ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
キーボードを叩いていた手を止めると、クリフは椅子から立ち上がり、煙草に火を灯して一服する。
ここ最近は外に出る事の方が多く、自宅にいる事は少なかった。なんだかんだ言ってもやはり一番落ち着ける場所はやはり自分の家なのだろうとクリフは思いながら身体を大きく延ばして部屋を見渡す。ゴミに資料やら調査で使用する道具が乱雑して置かれ、埃臭さが混じる部屋。ここ最近掃除をしていなかったなと思い返した。
仕事も一段落したし、掃除でもするかとクリフは床に散らばっているゴミを拾い始める。
一度片付けを始めると中々終わらないものだ。ゴミ掃除だけのつもりが、いつの間にか資料の整理まで始めてしまっていた。バラバラに散らばっていた資料を年度やクライアントで纏め直し、フォルダに入れ直す。
すべての資料は電子データにして保管はしているが、いざという時に直ぐ見られるように紙の資料もクリフは残してある。意外と量があり、手間が掛かるなとクリフは思わず苦笑いを浮かべた。
棚の片隅に置かれたひとつの資料が入ったファイルを手に取る。他の資料に比べて分厚く、重い。
「懐かしいな」とクリフは呟き、ファイルを開いた。ファイルの表紙と背表紙には「Closed Horizon」と記名されている。
ちょうど4年前になる。その頃は幾つもの反企業体制組織によるテロ活動が頻繁に起こり、各企業が対応に追われていた。そのテロ活動で最も精力的に活動していたのが”ノーバ・ホリゾント”と呼ばれる組織だった。
この組織は戦闘用MTだけでなくACも多数揃えており、パイロットの質も高く、各企業も最大の脅威として圧力を強めていた。そんな中でもこの組織はひとりのACパイロットが驚異的な実力でそれを退けていた。
パイロットの名は”ステルーモ”。通信の傍受記録で女性とだけしか判明していないが、白い軽量二脚型AC<シリウーソ>を駆り、彼らを圧倒していた。彼女によって倒された企業軍のACパイロットはもちろん、レイヴンも少なくは無い。
だが、ステルーモを擁する彼らノーバ・ホリゾントの跳梁も長くは続かなかった。三大企業が一度きりだと言われた連合軍を組織してノーバ・ホリゾントを含む複数の反企業体制組織へ対する大規模な掃討作戦を敢行。その末に彼らは壊滅に追いやられた。そしてステルーモもその最中に機体を撃破され、戦死したとされている。「Closed Horizon」はその時の作戦名であった。
「この時だったよな」とクリフは資料を捲りながら呟く。1年近く掛けて準備されたこの作戦はレイヴンだけではなく多数のリサーチャーも組織の動向調査として駆り出されていた。クリフも連合軍からの依頼を受けて参加しており、ディーネル大佐との出会いもその時だ。
当時、連合軍AC部隊の司令として後方で戦っていたディーネル大佐から直で依頼を何度か受けて、幾つかの組織の物資調達ルートや侵攻予測ルート調査に配備戦力についての分析に携わった。結果的にはそれが連合軍勝利に貢献することになり、クリフのリサーチャーとしての評価もこれによって上がった。
その頃はリサーチャーとしては全く無名であり、実績も他の同業者と比べても突出していた訳でもないクリフを何故ディーネル大佐が使ってくれたのか。クリフは一度だけ聞いたことがある。大佐は「私一人で判断したわけでは無いが」と前置きをしたうえで笑ってこう答えただけだった。
「高名なリサーチャーは顔が知られている。隠密行動には君みたいな顔があまり割れていない者が最適だった。まぁそう判断したのさ」
もっともらしいが、ある意味不明瞭な答え。自分の様にアグレッシブに動き回るタイプのリサーチャーではなく、部屋の中でじっくりと調べ尽くすタイプに任せても良かった気がしないでもなかった。
ただ、結果的にはこの実績のお蔭で調査依頼が増えたのも事実だった。そこはディーネル大佐に感謝しかない。
「そういや、彼女の機体も白か」
クリフは<シリウーソ>の機体構成図を眺める。機体は<C03-HELIOS>を中心とした軽量級パーツで組まれたフレーム構成で、実際にステルーモはオーバードブーストを多用した高機動戦闘を得意としていた。AC乗りの中には機体カラーにちなんで彼女を”白い閃光”と呼ぶ者もいて、一時期は黒い軽量二脚型AC<ジオハーツ>を駆る”赤い星”こと、クレスト軍の女性エースパイロットのアグラーヤと比較されることもあった。当時はこの二人の実力について色々と議論が出たのを思い出す。
「流石に彼女では無いだろう」
色は確かに似ているが、白いACを見るとどうしてもあの機体を思い浮かべてしまうのは良くないなとクリフはまた苦笑いを浮かべた。印象が強すぎる。
クリフは資料を捲る手を止め、端末を操作してファイルにアクセス。表示されたのは<十字架の天使>が写された画像。
