ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
最悪のコンディション。それが現在置かれている自分の状態だ。どんなに強い酒を浴びる様に飲んだ後でもこうはならないだろう。
激しい頭痛と倦怠感。それに加えて身体の節々から千切れる様な痛みが病室のベッドに横たわるジェランを襲う。
強化手術を受けて半日が経つ。覚悟をしていたとはいえ、この苦痛はなかなか耐えがたい。起き上がる事なんてとても出来ない。指先を動かす事さえ身体が躊躇する。
「手術は成功した様だね?」
病室の扉が開く音と同時に知っている声が耳に届く。ディーネル大佐だった。ジェランは痛みを堪えて首をゆっくりと大佐の方へ向けた。大佐の後ろには副官のトゥワ大尉もいる。
「36時間に及ぶ長い手術、よく耐えたと言っておこう。耐えられたのは君の強靭な肉体と克己の精神のお蔭だな」
「……この状態……を見て……そんな……台詞が……言える……とはな……皮肉……か……?」
ジェランは顔を歪ませて自嘲気味に笑みを浮かべようとした。それが今の自分に出来る精一杯の動きの筈だったが、苦痛の方が勝り、それは出来なかった。
「私の素直な気持ちだよ。そう斜に構えることは無い」
ディーネル大佐はジェランの状態に眉一つ動かすことなくそう言ってベッド脇のパイプ椅子に座る。
「今の身体の加減を君に聞くまでも無いが、復帰はどれくらい掛かりそうかな?」
「……入れ替えた……人工神経系や……体内に……投入した……ナノマシンが……定着するまで……1日は……掛かるそうだ。……それまでは……俺の身体に……纏う不快感と……格闘……しなければ……ならない……らしい」
一言放つたびにずきん、と頭に鋭い痛みが走る。苦痛だがそれを堪えて口を開く。
「それが過ぎれば……医者曰く……普通に動けて……食事も……摂れるようになる。……当然……ACの……操縦もだ……」
ジェランは脂汗を浮かべながら言葉を絞り出した。それをディーネル大佐は頬の古傷を撫でながら聞いている。何を考えているのかと頭痛に苛まれながらジェランを思案する。
ジェランにとっては長い沈黙だったかもしれない。ディーネル大佐が暫く間を置いて口を開く。
「分かった。復帰時期は担当医に確認させるが、あと2日程は休むといい。それまでは別の隊員に隊長代行をさせておく」
「それは……助かる。……まあ……あと1日くらいは……我慢して……見せよう」
「そうだ、これも伝えておかなければな。君が不在の間、レイヴンが1名加わった事と、新型MTの配備が決定したよ。MTのパイロットは特務部隊配属前にMTの機種転換訓練は終えているから直ぐに実戦へ出られる」
「そうか」とジェランは首を天井に向けた。戦力の補強という嬉しい報告は素直に喜べるものだ。上層部に感謝しなければ、そうジェランは思った。
──感謝。
そんな気持ちが浮かび上がるのか。ジェランは自身の心境の変化に驚いた。だが、アライアンスに染まっていく自分に嫌悪感は無い。この場所の居心地の良さがそうさせているのか。少し前までの自分からしたら想像も出来なかっただろう。
「今回、君が受けた施術はミラージュの「D-PLUS」というモノにキサラギの技術を取り入れたアップデート版だそうだな。それがどの様に我が部隊へプラスに作用するか期待しておこう」
「……そういった……分野で……定評のある……キサラギの……技術が入って……いれば……安心だろう」
「復帰を楽しみにしている。ジェラン」
ジェランの状態を察したのか、ディーネル大佐はそう言って椅子から立ち上がると、後ろにいたトゥワ大尉へ二言三言の言葉を交わして、部屋から去っていった。
病室が再び静まり返る。ジェランはジッと視線の先にある天井を見据えた。身体も碌に動かず、痛みのせいで眠ることも出来ない。ただ、この苦痛が過ぎ去ってくれるのをひたすら待つ。それしか無かった。
痛みの性質が時間の経過につれ、次第に変わっていく。今度は内側から締め付けるような痛み。一体自分の体内はどのように変質していっているのか。ジェランには全く想像がつかない。
