ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
特攻兵器によって破壊し尽された都市部からさらに離れた場所にひっそりと佇む廃工場。特攻兵器襲来以前から既に閉鎖されていた工場は一部の外壁などは崩壊してはいるが、徹底して破壊されている都市のビル群に比べればしっかりと原型は保たれていた。
それでも建物全体は朽ちて、放置された機材から浮かぶ鉄錆の臭いが鼻腔を充満させる空間に異端な──いや、この時代であれば相応しい──影が佇んでいた。
5機の<CR-MT85M>が建物の陰でひっそりとマシンガンを構えて立っていた。どの機体にも左肩にはバーテックスのエンブレムが付けられている。そして、その5機のMTに囲まれるように1台の輸送車が止まっていた。荷台には大型の荷物を積んでいる様だが、カバーが掛けられていて全容を確認することは出来ない。
工場の建屋内は組み立て機械等といった工場の設備は無く、代わりに簡易式のハンガーとAC、MTの部品が丁寧に保管されている。
ここはバーテックスの補給基地であった。実は蜂起以前から用意されていた拠点。バーテックスが蜂起直後に一気に勢力圏を広げられることが出来たのはジャック・Oたちがこのような拠点を複数密かに準備していたからである。
ガレージへと姿を変えた廃工場の一角に用意された居住スペースにシェイン・ファレムは端末の画面を眺めていた。その出で立ちは普段着ているスーツスタイルではなく、白のシャツの上に藍色の薄手のジャケットに白のカーゴパンツという軽装なものであった。
画面にはACと思しきブレた写真。
写真の片隅には「Log by reibungslos_09/06/0261_13:44:10_pm」と表記されている。他にも数枚の写真が表示されているが、他の写真にも同様の表記がある。写真はAC<ライブングスロース>のカメラに記録されていたものだった。
「……ちょっとした収穫ね」
一通り写真を眺め終わったシェインは小さく口の中で呟いた。
(アークに我々の協力者を置いておく事は正解だったか)
レイヴンズアークが復活した事に併せてジャック・Oはアークにいる何名かのレイヴンとオペレーターを含むスタッフにアークの動向を監視するように裏から手を回していた。マーフィもその内の一人であり、この写真は彼と同様に協力者であったマーフィのオペレーターから密かに送られてきたものだ。
(<十字架の天使>……最近見掛けないと思っていたけど、このタイミングで現れるなんてね)
<UNE-009>というアライアンスが命名したコードネームもあるが、味気の無いコードネームよりこの<十字架の天使>という名前をシェインは割と気に入っていた。身綺麗さがあまりないと言える男、クリフというリサーチャーが付けた割には中々ヒロイックだという理由だ。
補正された画像が表示される。ディテールがマシになった画像は以前、クリフから受け取った報告書に添付されていた写真とフレーム構成と武装は変わっていない様に見受けられた。違うのは肩部に取り付けてあった追加装甲の形状くらいかと判断するしかなかった。
詳細は交戦した本人に聞きたいところだが、本人はこの機体に撃破されて戦死の報告を受けている。惜しい人材を亡くしたなとシェインは悔やむ。表向きはアーク所属の中立寄りのレイヴンだが、いざという時はこちらの戦力として直ぐに組み込める存在。流石に幹部に名を連ねるレイヴンたちに一歩譲るが、実力も申し分ない。
「それにしても……」
シェインは再び小さく呟く。端末を操作し、マーフィのオペレーターから送られてきた暗号メールを開く。既に解読されたそのメールは今回<十字架の天使>が出現したミッションの報告書が記されていた。依頼主はレイヴンズアーク。そしてミッションポイントはセントラル・アーク。その内容を見てアークが今回起こしたアクションにシェインは違和感を覚えた。
「レイヴンズアークにこんな事をしている余裕があるなんて到底思えないけど」