先日のセントラル・アークでの戦闘で<ヴェスペロ>と<シュバルツナーゲル>のカメラで捉えたものだ。クリフはヴィラスとスタークスから共同で調査をしてほしいという依頼を受け、<十字架の天使>の資料とコームを引き換えに両機体のカメラログに残された画像を密かに貰い受けていた。
新たに得る事にできた機体の画像と以前アルバタ基地で撮った画像を見比べる。フレーム構成と装備している武器は変わらないが、肩部ハードポイントに装備されている追加装甲は以前とは違うものだった。パーツの正体はキサラギ製の<ENMEI>。このパーツはナービス領の紛争末期に開発された新型で、キサラギからの信用度が高いと判断された極一部のレイヴンのみにしか試験的に販売していないパーツだった。それがこの機体が一端のレイヴンが使う機体でない事を暗に示している気がした。
他にもスタークスからの情報だと例の機体は強力なECMを装備しているようだったと聞く。以前は肩部には対ミサイル用デコイを積んでいた筈だが変更されているみたいだ。ECMメーカーが射出された形跡がないという話も聞くが、市場に出回っているAC用のECM装置は皆、射出式で内蔵式というのは無い。更には<WH04HL-KRSW>の発射間隔の短縮化。<WL-MOONLIGHT>のブレードレンジが延伸されていたという話も彼らから聞いている。ここまでくると武器だけではなく内装にも何かしら手を加えていそうだ。
交戦したレイヴンからの情報というものはとても貴重で非常に参考になる。クリフはそれらの情報を纏めてこの機体は高度なカスタムが施されたACではないかとそう思い始めた。そしておそらく、まだこれも途上だろうという予感もした。あの機体は大きな損傷をしたが、撃破までには至っていない。次に現れるときは更に強化されてくるのではないのか。
クリフはヴィラスから貰った戦闘ファイルのログを開く。<十字架の天使>のパイロットと思しき音声じゃないかと一緒に貰ったもの。ヴィラスがやけにこのファイルについて詳しく調べて欲しいとしつこく言っていたのをクリフは思い出す。だが、再生されるのはほぼノイズで、補正を掛けても僅かに声らしきものが聞こえるかというレベルだった。
繰り返しファイルを再生する。繰り返すたびにそれは何かの言葉の様に聞こえ、呻き声にも聞こえ、そして泣き声にも聞こえた。
この機体のコクピットに座っていたパイロットはモニター越しにどんな表情を浮かべていたのだろうか。
まるで幽霊だ。そこにいると思わせといて、実体がまるで掴めない。もしやこのパイロットは──
その時、端末から小さな音が鳴り、クリフはメールソフトに新着メールが1件届いている事を確認した。メールの送信者は”ルイ・レインウォーター”。レイヴンが愛機に付けるエンブレムのデザインを数多く手掛けてきたデザイナーのひとりだ。
クリフは<十字架の天使>に付けられていたエンブレムについてもう一度調べていた。今までのリサーチャー視点からのレイヴンたちの世界ではなく、今度は別角度からの視点で。
大抵のレイヴンは愛機に付けるエンブレムをデザイナーに依頼してデザインをしてもらっている。デザイナーである彼ならもしかすればあの特徴的なエンブレムをデザインした人物。もしくは依頼した人物を知れるきっかけになるかもしれない。クリフはメールを開く。
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From:ルイ・レインウォーター
To:クリフ・オーランド
Subject:天使のエンブレムについて
写真を拝見させてもらった。
このエンブレムについて依頼主や依頼を受けた者を調べてみたが、私の所では一緒にいるユーコはもちろん、現在連絡が取れるデザイナーでもこのようなエンブレムの制作依頼を受けたという情報は今のところ確認出来なかった。
私個人の考えとしてはこのエンブレムは個人で依頼されたようなものではなく、何らかの企業もしくは団体からだと思っている。
理由はこのエンブレムの描写具合だ。画質が荒くて見辛いところはあるが、全体的に細かい描写を施している様に見受けられる。例えば天使の羽の羽ばたきの躍動感とそれによって細かに散らばる羽や綺麗に磨かれた剣の輝き具合など色々とあるが、これはもう一種の芸術性のある絵画だ。
こういった細かい描写をされたエンブレムは、大抵は企業をはじめとする団体が自らの力関係を大々的にアピールする際に採用されることが多い。企業が所有する軍の儀仗隊とかが最もいい例だろう。
もちろん、その分の依頼費用も高くなる。レイヴンが使用するエンブレムにもこういったものはあるけれど、大体はランカークラスとかの資金力が元々豊富なレイヴンで、それ程多くは無い。レイヴンはどちらかというと存在を分かり易くアピールする為にシンプルでかつシンボリックなデザインの方で発注する傾向にある。
これはユーコの意見だが、このエンブレムには大きな力を誇示させたいというメッセージも含まれている気がする。天使は神の使い。すなわちこのACは神からの命令を遂行する者というアピールかもしれないとね。
