ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
サークシティ地下。
最新鋭の技術を駆使して作られた地上の都市部とは違い、地上とは明らかに別の系統の技術で建造されたもの。その場所は異質な空気が漂っていた。
中央に位置する構造物を中心に敷かれた道路脇に敷き詰められたパネルは淡く青色に明滅し、天井にあたる部分はノイズ交じりの空が映されていた。どこからか聞こえる駆動音は規則正しいリズムを奏で、パネルの明滅と合わせてこの場所全体がまるで鳴動している様だ。
それを映し出すモニターを見つめる3つの影。2人は椅子に腰かけ、1人は立ち尽くしていた。
椅子に座っていた白衣の女性が正面のパネルを操作してモニターの表示を切り替える。
「中枢でエネルギー反応の変動を確認。その5分後、旧ナイアー産業区の西から2キロの地点で未確認機が出現。これが始まり」
モニターには逆関節型MTと思しき機影が捉えられている。その機体の両腕の先端はマニピュレーターではなく、コの字に別れており、そこから青いレーザーがブレード状に形成されている。機体の各部もセンサーなのか青く発光している箇所がある。その姿は企業製MTよりも特攻兵器等の旧世代の兵器に近い姿をしているようであった。
「機体は我々のMT部隊が撃破した」と男の声。
女性の向かいに座っていたのはジャック・Oだった。その横に立っていたのは鳥大老。
「けど、問題はここから」と女性はパネルを操作してモニターの表示を再び切り替える。「先の機体の撃破から20分後、この機体が別ポイントで出現」
そこには似た様な構成をした四脚型の機体の画像。画像の機体は先程表示された機体と共通のパーツが使われている様だが、更に精悍な印象を受けた。
「その機体も我々のMT部隊が撃破。だが、戦闘力は別物だった。その1機を葬る為にこちらのMTが10機撃破された」
ジャック・Oは小さく頷いてモニターを眺める。
「そしてこれ。中枢で大きな動きがあったのは先の報告通り。中枢でこれまでで一番大きなエネルギー反応と極微弱な地震が2分間断続で発生。その10分後にこの機体が同ポイントで出現」
モニターの表示が更に切り替わる。表示された画像は先程とは違って機体の全体像はブレてしまい、辛うじて似た様な構成の機体だと判る程度だった。
「我が軍のMTを8機、そして所属レイヴンのACを1機撃破して行方をくらます。発見したという報告はまだ入ってきていない」
ジャック・Oの低い声に隣で立っていた鳥大老は僅かに眉をひそめた。ジャック・Oらしくないな。という驚きがあったからだ。声色はいつもと同じに聞こえるが、長年付き合いのある自分には分かる。これは怒りだ。
初動は失敗だった。この組織が生きるも死ぬもジャック・Oの判断一つで大勢は決まる。怒りの矛先は未確認機に対してでもあり、自分自身に対してでもあろう。こんなジャック・Oを見るのは久々だった。
視線はジャック・Oと対面する女性に向かう。「サエグサ」という名だったか。アライアンスから離反したキサラギ派の研究員たちを束ねていたというだけに肝は中々据わっている様だが、彼女は戦士ではない。ジャック・Oと話しているその表情と声には若干緊張の色が伺える。
「特攻兵器の生産ペースが徐々に低下している事は以前から確認できたが、ここに来て新たな反応。三枝博士。この一連の動きはどう見るべきかな」
「この施設に於ける対人類への攻撃措置が次の段階に入った事かもしれない。私はそう解釈しています」
三枝博士と呼ばれた女性はそう言ってサイドテーブルに置かれたカップを手に取り、口に付けた。
「旧世界研究所のポーター博士のレポートによれば、特攻兵器は無差別に我々を襲撃している訳ではない。戦車やMT、そしてACといった戦闘兵器を優先して襲っているという調査結果の報告があります」
「確かに都市部への襲撃よりも戦闘中の部隊への襲撃数が多いという話は聞く。俺たちも何度煮え湯を飲まされたか……なあ、ジャック」
「ただ、その襲撃も一定の時間を超えると特攻兵器は役目を終えたかのように動きを止めて自壊する。我々の動きを測っていたかの様にな。それは何度かの接触で確認出来た」
「それを踏まえて我々スタッフはこう仮説をしています。──特攻兵器は攻撃用途だけではなく情報収集端末としての一面を持っている……と。あれには多数のセンサーの塊とも呼べる装置が搭載されているのは確認しています」