この苦痛がどの様な性質なのかジェランは考えながら天井の染みを数えてみる。惨めさを感じてしまいそうになるが、今はそうしなければこの全身に走る痛みを紛らわせることが出来なかった。
何時間経ったのだろうか。既に日は落ちて、間接照明だけが照らす病室。微動だにしなかったジェランはある変化に気が付く。天井のパネルの染みや細かい傷がはっきりと見える。意識をすれば染みの色の細かな変移に傷の深さまでも見えてくる。視覚が強化されているのだろう。手術の成果をここでようやく自覚する。
後はACに乗り込んだ時の感覚の変化だろう。どれだけあるのだろうか。それを早く知りたいという欲求に駆られる。
自分の選択は正しかった。
ジェランはそう確信できた。口元が悦びで歪む。鈍痛が相変わらず襲い掛かるが、今はこの身体に伝わる感覚の変化をジェランは愉しむことが出来た。
* * *
座り心地は良くないな。そう思いながらクリフはシートの背にもたれ掛かった。
何とかリラックスしたいと姿勢を何度も変えてみるが、座り心地を考慮していない固いシートに対してあまり効果は無い。かえって疲れるだけだ。思わず胸ポケットに手を伸ばすが、ここは禁煙であることを思い出して行き場のなくした右手を上着のポケットに戻す。
OAEが救援物資を都市部へ送る為の輸送機にクリフは乗っていた。遠い距離を襲撃や遭難のリスクを負って車で移動するよりも大金を払って融通を利かせてもらった方が良い時もある。キャビンは禁煙になっており、暫くは口元が寂しいが、命と比べるまでもない。
座席横の小さい窓の外を見やる。丁度、輸送機の真横に<ガスホーク>の編隊が付いたところだ。
原型機はレイヤード時代末期に製造されていた制空戦闘機。かつては航空戦力として各企業軍に配備され、地上回帰後の世界でもしばらく運用されていたが、ACや飛行型MTの高性能化によって戦場における地位の低下に加え、開発メーカーの消滅により忘却の彼方へ追いやられてしまった機体。だが、アライアンス発足による戦力確保の一環で再び表舞台に引っ張り出されることになった。各基地の倉庫の奥で埃を被っていた機体がレストアされて稼働可能な状態までに順次戻されていると聞く。
正直、骨董品と呼べるものが戦力になるのかという疑問も窓から見る限りでは軽快に動いている様で、高高度を飛んでいる分には輸送機の護衛としては十分に役目を果たしているように見えた。
実際に機動性に関しては申し分なしという評判で、輸送機に同乗しているアライアンスの技術士官によると編隊長機以外はAIによる制御で動いており、高機動戦闘もこなせるという事だ。更にはAIによる飛行データの収集も兼ねているらしく、今後の新型MTの開発に生かす事も考えているのは実にアライアンスらしい。それを語る技術士官の口調は自信あり気といった感じだ。
既にバーテックスとの抗争に勝ったと想定した世界の事を考えている様だが、現在の戦況からしてそううまくいくものでは無いという事は容易く想像できる。下手すればこの抗争は長期化する可能性は否定できない。
それでも戦力差でまだアライアンス側が優位に立てるであろうことは予測できた。先行してロールアウトしたクレストの新型MT<CR-MT91L2>に続いて、ミラージュの新型MT<MT11-STARLING>の配備も始まっており、技術士官の自信の根拠もこの辺にある。新型機への信頼をかなり寄せている様だ。
だが、戦場にいる兵士にそんな楽観視している余裕が無い事はディーネル大佐をはじめとする前線に立つ士官の声でクリフは知っている。バーテックス側にいるレイヴンを含むACパイロットの練度の高さは折り紙つきだ。特にレイヴンに関しては言わずもがな。それに対してアライアンス側の戦力の質が予想以上に劣っていたのは幾つかの重要拠点を蜂起直後にあっさりと奪われたという事実が証明している。
いくら性能の良い機体が配備されようとも、操る人間の腕が悪ければそれは宝の持ち腐れとなる。戦場を知らぬ人間と知る人間との温度差がこれではっきりと見て取れた。
技術士官は相変わらず、新型MTのスペックについて営業マンが如く語り続けているが、煙草が吸えずにいるこの状況では全く耳に入ってこない。能天気なものだとクリフは小さく嘆息した。
