ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
部屋で端末の画面と独り睨めっこをしていたヴィラスは手を頬に付き、頭をうなだれた。
先日の戦闘中に乱入してきたAC<レイニースワロー>との戦闘記録を見返していた。何か変わったところがあればと思って見ていたが、特に変わったところは見受けられない。アークが持っていたアリーナの記録映像を見比べてもそれ程差異はない。強いて言えば一部の装備くらいか。
戦ったレイヴンについての分析なんてやったことが殆ど無かった。そもそもレイヴンについて細かく分析するというのをヴィラスはあまりやってこなかった。せいぜい、アリーナで戦う対戦相手の事前情報を仕入れるくらいだ。ガレージにいる他のレイヴンにユウティエンと交戦経験があるか尋ねてみたが、生憎それはいなかった。
レイヴンについての情報を詳しく分析する事に特化した専門家やリサーチャーはいるらしいが、今の情勢ですぐにコンタクトが出来るかもわからない。現状持っている少ない資料での分析はさすがに厳しい。端末と睨めっこしていた2時間半で大した成果を得られなかった。
小さな溜息を吐いてヴィラスは端末のメールソフトを起動。メールのチェックを行う。今のところ新着のメールは無し。先日クリフから調査結果は少し待って欲しいというお詫びのメールがあったくらいだ。それを見てヴィラスはふとクリフに先日の事を伝えようか考えたが、調査を依頼している最中で更に負荷を増やすのは悪い気がした。そこで落ち着いた状況になったら見ておいて欲しいという一文を添えて送ってみる事にした。
直後にブリーフィングシステムに通知。依頼が入ってきた。依頼主はバーテックス。アライアンスの輸送部隊への攻撃。どうやらアライアンスの兵力の大規模輸送作戦があり、それを攻撃する。報酬は65,000コーム。撃破戦力によっては追加報酬を出すとのことだ。
「……噂になっていた例の作戦か」
ヴィラスは画面に表示される攻撃目標の情報を目で追いながら呟いた。
対バーテックスに本腰を入れてきたアライアンスがサークシティ方面の前線基地に向けて兵力を増強させる為の大規模な輸送計画があるという話は前々から噂で流れてきていた。これがその輸送部隊だろう。噂が本当であればかなりの数になると予想されている。
予想戦力は大型輸送車に輸送機、そして戦闘ヘリを交えたMTの小隊が多数。ルートによってはACも出てくる可能性があるとのことだ。
今回の依頼においての僚機は無く、単独で攻撃を行えという事だ。依頼を受けるのは1ルートのみで他のルートで動く部隊へ派遣する戦力とのバランスなどを考えてかもしれないが、この戦力であればレイヴンのAC単体で問題は無いだろうという判断だとヴィラスはそう感じた。
ヴィラスは少し考えた後、受諾するという返事を送ると直ぐにアセンブルソフトを立ち上げて機体のセッティングを始めた。輸送部隊は陸空両面で展開されるだろう。対応する装備も考えておかなければならない。作戦は翌日の朝。その間に準備をしておく必要がある。
* * *
「悪いな、”KD”。忙しいところを急に来ちまって」
「僕は別に構わないよ。君ならいつでも大歓迎さ。いやぁそれにしても面白そうなものを持ってきてくれたねぇ」
クリフの言葉にKDと呼ばれた丸めの体格をした男は黒いハーフフレームの眼鏡を指で掛け直しながら明るい声で返した。
部屋中のそこかしこに端末や電子部品等が大量に積まれているアパートの一室。そこにクリフとフライボーイ。そしてこの部屋の主であるKDがいた。
このKDという男も一応リサーチャーではあるが、本職はハッカーだ。対象の所有する情報端末にウィルスプログラムを仕掛けて抜き出した情報を売ったり、またはシステムの破壊を行ったりしている。その一方でリサーチャー向けに情報収集用に特化した端末やハッキング用のプログラム等を販売して生計を立てていた。