「つまり、我々人類が持つ戦力を把握して、本格的に攻撃をする為に用意されたのがあの機体という事か」
色素の薄い髪をかき上げてジャック・Oはモニターを睨む。そこには並べて表示される3機の未確認機。
「詳しい事を調べるために発生後に無人機を使って中枢の状況を確認したかったけど、既に特攻兵器のコントロールが生き返って失敗。けど、これまでのパターンからすれば、現在逃走中の機体が撃破されれば新しい機体が再び構築されると思われます」
「破壊すれば更に強力になった新型が生み出される……か。ただ、1機だけというのが気掛かりだ」
ジャック・O同様にモニターを睨んでいた鳥大老が歪めた表情を浮かべながら口を開く。
「これもひとつの段階の途中なのでしょう。段階が進めばより強力になり、あのような機体がぞろぞろと現れる可能性は大いにあり得ると思います」
「出来るならあの機体は最小限の損傷で抑えたい。その際は機体の解析を三枝博士、貴方たちのスタッフにやっていただこう」
ジャック・Oは三枝博士の方を見やる。
「我々のスタッフで出来るか──」
「やってもらう」と拒否は許さないという意思を示す様にジャック・Oは三枝博士の言葉を遮って一際明瞭な声を上げた。
「旧世代関連施設で回収された自立兵器の制御を試みていた君たちでならば、ある程度目途は付いているのではないのかな。君たちキサラギが建てた秘密の工廠でやっていた事は既に調査済みだ。出来ないとは言わせん」
「……第一〇一工廠の事はご存じでしたか」
三枝博士は少し驚いた表情を見せ、観念したかのように顔をしかめた。
「知っていたからこそエージェントを通じて貴方たちに接触して、ここに招待したのだよ。その工廠で自立兵器が暴走を起こした事も知っている」
「誤魔化せませんね。そうです。特攻兵器襲来後、我々は独自に旧世代の兵器の解析を行っていました。成果はそれ程出ていませんが、機体の中枢コンピュータへアクセスしたのが精一杯でした。現状、あの機体の中枢はブラックボックスな部分が多く、我々でも解析しきれません。制御プログラムは我々が知っている言語体系とは全く異なる言語でした。我々が今日使用しているプログラムの言語はかつて、”管理者”から提示されたものをベースに開発され、派生していったものですが、この機体の制御プログラムは恐らく”大破壊”以前に使用されていたもの。我々からすれば古代の未解読言語を読んでいる様なものですよ」
「それでも機体の制御はしたそうだが、何をした?」
「ウィルスです。正確には制御ではなく、機体の動きを弱体化させたという表現が正しいでしょう。頓挫してしまいましたが、元々はACの肩部に搭載させるウィルスプログラム発信機用に開発したプログラムを応用して、機体の中枢コンピュータに感染させたのです。プログラム自体はACのメインコンピュータに侵入して機体制御に不具合を起こさせるものですが、構造が似ているあの機体に有効だと思って試してみたんですよ」
先程よりも饒舌に三枝博士は口を開く。有効かどうかも分からない手段を未知の機械相手に躊躇なくやってのける。流石はキサラギの技術者らしいと鳥大老は内心苦笑いをした。
「結果は……聞くまで無さそうだな」
「機体の制御システムには防衛機能も備わっていたらしく、プログラムは無効化され、一時的な効果が出ただけで失敗に終わりました」
「防衛機能?」と鳥大老が怪訝そうな声を上げる。
「解析ログを確認したところ、制御プログラムは感染後もリアルタイムで能動的に書き換えられたことにより、我々のプログラムは完全に受け付けてくれなくなったのです。最後に確認されたのは感染前とは全く別のコードになってしまい、これを解析するには果てしない時間を要すると思われます」
暫くの沈黙。モニター上のウィンドウに流れる情報を茫然と三人は茫然と眺める。この情報だけでも恐らく全体の1パーセントにも満たないという。底知れぬ脅威に鳥大老は言葉を絞り出せなかった。隣で座るジャック・Oの表情は相変わらず、真意を悟らせない無感動の仮面を被っている。
「──鳥大老、前線で展開している部隊に通達を頼む。当該の機体またはそれに酷似する機体に遭遇した際は出来るだけ交戦を回避しろとな」
沈黙を破り、ジャック・Oはそう告げるとモニター内の情報ウィンドウを閉じた。その言葉に緊張の色が伺えたのは気のせいでは無いだろう。
