ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第1話「Request」

 古いタイプの四輪駆動車が重厚なエンジン音と共に街道を駆け抜けていく。

 

 路面状態は決して良くは無く、カーオーディオから流れてくるロックミュージックのリズムとはかけ離れた不規則で大きな振動が車体を襲うが、ドライバーの男はハンドルを片手にオーディオから流れる曲に合わせてハンドルを叩きながら危なげなく運転をしている。

 ハンドルを握る視線の傍らには幾つものMTとガードメカ。そしてACの姿も時折駆け抜けていくのが見えた。それらは全てアライアンスもしくはその傘下となった中小企業連合(USE)所属の機体であった。

 男が運転している街道は現在彼らによって管理されていて、通行の安全がある程度保障されているルートだ。そういったルートは各地にあり、民間人が街から街へと移動する際はこのルートを使うしかない。もしルートから外れれば武装勢力から追剥ぎ同然の襲撃にあってもおかしくはない。それがこの世界の現状である。

 人類が“レイヤード”と呼ばれた広大な地下世界から地上へ回帰して74年経った今、視界を流れていく光景にはそれまで築き上げた文明の面影は無く、荒れ果てた大地に文明社会の結晶の残骸が枯木の如く細々と未練がましく残るだけだった。

 レイヤードに移住する直前の地上もこんな状態だったのだろう。振り出しに戻ったのだと男はそんなことを窓の外を脇目に見ながらそんな考えがふと脳裏によぎった。

 

 暫くして男の視界正面に街の姿が見えてくる。

 ニュートレネシティ。かつては三大企業のひとつであるミラージュ社管轄下の都市の中では2番目の規模を誇っていた巨大都市であった。この街にも特攻兵器の襲来があったものの、他の都市と比較して被害は少なかった為、現在は住む所を失ってしまった人々が寄り添って暮らす避難場所の1つとなっていた。

 街の入り口に置かれた検問所に立つアライアンス兵に身分証明書を通して街の中に入ると、至る所に企業群管理機構(OAE)のエンブレムが付いたコンテナ置かれているのが見える。それを横目に車は街の中心部であったビジネス街を通り過ぎると、かつては工業地区と呼ばれた場所に入った。

 ミラージュ社傘下の工業系メーカーがひしめき合っていた地区はいまや崩れかけたビルと工場が立ち並ぶ廃墟と化していて近づく者は殆どいない。その内の1棟のビルの手前で男は車を停めて降りた。

 

 車からは20代半ばと思われる男。ややクセっ気のあるくすみ掛かった金髪で、色褪せた青いTシャツの上に同じく色褪せた黒のジャケットと所々破けた黒のジーンズに擦り傷だらけのショートブーツとお世辞にも身綺麗とは言えない格好だ。そして手には書類袋を抱えている。

 

 「グレイフォーテクニカル社のビル……ここか」

 

 手に持った携帯端末に表示されている地図と少し崩れている看板に書かれている名前を確認すると男はビルの中に入っていく。

 特攻兵器の被害があったにもかかわらず奇跡的にも損傷の少ないビルではあるが、それでも何時崩壊するか分からないビルにはあまり近づきたくは無いのだろう、人の気配は全く無い。だが、これから「ビジネス」の話をする自分とって好都合だった。

 

 “リサーチャー”

 

 それがこの男、”クリフ・オーランド”の職業である。

 

 依頼主から指定された対象や事案を徹底的に調べ上げ、その調査結果を依頼主に渡す事で報酬を受け取る。調査範囲は個人から企業等の団体の動向等と多岐に渡るが、調査対象によっては失敗すれば社会的にそして自身の存在自体を抹消されかねない仕事。だがその分報酬はレイヴン並の金額をもらえる事だってある。そして、現在の世界情勢は自分の様なリサーチャーにとっては稼ぎ甲斐のある状況だ。