依頼者がいるとすれば相当大きな力を持つ、もしくは持とうとするものだろう。だが、あまり好まざる者という感じがするとも言っていた。それについては私もそんな感じがする。
こちらでももう少し調べてみるが、あまり危ない橋を渡らないようにしてほしいというのが私から君への思いだ。
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メールを読み終え、クリフは座っていた椅子の背にもたれ掛かった。そして新しい煙草に火を点けると「なるほどね」と呟いて紫煙を吐き出した。
デザイナーからの視点。あのエンブレムは単なるシンボルではないという事か。大きな力を誇示させたい。そして神からの命令を遂行する者。占い師が本業であるユーコ・アマノらしい鋭い観察眼故の指摘だ。以前ディーネル大佐と話したが、並以上の規模を持ったバックが居るという予想は増々強くなる。
ふと、クリフの脳裏に浮かんだのは”管理者”という言葉だった。かつてレイヤードを支配した”神”とも言える存在。もし、アライアンスやバーテックス等と対等に戦える力を持つ者がいたとすれば管理者だろうとクリフは考えた。
だが、管理者はレイヤード時代末期に一人のレイヴンによって破壊され機能が停止。既に存在しない。しかし、管理者と同等であろう力は他にもいる。旧世代の遺産だ。あの機体の圧倒的な性能が旧世代の技術を利用されている可能性も否定できない。それを扱う第三勢力が潜んでいるかもしれないのではないか。
──少し飛躍し過ぎたかと、クリフは再び紫煙を吐き出す。当然ながら確証は全くない。
携帯端末からアラームが鳴る。クリフはそれに手を取り画面を眺めると「あっ」と小さく声を漏らした。予定を入れていた事をすっかり忘れていた。
端末からソフトウェアを起動。モニターに表示された認証画面にIDとパスコードを入力。待機画面が暫く表示された後、端末の画面にデスクに座るディーネル大佐の姿が表示された。暗号通信映話のソフトウェアでディーネル大佐の部屋と通信が開始される。
「よう。元気にしていたかい。ちょっと遅くなったけど特務部隊司令就任と大佐への昇進おめでとうございます。ディーネル大佐」
クリフは手を上げて画面越しのディーネル大佐に挨拶をする。
『ああ、ありがとう。私は相変わらず変わりは無くといったところかな。だが、実戦部隊の指揮を久々に執るものだから、やる事が多いのを思い出してね。睡眠時間が少々減ったよ』
ディーネル大佐も手を上げて返事をする。通信状態の所為か、声は明瞭だが画面に映る大佐の姿はやけにぼやけて見えた。
「まぁ、司令官だからな。大変そうなのは分かるよ。でも大佐だろ? この抗争を終わらせれば後は安泰ってやつじゃないか。年金も相当貰えるって聞くぜ。それに上手く行きゃ将官への昇進も夢じゃない」
『それを考えるのは時期尚早だな。今の動乱の鎮静には時間が掛かると参謀本部は予想している。脅威はバーテックスだけじゃない。仮にバーテックスだけを壊滅させても後継を自称する勢力も出てくるかもしれん。優雅な年金生活について考えるのはそれらを全て解消してからだな。ゆっくりとレコードを聴きながら自宅で読書なんていうのはまだ当分出来そうにないよ』
「レコードねぇ……そんな趣味があったのかい」
『ここ数年リバイバルブームというやつで、アナログレコードが再生産されていただろう? 私もそれに乗っかってジャンル問わずに集めていてね、自宅にはレコードが大量に積まれているよ。最近は戻れていないから埃が相当溜まっていそうだ』
「そんなこともあったな……俺はあまり興味が沸かなかったけど。それに狭い俺の部屋じゃ嵩張っちまう」
『リリースされたのは大破壊前に作曲されたと思われる曲が大半で滅多に聴けないモノばかりだ。それにレコードプレイヤーで曲を掛けながら自室で紅茶でも飲んでゆっくりと過ごせば、情緒な雰囲気にも浸れるぞ』
「意外とミーハー気質じゃないか」とクリフは苦笑いを浮かべながら端末を操作する。
『大抵のものは大破壊とレイヤード時代の長い年月で消えてしまった。当時の文化に触れられる数少ないモノだ。音楽を聴くのは趣味のひとつでもあるから悪い気分では無いよ。──フム……』
「ちゃんと送信できたみたいだな。解除コードは今日の日付とワードJ-02になっている。今回は調査期間が短いからそれ程多くは纏められなかったのは勘弁してくれ」
『今、確認した。……やはりか、危惧していた通りの結果だな』
「バーテックスの現在の勢力圏分布と兵力増強に伴う今後の侵攻ルートのシミュレート結果だ。サイナス飛行場とウォルター資材保管区を持っていかれたのは痛手だよな。空路と陸路の重要拠点から兵力が送り込まれて各拠点を……って感じだ」
『それに加えてバーテックスへの合流を検討している組織はどれも驚異度が高いところだ。仮に全て合流すると予測すれば戦力は現状の42パーセント増強ってところか……』