「了解だ。しかし、ここまでの機体とはな……こうなると、アライアンスの連中には絶対に接触させてはならないな」
「奴らが接触すれば混乱は増すだけだろう。交戦はしたが、まだ撃破はされていない。脅威の大きさも我々でも計り知れない。次にどう作用するか不確定な内は下手な手出しは無用だ。我々が先に見つけなければならない」
「必ず、我々で抑えよう」
鳥大老はジャック・Oにラフな敬礼。ジャック・Oも立ち上がって同様に返す。
「自己学習をしてそこから自己成長を繰り返す人工知能と自立兵器群……旧世代の人類はよほど戦いの呪縛に囚われていたらしいな」
「我々はそんな彼らの子孫ではあるが──」と最後に小さく言葉を漏らしながらジャック・Oは自嘲気味に口元を歪める。
「それは充分理解できるな。俺たちの様な存在がいい証拠だ」
ジャック・Oにつられる様に鳥大老も顎に伸びる髭を撫でながら顔を歪めた。闘争を求めるDNAがこの身体の中に組み込まれている。だからこそ40年近く傭兵として、そしてレイヴンとして常に戦場に身を置くことが出来た。そう鳥大老は信じている。生命の本能としては間違ってはいない。だが、それはかなり歪んだ形になっている事は否めないが。
「我々の祖先は棄民なのかもしれません」
三枝博士が呟いた言葉に部屋から去ろうとした2人は足を止めて振り返る。
「新天地へ向かった者たちと残った者たちの話か」とジャック・O。「そういった旧世代の文献は幾つかあると聞いている」
「新天地……宇宙か」
「行き着く先はそこしかあるまい」
「”大破壊”直前までかつて存在した国家間で宇宙開発競争が激化していたという記録があります。勿論、宇宙で運用する兵器も同様です。57年前に発生した未踏査地区の調査に端を発する事件で確認された衛星砲もその頃に建造されたものだと思われます」
「いらぬ忘れ形見を残してくれたものだよ。去っていった者たちがいるとすれば今頃どこかで嘆いているのだろうな」
「この星の地下に広大な都市群を構築した我々の祖先と同様の技術力を持つと思われる者たち。一部は既に別の星に移り住んでいるのかもしれません。月か、火星か、それとも別の惑星系の星か」
「だが、それが事実だとしてもその結果が幸福になるとも限らない。この星に残った旧世代の人類と本質が変わらなければ向かった先で同じように争いを起こしているかもしれん」
ジャック・Oはモニターに映る地下の様子を睨むと上を見上げる。視線の先は暗く高い天井。だが、その鋭い目はその先の彼方を見つめているようであった。
* * *
1機の<クランウェル>が低高度で渓谷の合間を縫って進んでいく。機体下面の懸架フックには四脚型ACが1機吊り下げられている。機体のカラーは紺色。ヴィラスの<ヴェスペロ>だ。
フレーム構成は修理が完了したパーツが戻り、頭部は<CR-H97XS-EYE>、コアは<C03-HELIOS>、腕部は<CR-A92XS>に戻されている。
特に頭部とコアはヴィラスが一番使い慣れているパーツ。やはりこの2つがしっくりくるとコクピットに座るヴィラスはコンソールの表示を見ながら改めて実感する。ただ、脚部だけは前回のミッションから変わらず、紺色に塗り替えた<LF04-LIZARD>のままにしていた。
これは四脚型の操縦感覚を更に慣らしていきたいという考えもあり、このままにしている。1回の実戦とシミュレーションだけでは慣熟出来ているとは言い難い。
実戦こそが成長の糧だ。頭に叩き込まれているその言葉は良い思い出が碌に無かったかつての自分にある数少ない有用な教えであった。
渓谷を抜け、投下ポイントが近づく。抜けた先に広がる平原がモニターに映される。
今回の依頼は独立武装勢力から。対立している組織との衝突がここ最近激しくなってきたので援軍を頼みたいという依頼だった。
ルシーナによるとそういった依頼は増えているとの事だ。今回の依頼主も元々は反アライアンスを掲げる組織であったが、バーテックスの蜂起後は勢力圏を巡って他の組織と衝突をするようになったらしい。
アライアンスという共通の敵がいたからこそ辛うじて保たれていたパワーバランスがバーテックスという強大な反アライアンス勢力の台頭によって崩れていく。ここ最近は小競り合い程度で落ち着いてきていた武装勢力同士の衝突が再び激化し出しているという。ブリーフィングでヴィラスが受けた依頼主からの声は敵対勢力へ対する激しい敵意が溢れている様であった。