アークがレイヴンに宛てた依頼は放棄したセントラル・アークの現状調査。アークはここに再び本部を置きたいという考えらしいが、あの規模の都市の復興には相当な予算と時間が必要だ。辛うじて立て直した組織の体制を維持するのがやっとの状態のアークにそんな余力は無いというのがシェインの見解だった。
そもそも、セントラル・アークの現状などOAEの調査団が2ヶ月ほど前に全都市部を調査した末に出した結果でほぼ判り切っている筈なのに無駄な事をしている。そして結局は碌な結果を得る事無く、挙句の果てには所属のレイヴン2名が戦死。1名は重傷という有様。その後直ぐにセントラル・アークの調査の無期限延期を決定したというあっさりとした幕引き。
単なる迷走か、それともこの調査には何か意図があったのか。その答えは直ぐには浮かんでこない。無意識に唇に指を当てて少しの間逡巡していたが、それを止めた。
「それを考えるのは少し後回しにしましょうか」
テーブルの上の載っていたアルミカップを手に取り、口を付けた。カップに注がれている紅茶からベルガモットの香りが漂ってくる。その香りがシェインの頭の中でちらばりかけていた情報を整理させる。やるべき事は色々と出て来た。まずはアークにいる協力者たちにアークの現状について更に詳しく調べさせることから始めるか。それからマークしきれていない組織への調査フォロー。恐らく足りない人材も出てくる。助っ人も必要になるだろう。
(あなたにも協力してもらうかもよ。クリフ)
シェインは椅子から立ち上がると、周辺にいた兵士に声を掛け、外に向かう。ガラスの外れた窓枠から差し込んでいた太陽の光はいつの間にか鈍色の雲によって遮られてしまっていた。
* * *
分厚い鈍色の雲に覆われた空と枯れた大地。そこにポツンとそびえる岩山の下で膝を抱えてうずくまっていた。
自身の背には片腕を失った白い<CR-MT85M>が岩壁に寄り掛かるように擱座している。腕部以外も各部損傷しているその機体は満足に動けるかも怪しい。
ひどく喉が渇いている。腰に付けてある水筒を開けて飲むが、飲んだという感触は無く、砂を飲んでいるような気分だ。時折強い風が吹いているが、何故かその感触も無い。ただ風の音だけが響く。
遠くに2機のACの影が見える。立ち上がり、そこに目指して走っていく。
やがて、ACの足元にいる2つの人影に気付き、声を上げるが、上げた筈の声が出てこない。そこに居る筈の名前を叫んでいるつもりだが、何度口を開けても同じだ。
ようやく人影はこちらに気付いて振り向く。だが、人影は互いに顔を暫く合わせると、自分から背を向けてACに乗ってしまった。
待ってくれ。と口を動かす。声が出ないと分かってもそうしなければならない。そうしなければ、あの二人は遠い場所に行ってしまう事が既に分かっているからだ。此処で止めなければならないと何度も叫ぼうとする。追いかけようにも一向に近づける気配がない。
やがて2機のACは飛び上がり、ブースターを吹かし始める。高機動型ブースター特有の甲高い音が耳朶を打ち、ACはそのまま飛び去っていく。遠ざかっていくブースター炎を見届けるしかなかった。
──行くな。置いていかないでくれ……タキージョ、フィーネ……
「……姉さん」
ヴィラスは目を開けた。身体が少し汗ばんでいる。視界は見慣れた自室の天井。照明の明るさに思わず目を細める。それでも意識はまだ靄が掛かった様に曖昧だ。
喉の渇きを覚え、ヴィラスはベッドから下りると部屋に備え付けの冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して口に付ける。喉を伝っていく冷たい水の感触がこれは夢ではないことを実感させてくれる。一気に半分近く飲み干すと冷蔵庫を背に座り込んだ。
右こめかみに痛みが走る。傷はまだ癒えていない。
セントラル・アークでの戦闘から3日経つ。あの日の戦闘で遭遇した白いACの姿が未だに脳裏に焼き付いていた。
紙一重であった。急ごしらえともいえる機体で生き残る事が出来たのは運であるだろう。マーフィやG.o.L.d/79と立ち位置が違えれば、屍を晒していたのは自分であっただろうと思う。たとえ、いつもの機体構成であっても勝てるかどうか考えてみても分からない。多少となりとあった自信はいとも簡単に崩れ去った。