ディーネル大佐の溜息が大きく聞こえる。癖なのだろう、右頬の古傷を撫でながらクリフが送った資料を暫く眺めていた。
「サークシティ方面へ向ける兵力もだが、本部へ繋がる拠点の防衛優先度を決めていかなければならないな。資料にも書いておいたけど、一番はディルガン流通管理局辺りだろ?」
『他にもあるが、そこも優先順位的には高い方だな。既に本部が協議しているが、特務部隊を派遣する作戦もこの情報はひとつの指標となる。良い情報を持ってきてくれたよ、クリフ。提示通りの報酬を支払おう。今回もドルで14,000の支払いでよかったかな?』
「ああ、それで良いぜ」
ディーネル大佐の言葉にクリフは画面越しにOKの意思を示すサインを指で送る。今回も上々といったところだ。報酬に関して文句は全く無い。
さて、と画面にぼやけて映るディーネル大佐がこちらを見据えているのをクリフは感じ取った。これはまた次の依頼か、と心の中で呟く。
『引き続き、調査を依頼する。これは他のリサーチャーにも依頼しているが、特に期限を決めていない。定期的に情報を持ってきてくれれば良い』
その言葉にクリフは顎に手を当てて頷く。継続型の依頼か。フィルター付近まで短くなった煙草を灰皿で揉み消し、新しい1本を咥えて火を点ける。
『2つあってね。一つ目はここ最近目撃情報が増えている”レイヴンの亡霊”だ』
ああ、とクリフは紫煙吐き出しながら頷く。戦死が確認された筈のレイヴンの機体が目撃されたという情報はリサーチャーのネットワークでも度々話題に出る事がある。目撃情報自体は特攻兵器襲来後の混乱が収まり始めた4ヶ月前辺りから出ているが、バーテックスの蜂起の前後から急激に増えていた。
「亡霊か。俺は見誤りか騙りの類だと思っている。……ジャック・Oっていう例外はあったけどな。死んだレイヴンが乗機と一緒に蘇って暴れまわるなんてナンセンスだ。オカルト雑誌の三流ライターだって本気にしないぜ」
『それでも確証を取らなければならないというのが本部の本音だ。実際に襲われた部隊があるという報告も上がっている。情報の精度や機体の脅威度によるが、報酬はドルで100から8,000。コームなら1から80で支払おう』
「はいよ。直近で挙がった目撃情報なら直ぐに出せるぜ。2、3件あった筈だ。今夜中に纏めて送っておくよ」
『分かった。届き次第、確認をさせてもらう。二つ目の依頼だが、現存する武装組織の資金や武器の流れについての調査だ』
そんな依頼か、とクリフは訝しげに首を傾けた。そんな事は既にアライアンスの情報部がやっているのだろうと思っていたからだ。バーテックスが台頭した今も他の組織の勢力図は目まぐるしく変わる。追いきれなくなったか。クリフの様子を悟ったのか、ディーネル大佐は続ける。
『正確には旧企業の影響を受けていそうな組織を割り出してほしいと言ったところかな。対バーテックスに戦略を切り替わっていくなかで情報部の負担が更に大きくなった。そこで君たちリサーチャーの手を借りようと思う』
「バーテックスとの情報戦には情報部の戦力をつき込んで、他はリサーチャーって事か」
ディーネル大佐の言葉の意図がようやくクリフには判った。
『先にも言ったが敵はバーテックスだけじゃない。これも前にも言った気がするが、離反した旧企業軍の残党らしい動きも少し見え隠れがしている。将来の脅威は早めに取り除かなければならない。その為の依頼だ。これの報酬は高めに設定して、ドルで3,500から35,000。コームなら35から350になり、重要度が高ければ更に追加させる』
「旧企業の動きか……アライアンスとしちゃ、あんまり歓迎できるもんじゃねぇな。確かに一部の組織には規模の割に装備が妙に贅沢なモンを使っているところはあるし、いくつかは臭そうな所は絞れそうだ」
そう言って、クリフは整理したばかりの棚を眺めた。ここ最近のものなら資料から割り出せそうな組織はあるかもしれない。そう難しくは無い依頼だ。だが、この情報も直ぐに更新されるだろう。新しい情報も仕入れなければならない。
「ホント、敵が多いねぇ」とクリフは大分短くなった煙草に口を咥えて紫煙を大きく吐き出す。
『三大企業中心の連合組織という目で見られているからな。反発する者が多いのは分かっているが、前線に近いところに立つと、それを痛いくらいに実感するよ』
何となくではあるが、ディーネル大佐が苦笑いしているのが分かる。意外と楽しんでいるのではないかと思うくらいだ。元レイヴンである彼らしいと言えばそうなのかもしれない。戦場に近い場所が大佐の性に合っているのだろう。
「そういや十字架の……じゃなくて<UNE-009>の調査の進展はどうなっているんだい?」
クリフは画面に相変わらずぼやけて映るディーネル大佐を見据えて問いかける。先程まで調べていた<十字架の天使>についてアライアンス側の状況を聞いておこうと、ふと思いついたからだ。