バーテックスがこのまま影響力を強めていけば自分たちの存在価値が薄れてしまう。そういう焦りが出た勢力からこんな動きをしているのだろうとヴィラスは想像していた。
どんな大義名分を掲げようとも組織の存続が掛かればそんな事は二の次かそれ以下になり、次第に自分たちの本性が炙り出されてくるものだ。
逃げたい。縋りたい。生き残りたい。そんな事しか考えられなくなり、判断力が失われ、最後には何もかも失う。割を食うのは下にいる人間だ。組織の上に立つ者が見せる煌びやかな理想が次第にボロ切れ同然になっていく様をまじまじと見せられた末に使い捨てられる。そして己の無力さだけを思い知らされて終わりだ。依頼主の組織も今のままではいられないだろう。そんな予感はした。
<クランウェル>のパイロットから投下ポイントに到着したという通信が入った。ヴィラスはコントロールスティック握る。その直後、投下を知らせるコールが届き、機体がフックから外された。
低高度での投下だったので地表へはほんの数秒での降下。ショックアブソーバーが備わっているとはいえ、コクピットには着地時の小さな衝撃が来る。それをしっかりと両足で踏ん張らせて耐えると機体のチェック。機体各系統に異常なし。
『……到着したというのに……変ね。向こうと交信が出来ない』
ルシーナの怪訝そうな声がヘルメットに入ってきた。
「昼寝でもしている……そうであれば職務怠慢だと笑ってやれるんだが」
『私は笑えない。もしそうだったら違約金の請求発生よ。向こうとは契約の中に依頼受託後は拠点に到着までの間、必ず定時交信を行うという項目も入っていたんだから』
「まあ、そんな間抜けが通信士をやっているほど抜けている連中では無い筈だがな」
モニターにマップを表示させて現在地を確認。投下ポイントから依頼主の拠点までは離れている。これは依頼主からの指定で、敵対勢力が雇ったレイヴンでは無い事を区別させる為。到着後は迎えが来るまで待機していろという注文付き。定時交信の約束といい、用心深さはある組織の人間がこのタイミングでそんな迂闊な失態を犯すとは流石に考え難い。
「交信を続けてくれ。こうなったらこちらから出向く」
待っていれば迎えが来るという気配は無さそうだ。マップの北側には旧ミラージュの資材保管庫が表示されている。恐らくそこが彼らの拠点なのだろう。ヴィラスは機体を北に向けると双眸を細めた。
平原の先にある丘の更に向こう側。そこから複数の黒煙が上がっているのがモニターに小さく捉えられている。彼らが交信出来なかった理由を察することが出来た。恐らく既に戦闘が始まっている。大きな戦闘が始まる可能性が高いという依頼主の言葉は思っていた以上に早く起きたという事だ。ヴィラスはフットペダルを踏み込む。一気に加速した<ヴェスペロ>があっという間に丘を越えていった。
資材保管庫に近づくにつれてレーダーディスプレイの表示が賑やかになっていく。彼らと通信できなくとも交戦状態に突入しているという事がはっきりと分かった。ヴィラスは<ヴェスペロ>のモードが戦闘モードに自動で切り替わるのを確認。トリガーのロックとコア機能の制限が解除される。
すぐさまオーバードブーストを起動。一気に資材保管庫へ突入。主にミラージュ軍が使用する兵器などを保管する為に作られたらしいその場所はそれなりに広く作られている様だった。それを改造、基地として使用しているらしい。
ヴィラスは手始めに1機の<MT09ROE-OWL>に照準を向けた。いち武装組織にしては高価な機体を使っているなと一瞬思いながらもトリガーを引く。右腕に装備したリニアライフル<CR-WR93RL>から弾丸が放たれた。MTは咄嗟にブースト機動で回避するも、左腕を吹き飛ばされ、バランスを崩して転倒しかける。そこへすかさず左腕のマシンガン<WL06M-FAIRY>を発射。だが、MTはバランスを何とか戻しながら後退。数発命中しただけで撃破には至らない。
追撃の為に機体を加速させて再度ロックオン。だが、レーダーディスプレイに飛翔体の反応を確認すると攻撃を中止してインサイドトリガーを引く。肩部装甲が展開。<I05D-MEDUSA>からミサイルデコイを1つ射出してブースト機動で機体を右へスライド。その直後にデコイに吸い寄せられた5発のミサイルが地面に激突。ヴィラスは攻撃のあった方に機体を向ける。
そこには1機、別の<MT09ROE-OWL>。識別はレッドで敵機だが、機体は自機に背を向けている。
──あの機体では無い?