4時間のフライトを経て、輸送機はクレスト領の街であるノースクラウンの空港に着陸した。
自分の車をカーゴから降ろすと、クリフは輸送機のクルーたちに謝礼を渡して別れを告げる。
車に乗り、一息つける。運転席側の窓を開けると、胸ポケットに入っている煙草の箱から1本取り出して火を点けた。肺へ思い切り吸い込んだ紫煙を吐きだして、シートに身を預ける。固いシートのお蔭で凝った身体にリクライニングさせたシートの心地は丁度良い。
携帯端末を起動。メール着信の通知が1件。メールソフトを起動して確認。送信者はルイ・レインウォーター。メールを開封して中身を読む。
ルイからのメールは以前、調査協力してもらった<十字架の天使>のエンブレムについての続報。似た様なエンブレムの制作依頼を受けていた人物が見つかったというものだった。
名前は”ステファニー・チェンバレン”という女性。芸術方面には疎かったクリフはよく知らなかったが、この人物は10年程前から画家として活動していた。しかし、あまり名前は通っておらず、地方で小さな個展を一度開いただけで、それ以外ではデザインの仕事を細々と受けていたという。
だが、そんな仕事量の割には困窮していたわけではないらしい。ルイが聞いた話によると、芸術家らのコミュニティが開くパーティーには煌びやかなドレスに身を包んで顔を出すことがあり、ミラージュ製の高級車を所有出来る程の余裕があったという。
それだけ聞くと、専業の画家というよりはどこかの令嬢が道楽で画家の仕事をしていたという印象だが、交友関係については華やかそうな振る舞いの割にはかなり質素。著名なアーティストたちと交友があってもおかしくはなさそうだが、それらは全くなく、小規模なデザイン会社と彼女同様の無名な画家が両手で辛うじて数えられる程度だった。
コンタクトを取れるか確認したところ、彼女は4年前に自動車事故を起こして大怪我を負って以来、外に出ておらず、更に特攻兵器襲来の半年前に亡くなっていた事が判ったという。死因は不明。
何故ステファニーが制作依頼を受けていた事を判明したかというと、現在ルイと一緒にいるユーコ・アマノの友人が彼女と交友関係を持っていた数少ない一人であった。その人物はステファニーからエンブレムのレイアウトについての相談をネットワーク上で一度だけ受けており、その際にラフ画を幾つか受け取っていたという。
メールに添付されている資料にはそのラフ画も入っており、それらは全て天使をモチーフにした絵ばかりだった。その中には<十字架の天使>が付けていたものに似た構図の絵もある。確証はまだ持てないが、正解には少し近づいたかもしれないという感触をクリフは持てた。
そしてエンブレムの制作を依頼した相手の名前を見てクリフは双眸を細めた。
依頼主はナービス。
特攻兵器襲来のきっかけを生み出したと言っても過言ではない企業。この名前がここで出てくるとはな、と平淡な感想。それが一番の驚きかもしれないとクリフは内心笑う。新資源絡みであれば三大企業よりも真っ先にこの企業の名が出てくる。
依頼は3年前に受けた様だ。丁度その頃、ナービスは中小企業連合、通称「USE」の加盟からの脱退を表明した。当時は衝撃的なニュースとして取り上げられたのは記憶している。
規模としては加盟企業内では中の下辺りの目立たない辺境の新興企業。そんな企業に何が出来るのか。それが当時の論調だった。
そんな時期にエンブレムの制作を依頼した。その意図は何となく読めた。
「……ACか」
クリフは小さく呟く。
USEからの脱退。それは即ち、AC技術産業に参入するという意味だ。脱退の発表から間もなくナービスは複数の中小企業を買収して規模を拡張。その1年後に新資源発見の声明を出し、更に勢力を強める事となる。
AC産業参入に成功をすれば独自の軍事力を持てる期待も上がる。天使のデザインにどんな意図があるのかは知らないが、エンブレムは栄光ある将来を見越しての準備だったのかもしれない。
仮に<十字架の天使>とナービスに関係があるとすればそれは何なのであろうか?