 主に企業相手に取引をして生計を立てていたリサーチャーはアライアンスの結成によって商売が成り立たなくなると思われたが、アライアンスだけではなく武装勢力やレイヴンを相手にした取引にも力を入れる事によって活路を見出した。中には専属契約を結ぶ者もいる。彼らは強かだった。

 

 世界中のありとあらゆるネットワークが特攻兵器によって崩壊した。未だ混乱状態にある世界で最も大切なのは「正確な情報」だ。

 特にアライアンスは敵も多く、様々な武装勢力からの攻撃も多い。ここ最近は元レイヴンやAC乗りが率いる武装勢力の数も増加してきた。彼らの情報を手に入れれば反アライアンス勢力の掃討作戦も効率的に行える。三大企業を筆頭とした企業群の連合組織と言えば聞こえはよいが、結局のところ、敵同士だった企業が力を維持させるために寄せ集めた集団。情報部なる部隊も組織されているが、足並みがまだ揃っていない状況を鑑みれば、機動力と実績があるリサーチャーを雇ったほうが良い時もある。

 武装勢力側も同様に自分たちと敵対する組織。特に最大の敵と呼べるアライアンスに関する情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。彼らのような組織とアライアンスとでは規模も戦力でも勝てる要素は無いに等しい。そう言う時にこそリサーチャーからの情報が組織の存亡に大きく関わってくる。

 

 これまでにクリフがもたらした情報のおかげで失敗したアライアンスの作戦や壊滅にまで追い込まれてしまった武装勢力を何度も見てきた。

 恐らく数え切れないほどの敵を作ってきたと思うが、それはこれからも変わらない。依頼主から調査を依頼され、その調査結果を渡して報酬を貰う。そうやって自分はこれまで生きてきたのだから。

 

 待ち合わせ場所として指定された5階のオフィス跡に階段を使ってようやくたどり着くが、人の気配は全く無いお蔭で静かだ。混乱の最中に持っていかれたのか、朽ちた机の残骸が1つ転がっている以外は何もないオフィス跡はがらんとしてとても広く感じる。

 クリフは左腕に付けた腕時計を見ると時計の針はちょうど14時30分を指していた。依頼主からの待ち合わせの時間は確か14時。クリフは額に手を当てて天井を仰ぐ。もう一度地図を見て確認した後、ビルの中を一回りするが人はいない。携帯端末のメールソフトを立ち上げて確認しても依頼主から連絡は来ていない。これは依頼主に何かあったとみて間違いないと判断した。

 

 「何があったか知らねぇが、まあ……ちょいと待つかねぇ」

 

 そう独り呟くと、胸ポケットにある箱から煙草を1本取り出す。それを口に咥えて窓辺に腰掛けると火を灯した。クリフの口から吐き出された紫煙が空っぽのオフィス跡の中を漂う。

 クリフはふと窓の外を見やった。ビルの外にもいくつかコンテナが積まれている。それにもOAEのエンブレムが付いていた。

 OAEが現存する各都市に向けて食糧やテント等の物資を供給する事が決定された。それが特攻兵器襲来から1週間後に復活したネットワークが伝えた最初のニュースであった。住む場所を失った人々が避難場所となった都市に押し寄せ、それから5か月近くが経った今は街中には避難民が溢れ、ある程度活気が戻ってきた。

 肝心のアライアンスといえば、共同で物資の供給を行うと表明しているが、どちらかといえば出し渋っている感じがする。武装勢力の掃討作戦の為、兵に回す物資の方が優先なのだろう。アライアンス側は物資の供給役ではなく、OAEが派遣する物資輸送隊の護衛役といった方が適切なのかもしれない。

 

 今後は輸送隊の襲撃計画の情報やら輸送ルートやらの情報を仕入れてくる依頼が増えてきそうだと紫煙を吐き出しながらぼんやりと思った。これならば飯を食う金に困る心配は暫く無い。恐らく今が稼ぎ時だろう。だがクリフの心中は穏やかではなかった。

 