そう思った瞬間、その機体は爆散。味方機かとレーダーを見るが、位置を見る限りは近くにはいなさそうだ。何かがいるのかとヴィラスは訝しんだ。
『ようやく向こうと交信出来たわ。どうやら敵対勢力が強襲してきたみたい。けど……』
ルシーナから通信が入ってくる。その声は少し困惑しているみたいだった。
『途中から敵側の動きも混乱しているらしいの。なにか──』
『我々が雇ったレイヴンなのだな?!』
別の声が無線に割り込んでくる。女性の声だ。焦燥の色が見える声。<ヴェスペロ>の斜め前にモスグリーンで塗装された<CR-MT85M>が滑り込んできた。識別はブルー。味方機である。どうやらこの機体のパイロットからのようだ。
「状況を知らせろ」とヴィラス。「何が起きている? 敵も単独の部隊ではないように見受けられるが……」
『分からない。ただ、つい先程から我々も敵側も攻撃を受けているとしか言えない』
『異なる大きさの熱源反応。数は1。多分、ACよ』
すぐさまルシーナから通信が入る。レーダーの端に高速で動く反応が一瞬だけ表示。その後にその近くにいた敵機の反応が消える。遠くにオーバードブーストのブースター炎が見えた。ルシーナの言う通り、ACがこの戦場にいる。今度は味方機の反応が1つ消えた。『リック!』とMTパイロットの叫び声。
レーダーに再び反応。今度はこちらに向かって来るのを捉える。機体のシルエットは軽量二脚型のAC。ACの進路上にいた敵MTが吹き飛ぶ。識別はレッド。味方ではない。
「後退した方がいい」とMTパイロットに告げると、左背部に装備したチェインガン<CR-WB72CGL>を発射させながら後退。敵ACは弾幕を横にスライドさせて逃れると射程圏内から離れていく。
機体後方に先程攻撃したMT。ただ、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。ヴィラスはオープンチャンネルでその機体のパイロットに呼びかける。
「MTのパイロット聞こえるか。今はこちらに攻撃の意図は無い。状況を確認させてくれ。あのACはお前たちの味方なのか?」
『違う。我々はレイヴンを雇ってはいない。──そちらではないのか?』
少し間を置いて相手の返答が聞こえて来た。男の声。向こうも困惑しているようだった。
「雇われたのは俺ひとりだという事は聞いている。という事は所謂、乱入者って事か」
レーダーに映る機影の動きを追っていく内にヴィラスはふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。何処の機体かは判らないが、依頼を滅茶苦茶にしてくれた。戦場荒らしか、行き場を無くしたレイヴンだろうか。どちらにせよ好まざる客というべきだろう。やれるのならば顔を拝んでやろうじゃないか。
「損傷機は下がらせた方が良い。あんたもだ。あのACの面倒は俺が見る。それと、状況が読めていなかったとはいえ、すまなかった」
『……気にすることは無い。だが、この借りは必ず返させてもらうぞ。レイヴン』
ヴィラスの言葉に敵側のパイロットが素っ気なく返す。その声にヴィラスはどこかで聞いた様な気がしたが、敵機が向かって来ることに気付き、それはすぐ頭の片隅に追いやった。
フットペダルを踏み込み、敵機へ向けて加速。チェインガンを単発発射。当てるというよりもこちらへ注意を引き付ける為だ。
『依頼主からよ。ここから非戦闘員を一時退却させるとのこと。もう少ししたら彼らを乗せた車両が動くので退却の援護。そしてACの撃破を頼みたいとの事よ』
ルシーナから通信が入る。同時にレーダー上の識別シンボルが更新された。敵AC以外はすべてブルーになっている。
『敵対勢力とは休戦という事になったから、これで気兼ねなく攻撃できるわ』
「了解だ」とヴィラスは返答。ロックオン警告。敵ACからだ。<ヴェスペロ>に向かって来るのを見てヴィラスはチェインガンとマシンガンを斉射。直後に衝撃とダメージ表示。いつの間に、とヴィラスが一瞬戸惑う間に敵ACは一気に加速。再び衝撃。防御スクリーンが弾ける音がコクピットに響く。
敵ACの右腕が上がるのを見てヴィラスは機体をサイドステップさせた。<ヴェスペロ>の右真横を幾つものレーザーが掠めていく。
機体を右へ向けると、敵ACは既にこちらを捕捉していた。右腕に構えられたライフルの銃口から拡散したレーザーが飛んでくる。バックステップして躱そうとするが、数発被弾。レーザーが防御スクリーンとぶつかり、花火の様に散る。それに一瞬目がくらむも、すかさずトリガーを引いて反撃。リニアライフルを放つが、敵ACは機体を横方向へスライドして回避。その隙にヴィラスはオーバードブーストを起動。一度、距離を離す。
