ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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インタールード「Rainy Day」

 バーテックスの蜂起をジャック・Oが宣言してから1週間が経つ。

 たった1週間ではあるが、世界を取り巻く情勢は大きく変わっていった。

 抗争の中心はアライアンスと幾多の武装勢力との小競り合いから次第にアライアンス対バーテックスという構図へと変化していき、両者共に一進一退の攻防を続けていた。

 ジャック・Oの声明以後、各勢力間の戦闘は苛烈さを増していくが、その中でもレイヴンをはじめとするAC乗り同士の戦闘は激しさを極め、その数は更に減っていく。

 バーテックスの登場は彼らにとって大きな衝撃であった。

 脅威として、そして依存先として大きな存在であったアライアンスと対等に戦える可能性を持つバーテックスは彼らに新たな存在意義を示すモノとなる。

 バーテックスに恭順する者、対抗する者、戦いから降りる者もいる。己の立ち位置を間違えれば、待っているのは破滅と死。レイヴンたちは生き残る為の選択をあらためて迫られる事になった。

 

 

    *     *     *

 

 雨が降りしきる荒野。この場所は元々街道であったが、特攻兵器とこの地で起きた度重なる戦闘の末、道として用を為さなくなってしまい、その面影は全くない。そこに動く影が9つ。

 2つはACで、残りはMTであったが、どの機体も装甲が剥がれ、弾痕が穿ち、あるべき部品が欠損して動くのでやっとな機体もいる。雨に打たれながら進むそれらは戦いに向かうという素振りではなく、力無くただ動いているだけ。そんな感じであった。

 彼らは独立武装組織のメンバー。

 今から1時間程前、この組織は対立していたレイヴン” VOLA-VOLANT”と”ウォーンタン・バスカー”からの攻撃によって拠点を奪われた。

 敵対していた別組織への攻撃で拠点を空けた隙を突かれ、拠点に残していた戦力は全滅。戦闘から帰還して疲弊していた状態ではAC2機相手とはいえ、碌な戦闘が出来ずに戦力を更に消耗。結局は拠点を放棄して撤退せざるを得なかった。

 惨敗であった。戦力はほぼ壊滅と言ってもいい。パイロットは皆、一様に口を重く閉ざしている。コクピットを支配する沈黙が敗北したという現実をパイロットたちに突きつけていた。

 

 『……何処に行くか……』

 

 隊の先頭に立つ逆関節型ACのパイロットがぼそりと呟く。誰に対してという訳でもないその問いに誰も答えることは無い。

 

 『……雨風を凌げるところだな……』

 

 1分という時間を置いて雨音に掻き消されてしまいそうな声が返ってくる。殿を務めている中量二脚型ACのパイロットからだ。組織のリーダーを務めていた頃の自信溢れていた人物を知るメンバーからすれば信じられない位に覇気を失った声だった。

 再び沈黙が戻る。次第に雨脚が強くなり、雨が装甲を叩く音だけがコクピットに響く。

 

 『街が見えるぞ』

 

 逆関節型ACのパイロットが声を上げた。マップにはクレスト管轄下であった街であることが示されており、彼らの遥か前方に街の影が見える。

 

 『そこで一旦休息を取ろう』

 

 リーダーが声を上げる。その声にパイロットたちから思わず安堵の溜息が漏れた。

 傷ついた機体を鞭打ってようやく街に辿り着く。街は既に特攻兵器によって破壊し尽された状態であり、人が住んでいる気配は全く無かった。補給は望めそうにないが、少なくとも疲弊しきった身体を休ませる事くらいは出来るだろう。比較的原形が保たれている建物を見つけると、その近くに駐機させて彼らは機体から降りた。

 焚火を起こし、それを囲んで食事を摂る。食事と言っても携帯食だけの乏しいものだが、今は貴重な食糧だ。彼らはそれを一口ごとにじっくりと噛みしめて食べる。皆、無言であるが先程までの暗然とした雰囲気は薄れていた。

 

 「バーテックスだな」

 

 突然上がった声に食事を終えて一息ついていたパイロットたちは一斉に視線を声の主へ視線を向ける。声はリーダーが発したものだった。

 

 「バーテックスに合流しよう。今、俺たちが生き残る為にはそれが一番の選択だ」

 

 休息を取る前とはうって変わって言葉は明瞭になり、目も精気を取り戻したように見える。同意を求めるつもりか、彼の視線は焚火を取り囲んでいたメンバーを一通り見渡した。メンバーは突然の言葉を呑み切れていないのか、困惑した表情を浮かべるも、リーダーは構わず続ける。

 

 「言いたいことはあるかもしれん。俺たちの組織の理念でもある、どこの勢力にも寄る事無く己の力だけでのし上がるということに反している様な言葉だ。けど、今の俺たちは組織を維持する為の物資も弾薬も拠点も無い。このままでは野垂れ死にするだけだ」

 

 その言葉にようやく意味が呑み込めてメンバーが少し視線を落とし思案する。その内のひとりが手を上げてリーダーに問いかける。

 

 「寝床だけならばアライアンスの方がマシじゃないのか……アライアンスも戦力を集めているって聞くし、なんだったら──」

 