 穏やかではない理由は依頼主であった。待ち合わせの時間に遅れているからではない。直接コンタクトを取りたいという連絡があったからである。

 依頼主とは4年前から付き合いのある人物ではあり、クリフにとって信用の出来る人物であったが、依頼は毎回ネットワークを介してのものであり報告も同様であった。そして先日受けた依頼の結果を報告しようとした際、今回の報告は直接会って報告書を貰いたいという連絡を受けた。

 こんな事はあまり無い事だった。敵はいくつも作ってきたのだから依頼主が突然銃口を向けてくるかもしれない。だが、そうなってしまえば逃げるだけだ。裏切られる覚悟は出来ているし、逃げる手段も常に持ち合わせている。ジャケットの裏側には拳銃を収めたホルスター。腰にはコンバットナイフを収めている。射撃の腕もナイフを捌く腕も特に長けている訳ではないが、いざとなればそれで反撃する準場は出来ていた。

 フィルター付近ギリギリまで吸った3本目の煙草を口から吐き捨てて4本目の煙草に火を点けようとしたその時、外からエンジン音が聞こえてきた。外を見ると1台の大型四駆車がクリフの乗っていた車の後ろで停まっているのが見える。依頼主がようやく到着したようだ。

 

 「……やっと来たか」

 

 クリフは少し口元を緩めると、手にしていた煙草を箱に戻す。

 開きっ放しのオフィス跡に入ってきたのは軍服に身を纏い、大きめのサングラスを掛けた長身の男。その体は一見細身の様に見えるが、近くで見るとがっしりとした体躯をしており、右頬には一筋の大きな切傷と火傷跡が目立つ。歳は40代後半と思しき男の軍服の胸にはAを象った青いエンブレムに中佐を示す襟章と肩章をつけている。男の後ろには護衛であろう武装した迷彩服の男が2人。1人は片手に小型のジュラルミン製のケースを持っていた。

 

 「15時30分。予定より1時間半も遅れちゃったけど、どうしたんだい? ディーネル中佐」

 

 腕時計を見ながらクリフは少しおどけた口調でディーネルと呼ばれた男に言った。

 

 「遅くなってすまない。君も既に知っていると思うが、一昨日から戦術部隊との合同演習があってね。それの事後処理に少々時間が掛かってしまった」

 

 男の名は”ティンバー・ディーネル”。アライアンス軍に所属する士官。彼は皮手袋をはめた右手で軍帽を取ると、頭を小さく下げて謝罪の言葉を口にする。

 

 「そりゃご苦労様。職業柄大変そうなのは分かるけど少しは時間に余裕を持ちなよ。待つのは別に嫌いじゃないが、それも限度ってもんがあるぜ」

 

 クリフ自身も遅れてきた身ではあるが、そこは口には出さないでおく。

 

 「これからはもう少し時間にゆとりを持たせるとしよう。今の立場になってからは分単位で行動しているつもりだが、これが中々上手くいかないものでね。私自身、時間に関してルーズなところがあるのは自覚しているのだが……今後は律していかなければならないな」

 「アライアンスの士官とは思えない台詞だ。――まあいいや。仕事の話に入ろうか。依頼の通り、ここ最近の武装組織の動向を纏めた資料を持ってきた。一番ボリュームがあるのは、そうだな……最近になって拡大してきたレイヴンの”グリーン・ホーン”ってやつが率いている組織かな。一番上の資料はこいつらが近日中に行おうとしている作戦計画書の一部だ。連中、もしかしたら大掛かりな事をやろうとしているかもしれないぜ。これに合流するレイヴンやら小規模組織の連中が結構な数がいて、やつらのねぐら周りが相当賑やかになっているらしい。合流予定の戦力情報も載せてあるよ」

 