左手首に巻いていた腕時計を見やると2時間程眠っていたらしい。今日は珍しく依頼が入ってこない日だったので、ガレージに籠ってシミュレーション漬けだった。特に四脚型での操縦感覚をもっと掴んでおきたかったので操縦訓練はいつもよりも多くの時間を費やした。その所為でもあるのだろう。部屋に戻ってすぐ、ベッドに寝転んでからそのまま寝てしまったらしい。
ヴィラスは机に向かい、端末を起動させるとメールソフトを立ち上げる。新着のメールは無い事を確認すると小さく溜息を吐く。あの戦闘の直後にクリフというリサーチャーにスタークスと共同で依頼した白いACについての新しい情報はまだ来ていない。
ドアをノックする音が聞こえる。1回叩いた後、一瞬間をおいて2回。これはルシーナだ。
「ヴィラス」
ドアを開けると予想通りルシーナの姿。ルシーナの視線が一瞬、上を向くとヴィラスの頭に手を伸ばしてきた。
「寝ていたでしょ?」
「そうだが、なぜ分かる」
「ここら辺、寝癖が付いているよ」
寝癖で跳ねた髪にルシーナの指先の感触が伝わる。それが妙にこそばゆく感じて、ヴィラスは小さく頭を振って逃れる。その反応もルシーナには分かっていたらしく、微笑を浮かべていた。
「どうしたんだ? 依頼は無かったから収支報告とかは無い筈だ」
「そうじゃないの。これを渡しにね……」
そう言ってルシーナは上着のポケットから小さな紙袋を取り出してヴィラスに手渡す。紙袋の中身を取り出すと、傷だらけの認識票が2つ。それを見てヴィラスは安堵の表情を小さく浮かべる。
「エリカから渡されたの。コクピットの奥に落ちていたって」
キサラギの工廠での戦闘の後にいつも着けていた認識票が無くなっているのに気が付いたが、コアは修理ブースに預けてしまったので探せずにいた。切れたチェーンも一緒に入っている。戦闘中の衝撃で切れて落ちたのだろう。だが、直ぐに修繕出来そうだ。
「大事なモノでしょ。戻ってきてよかったね」
暫く認識票を眺めていたヴィラスにルシーナも安堵した様な表情で声を掛ける。
「そうだな。見つかって良かった。ありがとう。エリカにも後で礼を言っておくよ」
ヴィラスは認識票をポケットに収める。その時、腹から音が鳴った。今日一日何も食べずにコクピットに籠りっぱなしだった所為だろう、空腹感が一気に押し寄せる。腹の音はルシーナにも聞こえたのだろう。ヴィラスは恥ずかしくなり、思わず顔を逸らす。
「食堂に行きましょう。何か作るから。丁度いい時間だし、ふたりで食べましょう」
ルシーナは軽く笑うと、ヴィラスの袖を引っ張る。「おい」と小さく抵抗しようとしたヴィラスであったが、空腹には勝てず、そのままルシーナに引っ張られるまま食堂へ向かった。
ガレージの食堂は誰もいなかった。ルシーナは「ちょっと待っていてね」と言って厨房に向かうと冷蔵庫から幾つかの食材を取り出す。
「俺も手伝おうか」
ヴィラスも厨房に向かおうとするが、ルシーナは手のひらを突き出してそれを拒否する。
「いいから、ヴィラスはそこで待っていて。また厨房を煙まみれにされちゃ困るから」
それを聞いてヴィラスは頭を掻きながら席に戻る。以前、自分も調理をやってみようと厨房に立ってベーコンエッグを作ろうとしたが、加減を間違えて食堂を煙で充満させてしまった事を思い出す。幸い大事には至らなかったが、ルシーナにこっぴどく叱られた。それ以来、野菜や果物の皮むき以外で厨房に立つ事は無い。
ACやMTの操縦、銃火器の扱いなら難なくこなせるのに、簡単な調理は全くダメ。人並みの生活がこなせない。それとは縁遠い生き方しか出来なかったのだと改めて痛感する。だが、次第に厨房からトマトソースとベーコンを焼く香ばしい匂いが漂って来るとそれは頭の片隅に追いやった。
テーブルにはベーコンサンド、蒸したジャガイモ、ミネストローネにオレンジ。お互い向き合って食事を摂る。
「こうして一緒に食事をするのも久々だな」