ダークグレーの機体の姿を見てヴィラスはまさかと思った。その機体をヴィラスは知っている。
『機体の照合が完了。──これは……どういう事?』
ルシーナの驚愕した声と同時に敵ACの情報がモニターに表示される。機体名は<レイニースワロー>。以前、キサラギの工廠で撃破された戦術部隊所属レイヴンの機体。機体の残骸はこの目で見た。コクピットが抉れてしまったコアと両腕しか残っていなかった。パイロットのユウティエンもこの戦闘でという事にはされていないが、死亡したという発表がされている。
「亡霊……?」
戦死したレイヴンの機体が現れるという話は同業者でも聞く話だ。まさか本当にこの目で見るとは思わなかった。あの紅い機体と遭遇してからだろうか、妙な事が起きる。そんな気がした。
<レイニースワロー>が再び接近してくる。望遠カメラに映る左肩の飛翔するツバメのエンブレムもそのままだ。右腕に装備しているのはレーザータイプのショットガン<WR23S-WYVERN2>に左腕にはハンドガン<CR-WH01HP>。ショートレンジでの射撃戦に重視した構成。距離を置いての撃ち合いであれば分はある。
主武装を右背部のミサイルランチャー<WB01M-MYMPHE>に切り替え、肩部連動ミサイルランチャー<CR-E84RM2>を起動。<レイニースワロー>の動きにFCSが中々捉えきれないが、3発発射可能になった時点でトリガーを引く。肩部と併せて7発のミサイルが発射。
<レイニースワロー>は跳躍。コア<CR-YC010/UL2>のミサイル迎撃装置のレーザーが3発のミサイルを破壊。直後、オーバードブーストを起動。残りのミサイルをすり抜けて一気に<ヴェスペロ>へ接近。右腕のショットガンが構えられている。
ヴィラスはフットペダルを踏み、機体を急速後退。その時、モニターの端にミサイルの姿を捉える。レーダーに反応なし。<レイニースワロー>の構成情報を確認。機体左背部に<WB21M-DRYAD>。レーダー探知されにくいステルスミサイル。先程受けた衝撃はこれなのだろう。マシンガンを単発発射してミサイルを破壊。
直後、敵機から5発のミサイルが発射。インサイドトリガーを引くが、デコイの射出が間に合わない。ミサイルは<ヴェスペロ>の頭上を通り越して後方にいたMTに直撃。MTは爆散する。構成情報からしてマイクロミサイル<MAGORAGA>か。
<レイニースワロー>から再びレーザーの散弾が放たれる。ほぼ同じタイミングで<ヴェスペロ>もリニアライフルを発射。視界がまた眩しくなる。命中したかは確認出来なかったが、敵機が後退するのが見えた。ミサイルランチャーに切り替えて発射。今度は9発。
<レイニースワロー>はそれを先程と同様、跳躍して回避行動に移る。迎撃装置でミサイルを破壊しながら距離を詰めてこようとする。それを見越し、<ヴェスペロ>は距離を維持しながらマシンガンを発射。動きを引き付けて、リニアライフルで仕留めようと考えた。だが、機動力のある<レイニースワロー>を捉えるのは中々難しい。
『非戦闘員を載せた車両を3番格納庫から出すそうよ。作戦領域から逃げられるようにして』
ルシーナからだ。レーダーの自機後方の近い位置に2つの輝点が表示される。ヴィラスとしてはもう少し待ってもらいたいところであったが、後方確認モニターの端に格納庫のシャッターが開く様子が映されていた。
「近くに居ると巻き込みかねないな……」
今の位置関係だと<ヴェスペロ>に向けられた弾が流れ弾となって車両に当たる可能性がある。分は悪くなるが、敵機に接近して車両に攻撃が向かない様に努めるしかない。ブースターを吹かし、距離を詰める。そこへ自機後方からMT3機が追従してきた。モスグリーンの<CR-MT85M>。依頼主側の機体だ。
『レイヴン、援護に回る』
女性の声。最初に接触したMTパイロットだ。肩のマーキングからして先頭の機体だろう。3機から一斉にマシンガンが放たれる。<レイニースワロー>はブースト機動で回避行動。その退避先を狙ってヴィラスはトリガーを引く。リニアライフルの弾丸が敵機の肩装甲に命中。機体が揺らぐ。続けざまにMTからパルスレーザー。動きが鈍くなった機体の至る所がレーザーで焼かれる。