 ディーネル中佐の言葉に対して肩をすくめてやれやれといった表情を浮かべながらクリフは手に持っていた書類袋を中佐に手渡した。

 ディーネル中佐はサングラスを外すと、受け取った書類袋の中から30枚程の書類束を取り出してそれらに目を通し始める。大きめのサングラスを外した彼の右目の横にも裂傷跡。そして制服の袖口から見える手首にも火傷の跡を覗かせている。15年前まではレイヴンとして活動していたらしく、それらの傷跡はその時に付いたと聞いていた。

 

 「ダミーの可能性は?」

 

 すべての書類に一通り目を通したディーネル中佐はクリフの方を見据えて言った。

 

 「いくつかはあからさまにハッタリといえるものもあるが、作戦計画書自体はグリーン・ホーンの組織のナンバー2的な存在が反アライアンスを支持する連中に送ったものだから信頼は出来るはずだ。保証するよ。詳細は付属のメディアに入れてあるからそちらで精査してくれ。――あとこれはおまけで、最近噂になっている”ジナイーダ”の戦闘映像も入手した。30秒程度しかないが、乗機である<ファシネイター>の機体構成が以前確認されたものと変わっているのがはっきりと映っている。一番判り易いのはコアだな。どこから手に入れたかは知らねえが、クレストの新型<CR-C06U5>になっているぜ。一緒に見ておきなよ」

 「分かった。今回はドルで8,000の支払いだが、このジナイーダの情報に対しては追加の報酬を出しておくように私から本部に申し伝えておこう」

 「ああ、そりゃ有難いぜ。追加報酬とは太っ腹だな、中佐。今日の職務が終わったら。お楽しみがあるのかい?」

 

 その言葉にディーネル中佐の眉間の皺が僅かに動く。傷アリの顔はその微かな動きも何かしてきそうな雰囲気があってクリフは内心焦る。

 だが、中佐は小さく首を振って嘆息。その表情は少し疲れている様にも見えた。

 

 「残念だがそうではないよ、クリフ。事後処理はまだ残っているので帰ったらその続き。そしてその後は今回の合同演習の報告会だ。将校たちと優雅にディナーを楽しむ暇は生憎ないよ」

 「合同演習の報告会っていうよりも反省会って感じじゃないのか? 今回の合同演習、どうせ戦術部隊に後れ取りまくって模擬戦にボロ負けした挙句、ボロクソに言われたんだろ? 本部部隊の課題点はいかに下手糞を減らし、仲良く行動して、誰が指揮を取るか、整備士の教育に戦技教本の内容整理と更新エトセトラってところだろ?」

 「手厳しいことを言うな。まあ確かに君の言う通り、そんなところだ。戦術部隊所属のレイヴンたちにいいようにやられているようでは本部部隊のパイロットたちの士気は一向に上がらんからな。彼らも元居た企業の部隊では腕は良かった方だが、戦術部隊の優秀なパイロットと比べるとまだ差があるのは否めんよ。アライアンス本部の目下の目標は本部部隊の練度向上だが、それ以外に課題は山ほどある。足並み揃えて作戦行動が取れる様になるにはまだ時間が掛かるだろうとみている。我々も頭が痛いよ」

 

 そう言って書類袋を後ろに控えている護衛に渡したディーネル中佐はジュラルミンのケースを代わりに受け取ると護衛の兵士に部屋から出るように促した。部屋にはクリフと中佐の2人だけとなる。

 

 「さて、今回は依頼の報告だけではない。君も察しているだろう」

 

 サングラスをかけ直したディーネル中佐はクリフを見据えた。

 

 「ああ、分かっているさ。アライアンス軍参謀本部の作戦参謀殿がわざわざ俺をここまで直接呼びつけたんだ。このままさよならって事は無いのは分かっているよ。何かあるのかい?」

 「新しい依頼だ。クリフ。あるACの調査を君に依頼したい」

 

 クリフはディーネル中佐の言葉に自身に対して敵意がない事を悟った。懐と腰に忍ばせた武器は使う必要は無さそうで内心安堵の息を吐いた。

 