「レイヴンが使っていた端末の解析なんて滅多に無いからね。これはとっても貴重だよ。入手できるタイミングなんてそのレイヴンが戦死した直後くらいなんだけど、大抵はその前にアークに回収されちゃうからね」
KDはクリフから受け取った端末をウキウキとした表情を浮かべながら別の端末とケーブルで繋ぎ始めた。
「で、この端末の解析は出来そうなのか」と怪訝そうな表情を浮かべるフライボーイ。「時間は掛かるのかい?」
「あー……どうだろう。これから見ていくけど、これは端末に掛かっているプロテクトの強度によるからねぇ……一概には言えないよ」
クリフ以上にクセっ気の強い黒髪を掻きながらKDは答える。
「この端末は特注っぽいし、搭載OSもアークのオリジナルだろう。けど、これまであらゆるOSに対してハッキングする為のプログラムはそれ相応に沢山作られてきているし、僕らも作ってきた。不可能という事は絶対に無い」
身振りを使ってそう答えながらKDは端末の接続を済ませると、両端末の電源を入れ、自身の端末に慣れた手つきでコマンドを打ち込んだ。
「これからこの端末に対して解析プログラムを走らせる。まあ、さっきも言ったけどプロテクトの強度次第で時間は大きく変わるから参考程度だけど、早ければそうだね……30分程度かな」
「へえ」とクリフは感心したような声。「以前より解析のスピード上がったのか」
「よく聞いてくれた!」
クリフの方へやや大振りに指差してKDが嬉しそうな声を上げる。クリフは慣れているのか平然としているが、喋る度に手と顔の表情やリアクションがいちいちオーバーなKDにフライボーイは笑いを堪えるのに精一杯だった。
「今回使っているのは僕ら謹製OS解析ツール”Sledgehammer”の最新バージョン5.00なんだ。今回のバージョンからアルゴリズムを大幅に変更してね。これにより解析時においてOS内の各モジュールへ対するタスクを増やしたことによって解析の確実性と時間の大幅な短縮が実現できた。もちろん。過去にリリースされたOSのバージョンへの対応も従来通り出来ている。来週には正式にリリースをする予定さ。エディター付きのフル機能版は70コーム。通常版は56コームで売り出す。どう、おひとつどうだい?」
「あーそうだな。考えておくぜ。で、三大企業製のOSとかはどうなんだ?」
「もちろん、対応してあるよ。特にキサラギ製OSは癖が強いからね。キサラギ製には弱かったという欠点の見直しの為に今回のバージョンアップは僕と”YI”がコードの見直しをしてほぼイチからの改良をしたから自信アリの出来になったよ」
指をくねくねと動かしながら早口で捲し立てるKDの圧に思わず2人は後ろに小さく仰け反る。
「君以外にもいるのか」とフライボーイ。
「彼らはチームなんだよ」とクリフは返した。
「”ウッドペッカー”っていうハッカーチームなのさ。他の街にも支部を置いてあってね。60人くらいの大所帯チームだ。で、このKDがリーダーでメンバーを纏めているって訳だ」
「特攻兵器襲来の混乱で合流出来ないメンバーがいるので今は26人だね。まあ、昔からこういう事をやってきていてね、同じような事が好きな者同士でワイワイやっていたらこうなっていたんだよ」
クリフの言葉にKDが照れくさそうに笑いながら答えた。その表情に意外と愛嬌あるなとフライボーイは思う。自身が想像していたハッカーという職業の人間の表情とはかけ離れていたからだ。だが、これくらいのコミュニケーション能力を持っていなければ大所帯を抱えられないし、商売も出来ないだろうと思い返した。
「まあ、派手にやらかし過ぎてキサラギの公安を動かした事もあったんだよな。それを聞いた時はびっくりしたぜ」
「あれは迂闊過ぎたよ。お陰でダイワシティの1stベースを失う事になったのだから。依頼とはいえ、難攻不落と言われていたキサラギ本社技術部門のサーバーに忍び込めた事に舞い上がったばかりにこちらの防御態勢が疎かになってね。それに気づかずにデータを引っ張っていたらウィルス入りのダミーデータも一緒に引っ張ってきちゃってもうあっという間さ。ベース内のオンラインで稼働中の端末は全滅。その中でも強度が薄い端末から情報を抜き取られたんだろうね。ベースの場所が彼らにバレた……」