攻撃から抜け出す為だろう、<レイニースワロー>のオーバードブーストが起動。同時にマイクロミサイルが飛んでくる。インサイドトリガーを引き、デコイを射出。ミサイルがデコイに吸い寄せられてあらぬ方向に堕ちていくのが見えたが、接近してくる敵機から連続で放たれるハンドガンの弾丸までは躱し切れなかった。左肩の装甲が破損したというメッセージが流れて来た。
<レイニースワロー>はそのまま<ヴェスペロ>の脇をすり抜けると後方にいたMTに銃口を向ける。3機のMTは散開してマシンガンとパルスレーザーを放つが、それを回避。その内の1機に狙いを付けた<レイニースワロー>からレーザーの散弾が至近距離で何発も撃ち込まれる。ACであれば防御スクリーンで軽減出来るが、このMTにはそれが無い。MTの全身はレーザーで貫かれ、爆散。『シュタイナー!』とMTパイロットの叫びがヴィラスの耳に突き刺さる。
<レイニースワロー>は後退するMTの頭上に飛び上がり、ハンドガンを数発発射。頭部が潰され、コクピット付近に幾つもの穴が穿孔した機体はそのまま倒れ、動かなくなる。ほんの数秒だった。後方確認モニターでその様子を見ているしかなかったヴィラスは奥歯を噛み締めた。それがたとえ幽霊であろうとも、あの機体のパイロットは戦術部隊所属していた実力を遺憾なく出しているように見えた。
ヴィラスは機体を反転。3機目に狙いを付けていた<レイニースワロー>へチェインガンを放ちながら距離を詰める。生き残ったMTもパルスレーザーを放って応戦。2機からの火線は<レイニースワロー>を舐める様に迫る。
<レイニースワロー>は被弾するも、飛び上がって後退しながらミサイルを発射。ミサイルはMTの右腕を吹き飛ばし、その衝撃で機体が転倒する。ヴィラスはそれをモニターの端に見やりながら武装をリニアライフルに切り替えて敵機へ追撃。パイロットの状態を気にかける余裕は無かった。
被弾した<レイニースワロー>が破壊されたガレージの前に少し体勢を崩して着地。一瞬の隙。ヴィラスはその背後で擱座していた装甲車に向けてリニアライフルを発射。<レイニースワロー>の左脚部ブースターが爆発した装甲車の破片を浴びて損傷する。更にバランスを崩すも、ブースターを吹かして跳躍。機体は非戦闘員をトラックの方に向きを変えている。
狙われた。まだトラックは基地から出ていない。遠距離でならミサイルがある。しかし、<レイニースワロー>は発射せず、機体の方向を変えて周囲を探るような動きを見せた。
そこに4発のロケット弾が一斉に飛んでくる。4機の<MT09ROE-OWL>からだ。MTからのECM反応。それがトラックを救ったのだろう。<レイニースワロー>はロケットをブースト機動で回避。だが、彼らはそれを見越していた。横一列に並んでいた機体はホバー機動で一気に敵機を包囲して異なるタイミングで発射。今度は流石に避け切れずに2発被弾。動きが鈍った所で3機がライフルでの追撃。1機は左腕を失っている。先程ヴィラスが対峙した機体だ。
統制された動き。練度の高い部隊だという事が判る。もし、敵ACが乱入せずに対峙していたら苦戦させられていただろうとヴィラスは思った。彼らの腕に感心するもそれは一瞬。動きが鈍った今の状態は好機だ。
オーバードブーストを起動。<レイニースワロー>の背後に回り込み、ミサイルをロック。10発のミサイルが放たれる。流石に背後からでは迎撃は出来ない。<レイニースワロー>の背面にミサイルが全弾命中。<レイニースワロー>は空中で大きく体勢を崩すも、ブースターで何とか制御して機体を保たせるが動きは大きく鈍っていた。
「しつこいな」
リニアライフルに切り替えて発射。がら空きの背中に弾丸を直撃させる。ブースターが破壊されたのだろう。<レイニースワロー>は背面から煙を噴き上げ、錐もみ状態で倉庫に墜落した。
倉庫の扉を破壊して中に入るとそこには屋根を突き破って墜落した<レイニースワロー>が煙と火花を上げながら横たわっていた。
墜落時の衝撃で頭部<YH08-MANTIS>の特徴的なブレードアンテナはへし折れてしまい、腕部<CR-A94FL>と脚部<LH06-JAGUAR>に至っては左側が完全に潰れてしまっている。だが、倉庫内に積まれていた荷物が辛うじてクッション代わりになったのだろう。コアは奇跡的に原型を留めていた。
『機体は大破しているけど、一部の機能は生きているみたいね』
ルシーナの言う通り、床へオイルや冷却液を派手に散らし、一目で動くことが出来ない事と判断できるが、カメラアイは僅かながらに明滅させていた。機体はまだ生きている。
後方から反応。味方機だ。<MT09ROE-OWL>が4機。先頭は左腕を失った機体。あれが隊長機だったのかとヴィラスは気付く。各機体の左肩には日の出を図案化したエンブレムが付けられていた。