今のところ思いつくのは新資源関連くらいか。ただ、どういう風に繋がるかは分からない。
そして、背後関係を洗ってみないと分からないが、ナービスとこの無名の画家とは何か繋がりは有りそうだとは予想は出来る。依頼した理由もそこにある筈だ。資料と一緒に添えられた写真のステファニーの顔は化粧っけの無いどこにでもいるような女性という印象しか今は無い。
「まあ、いずれは調べさせてもらうとするよ。お嬢さん」
クリフは携帯端末の画面を指で軽く弾いて車のイグニッションキーを回した。
ノースクラウンで一旦休憩をとり、更に北へと車を進める。
現在、ノースクラウンはアライアンスの管轄に置かれており、それより北も一応はアライアンスの勢力圏となっているが、実際はどの勢力も手を付けていない。資源的にも戦略的にも価値が乏しいからである。
そんなところにクリフが車を進めているのには理由があった。
先日、クリフの元にジョニー・バーダーもといフライボーイからメールが届いた。メールの内容は先日の調査依頼のお礼を告げるメッセージ。ただそれだけであれば、こんな辺鄙な所まで足を運ばない。メールには暗号化されたファイルも添付されていた。
当然、ファイルを開くには解除コードが必要になるが、メール本文中にはそれらしい文言は見当たらない。だが、暗号化ファイルとはもう1つ画像ファイルも添付されていた。
画像はフライボーイと彼のリハビリを担当しているであろう看護師とのツーショット写真。中々の美人で「自慢かこの野郎」と思わず漏らしそうになったが、それがヒントとなった。
本文中にあった『君と出会った日と私のパートナーに感謝を』という一文を見ると、そこだけが区切られている。出会った日は最初に接触した日付。パートナーは看護師の名前。写真のフライボーイはさりげなくナースの胸に付けてあるネームプレートを指差している。”シンシア・パルネウス”という名前らしい。その2つを組み合わせる事数回、暗号化が解除された。
もう少し複雑なヤツでも良かったぞ。と思いながらファイルを開くとそこには数字の羅列が4つ。1つは座標だと直ぐに分かった。残りの数字の羅列が何なのかは不明。だが、その場所に行けば分かるだろう。
2時間ほど車を走らせて、例の座標の場所まで近づく。周囲は何もない荒野が広がっているだけ。そんなところに何があるのかと目を凝らすと、前方に民家が見えた。どうやらそこが座標の地点だ。
クリフは車を停めて周りを見る。古い平屋の民家が一軒そこにあるだけ。ノースクラウンからは100キロ以上離れた場所。こんなところに何故? という疑問しか思い浮かばないが、探ってみなければ分からない。クリフは車から降りて玄関に近づく。クレスト領の街では最北端にあるノースクラウンから更に北。初夏とはいえ、時折吹く風は少し冷たい。
玄関の鍵は生体認証式ではなく、旧来の物理鍵で開けるタイプ。鍵が掛かっていればピッキング道具が必要になる。さて、どうしたものかとドアノブを回してドアを引くと何事もなく開き、クリフはあっけにとられた。
中に入ると家自体は何も変哲もない民家そのものという印象だ。少なくとも半年以上は放置されたままだろう。歩くたびに溜まっていた埃が舞い上がり鼻をくすぐる。人の居る気配はないが、用心のためにジャケット裏の拳銃は直ぐ抜ける様にしておく。
何も無さそうだが、とクリフは廊下の壁に手を付けると丁度そこにあった照明のスイッチに触れて廊下の照明が点いた。どこかに自家発電設備も備えているのか、電力がまだ生きている。思わぬ事だったのでクリフは驚いた。
部屋をひとつひとつ探ってみるが何もない。ただ、クリフはこの家に違和感を覚えた。生活臭が殆どない。生活用品が置いてあってもおかしくはなさそうだが、そういう類のものが一切ない。荒らされた形跡もなく略奪があったとも考えにくい。埃を除けば綺麗なままと言っても良かった。
一番奥の部屋に入る。寝室なのだろうか、シーツの無いパイプベッドがひとつあるだけ。ベッドサイドの窓からは岩山と谷が少し離れた所にあるのが見える。