ベーコンサンドを齧りながらヴィラスは呟く。大体はルシーナが作って置いたものを任務後にひとり自室か食堂で食べる事が多かった。
「そうね、でもこういうのもたまには良いんじゃない? 私たちはパートナーだもの」
そう言ってルシーナはジャガイモをフォークで小さく砕いてそれを口に入れる。レイヴンズアークから送られてきた大量のジャガイモはまだまだ余っているらしく、ここ最近はジャガイモを摂らない日は無いくらいだ。
「しかし、美味いな。俺にはこんな真似は出来ない」
「ハイスクールの頃に食堂でアルバイトをしていたの。一時期は本当に料理人になろうと思ったこともあった」
「その口ぶりだと何かあったんだな」
ヴィラスはミネストローネを口に入れる。豆と細かくカットされたジャガイモの食感が舌に伝わる。
「始めて1年程かな……家にアルバイトをやっている事がバレてね……やめさせられたの。調理器具の使い方にレシピも覚えてようやく厨房を任された矢先だったから凄いショックだった」
「許可は取れなかったのか?」
「残念ながら私の親はアルバイトを許可してくれるような寛大さはなかった。だからこっそりと始めて、自習でとか課外活動でとか言って誤魔化してきたけど流石にそれも限界。やめさせられてからはGPS搭載の端末持たされて半ば監視状態よ」
「大変だったんだな、ルシーナも。厳しい家庭ってやつか」
「……そうね。確かに厳しかった。自分の中では花嫁修業というか、独り立ちできるためにやっていた事だけど、お前には決まった生き方がある。そう言って自由にはさせてくれなかった」
「酷い話だ。そこまでいくと完全な束縛だな。俺だったらそんな家から逃げ出している」
呆れと怒りが混じった感情を吐き出しながらヴィラスは言い放った。
「そうね。だからアークに就職したの。ここなら家の影響が及ぶことも少ないだろうし、私にとっては都合の良い場所だった」
「家の影響……?」
「……私の父はミラージュの幹部なの。今は連絡が取れないからどうなっているのか判らないけどね」
ミネストローネを掬っていたスプーンを持つ手を止めてヴィラスはルシーナを見つめる。
「そうだったのか……」
「思春期特有の反骨心ってやつね。幼い頃は恵まれた環境があってそれで良いと思っていた。姉が兵器開発メーカー社長の息子との婚姻が勝手に決まって家を離れるのを見るまでは」
ルシーナもスプーンを置いて天井を見上げる。
「姉は活発な人だった。でも、家を出て行ってからはそのなりは潜めて物静かな人になってしまった。お淑やかになったと言えば聞こえはいいかもしれないけど私にはそう捉える事は出来なかったの。流されるままでは自分の人生はフローベルガー家という型に押し込められて何も出来なくなるのではないのかっていう怖さが生まれた。だから幼い自分なりに親へ対して反発した。そのひとつがアルバイト。家の地位の為に利用される人生は絶対送りたくなかった」
ヴィラスはその言葉を聞いて、過去の事を振り返る。思い浮かぶ光景は反企業体制組織を率いていた両親によって戦闘技術を叩きこまれる日々。果てしない様に思える訓練が続き、そして実戦へ赴く。それの繰り返し。偶に聞く家族の団欒なんていうのは縁遠いものであった。一輪のカーネーションよりも一つの戦果。彼らがヴィラスに求めていたものは人間としての成長ではなく、組織の駒としての成長というのは歳を重ねるごとに察しが付いてきた。
──利用される。
レイヴンになったのはそんな生き方を否定する為の自分の意思。勝手ではあるが、「自分と同じか」という親近感が沸き上がったのか、ヴィラスはルシーナの話に自然と自身を重ねていた。立場は全く違うが、似た様な考えを持っていた事が何故か安心した。
「ごめんなさい。湿っぽい話をしちゃって」
「そんなことは無い。ルシーナにはルシーナなりの苦労があってここまで来たんだな」
少しの間の沈黙を置いて、ルシーナが申し訳なさそうな顔を浮かべながらスプーンを手に取る。ヴィラスもミネストローネをスプーンで掬い、飲み込む。少し冷めているが、味が落ちた感じはしない。
「あらためてじっくり味わうと、オペレーターであることが勿体無い気がする。本当だ。料理人にだってなれるさ」