 逆関節型ACのパイロットがリーダーの提案に対して意見を挟もうとするが、それをリーダーに手で制されてこれ以上は言えなかった。

 

 「いいや、逆にアライアンスなんかに行ってみろ。俺たちは何度もアライアンスを攻撃している。下手すりゃ受け入れてくれるどころかそのまま監獄送りになるかもしれないんだぞ」

 「バーテックスに合流するって事はこの組織は解散なのか。俺たちはどうなる? ここまで戦ってきたのに……」

 「何も組織を解散するわけじゃない。この組織を再建する為に彼らに取り入るのさ。これはその為の足掛かりにするだけだ。いざとなれば物資を持っておさらばすれば良いし、上手くいけばバーテックスの中枢に食い込める可能性だってある」

 

 リーダーの言葉に段々と熱が籠り始める。それにメンバーは彼に対して危うさを感じた。

 今までもリーダーの言葉にはやや過剰ともいえる発言はあったが、それは計画を実現する算段を整えたうえでメンバーを発破させる為でもあった。しかし、今の発言にはそれが無い。尚も言葉を続けるリーダーにメンバーを俯き、視線を逸らす。いつもならば、過剰過ぎた発言もそれを諫める女房役ともいえるサブリーダーが居たが、そのサブリーダーは先程の戦闘で乗機を撃破されて死亡している。歯止めが効かなくなり始めていた。

 

 「ちょっと待ってくれ、リーダー。バーテックスが俺たちを受け入れてくれるという確証はあるのか。いきなりやって来て『入れてくれ』と言って入れるようなモンじゃないだろう」

 

 リーダーの講釈がようやく一息ついたところで逆関節型ACのパイロットが口を挟む。それにリーダーは一瞬不満げな表情を浮かべるが直ぐに口を開く。

 

 「ファビオ、今そんな心配をする必要はない。バーテックスなら必ず俺たちを受け入れてくれる。戦力差であれば彼らの方が不利だし、それを補える人材は欲しいだろう。特にACやMTのパイロットなんか1人でも欲しいくらいの筈さ」

 

 リーダーは更に言葉を続けてこの決断の重要性を語りだす。すっかり彼の独演会と化した状態にメンバーの顔に困惑の色が増々濃くなっていくが、リーダーは知る由もない。

 

 「それにだ、実は俺の顔なじみのレイヴンがバーテックスにいる。そいつを通じてコンタクトすれば大丈夫だ」

 

 メンバーは顔を合わせる。そんな話は聞いたことが無い、初耳だ。リーダーは既に立ち上がって少ない荷物を纏め始めていた。もうバーテックスに合流する気でいる。議論をする余地もないといった感じだ。他のメンバーも思わず立ち上がるが、声を掛けられずにただ呆然と見届けるしかない。だが、これは自分たちの今後、命そのものが掛かっているものだ。ファビオと呼ばれたACパイロットは振り返って他のメンバーを見渡すが、皆取り付く島もないといった表情で立ち尽くしていた。

 そうしている内にリーダーは「行くぞ」といって建物から出ようとする。それを見たファビオは慌てて声を掛ける。

 

 「もう行く気か? みんなまだ疲れている。それにこの天候だ。今日はここで一晩休もう」

 「この街は拠点からそんなに離れていないんだ。もし奴らがここに追撃をしてきたらどうする? 碌な装備が無い俺たちはここで全滅だぞ! こんな雨、雲の流れからして直ぐに止む。それに北西へ行けばまだ街はある。そこならば補給も望めるかもしれん。日はまだ落ちていないし、ここは動いた方が良いんだ! これは決定だ」

 

 ファビオに詰め寄ったリーダーは怒気を含んだ声で一気にそう言い放つと、大きく溜息を吐き出して、再び外に向かっていく。

 一瞬あっけに取られたファビオは自分へ背を向けたリーダーを見据えると、腰のホルスターに備えた自動拳銃を取り出そうとするが、ホルスターに伸ばした手はカバーに掛かったところで止まってしまった。

 リーダーには組織に拾ってもらったという恩義がある。恩人に銃を向ける事に躊躇いを感じ、ホルスターから銃を抜くことが出来なかった。ファビオを含めて皆、うなだれるしかなかったが、外から聞こえるリーダーからの呼びかけの声に気付くと、重い足取りでこの場所を出る支度を始めた。

 外はまだ雨が降り続いている。メンバーはそれぞれの乗機に乗り込む準備を進める。ファビオは自分の機体を見上げた。両肩と左腿の装甲は吹き飛んでフレームが剥き出しの状態。装備も幾つか欠けてしまった乗機は全く頼りない様に感じる。

 リーダーは既に機体に乗り込んでおり、出発を待っているという具合だ。ファビオたちはあえて遅い動作をして出発を1秒でも遅らせようと努力する。今のリーダーは冷静さを失っている。少し間を置けば冷静さを取り戻して心変わりをするかもしれないと。だが、そんな小さな抵抗も続かない。