あとはこの部屋だけ。部屋の隅のクローゼットを開けるも予想通り何もない。クリフは大きく嘆息した。フライボーイがこの辺鄙な所に建つ家を寄こす為にわざわざあのメッセージを送ったわけではあるまい。何かある筈だと頭を振る。
ふと、クリフは床に視線を落とすとあることに気が付いた。クローゼット内の一部、床の材質が違う。板張りではなく、金属光沢が見える。ここだけ合金製。クローゼット内を探ってみると、壁の片隅に小さな穴と切り欠きを発見。穴に爪をかけて引っ張ると切り欠きが外れてテンキーが現れた。
「こいつか……」
数字の羅列の意味がここで分かった。このキーに入力しろという事だ。クリフはとりあえず2番目に記されている8桁の数字を入力。ガシャッという床からロックが外れるような音と共に床の一部がスライドした。
「当たり」
開いた先には下に続く階段が伸びている。ハンディライトの光は底に届かない。何があるかは分からないが少なくとも身に危険が及ぶようなことは無いだろうと直感する。クリフは階段を下る事にした。
暫く下った先にはエレベーター。扉横のボタンを押して中に入る。大人が4人程度なんとか入れそうな狭い箱の壁にまたテンキー。今度は3番目に記された4桁の数字を入力。エレベーターが起動。更に下っていく。
降りた先には通路。そこを進んだ先に扉。扉の脇にはまたもテンキー。4番目に記された10桁の数字を入力。ロックが解除。扉が開いた。数字の羅列はこれで最後。この先が一応ゴールの筈だ。
開いた先には照明に照らされた広大な空間があった。クリフは辺りを見渡す。知っている光景だった。
運搬用リフトに大型クレーン。オートメイトの整備機械。壁際には7メートルから15メートルまで高さの伸縮可能な固定ハンガー。それが3つ。ここはAC用ガレージだ。
だが、レイヴンが使用する一般的なガレージとは造りは少し違う様だ。大半のレイヴンが使用する共用ガレージにしては規模が小さい。これは個人所有のガレージだとクリフは気が付く。
高級パーツで機体の装備を固めるレイヴンはランキング問わずいるが、いくら高給取りでもガレージの個人所有までは難しい。維持するコストがACと合わせると莫大になるからだ。そのため個人でガレージを所有するレイヴンはごく僅かに限られる。それがこんな所にあるというのは驚きだった。
とりあえず見て回ってみるとハンガーの横にはACパーツの一部が保管されていた。腕部<CR-A71S2>の肩部装甲に脚部<CR-LH89F>の腰部装甲に膝関節用アクチュエータ等が置いてある。
「こいつはもしかして……」
このパーツ類はクリフの知っているACが使用していたモノだ。更に見てみると<CR-H97XS-EYE>の部品もある。クリフはこのガレージの主が誰であるか察しが付いた。
置かれているパーツの色は黒。そしてこれらのパーツで構成した機体はあの機体しかない。
「誰かいるのかい?」
奥から声が飛んでくる。反射的にジャケットの裏へ手が伸び掛けるが、その声に聞き覚えがあり、手を止めた。
「ご招待させて頂き光栄だぜ、フライボーイ。ジノーヴィーのガレージだな。ここは」
「──クリフか。君で良かったよ。ご名答。ジノーヴィーが個人で使っていたガレージだよ」
フライボーイがパーツ保管庫の奥から姿を現した。杖を突き、右足を引きずっている。
「私も一時期使わせてもらっていた事があった。ある意味、私の第二の住処というべき場所かな」
「アグラーヤもかい? 彼女も含めりゃハンガーの数が合う」
「……そこはノーコメントで」
クリフの問いにフライボーイは含みのある笑みを浮かべてそう答えるだけだった。
「彼から受けた地獄の特訓もこのガレージでやっていたよ」
フライボーイが指差す先には3台の大型モニター。ジノーヴィーがここでフライボーイの戦闘シミュレーションでの動きをモニタリングしていたのだろう。