『先日、セントラル・アークに出現してレイヴンと交戦したという情報を情報部から貰ったが、それ以降は全く掴めていない。まあ、今はバーテックスの動向の方を優先しなければならないという事情があるがね。君たちの方がもっと掴んでいそうな気がするが、どうかね?』
「……いや、大佐のとこと同じだ。セントラル・アークでAC5体と交戦してその末に損傷して逃げたって言う情報が入ってきた……それだけだ」
肩をすくめて溜息を吐くと、クリフは椅子の背にもたれ掛かった。軍機もあるだろうが、アライアンスからは大した情報は得られそうにはないかと小さく落胆する。
『あの機体も搭乗者もまた、正体を突き止めなければならない者だ。引き続き、情報があれば提供を頼む』
「そうするよ。じゃ、また今度の報告の時にってことで。また生きて会おうぜ、大佐」
『君もな。クリフ。ここ最近の情勢は不安定だ。腕の良いリサーチャーの喪失はアライアンスとしてもとても痛い。そう、私にとって信頼関係のある人間としても失いたくはない』
ディーネル大佐は穏やかな声でそう言うと、手を振って消える。映話は終了。狭い部屋に再び静寂が舞い戻る。二口程しか吸っていなかった煙草は既に灰皿の上でフィルターまで灰が達していた。勿体無かったとそれを消し、新しい煙草を咥えてクリフは立ち上がる。次の仕事に備えて道具の整理だ。下手すればまたしばらくここには戻れないだろうなと思いつつも作業する手は止まらない。
天職なんだろうとクリフはつくづく思う。もし、当初の通りレイヴンになれていたらここまで生きてはいなかっただろう。
レイヴン試験に落ちたあの時、実感したのは自分が思っていた以上に臆病な人間であったという事。だからこそあらゆる方向から見なければならないこの仕事に於いて、進むべきところと引き際を見極めるようになれた。命のやり取りが起こりかねない場面もこの臆病さに救われたこともある。大胆の様で繊細に、そして中立的に。それがクリフのリサーチャーとしての信条だった。
携帯端末からまた通知音が鳴る。クリフは画面を眺めた。
* * *
2発の細い光芒が2機の<CR-MT85B>の胴体を貫く。貫かれた穴から炎が上がり、2機のMTはそのまま爆発。残された下半身が崩れ落ちた。それを黒と銀の重量二脚型AC<エクリッシ>のコクピットに座るジェランが見下ろしていた。その後方から6機の<MT09E-OWL>が<エクリッシ>に追従してくる。
撃破されたMTから上がる炎の向こうから複数のMTが向かって来る。ジェランは機体をゆっくりと後退させながら武器を垂直発射式ミサイルランチャー<CR-WB03MV>に変更。ロックオンサイトに捉えて発射。ミサイルが放たれると同時に後方から味方の<MT09E-OWL>が前に飛び出すと、回避行動に出た敵機へ一気に強襲して撃破する。それをジェランは口元を少し歪めて見届けた。
──違和感。それはアライアンス特務部隊隊長という任に就いてからも自身を包み込み様にあった。だが、それも愛機のコクピットに入り込み、トリガーを引くにつれて薄皮が剥けていくように小さくなっていくのが感じ取れた。そして、出撃を重ねる度それは更に小さくなり、やがて消える。
やる事はこれまでと変わらない。ACに乗り、任務をこなす。ただ一点違うのはアライアンスという組織にジェランという存在を刻み込ませる事。飲み込まれるのではなく、確立した存在である事を証明できれば良い。その為には戦果を挙げる。それだけだとジェランは思った。
組織の下に就いていると自身の自由が無くなるもの。ジェランにはそういった固定概念が昔からあり、他人から抑えつけられる事を嫌っていた。だが、隊長という役職を差し引いてもアライアンスという組織。特にこの特務部隊は融通が利くなというのがジェランの思いだった。
特務部隊の基地についた時にディーネル大佐から言われた事が今は理解できる。ジェランは既に独立勢力のいちAC乗りとしてではなく、アライアンス特務部隊隊長という立場で戦場に立つことが出来ていた。
だが、それでも胸の奥底には何か燻り続けている。違和感とは別の何か。ジェランは考えようとするがそれはヘルメットから聞こえる声で直ぐに遮られる。
『援護要請が入りました。本部部隊が施設中央部で交戦中です』
小さく溜息を吐いたジェランは「了解だ」とオペレーターにあえて強く返答するとフットペダルを踏み込んで機体を加速させた。それに続いて味方機が順次ブースターを吹かして追従する。
今回の任務はバーテックスに協力する複数の武装勢力の拠点を同時に強襲して制圧する事。既に別動隊が別の拠点へ攻撃を仕掛けている。ジェランも今回のミッションポイントであるクレストが運用していた大規模MT生産工場跡へ僚機を率いてこの任務に就いていた。既に本部から派遣された部隊が地上から先行して交戦を開始しており、施設から煙が複数上がっていた。