 「もしかして、ジナイーダの<ファシネイター>かい? それはちょいとキツそうだな。さっき渡した映像だって幸運に幸運が重なって手に入った代物だぜ。それとも”リム・ファイヤー”の<バレットライフ>とか言わねぇよな? あいつ相手じゃ俺にはちょいと荷が重いよ。報酬によっちゃあ……断らせてもらうからな」

 「いや、そちらは情報部に任せておこうと思う。それにACを調べるのであって、乗っているのがレイヴンとは限らない。君が調べてほしいのはこの機体についてだ」

 

 そう言うとディーネル中佐は胸元のポケットから1枚の写真を取り出す。写真には飛翔する何かが映されている。そのシルエットから白い二脚型のACだと辛うじて認識できるが酷いブレで細部まではよく見えない。

 

 「つい最近、我が軍の部隊が偶然捉えたものだ。その写真だけじゃない。これも見てほしい」

 

 ディーネル中佐はジュラルミンケースからを小型の端末を取り出し、それ起動させると1つの映像ファイルを再生した。端末のディスプレイには見知らぬ街の残骸が映されている。

 

 「この画面に映っているのは、我々が補給用の基地として使っている街に設置した監視用のカメラから捉えた映像だ。このカメラにはある戦闘の模様が記録されていた」

 

 ノイズ交じりの画面の右端から四脚型のACがMT<CR-MT85M>2機を連れて映り込んできた。

 

 「これは我々本部部隊所属の機体だ。この直後に問題のACが現れる。よく見ておいてほしい」

 

 何かを察知したのか、四脚型のACとMTは画面中央奥に向かって自機に装備しているマシンガンを撃ち続けているが、画面中央から青い閃光が2つ飛んできた。一瞬のうちにACの隣にいたMT2機が直撃を受けて爆発、炎上する。

 次の瞬間、閃光が飛んできた方向から猛スピードでACが現れる。機体は二脚型で、右手には大きなライフルを持っているのが見える。映像が不鮮明で判り難いが恐らく写真のACなのだろう。

 四脚型のACは僚機の爆発に動揺したのか、少しずつ後退しながらマシンガンを撃ち続けていた。しかし、二脚型ACはそれをブースト機動で簡単に回避すると、右手に持ったライフルを構えて再び青い閃光が3つ放たれる。その閃光は四脚型ACの頭と右腕、そして脚部の付け根に直撃して四脚型ACは後方に吹き飛ばされた。

 機体の各所から火花を散らして動けなくなった四脚型ACに向けてとどめと言わんばかりに右手のライフルを構える。ライフルから再び発射されたその光はACのコアを貫き、機体が青い光に包まれたかと思うと、その一瞬後には四脚型ACは爆散。周囲の燃料タンクを巻き込んで吹き荒れる爆風と共にタンクの破片と思しき物がカメラに向かって飛んできた瞬間、画面がブラックアウトして映像が止まる。

 クリフは呆然としながらも、ディスプレイに映る戦闘の様子を食い入るように見ている自分にようやく気が付いた。

 

 「……たった90秒足らずで全機撃破。圧倒的じゃねぇか。向こうのACが使用している武器、右腕は”カラサワ”(WH04HL-KRSW)だな。映像内では使ってはいないが、左腕に付いているのは形状からしてコイツは”ムーンライト”(WL-MOONLIGHT)っぽいが……ライフルに関しては使い慣れしているって感じはするな。腕は良さそうだ」

 

 戦況を分析しようとしても、戦闘時間の短さと二脚型ACの圧倒的な戦いぶりからは単純な感想しかでてこない。クリフは端末を操作して何度も見返す。

 

 「現在までに我々アライアンス本部、戦術部隊合わせて9機のACがこの所属不明ACにやられている可能性がある。MTを含めると更に多くなるがね」

 「……可能性?」

 

クリフは怪訝そうな表情を見せる。

 

 「撃破された機体の交戦相手が不明で詳細が判らないという意味だよ」

 「そういうことね。最近になってACを含むアライアンスの所属機が撃破されるのが多くなってきたという話は聞くけどこいつの仕業って事かもしれないのか」

 