「なるほどね。お前さんの強さの秘密はここにあるって訳か」
「懐かしさよりもキツかった記憶しかない。今でも思い出すと変な汗が出そうだ。なるべくあれを視界には入れないようにしている。この時の事を思い出話へと昇華させるにはもう一回り歳を重ねなければならないよ」
相当キツイ特訓だったのだろう。フライボーイの強張った表情を見てクリフは思わず笑うが、フライボーイの視線に気づき、軽く咳払いをした。
「しかし、元気そうじゃねぇか。もう歩けるのかい」
「短距離であれば杖なしでも歩行は出来るが、走ることはまだ難しいな。こいつに馴染むにはまだ少し時間が必要だ」
フライボーイは右足を上げてそれを杖で軽く小突いた。乾いた音が小気味よく響く。そうしてみると義足だとようやくわかるが、あらためて見ても遠目ではとても義足とは思えない程に精巧な出来だ。
「美人のナースさんにリハビリ付き添ってもらえるんだ。やる気は上がるだろう?」
「シンシアの事かい? 彼女のアドバイスは的確だ。私のリハビリメニューを彼女が管理してくれるお陰でスムーズに進んでいるよ。──大当たりだ。毎日楽しいよ」
「目元と口元緩めやがって……まあ、そりゃ良い事だ。この調子なら復帰もそう遠くは無さそうだな。アークのトップランカーでも目指すか?」
「それには興味ないな」と肩をすくめたフライボーイ。「トップを目指してレイヴン稼業をしていたわけじゃない。それに復活したアークはとりあえずレイヴンを掻き集めているだけって感じだ。なんか勝手に所属扱いされているらしいが、そんなところに居付くつもりは私には無いよ」
ごもっとも、とクリフは思った。復活したレイヴンズアークの動きもここ最近読みづらい。迷走している様で何かを企てている様でもある。ある意味バーテックスより怪しい存在だ。
「しかし何でお前さんここにいるんだ? リハビリ中だろ」
「外出許可を取ってここに来たのさ。ここに残してあった私物の整理と君に託そうと思っていた物を残すためにね」
「何だい? そりゃ」
「ここはいずれ忘れ去られる場所。そうなる前に残しておきたかったんだ。せっかく置き手紙も用意しておいたのに無駄になったかな。こっちに置いてある。来てくれ」
フライボーイはクリフを手招く。向かった先は居住エリアとなっている場所だ。地上とは違い、生活用品が並んであって生活臭を感じ取れた。このガレージの持ち主であるジノーヴィーはこちらで生活していた方が多かったと容易に分かる。
「こっちの方が充実しているな。上は殆ど使って無さそうだったぞ」
「彼の生活リズム上、こうなったのさ。上の住居は専ら彼が雇った整備士の待機スペースみたいな状態だったらしい」
「レイヴンらしい……のか。愛機の隣にいる方が落ち着くっていうのが」
「私はそれ程でもないが、彼はそうだったと思うよ。機体の整備も手伝っていたし、コクピットに籠っている事もあった。それ以外の時はよくこのソファに座って機体を眺めていたよ。お気に入りのポジションだったのだろうさ。っと……これだ」
部屋の片隅にある机の上に置かれていた端末をクリフに渡した。
「ジノーヴィーの端末か、これは?」
「ああ、そうだ。まあ、ロックが掛かっているので中が見られないが、これをどうするかは君の好きにしていい」
「そりゃ有難いが、どうした?」
「理由も無く君に託さないさ」とフライボーイはソファに腰を下ろし、暫く間を置いて口を開いた。「<十字架の天使>だよ」
「あのACか」クリフもフライボーイの向かいにあるソファに腰を下ろす。「そいつとジノーヴィーとの関係性は全く分からねぇぞ」
「因果関係については私も可能性は低いと思っている。だがゼロじゃあない。あの機体についてスタークスがヴィラスと共同で君に調査を依頼したと聞いてね。当時あの場所に一緒にいた私なりに協力をしようと思っただけさ」
「ジノーヴィーを倒したレイヴンも……じゃ、ねぇのかい?」
フライボーイの顔を覗き込みながらクリフはニヤリと笑いながら訪ねた。