ロックオン警告が鳴る。目の前には3機の<CR-MT85M>武器を構えて迫ってくるのが見えた。ジェランはフットペダルを踏み込む。重量級の機体である<エクリッシ>がその見た目とは反して軽快に機動して飛んでくる弾丸を躱すと右腕に握られていたハイレーザーライフル<WR09HL-SPIRIT>を構えてレーザーを発射。レーザーが先頭のMTの胴体を貫き、爆発。後方から味方機がライフルを放ち、残りを撃破。
中央部に向かう途中、複数の機体と交戦するもそれらも撃破。事前に受けた情報よりも敵機が多いと気が付いた。先行していた部隊に状況を確認するが応答がない。その理由は直ぐ知ることになる。
中心部付近に辿り着いた時、複数の<CR-MT85BP>の残骸が転がっているのが見えた。本部から派遣された部隊の機体だ。レーダーディスプレイには自機正面に反応が複数出ているのが示されている。
「散開しろ」とジェラン僚機に指示を出す。同時にロックオン警告。ミサイルが数発飛んでくるのが見える。
コア<CR-C83UA>のミサイル迎撃システムが作動。レーザーがミサイルを迎撃。そしてその先には2機のACと7機の<CR-MT77M>の姿。ACは2機ともクレスト製パーツで組まれた中量二脚型の機体。アライアンスから盗んだものだ。機体の左肩をよく見るとエンブレムが上書きされている。あえて消さずにわざとらしく黒のバツ印を描いた上にバーテックスのエンブレムを描く辺りは彼らなりの嫌がらせでもあるのだろう。それが妙に鼻について、虫唾が走る。
機体を跳躍して正面のMTに向けて左背部のロケットランチャー<CR-WB75RP>を構えて発射。ロケット弾がMTの足元に直撃。MTは脚部が吹き飛び転倒。続けざまに近くにいたMTに向けて発射。今度は胴体のど真ん中へキレイに命中。派手な爆発を上げて吹き飛ぶのが見えた。
味方機が1機のACを包囲してライフルを発射。ACはそれを逃れようとブースターで飛び上がるが、それを見逃さなかったジェランは左腕のライフル<CR-YWH05R3>を発射。ACはコア付近に弾丸を受けて体勢を崩す。そこへ味方機がライフルを一斉斉射。それを受けたACは胴体から墜落。コアが潰れた機体はそのまま動くことは無かった。
その時、レーダーに味方機のシンボルが2つ表示される。ジェランはモニターの左端を見やるとそこには2機の<CR-MT85BP>がパルスレーザーを放ちながらこちらに向かって後退してくるのが見えた。
状況からして先行した部隊だろう。いるのならば応答しろとジェランが声を上げようとしたその瞬間、2機のMTは大きく吹き飛ばされ、炎上する。同時にレーダーには新たに敵の反応。数は1。
工場施設跡からACが1機出てくる。ブラウンのフロート型。左肩にはハチドリのエンブレム。ハラフ・アッディーンの駆るAC<スフィル>であった。
「なるほど、レイヴンが相手じゃ本部の連中では抑えきれないか」
<スフィル>が真っ直ぐ<エクリッシ>に向かって来るのを見据えてジェランは呟く。フロート型AC。あの夜戦ったACもそうだったなとふと思い出し、少し自嘲気味に唇を吊り上げた。
<スフィル>から放たれた多弾頭ミサイルを回避。<スフィル>はその間にオーバードブーストで<エクリッシ>の側面に回り込んでいた。ジェランは旋回して攻撃態勢に移ろうとするが、機動力では<スフィル>の方が勝っている。動きが捉えきれない。
直後に衝撃。<スフィル>の両腕自体が連装バズーカになっている<CR-WA74BZL>から放たれた弾だ。幸いにも直撃を受けたのはコア側面に1発だけ。防御スクリーンのおかげで致命傷ではない。ジェランは続けざまに飛んできたミサイルを躱しながらブースト機動で距離を取ろうとする。
ようやくロックオンサイトに捉えて両腕の火器を発射。だが、<スフィル>はそれを踊るような機動で回避すると、左背部に装備した球形のモジュールを展開。何かが飛び出すのが見えた。その一瞬後、レーザー発射音とモニターにダメージ警告の表示。機体を後退させると宙に浮かんだ小さな物体が3つ、<エクリッシ>に追尾してレーザーを放ってくる。遠隔攻撃端末”オービット”だ。そこへ再びバズーカ弾が飛んでくる。躱しきれず複数の弾が被弾。脚部<CR-LH96FA>の脛部装甲が破損したというメッセージがヘルメットに流れてくる。
ミサイルランチャーに切り替え、エクステンションの連動ミサイル<CR-E84RM2>を起動。<エクリッシ>の周りを旋回する<スフィル>に何とか食らいつきながら照準をセット。トリガーを引く。連動ミサイルランチャーから放たれた4発のミサイルを<スフィル>のコア<CR-C770/U>のミサイル迎撃装置が破壊。1発がそれ掻い潜って命中。それに少し遅れて垂直発射式ミサイルが着弾。に見えたが、直前に<スフィル>がオーバードブーストを起動してミサイルを回避。オーバードブーストで<エクリッシ>に接近してバズーカを発射。<エクリッシ>は両腕のライフルを構えて迎撃。ライフル弾が何発か命中したようだが、撃破までは至らない。今度は左肩の装甲に一部損傷が出たと頭部コンピュータが伝えて来た。