「このガレージに就いてからも勉強はしているの。実はクレアも料理が上手で、色々と教わっているから結構自信も付いてきたし……そうね、もしアークも無くなるようなことがあれば……食堂でまた働くのも良いかもね」
ほのかに暖かさの残るベーコンサンドに2人は同時にかじりつく。
* * *
空調の調子が悪いのか、吹出し口から出る風は妙に出が悪く、暑い車内の温度を下げるには弱すぎる。
「どうしたポンコツ」とクリフはパネルを腹立たしげに叩いた。それで風の出が変わるわけでもない。数回叩いたところで諦めたクリフはハンドルを握り直す。
街道をクリフが運転する四輪駆動車が駆け抜けていた。その脇では相変わらずアライアンスのMTやACが周辺を警戒している姿が時折見える。
暫くしてクリフの車は旧クレスト管轄下の街であるオーバル・コートに到着する。
街のゲートに近づくとタンク型ACが2機立っているのが見えた。肩のエンブレムからしてアライアンスが雇ったレイヴンか独立傭兵なのだろう。両機体共にタンク型脚部の特徴である重積載可能な点を生かし、肩にグレネードランチャーやレールガン。腕にもバズーカ等の高火力の重火器を搭載していた。その姿は中々の威圧感がある。
バーテックスの蜂起以来、物々しさが増したなとクリフはACを眺めながら検問所に入った。検問所にいるアライアンス兵も心なしか以前よりも警戒心が増して威圧感のある態度に変わっている気がした。
車は街の中心部から少し離れた場所にある病院へと向かう。病棟の幾つかは特攻兵器に破壊されたらしく瓦礫となっていた。倒壊を免れた棟も補修工事を受けており、重機も引っ切り無しで動いているのが見える。
病院のゲート前にもアライアンス兵が立っており、そこで持っている護身用の武器を預ける。病院内には武器を持ち込むことは出来ない。
預かり書に必要事項とサインを記入。懐と腰にあった重みが無いのに少しの寂しさを感じながら病院の敷地内に車を入れた。クリフは受付で看護師に話を通すと病棟に向かった。
[ジョニー・バーダー]というプレートが掲げられた病室へ辿り着く。クリフはノックすると部屋に入った。
「いよう、ジョニー・バーダーさん。……じゃなくてフライボーイ」
クリフはベッドに横たわる人物に声を掛ける。
「クリフか。まさかここに来るなんて、どうしてこの病院にいるって分かったんだ?」
クリフに気づき、ベッドに横たわっていた人物──フライボーイは少し驚いた表情を見せて半身を起こすと、クリフを見据えた。頭部や腕にはまだ包帯が巻かれている。
「……企業秘密だ。まあ、ちょいとしたコミュニケーションで拾えるモンだ。それにしてもお前さん、そんな名前だったなんてな」
「この名前は本名ではないよ。これはジノーヴィーに拾われた時に貰った名だ。私が一般市民として生活を送る際に使う便宜上の名前さ」
「そうだったのか」
「割とこの響きは気に入っているんだ。……で、わざわざここを調べてお見舞いにって訳じゃないだろ?」
「ああ、お見舞いのフルーツじゃないが、お前さんにお土産を持ってきた」
クリフがおどけたような仕草をして書類袋を出すと、フライボーイは「そうだったな」と苦笑いを浮かべて溜息を吐く。
「ここ数日色々とあったからね。頭の中から抜けていたよ」
ベッド脇の椅子に座るとクリフはある事に気が付く。
「お前……」
「──ああ、君も見ただろう。コクピットを潰されてご覧の通りだ」
フライボーイは右腕を上げる。だが、病院服の袖の上腕から下がダラリと下がっていた。そして右脚も腿から下が布団越しからの膨らみが消えている。
「レーザーの直撃箇所がコアの右側で、丁度装甲が厚めになっていたところに防御スクリーンがかち合ったお陰でコクピットブロックが少し潰れるだけで留まれた。レーザーの収束が十分でなかったというのもあったかもしれないが、もし当たりどころが違っていれば、レーザーが装甲を貫いて私は消し炭だっただろうね」
「損傷はあん時見たが、確かにやばかったな」
「だが、命があるだけマシと考えるしかない。ま、それはそれとして結果を聞かせてくれないか」