「あのACはもうほぼ動けないだろう。援護に感謝する」
『我々もあの機体に仲間をやられた。レイヴンがいなければどうなっていたか分からなかったよ。ひとまずこれで借りは無しにしておこう』
隊長機のパイロットから応答。その声は安堵の色をしていた。あの乱入者によって双方に大きな損害が出ているのだから当然なのかもしれない。
ヴィラスは敵機を見据える。どうするべきか。このまま撃ってしまう事も出来るが、やはりパイロットの顔を拝んでみたいという欲求がある。戦死したレイヴンと同じ機体のパイロット。騙りなのかそれとも実は本物であるか。場合によってはアライアンスに引き取ってもらうという選択も有り得る。
「ACのパイロットに告ぐ。ハッチから出て投降しろ。応じない場合はコアへ攻撃を行う。繰り返す……」
オープンチャンネルで呼びかけてみる。間をおいてもう一度。待ってみるが応答は無い。墜落時にパネル等に頭を打ち付けて気絶していればいい方だが、こういう場合、大抵は死んでいる事が多い。頭部はヘルメットで守れても、打ち付けた衝撃で首の骨が折れる事があるからだ。
3分待ってみる。その間に再度呼びかけてみたが応答は無い。──残念だ。ヴィラスは長々と溜息を吐く。正体は分からず仕舞いか。これ以上待つ必要は無いと判断して機体を前に進めた。
敵機からアクチュエーターが駆動する音。<レイニースワロー>の右腕が上がるのが見えた。マニピュレーターにはショットガンがまだ握られており、その銃口は<ヴェスペロ>に向けられていた。
「生きていたのか」とヴィラスは呆れと怒りが混じった声を思わず上げる。「死んだふりでもしていたのか。ふざけやがって」
ヴィラスが機体にライフルを構えさせたその時、後ろから何か飛んできたと思った瞬間、トリガーを引く前に敵機から炎が吹き上がる。
何事かとヴィラスは後方確認モニターに視線を移すと、そこには4機のMTの間を割って1機のモスグリーンの<CR-MT85M>が左腕にバズーカを構えていた。
MTが更にもう一発撃ち込む。コア機能が停止して防御スクリーンが張られていないACの装甲は簡単に吹き飛ぶ。直撃を受けた<レイニースワロー>は爆散。これでこの機体は二度目の死を迎える事になった。
その様子をただ茫然と見ているしかなかった。<レイニースワロー>は部品や金属片を派手に撒き散らして原型は完全に無くなっていた。当然、パイロットの生存はもう望めない。こういう形で終わるとは思っていなかったので、ヴィラスは少し動揺する。
機体を後方へ向き変えると、音響センサーが何かを叩きつける音を拾う。ヘルメットだった。生き残った<CR-MT85M>の女性パイロットの物。親しい者を喪ったのだろうか、彼女は何か叫ぶと床に突っ伏して嗚咽の声を上げた。
あの攻撃は仲間を屠った敵に対する彼女の怒りが込められていたに違いない。MTのバズーカ弾はしっかりとコアを狙って放たれていた。
もし、MTが攻撃を加えなくとも敵機が銃口を向けようとした時点で投降の意思が無いとみなして撃破するつもりだった。敵意があればどんな状態であろうが攻撃をする。それが自身に課した戦場での鉄則だ。
敵意。
それがあの機体のパイロットの最期の意思なのかとふとヴィラスは考えた。あの状況、生きるという事を考えるのならば武器を握った状態の腕を上げる事はせず、呼び掛けに応じて投降する筈。ヴィラスはそう思っていた。ただ、生き恥を晒すなら死を選ぶ。そんな価値観を持っている者もいるが、あの機体のパイロットはどうだったのだろうか。あの動きは果たして……。
その時、脳裏に浮かんだのはキサラギの工廠で遭遇した紅い機体の挙動。似ているとヴィラスは感じた。だが、戦闘中の挙動はパイロットのユウティエンそのものだとも感じていた。
「これは……こいつらは一体何なんだ」
自身の発したその問いへの答えはまだ出てこない。ただ頭を振るしか出来なかった。
『レイヴン。我々はここで戦う理由も無くなった。今回は撤退させてもらう』
<MT09ROE-OWL>のパイロットからの通信。ヴィラスはハッと我に返る。彼らの事を聞くことを忘れていたが、既に手遅れだった。
コンピュータが戦闘モードから通常モードに切り替わったことを告げて来た。帰還したらこの戦闘のログを見ておこうとヴィラスは考えた。
レイヴンとして戦っている以上、この脅威ともこれからも相対していかなければならないという事だ。これらの正体も戦っていけばいずれは分かるかもしれない。