『企業主義者どもの犬に成り下がった愚か者め』
接近した際に通信チャンネルが開いたのか、ジェランのヘルメットに声が入ってくる。ハラフ・アッディーンだ。
『貴様の機体もその腹に収まった肉体もこの大地の下で砂塵に還してやろう』
陰鬱めいたその掠れ声はノイズが混じった状態でもハッキリと判った。気味の悪い奴だとジェランも思わず苦笑いを浮かべる。だが、そう笑っていられない。現に押されている状況だ。再びレーザーの発射音。オービットがいつの間にかに放たれていた。装甲を焼く音が耳を打つ。
再びロックオン警告。<スフィル>は既に自機の右側面に回り込んでいた。ジェランはフットペダルを踏み込んで射線から逃れようとする。間に合うのかとそう思った時、レーダー上の味方機のシンボル2つがこちらに向かって来る。丁度、<スフィル>の後方に位置していた。
接近に気が付いたのだろう、<スフィル>は急に向きを変えて<エクリッシ>から離れた。そこにジェランは空かさず狙いを付けて両腕のライフルを発射。<スフィル>のコアの装甲が弾け、吹き飛んだ。
MTの掃討が完了した味方機が援護に来た。<エクリッシ>を味方機の側に付けさせて三角形の陣形を組む。
「3機で包囲して叩くぞ、接近時にECMを展開して敵の目を潰せ」
味方機にそう伝える。『了解』とMTのパイロットから応答が帰ってきた。3機は散開。<エクリッシ>は正面から<スフィル>に対峙する。<スフィル>の狙いはあくまでも自分なのだろう、他の味方機には目もくれずにこちらを狙って来た。
ロックオン警告。ジェランは機体を後退。多弾頭ミサイルが向かってきた。迎撃装置を起動。ミサイルをレーザーで破壊。その隙を付いて<スフィル>がオーバードブーストで突撃してくる。両腕のバズーカが構えられていた。
その瞬間、ロックオン警告が解除される。味方機のECMが作動したのだ。<スフィル>の挙動が一瞬戸惑ったかのような動きを見せる。そこを突いて左右から味方機がライフルで<スフィル>を挟撃。<スフィル>はそれを回避して更に前進。次の瞬間、<スフィル>の機体各部で小さな爆発。機体がバランスを崩し、よろめく。
爆発は浮遊機雷によるものだった。ジェランは後退する際に両肩に格納されている<CR-I75FM>の機雷を射出していた。機雷自体は小さく、視認し辛い。そこに<スフィル>が接触したというわけだ。
動きが鈍った<スフィル>に味方機がライフルで追撃。スフィルの脚部<LN04-WALRUS2>の安定翼の一つが損傷。機体が大きく傾くが、それでも転倒させない様にブースターを駆使して体勢を立て直そうとするも、それが大きな隙になる。
<エクリッシ>は一気に接近しながら両腕のライフルを発射。動きがほぼ止まっていた<スフィル>に容赦なくレーザーと弾丸を浴びせた。コア、腕部、脚部の装甲が次々と吹き飛んでいく。
『貴様……』
ハラフの声が再び入ってくる。相変わらずの掠れ声は怨嗟が混じっている様な響きだった。
「砂塵に帰するのはお前の方だったな」
左腕のライフルを投棄。ハンガーからレーザーブレード<YWL16LB-ELF3>を取り出して装着。そのまま発動させると<スフィル>のコアに光刃を突き刺した。更にもう一度突き刺した後、穿った穴にレーザーを放つ。ジェネレータが破壊された<スフィル>は爆発を起こし、その機体は霧散する。
「犬で結構だ。此処にいる事が、俺の生き残る為の選択だからな」
辺りに散らばった<スフィル>の破片を見やりながらジェランはそう呟いた。どう言われようともこの生き方はもう引き返せない。一度堕ちきった身だ。生きる為ならばどんなものに縋りついてでもそれを成し遂げて見せる。それがジェランの覚悟でもあった。
ACと交戦していた残りの味方機も敵ACを撃破したという通信が入ってきた。味方機の反応がある方に機体を向けると、4機の<MT09E-OWL>がこちらに向かって来るのが見えた。多少の損傷はあるが、健在だ。流石は本部から選りすぐりのパイロットかとジェランは改めて感心する。特務部隊に就いてから何度か共に任務をこなしているがまだ欠員は出ていない。優秀なパイロットだ。自分がかつて率いていた組織とは全く違う。一種の満足感が自身を満たしている様に思えたが、それでも足りないモノ。
──そうか。とジェランは小さく頷いた。
『敵戦力の全滅が確認出来ました。これより迎えの輸送機を向かわせます。隊長、お疲れ様でした』
オペレーターからの通信にジェランは「了解だ」と今度は穏やかに返した。
任務を終え、駐屯基地に帰還。ガレージの所定位置に機体を固定させる。そのままエレベータで地下の整備ブースに下ろされた<エクリッシ>は思っていたよりも損傷していた。全身にオービットのレーザーによると思われる小さな穴が穿孔され、腕部<YA10-LORIS>の左肩の装甲は大きく捲れていた。修理には少々時間は掛かるだろうと予想する。