「ついでにそれも判れば良いかな……っていう下心は否定しない」
バレたかというように口元に笑みを浮かべてあっさりと答えるフライボーイにクリフはやれやれといった感じで肩をすくめる。悪い意味ではない。
「いい度胸だ。ま、その度胸に免じてそれも探してやろう」
「すまない。やはりこの状態だと私ひとりでは少し無理がありそうだ」
フライボーイの言いたい事は直ぐに理解できた。なんだかんだ言っても今の状態から前みたいに動ける様になるには時間を要するだろう。それまでは行動はかなり制限される。
「ジノーヴィーが使っていた端末だ。お宝情報が眠っていてもおかしくはない。まあ、時間は掛かるもしれんがやれない事は無い筈だ。が、その反面、立場上ヤバいもんも出てくる可能性もある。取扱いには気を付けねぇと……」
クリフはそう言って端末の電源を入れるとディスプレイに認証画面が表示される。まずはパスコードが必要だが生体認証も必要になるかもしれない。あれば解析に面倒な手続きが出てきそうだ。
「こいつのロック解除はどうにかなりそうかもな。まあ、そっちの方面に詳しい奴がいる。そいつに協力してもらうさ……」
「解析出来た際は私も立ち会っても良いかな?」
フライボーイが少し前のめりになって聞いてきた。それにクリフは驚き、思わず端末から手を放しそうになる。
「やけに執心的だな、おい。気持ちは分からんでもないが、まだどうなるかは分かっちゃいねぇんだぞ」
危うく落としそうになった端末を辛うじて受け止めてクリフは聞き返した。
「……それもそうだな。気持ちが少し逸ってしまったか。良い結果が出る事を祈って私は待たなければならなかったな」
ソファに座り直したフライボーイは水の入ったペットボトルを取り出して口に付ける。まだぎこちないが、義手で蓋を開ける動作もしっかりとこなしていた。義手の精巧さもだが、それを使いこなそうとしているフライボーイの適応力の高さにクリフは感心する。それを見ながらある事を思いついた。
「……解析自体ならちょいとしたお出かけになるが、立ち会える事は出来るかもしれないぜ。良ければ一緒に来るか?」
「それは」とフライボーイはペットボトルを傾けていた手を止めた。「直ぐに出来るのかい?」
思っていた通りの反応。クリフは頷くと携帯端末のマップを起動させた。
「これから話を付けなくちゃならないが、俺がさっき話したそっち方面に詳しい奴がノースクラウンから南に200キロの所にあるミラージュ領のロチェスシティって所に今はいる。今から行けば日暮れ頃には着くだろう」
「信用できるのかい? その人物は」
「腕も装備も一流。俺も度々お世話になっている。ちゃんと金さえ払えば口は堅い。そこは信用できるぞ」
2つのソファの間に置かれた小さなテーブルを指でコツコツと叩きながらフライボーイは小さく唸る。顔は俯いて表情は見えない。それが暫く続くが、唐突にそれはピタリと止まり、フライボーイは顔を上げた。
「よし、決めた。連れて行ってくれ」
「好奇心が勝ったな」クリフはそう言いながら携帯端末を操作した。「返事が来た。来ても良いとさ。ま、今からだと特急料金は掛かりそうだ」
「そうか、それは良かった。足りない場合は私からも出すぞ」
「まあ、そこまでは大丈夫だろう。どうする? 俺の車に乗っていくか? その身体じゃまだ運転は難しいだろう」
「確かに長時間は難しいな。その言葉に甘えさせてもらおう。では、善は急げという事で、さっそく準備するか」
「それにしてもお前、ここまでどうやって来た? 地上には車とかの乗り物は見当たらなかったが……」
「君と同じ、車だよ。私やジノーヴィーしか知らない秘密の入り口があってね、そこから入ってきた。実は上の玄関の鍵は私が開けておいたんだ」
「それであっけなく入れたのか。じゃ、出るときはちゃんと戸締りしておけよ」
そう言って2人は同時に立ち上がった。
ちょっとした遠足みたいなものだ。クリフは気軽な気持ちでフライボーイの準備を見届ける。