、確信は持てないが自分の知っている声によく似ていた気がする。だが、その人物はこの世にはいない筈。
「そうだ。もういないんだ……」ヴィラスはそう呟く。その時、ヘルメットからスタークスがフライボーイに呼びかける声が入ってくる。その声にハッとしたヴィラスは機体を本部ビルの方に向けた。
モニターには倒れている<スピットファイア>のコアによじ登る黒いパイロットスーツの人影を捉えていた。スタークスだ。その傍らには両腕を失った<シュバルツナーゲル>の姿も見える。
『コアの緊急開放レバーを引いたが、ハッチが歪んで動かない。君の機体で引っ張ってみてくれないか』
スタークスからの呼びかけに「了解だ」とヴィラスは応えて、機体を<スピットファイア>の近くに着地。僅かに開いたハッチの隙間に左腕のマニピュレータを差し込み、ゆっくりと引っ張る。金属が擦れる耳障りな音を響かせながらコアのハッチがスライドした。
ハッチが開き切るとスタークスは素早く潜り込み、中からフライボーイを引っ張り上げる。フライボーイはぐったりとして全く動かない。大量の出血もしている。それを見たヴィラスは最悪の状況も有り得ると思いながらシート下のサバイバルキットから救急キットを取り出して機を降りた。
機体から降ろされたフライボーイは僅かに呼吸こそあるが意識は無く、予断は許さないと言ってもいい状況だった。ライトブルーのパイロットスーツの右半身は血で赤黒く染まっている。
「ボクが持っている分はこれで全部。……やはり足りないか……」
空になった止血剤の缶を放り投げてスタークスは力なく呟く。ヴィラスも持っていた分は全て使い果たしていた。止血処置は一通り行ったがまだ出血が続いている。救急キットの止血剤と包帯では足りない。既に別の回収部隊が医療班を連れて向かっているとの事だが間に合う事を祈るしかない。早いところ本格的な処置が必要だ。
その時、ヴィラスたちの背後でエンジン音が聞こえた。2人は振り返るとそこには装甲車が止まっている。それが回収部隊では無い事は2人には分かっていた。腰に備えた護身用の拳銃に手を当てた状態で構える。
装甲車の運転席側のドアが開く。それと同時に2人は拳銃を向けた。開いたドアの上から2人の足元に何かが投げ込まれる。それは拳銃とナイフ。そして救急キットの入った鞄。
「もう武器は持っていない。丸腰だ。俺はリサーチャーをやっているクリフ・オーランドってモンだ。今から顔を出すから撃たないでくれ」
ドアの横からクリフは素早くそう言い放って手を上げながら出て来た。余計な事は一切しない。敵対の意思が無い事を2人に伝える。それを見たスタークスがクリフに近づきボディチェック。その後ろでヴィラスが救急キットの中身を確認。それでも拳銃はクリフの方に向けたままだ。
ボディチェックが終わり、クリフは解放された。クリフの視線の先には包帯を巻かれて横たわっているフライボーイの姿が痛々しく映る。
「確かにもう何も持っていないようだね。ひとつ聞くが、何でリサーチャーがこんなところにいるんだい?」
「調査依頼を受けて、その一環でここに来たんだ」
「調査だって?」
「これは依頼主との間の守秘義務があってね。依頼内容は悪いが第三者には話せねぇ。ただ、さっきの機体と俺は全く関係ない。あんたらと鉢合わせになったのはホントに偶然さ。本当だ。信じてくれ」
「分かった、これ以上は聞かない。救急キットは助かる。止血剤と包帯が足りなかったんだ」
スタークスはそう言って、ヴィラスと共に処置を進める。
「……クリフ……じゃないか」
僅かに首を上げてフライボーイが微かな声を上げた。意識は戻っていた。3人は安堵の溜息を小さく吐く。
「知り合いだったの?」とスタークスが少し驚いた様な声を出す。
「──彼……の調査依頼の……依頼主は……私……だからね……みっともないところを……見られて……しまったな……」
「あんまり喋るなよ。傷口に響く」
「こんなになっているという事は……白いACは……」
「残念だが撃破し損ねた。逃げられたよ」
フライボーイの問いにヴィラスは力なく答える。包帯を巻く手が止まっていた。改めて自分たちの機体に目を向ける。ボロボロの状態で佇む2機のAC。5機いた筈がたった1機のACによってここまでの有様にされてしまった現実を突きつけられる。
「──<十字架の天使>だ」
「知っているのか? あの白いACの事」
クリフがボソッと呟いた言葉にヴィラス、そしてスタークスも反応した。
「まあ……ちょっとな」
クリフは煙草を取り出してそれに火を点けると空を見上げる。天井の穴から見える空はいつの間にか厚い雲に覆われて鈍色に変わっていた。
* * *
そこは巨大な部屋だった。だが、照明の輝度は落とされて部屋全体のディテールは全く掴めない。
部屋の全体には幾つものディスプレイが並び、そこに表示されるのは素人では一見で何であるかは判らない数値や文字列の羅列が濁流の如く流れていく。中にはACと思しき画像も表示されていた。
《──状況確認──》
《──ミッションポイント──S-18902──セントラル・アーク──戦闘対象──AC5機──戦闘レベル──レイヴンズアーク総合ランク60~99位に位置するレイヴン──参照──レイヴンズアークパーソナル登録ファイル──No.1781──No1941──No.2232──No.2466──No.3054──》
《──戦闘結果──2機撃破──1機大破──2機中破──ミッション達成率42パーセント──状況──機体損傷度が許容範囲を超えた為、戦闘中断──撤退──》
《──機体状況──総合損傷度61パーセント──通常モードによる稼働に問題ナシ──回収班と合流まで17分──》
《──要因算出──機体主武装が長期戦を想定していないセッティング──交戦したレイヴン及び搭乗機の戦闘力が想定値を上回ったことにより、判定値に誤差──高火力武器による制圧戦の判断を下すも、AC5機相手に戦況を覆す要素が不足──この要素については指摘点がアリ──修正が必要──参照──戦闘ファイルNo.404──リンクNo.115──》
《──修正案──アセンブリの変更──フレームパーツ変更──アセンブリファイルNo.13を呼出──武装調整案──リンクNo.50──パラメータ調整──リンクNo.96──》
ディスプレイの中で”彼ら”は言葉を交える。最後に表示されたのは複数の機体構成図。そこには天使のエンブレムを付けた白いACの画像。
そこに明瞭な声が響き渡る。
「もう少し、乗り手の意見を取り入れるべきだろう。その為に”生かした”のだから」