整備ブースに続々と隊員の機体が下ろされてきた。もうすぐ基地がまた賑わうだろう。先程まで張っていた緊張が徐々に解けていくのがジェランには感じ取れた。
デブリーフィングが終わり、解散。今回の任務はほぼ成功と言っても良かった。ただ、別動隊として出撃していた所属レイヴン1名が搭乗機体の損傷で負傷をしたという報告もあった。アルマンディンというアークでは中位ランクにいたレイヴンだ。
バーテックス側が雇ったACにやられたらしい。<ブリランテ>という名前のACらしいが、ジェランはあまり気にすることは無かった。中立のレイヴンであれば、いずれは敵味方問わず相まみれる事になるかもしれないという程度だ。早々にそのことを頭の隅に追いやると、足早に廊下を歩いていく。向かうは司令官室。
中に入るとディーネル大佐が端末に目を向けていたが、直ぐに視線を上げる。
「まずはよくやった、と言っておこう。AC<スフィル>の撃破は我々にとって大きな戦果だ。ハラフ・アッディーンは幹部クラスのレイヴンだった。これで向こうに少なからず動揺を与えられる筈だ」
「これぐらいはやってのけなければ、特務部隊なんて設立した意味が無いだろう?」
「本部も今回の成果に対して大いに満足していると聞いた。ここ最近は連敗続きと言っていい彼らには良い刺激にはなるさ」
「1名負傷は残念だった。アルマンディンがやられた。それが無ければ完璧だったがな」
「つい先ほど、軍病院から連絡が入ったよ。アルマンディンについてだが、全治2週間はかかる見込みだそうだ。後でエゼル中尉から詳細な説明が入る筈だ」
「2週間……長いな。だが生きているだけ良しとするしかないな」
「貴重な戦力だが、こういう事はこれからも起きるのは覚悟している。戦況もレイヴンの出方によって影響が大きく出るし、今後その影響は顕著に表れるだろう。あまり聞きたくないものだよ」
「確かにそうだな。兵力の質は組織の存亡に関して大きく左右されるものだ。それはよく分かっているつもりだ」
「今後はフリーのレイヴンをどうやってこちらに付かせるかが課題だろう。今後も交渉は続けなければいかん」
ディーネル大佐はそう言って「さて」とデスクの上で指を組んだ。
「本題に入ろう。君が何故ここに来たかという理由について。大体はトゥワ大尉からさっき聞いた」
「なら、早いな。大佐。強化手術を受ける許可が欲しい」
その言葉にディーネル大佐は「理由は? そう簡単に許可は出来んよ」と双眸を細めて直立不動のジェランを見据えた。
「単純だ。今以上に自分の力を上げる。それが必要だと思ったからだ」
「今のままでも十分、君はやっていけていると思うが? それに強化手術受けたレイヴンはこの隊には他にもいる。維持コストの面を考えれば今更受ける必要性が無いと私は思っているよ」
「デスクの上で聞くものと現場での感触は違う。レイヴンであった貴方なら判る筈だ。敵は思っていた以上に強い。先の戦闘だって判断一つ間違っていれば俺はハラフに殺られていたよ。それにバーテックスはトップクラスのランカーを複数名揃えている。対してこちらはランクだけで言えばその域に達しているレイヴンは居ない。仮に特務部隊全員と奴らと正面からぶつかれば勝てるかと言えば正直、答えに窮する」
「考え方に少し齟齬があるようだな。この戦いはレイヴンだけで戦っている訳ではない。兵力の質と量を総合的に考えれば、こちらに分はあるよ。後はどうやって戦うかだ」
「それは承知している。アライアンスという組織。いや、それ以上にこの世界の未来を考えての事だ。バーテックスとの争いが終わっても、また別の対抗勢力が出てくるだろう。その時にそれらも駆逐していく存在が必要になる。その為にはこの戦いを生き延びる力を持たなければならない」
「その言い方だと、生き残る力が自分には足りていないと言いたげだな、ジェラン。後戻りが出来ないと知ってその言葉を出しているのだろうな?」
ディーネル大佐は組んでいた指を解き、再び端末に手を伸ばす。眉間に皺を寄せたその表情は少し不快感を示している様であった。
「生きる為にこのアライアンスに付いた。それに俺はレイヴンだった。戦いはあっても困らなくはない。そして、貴方たちは治安維持……いや、自分たちを守る為の戦力として使える駒がこれからもいる筈だ。お互いに損は無いだろう」
「……君がそこまで言うのであれば、私の方から申請を上げよう。現時点ならばミラージュの施設が使えるかな。承認が下りれば検査を受けられ、手術が出来る筈だ」
「感謝する。大佐」
「礼を言うのは手術が成功してからだ。上手くいくとは限らん。そうなれば君の望む未来は手に入らないぞ」
「そうなったら嗤えばいい」
「私は笑えんよ。戦力喪失のリスクがある。まあ、承認が下りたらすぐに連絡を入れよう。準備をしておきたまえ」
「了解」
ジェランはディーネル大佐に敬礼して司令室をあとにした。それを見届けた大佐は再び端末に目を向けて操作を始める。司令室は再び沈黙を取り戻し、空調の音だけが残った。