「あ……ああ、今見せるよ。しかし、あっけからんとし過ぎじゃないのか」
「こんな身体にされた悔しさがある事は否定しない。けど、レイヴンになった時から覚悟は出来ていた。戦場で起こす行動は全て自分自身がその責任を背負わなければならない。どんな結果であろうともしっかりと受け止める必要がある。……ジノーヴィーの教えだ。まあ、あれだけやられてこれで済むなら幸運だったとポジティブに捉えないとやっていけないよ」
そう言って苦笑いを浮かべるフライボーイにクリフは「それもそうだな」と返すと、書類袋から20枚程の書類を出した。
「結論から言うと、候補はいるが最後まで絞り込めなかった」
「そうか……残念だ」
「しっかりと調べる為にセントラル・アークまで足を運んだのに、本部ビルがあの有様じゃあな……為す術が無かったよ」
「確かにボロボロだったが、そこまで酷かったのか」
「中は完全に崩落していた。グシャグシャで入れる状態では無かったよ。──ちなみにお前さんたちが回収されて2時間ぐらい後だったかな。ビル全体が見事に崩壊したぜ。ゲートから眺めさせてもらったよ。動画を撮れなかったのが残念だ」
クリフはポケットから写真を取り出してフライボーイに見せる。そこにはセントラル・アークの中心にあった筈のレイヴンズアーク本部ビルがごっそりと抜けた風景が写されている。
「綺麗に無くなったもんだね。これでアークも片付けの手間が省けただろう」
写真を見てフライボーイは皮肉そうに笑みを浮かべた。
「ま、頼りの綱は無くなっちまったが、手掛かりが全く無くなったわけじゃない。ちょっと考え方を変えてクレスト側の情報を漁ってみる事にした」
「依頼主側か。そっちも容易じゃないだろう」
「ガードが固くなったアークに比べれば楽なモノさ。思えば初めからそうすりゃよかったかもしれん。あの時は本社と前線の支社との衝突でクレスト全体が混乱していたからな、その時期の情報はそこそこ引っ張れた。で、これだ」
クリフは書類の束の中から数枚の書類を並べた。そこにはACの構成表と搭乗レイヴンの情報が記載されている。フライボーイはそれらに双眸を細めて順番に眺める。
「ベイロードシティへの攻撃があった日、クレストは複数のレイヴンに依頼を掛けている。依頼は様々。反乱部隊残党の始末や、ちょっかいを仕掛けて来たミラージュへの攻撃とかな」
「依頼を受けたレイヴンか」
「正確には受けたと思われるレイヴンかな。この日クレストは7件の依頼を出している。全部単独だ。なので依頼を受けたレイヴンは7名いる筈だが、その内の2名は同日に戦死した事が確認されているから5名の候補がいる」
「じゃあ、この中でベイロードシティ攻撃の依頼を受けた奴がジノーヴィーを倒したレイヴンって訳だ」
「そうなんだが」と言ってクリフは頭を振った。「そこまで調べようとしたが、どのレイヴンがどの依頼を受諾したかは残念ながら分からなかった」
「あと一歩だろう。どうしたんだ」
「依頼はアークに通される。その時点でアークがそこから適正だと思われるレイヴンに依頼を割り振るが、誰に割り振ったかという情報はアークが握っているから深追いが出来なかった。候補のレイヴンもリサーチャーのネットワークで確認が出来たその日動いた形跡のあるレイヴンってだけだから正直言って正確性は少々欠ける」
「それで絞り込めないって事か」
そう言ってフライボーイは肩を落とす。思っていた以上に困難だという現実に当たってしまった失望が彼にとって大きかった。
「けどな。あともうひとつ、手掛かりがある」
クリフはそう言うと、バッグから端末を取り出して映像ファイルを再生させた。クリフが持っていたベイロードシティでの戦闘と思われる映像だ。それもフライボーイは真剣な表情で映像を何度も繰り返し再生して眺める。
「流石に判らないな。速過ぎるよ。ホントに白いACってだけか」
映像を止めたフライボーイは首を捻って唸る。彼でもやはり判らないかとクリフは小さく嘆息した。
「頑張って補正掛けたつもりだが、難しいか」
「白いACか……アイツじゃないだろうな」