 とうとうコクピットに乗り込み、機体を始動させる。ジェネレータが唸りだす振動はいつもならば気持ちを高揚させるものであったが、今日は不安を募らせるだけだった。

 モニターの右端に映るリーダーのACの背中を見つめた。本当にバーテックスへ合流出来れば良いが、出来なければ確実に野垂れ死にするだけだ。彼はコクピットの中で何を考えているのだろうか。ここからは何もわからない。ファビオはいざとなればリーダーを撃とうと考えた。さっきは撃つことが出来なかったが、今度こそはと覚悟を決める。すべてを捨てて逃げたってもいい。

 全員の出発準備が整う。ファビオは駐機状態の機体を立たせたその時、ノイズ交じりのレーダーディスプレイに輝点が1つ表示された。方角は丁度自分たちが来た方向と正反対の位置。一瞬、レーダーの故障を疑ったが、続いて表示される飛翔体の反応にそうではない事に気が付く。

 次の瞬間、ファビオ機の前方に立っていた<CR-MT85B>が右側面から爆発を起こし、倒れた。

 『ローバーがやられた!』というMTパイロットの叫びがヘルメットに響く。ファビオはフットペダルを強く踏み込んで機体を跳躍させながら後退。飛翔体の飛んできた方に機体を向ける。

 モニターにはブースター炎を噴き出しながら飛んでいる機影が見えた。熱源の大きさからACだろう。例の2機の片割れかもしれないが、自分の位置からでは遠くて詳細は判らない。

 再び飛翔体の反応。敵機からのミサイルだ。今度は別のMTに向かっていく。起動して間もない状態ではまともな動きが出来ず、MTは直撃。更にもう1機も直撃を受けて爆散した。

 敵機はその間にこちらに向かって来る。ファビオ機は右手に持たせたマシンガンを発砲。だが、それを敵機はブースターを小さく吹かした機動で回避。更に高く跳び上がってファビオたちの真上にポジションを付けると、両腕の武器を構えてレーザー交じりの弾丸の雨を降らせた。それは瞬く間に味方機を貫き、1機、また1機と破壊していき、ついにMTは全滅した。

 

 「……リーダー……!」

 

 ファビオはリーダーに呼びかける。モニターにはリーダーのACが上空に向けてアサルトライフルを発砲しているのが見えた。だが、その弾丸は上空を悠々と機動する敵機には遠く、掠りもしない。ファビオのヘルメットにはリーダーの叫びがノイズ交じりで入ってくる。あまりの怒りで呂律が回っていないのか何を言っているかは聞き取れないが、この理不尽な展開。いや、ありとあらゆるもの全てにぶつけた呪詛である事は間違いなかった。その数秒後、リーダーのACは無数のレーザーと弾丸を全身に受けて、炎を上げながら崩れ落ちていく。

 残りは自分ひとりとなった。乗機の武器は右手に持たせたマシンガンのみ。残りの弾薬はマシンガンにセットしたマガジン1本だけだ。最早どうすればいいのかファビオには分からなくなっていた。

 ただ、目だけは敵機を追おうとしている。それはレイヴンとしての本能だった。頭部を動かして敵機を索敵。

 ようやくモニターに捉える。機影のスピードが速い。機体のFCSでは追いかけるのは難しい。自機を狙う時に動きは落ちる筈だ。そこを狙えばまだチャンスはあるかもしれない。パニックに陥っても僅かに働いた脳はそれがベストな方法だと告げている。

 射程内に敵機が入った。ファビオは迷わずトリガーを引く。単発で放たれた弾丸はいとも簡単に躱され、再び機影はモニターから消えるが、機体をジャンプさせてもう一度捉えた。

 モニターには灰色の空に血塗られたような赤い一点を捉える。それはACであった。自機を見下ろし、両腕に持った銃が構えられている。

 その機体をファビオは知っている。恐らくレイヴンズアークで一、二を争う実力を持ったレイヴンの駆るAC。

 ジノーヴィーが”王”であれば、このACを駆るレイヴンは”女帝”だ。だが、このレイヴンも……

 ファビオの胸部に今まで味わった事の無い衝撃が襲い、そして視界がそのACと同じ色に染まっていく。

 身体の感覚は急速に消え失せ、自身の心臓が止まるのをファビオは感じ取っていた。

 血の色に染まった小さな世界を眺めながらファビオは脳が機能停止するまで僅かな時間、思考を巡らせる。

 レイヴンとして生きて2年、いやもうすぐ3年か。底辺な生活から抜け出すためにレイヴンになったが、生活は相変わらず。特攻兵器襲来からなんとか生き延びられたのに自分の意志は弱く、周囲に振り回されるだけ。変われるチャンスを全てふいにしていた。組織なんかに属しなくてもACを降りてゼロからやり直してもよかっただろう。

 

 自分は強者ではない。──弱者。

 

 弱者には弱者なりの生き方が……あっ……た……

 

 ファビオの機体はコアに空いた穴から火を噴き、そのすぐ後、爆散した。彼を構成していたものも無念も瓦礫が積まれる大地へ無造作にばら撒かれる。

 

 雨脚は更に強くなり、それらを洗い流すにはさほど時間は掛からなかった。

 

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