「よく逃げられたもんだね。キサラギの公安って結構素早いって話を聞くが……」
驚いた表情を浮かべてフライボーイは言った。
「まあ、強度が薄いとはいえ、暗号化はしてあったし、公安が動くタイミングをたまたま同じ場所で仕事をしていたリサーチャーが教えてくれたからメンバーは間一髪のところで逃げられたのさ。それが無かったら今頃僕たちは海の底かどこかの研究所で実験体。いや<AMIDA>の餌……なのかな」
「<AMIDA>の餌なんて御免こうむりたいぜ。あの連中なら躊躇なくやりかねないけどな」
「なんだい? その”アミダ”って」
「キサラギがお得意のバイオ技術で作った最新の生体兵器だよ。前のナービス領での紛争で投入されていたんだ。とにかく見た目が気持ち悪くてよう、あいつの資料入手した後、俺は3日間くらい肉が食えなかった。……思い出したらちょっと吐き気してきた……」
フライボーイの問いに嫌悪感をむき出しにした表情を浮かべてクリフは口走った。キサラギが開発したその兵器や過去に作られたものに関しての資料も持っているが、クリフはなるべく見ない様にしていた。彼らの持つセンスは自分には到底理解できないだろうとクリフは思っている。
「キサラギの生体兵器に関しては噂で聞いていたが……そんな名前だったのか。キサラギのパーツは幾つか使わせてもらっていたけど、そういったモノには全く理解ができないね」
愛機<スピットファイア>の姿を思い出しながら苦笑いを浮かべるフライボーイ。内装と肩部エクステンションはキサラギ製だ。
「僕のチームでは賛否両論だったよ。当然受け付けないという意見はあるけど、かっこいい、可愛いという意見もある。僕はどちらかというと受け付けない派かなぁ。──可愛すぎるんだ。愛玩用であれば許せたけど、あのビジュアルは僕がレイヴンだったら殺すには少し躊躇いを起こす。兵器であればベースの生物をもっと考慮すべきだった。個人的には57年前のサイレントライン紛争の最中に投入されていた<B1037f M-type>が一番好きだね。あの巨体故に見せつけられる圧倒的な威圧感のあるフォルム。そしてその巨体の中に仕込まれている連射式プラズマキャノン。強固な皮膚による堅実な防御力。まさに生体兵器という判り易さがあって良いと思うんだ。カッコよさではレイヤード時代に確認された<B988A M-Type>の方が勝るけど、人によってはベースがストレート過ぎるという意見もある。でもアレは微妙なところに虫類特有のキモさのエッセンスが加わっての魅力だという意見が無視されがちで──」
「おっ終わったようだぜ?」
熱を帯び始めたKDの言葉を遮り、クリフは声を上げた。視線の先にあった解析中の端末の画面に変化が見られたからだ。フライボーイも期待を込めた表情を浮かべている。KDも薄笑いを浮かべて端末を動かす。
「これでログイン用のパスコードが分かった。さぁこれでいけるかな……」
認証画面に解析したというパスコードを入力。起動画面に進むかと思われたが、KDは小さく「あっ」と漏らす。
「やはり生体認証が必要らしいね」と端末の右端にあるプレートを指差す。そこに指紋をかざして認証させるのだろう。普遍的なセキュリティロックだ。
「予想はしていたけど、やっぱりか。残念ながら持ち主の指紋なんか持っちゃいねぇ」
クリフは嘆息して肩を落とす。此処に着いた時に気が付いてしまったが遅かった。ガレージで指紋の採取でもしておけば良かったかと反省する。フライボーイも肩をすくめていた。
「……このタイプのならなんとかなるかもしれないよ」と端末を眺めながらKDは口に出す。
その言葉にクリフとフライボーイはKDの方へほぼ同時に振り返った。
「出来るのかい?」