フライボーイの声が低くなる。セントラル・アークで遭遇したAC。クリフが<十字架の天使>と呼んでいる機体だ。真っ先にそれがフライボーイの脳裏に浮かんだのだろう。それはクリフも同じだった。
「俺もそう思ったが確定要素が無い。エンブレムも候補者の機体には無いもの。だが、正直言ってこいつも胡散臭い。アイツが捨てたレーザーライフルも見てみたが、やっぱりというべきかな、製造番号の刻印が無かった」
「やっぱり?」
「ああ、こいつについては以前、調査依頼を受けたことがあるんだ。今回と同じようにそれも製造番号の刻印が綺麗に無くなった武器を残していって戦場を去っていくのを見た。結局正体は掴めず仕舞いでね……今頃、アライアンスもバーテックスも必死で探しているのかもしれん」
「そんなことがあったのか」
「色々と面倒事もあったしな、個人的には関わりたくねぇACだよ。このACの情報も追加で買ってくか? 20コームもしくは2,000ドルで売るぜ」
「そうだな、考えておくよ」
「欲しくなったら連絡してくれ……っと話が少し逸れたな。まあ、このACの可能性も否定は出来ないが、候補者の中にも白いACはいる」
クリフは並べられた書類の中から2枚を抜き出して見せる。
「あの日時点での機体構成だ。機体カラーは白で二脚。そして当日出撃した形跡のある機体。可能性が高いのはこの2機だろうな」
書類に記載されていたのは<ヴェールネージュ><ティシュトリヤ>という名のACだった。
「この2機か」
「お知り合いだったか?」
「知っているも何も<ヴェールネージュ>は私が参加していたプログラムに共に参加していた”オルトリンデ”の機体だ。機体よりどちらかというと火星人を自称していた乗り手の方が際立っていた印象はあるが、それでも腕の良いレイヴンだった。<ティシュトリヤ>は確か……」
「パイロットである”アルバ”ってヤツはあのエヴァンジェと同時期にデビューしたらしい。色々と派手だった奴さんの陰に隠れていたが、こいつも短期間でランカーに近い順位まで上げていて、エヴァンジェにアリーナで2連勝している」
「思い出したよ。腕のいい新人がプログラムに参加するという噂があって、その時にこのレイヴンの名前が挙がった記憶がある」
「しかし、このアルバってレイヴン。乗機の構成を何度も変えていて、どういう戦闘スタイルかっていうのが全く掴めねぇ。任務報告書を幾つか見つけたが、同じ構成で出撃した形跡が殆どない。アリーナの記録もそうだ」
クリフは鞄から別の書類の束を取り出してベッドテーブルの上に並べた。いずれもアルバと呼ばれたレイヴンに関するものだ。
「稀にそういうレイヴンは出てくる。適性があるんだろうな。それにこの実績ならプログラムに呼ばれてもおかしくは無い」
「だが、問題なのは2人とも特攻兵器襲来後に消息を絶っているってことだ。生きているか死んでいるかも分からねぇ」
クリフはそう言って大袈裟に肩をすくめる。
「けど、ここまで調べてくれた。後は私次第ってとこか」
「復帰するつもりか」
クリフは驚いた声を上げてフライボーイの顔を覗き込む。フライボーイは少し間をおいて頷く。
「不可能では無いだろう。それに、これもある」
フライボーイはベッド脇のキャビネットに目を向けた。クリフは視線を移すと大きめの段ボール箱が載せられている。それをクリフが開けて覗き込むと、一瞬顔を強張らせた。中には腕と足が1本ずつ丁寧に梱包されて入っている。無論、これは本物ではなく、疑似有機部品と機械で構成された義手と義足だ。
「そうか、こいつがあるのか」
クリフはまじまじとそれを眺める。見た目だけでは本物と何ら遜色もない造りをしている。近くでよく見なければ分からないだろう。最初覗いた時に顔が強張ったのはその精巧さで本物と一瞬見間違ってしまったからだ。
「ジノーヴィーに専属で付いていた医師がいてね。ここに担ぎ込まれた時、彼に連絡を入れて用意してもらった。後は実際に付けて調整して馴染ませるだけだ」
「見た感じ、結構良さそうなもん使っているな」
「ジノーヴィーの養子という立場がここで役に立つなんてな……彼には感謝しなくては……」