 クリフは新しい煙草に火を灯しながら端末を動かし、映像を再度見直す。

 

 「一概には言えないが有り得ない話ではない。ついでに言えば、撃破されたACの中にはレイヴンズアーク所属のランカーACだったものも複数いる」

 「単独行動を取っているみたいだが、リム・ファイヤーやジナイーダ以外にもこういった手合いの奴がいるのか。まあ、最近はレイヴンだけじゃなく現役復帰したやつや、混乱に乗じてAC乗りになったっていうやつも増えてきているからな。こういうのが出てきてもおかしくは無い」

 

 紫煙を天井に向けて吐き出すとクリフはディーネル中佐に顔を向けた。中佐は何も言わずクリフの顔を見つめているが口元は少し緩んでいる。クリフの反応を試しているようだった。

 

 「その通りだ。調べてみる価値はある相手だろう」

 「ACねぇ……まあ、あまり好きじゃねぇがな。ここにわざわざ呼び出したのはそれだけの理由か?」

 

 煙草を吐き捨て、クリフは少し警戒した表情を見せた。

 

 「不愉快であったのならお詫びしよう。君に直接コンタクトを取ったのはそれなりの理由がある。対象ACの出現時期はごく最近で、単独行動でありながらも被害が大きく、未確認の武装勢力等による作戦行動の一環の可能性もある。そこでネットワークを介しての依頼を避けてリサーチャーへ対して直接の依頼にすることにした」

 「リサーチャーである俺がこんな事言うのもあれだが、情報部を使わないのかよ。あいつらを使えばすぐ片付く気がするんだがな。連中だってそんな無能じゃねぇだろ」

 「確かにこの件は本来であれば情報部が先ず動いて然るべき筈だが、これは我々アライアンスの体面上の問題があってね。被害の大きさがあるとはいえ、たった1機のACの正体を突き止める為に情報部を動かす事は大げさで、そんな行動を取っていると他の勢力に思われたくないと考えている者がアライアンス本部の中には一定数居るのだよ。それ以前に情報部は現在、対武装勢力との作戦行動で動かせる余裕は無く、別の作業に人員を割く事が難しい。これで納得してもらえるかな?」

 「そちらが一枚岩じゃない事は分かっているつもりさ。だからこそ、困った時のリサーチャー頼りってとこかい」

 「その通りだ。今回君に対して依頼を掛けたのは私自身と長い付き合いがあり、信用度の高いリサーチャーであるからだ」

 「そいつはありがたい話だ。まさかここまで信頼されているとは思わなかったぜ。光栄だな」

 

 クリフは小さく溜息を吐いて苦笑いを浮かべた。その傍ら、ディーネル中佐は端末を取り上げてもうひとつのファイルにアクセスする。

 

 「先程の映像の他にも情報があってね。つい2日前の出来事だ。我が軍のMT部隊と本部で雇ったレイヴンのAC2機が所属不明機によって撃破されてしまった。恐らく同一機体だろう。これは撃破されたACのカメラが収めていた記録の一部を復元したものだ。これも見てもらおう」

 

 幾つかの画像が表示される。画像には二脚型ACと思しきシルエットが巨大な銃を構えて正面を見据えている様子。レーザーブレードで僚機のコアを貫く様子などが映されていた。そしてクリフの興味を引いたのは恐らくこのACの最期の瞬間であろう、相手側ACが自機に最接近してレーザーブレードを振るう瞬間を捉えた画像であった。そこにはレーザーブレードを振るうACの左肩の装甲に付けられた「大剣を振りかざす十字架を背負った天使」のエンブレムが大きく映されていた。

 

 「確かにさっきの映像で映っていたのと同一機体っぽいな……それにしてもこの機体、なんだろう……ちょっと気に入らねぇが、ご大層なエンブレムを付けていやがる。こんなエンブレム付けているAC、俺の記憶で思い当たる機体は今のところ無いな。さしずめ<十字架の天使>って言ったところか」