「仕組みは大体一緒だからね。無効化できるツールがある。というか昔作っているんだ」
そういってKDは部屋に備えている棚を探り始めるも手応えが無さそうだったが、暫くして納得したように独り頷いた。
「置き場所が分かった。2階にいる”PR”たちの部屋だ。ああよかった、見つかったよ」
「よく分かったな」
「こいつのお蔭だよ」とKDは自身が掛けている眼鏡を指差した。レンズに何か画面が表示されている。
「これも僕らが作ったやつで、これで稼働中の端末にアクセスしてソフトウェアの台帳を確認した。あっもう連絡したから直ぐに来るはずだよ」
「おいおい。もしかしてここのアパートって君たちが全部屋使っているのか?」
「支部が崩壊しちゃったから今はこの街にチーム全員がまとまっていてね、2階と今いる3階のフロアは全部僕らのチームが使っているよ。このアパートには14人が生活している。で、ここから西へ6ブロック先のアパートに7人。南に3ブロック先のアパートに5人かな。ちなみに3階奥の部屋はゲストルームになっているから、もし休むなら今日はここで寝泊まりするといいよ」
「元々ここは確か3rdベースだったか? 昔、1回だけ来たきりだったな」
「そうそう。前はここと両隣に2階の1部屋だけだったけど、特攻兵器襲来の混乱で空き部屋になったところを他のベースから掻き集めてきた機材を入れて勝手に使わせてもらっているだけなんだよね。これでも2ヶ月は掛かったんだ……」
その時、インターホンが鳴る。「あー来たね」そう言ってKDが携帯端末で部屋に入るように指示を出す。部屋に入ってきたのはKDとは対照的に痩せぎすの男。彼もKDと同様の眼鏡を掛けている。KDにメモリースティックを渡すとクリフたちに小さく頭を下げてそそくさと出て行った。
「ああ、これこれ。こいつで何とかなると思うよ」
KDは受け取ったメモリースティックを端末に差し込んでツールを起動させた。
「何やら忙しそうだな。今の彼。直ぐ飛び出していった」
「プログラムの開発だけじゃなく、幾つかの組織からハッキング依頼が来ているからね。依頼をこなす為には忍耐が必要になる事もある。カフェインは僕らの友だよ」
KDが部屋の奥に視線を向ける。そこには空になった大量の茶色や黒の小瓶と色とりどりの缶が入った袋か山積みになっている。それらは全てエナジードリンクといった類の飲料のものであることが容易に想像できた。
「これは……レイヴンとは別ベクトルでキツそうだ……」
フライボーイは顔を引きつかせながら小さく呟く。恐らく他の部屋もそうなんだろう、彼らの苦労と忍耐の跡がそこにあった。ベクトルこそは違えども彼らも戦士なのだろうと少し共感を覚えた。
「時間は掛かるか?」とクリフ。
「ツールが動き切るまではまあ、4、5分は掛かるかな」
「意外と早いな。流石、魔法使い」
「4年前の10月でめでたくなっているよ」とおどけながらKDは答える。「これは各種ハードのエキスパートである”VO”と”MM”と一緒に手掛けたツールでね。これもそろそろ新しいバージョンに上げなきゃいけないと思っている」
「やることが多いんだね。私の想像以上の作業量だ」
「チームでやっているから実際はそれ程でもないよ。まあ、それでもここ最近は依頼の数が多いからねぇ……中には”原始言語”の情報が見つかったなんて胡散臭いモノも紛れ込んでくる。全部フェイクっぽいけど」
「噂のあれか」
クリフは怪訝そうな声を上げると同時に「聞いたことの無い言葉だ」とフライボーイが疑問の声を上げる。
「大破壊以前に使われていたコンピュータ言語体系を一括りにしたものをハッカーとかがそう呼んでいるだけさ。かつて存在した管理者の人工知能もこれらで構成されていたらしい。で、そいつを解明出来ればこの世のコンピュータ技術にブレイクスルーをもたらすことが出来るとかっていう話だよ」
そうクリフは答えた。少し前までならこんな話も与太話として流せただろう。だが、特攻兵器の襲来を目の当たりにしてそんな事も有り得るのだろうと考えてしまう。特攻兵器を動かす元のシステムがあれば実態がどうであれ、存在してもおかしくはない。