フライボーイは小さく溜息を吐くと視線を落とした。
「リハビリやらなんやらで時間は掛かるかもしれないが、やれないことは無い。……ジノーヴィーがここに居たら、キレてたな」
「厳しかったのかい? ジノーヴィーの教育は」
「普段は優しいが、戦闘の事になると鬼だったな。多分、彼がここに居たら、私は病院から引っ張り出されてシミュレーションプログラム漬けされていただろうな。……そう、ミスをすれば静かに『もう一度だ』って言って私をコクピットに押し込んでいたよ。彼が良しというまで何度もね。そして間髪入れずに実戦へ向かわせられる。で、戦闘記録を見せられて機動の仕方や照準の精度にミスがあればそこを指摘されてもう一度シミュレーションに……ってね。表情はいつも穏やかだったが、言葉の圧で分かるんだよ。ああ、これは怒っているって」
懐かしむ様にゆっくりと言葉に出すフライボーイ。
「相当なスパルタ教育だ。よく耐えられたな」
「戦場で生き残る為……だからな。彼の僚機として戦うにはそれ位はやってのければならなかったのさ」
「トップランカーからの要求値は高いんだろうよ」
「だからこそ生きてこられた。この結果もある意味、彼から受けた指導の賜物だろう」
少し長い時間同じ姿勢だったからか、フライボーイは表情を緩め、体勢を崩した。クリフは一度視線を上に向けると、端末にあるファイルを開く。
「──そうだ。もうひとつ、もしかしたらっていうのがあったのを思い出したよ」
クリフは端末に表示された写真を見せる。暗闇の中、暗視スコープを通じてスターター機がライフルを撃ち、ブレードを振るっている様子が写されている。クリフがセントラル・アークに来る前に遭遇した戦闘の写真だった。
「この機体は?」
「知らん。だが、性能面で劣っている筈の機体でAC<フリーバード>とMT3機を容易く撃破していった。少なくともスターター機を受領して間もない新米が乗っている様には見えなかった」
「機体を失ったレイヴンが他の機体を持ち出して戦っている。って事も考えられなくもない……か」
怪訝そうな表情を浮かべていたフライボーイは一変して少し驚いた表情を見せた。
「可能性はある。そういった奴らもいる筈さ。だから、もっと調査は必要になるだろうよ」
「そうか。けど、本当によくここまで調べてくれたよ。この情報は今後の私にとって有益になる。感謝するよ、クリフ」
フライボーイはクリフの肩を優しく叩くと身体を横にした。額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。話をするのは流石に限界だろう。クリフは椅子から立ち上がった。
「調査結果はここに置いておくぞ。ついでに端末でも見られるように同梱のメモリにも同じものを入れてあるからな。後でじっくり見ておいてくれ」
「ありがとう。あと、頼みがあるんだが」
ドアに向かったクリフはフライボーイの方に振り向いた。
「なんだ?」
「報酬の15,000ドルだが、生憎、今は手持ちの現金が無い。なので、後で150コームの方で振り込ませてもいいかな」
「ああ、それでもいいぜ。じゃ、リハビリ頑張れよ」
「ジノーヴィーから受けた訓練に比べればどうってことないと思うよ。君も気を付けてな」
「お前さんは看護師に見とれ過ぎない様に気を付けろよ。ここの病院、結構美人さんが多い」
「言ってろ。まあ、美人が多いというのは同意だ。ならば、ここにいる女性職員全員の詳細な情報も調べてくれるのかい?」
「料金は高いぜ。基本料金10コームで名前と年齢。追加料金で電話番号と3サイズだ」
そう言って互いにひとしきり笑い、クリフは病院をあとにした。
フライボーイがいる病棟を振り返る。あのレイヴンの目はまだ生きている。戦士の目という言い方をすれば良いのか分からないが、将来再び戦場に戻ってくる。そんな気配をクリフには感じる事が出来た。
外は相変わらず暑い。だが、空模様はクリフが来た西の方角から厚く、黒ずんだ鈍色の雲が伸びてきているのが見える。ひと雨来るだろうなと思いながら車に乗り込んだ。