 「フム、<十字架の天使>か……良い呼び名だな。我々もその呼称を使わせてもらうとしよう。期限は今のところはっきりと決めはしないが2週間後に中間報告を直接貰いたい。そこで継続か終了かを決めよう。報酬は情報の出来高によるが、最大20,000ドル。もしくは200コームでの支払いをさせよう。どうだ、やってくれるか?」

 「この端末の情報は借りられるのか? 俺のねぐらでじっくりと見させてもらいたい」

 「ああ、勿論だ。そもそもこの端末は君に貸与するつもりだった。必要とあればこの情報は君の同業者と共有しても構わんよ。我々からの依頼であることを伏せてくれればね」

 

 視線を落としてクリフは暫く考え込んだ。今回の依頼は所属不明のACの調査であるが、期限がはっきりと定まっておらず、中間報告まで2週間というのは割と長いという感覚がある。

 ACの情報は他のリサーチャーにも共有可能で、協力要請も条件付きで有り。中佐がこのACに並々ならぬ興味を抱いているらしいが、アライアンス軍全体としてこのACに対する現在の評価はどれ位のものかは分からない。

 中佐の言う被害の大きさが本当だとすれば将来的にはリム・ファイヤー、ジナイーダと並ぶ高い脅威度の評価を受けるかもしれないが、20,000ドルもしくは200コームという報酬もACの調査としては高めの報酬設定。いつもとは違う雰囲気にクリフは違和感を覚えた。

 断るべきかと一瞬考える。だが、この依頼はアライアンス軍作戦参謀であるディーネル中佐が直々にクリフへ出向いて依頼してきたものだ。参謀本部の総意ともいえる。どちらにせよこの依頼を聞いた以上後戻りは難しい。断った場合、直接的ではないにしろ今後アライアンスから何かしらの圧力が掛かってくる可能性だってある。

 

 ACの詳細を調べるだけならこの期間であればある程度は目途が付くはずだ。中間報告次第ではこの妙な依頼とは縁を切ることが出来る。逃げられなさそうであれば受けてやるしかない。クリフは顔を上げた。

 

 「難しそうだな。どこまでやれるが知らねぇが、この依頼受けるとするよ。今回もドルでの支払いでお願いするぜ」

 「君ならそう言ってくれると思っていたよ」

 「中佐。あんたを疑っている訳じゃない。でも、ひとつ確認させてくれ。これは本当にアライアンス軍。そして参謀本部から出された依頼なんだろうな?」

 

 クリフはディーネル中佐を見据えて言い放った。中佐はサングラスで視線は見えないが、顔は真っ直ぐクリフの方を向いている。

 

 「そうだ。警戒はしなくていい。ACの調査以外に何も特別なことは無い。この依頼で君に対して大きな不利益を被るようなことは一切無い事は保証しよう。さっきも言った通り、状況が意外と不明瞭であるが為に今回のような形で依頼をさせてもらった。それだけだ」

 

 ディーネル中佐はそう言ってジュラルミンケースを渡すと「良い報告が聞ける事を期待する」とクリフの肩を軽く叩いてオフィス跡から出て行った。

中佐を乗せた車が去っていくのを見届けてクリフは窓際から空を見上げる。既に夕刻になっていた。

 

 「……<十字架の天使>か」

 

 そう呟きクリフは再び煙草に火を点けて写真を見つめる。正体不明のACの調査。依頼として難しさはあるが、やってみる価値は中々ありそうだ。

 依頼内容が不明確な場合や報酬が依頼内容不相応の金額であれば蹴ることが出来た。時としては命の危険に晒されるのがこの仕事だ。しかし、それはリサーチャーである自分でしか出来ない仕事であることだと自負している。

 吐き出された紫煙はオレンジ色に染まりだしてきた空へゆっくりと舞い上がり、沈みかかった太陽へ伸びていった。

 

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