「サイレントライン紛争時に”AI研究所”と呼ばれる組織から提供されたAIがそこら辺からの技術を流用されたものらしいと聞くけど、未だにブラックボックスな部分が殆どだからねぇ。いつかは見つけたいと思っているけどこれも中々難しいんだな、これが。だからキサラギのサーバーに忍び込めた時、もっと慎重にやれればなぁって後悔しているよ。あの辺に一番精通しているのはキサラギだからね」
そうこう言っている内に端末の画面に処理が終わったことを知らせるメッセージが表示されていた。3人から思わず安堵のため息が漏れる。
「これでログインが出来る。生体認証を無効化と言っているが実際は単に疑似的に認証させているだけだから今後も使う場合は正式な手順で無効化すればパスコードだけでいけるようになるよ」
パスコードを入力してログイン。画面が表示された。クリフとKDは拳を握り締めて小さくガッツポーズ。フライボーイは大きく頷く。成功だ。
「そいじゃ、金の話でもするか。今回の作業は幾らくらいかな?」
「端末解析の基本料金は55コーム。で、今回は急の依頼って事で特急料金の15コームがプラスにツール使用料の12コームが入って合計82コームだね。対面だからドルでの現金払いも受け付けるよ」
「そんなに現金持ち合わせてねぇからコームでの支払い手続きさせてもらうよ。が、それでも高いから相談させてくれ」
そう言ってクリフはジャケット裏のポケットからメモリースティックを取り出してKDに見せる。
「アライアンスがサークシティ方面で展開している基地及び関連施設に搬入されている端末などの情報機器やそこのネットワーク構成に関する資料が入っている。こいつでどれくらいまけてくれるか?」
「情報の詳細によるね。既存であったり不確定だったりするものが多ければ応じない」
再びずり落ちかけた眼鏡を掛け直してKDは言い放つ。今の表情は商売人としての表情をしていた。
「分かった。じゃあ、精査してくれ」
KDは渡されたメモリースティックを自分の端末に繋いでファイルを読み始める。
「……この情報は何時くらいのものかな?」
暫くして画面を眺めていたKDが呟く。まだどうなるかは声色からは読み取れない。
「本日の0時時点の情報だな。近々大規模輸送計画があるのは知っているだろ? そいつの情報を拾っているときに持ってきた」
「──この情報には少なくとも30コーム以上の価値はあるとみた。でもキリが悪いから2コーム加えて32コームで引き取るから50コームでどうだい?」
端末から顔を上げて、KDは言ったその口角は上がっている。この情報は有益なものと判断してくれたようだ。
「あんたにはよく世話になっている。今回も助けてもらったからな。その金額で文句はない。後でエナジードリンクの詰め合わせも差し入れで送っておくよ」
クリフはそう言って右手を差し出すと、KDも右手を差し出して互いの手を握った。交渉は成立。
「この情報を基にすればアライアンスへのハッキング依頼ももう少しスムーズにいきそうだよ。ここ最近は忍び込むのにも一苦労するんだよね。これが」
「今は対バーテックス戦でかなりピリピリしているからな。向こうさんも相当警戒しているだろう」
「末端の基地ならまあいけるけど、前線基地とかは結構厳しいよ。本部は言わずもがな。これが落ち着いたらまだ行けていないベースの現状確認もあるからね。まだまだ休めないよ」
クッションがよく効いていそうな椅子に深く座り込みながらKDが大きな溜息を一つ吐いて言葉を出す。仕事が一段落したおかげだろう。目元がかなり緩くなっている。
「この情報が有益になることを祈るぜ」
クリフも床に座り込んで身体をほぐすと端末の操作を始めた。
手が微かに震える。妙に緊張するのはこの端末の中身を見ることが出来るという喜びよりも未知の情報に触れるかもしれないという怖さの方が上回っていたからだった。中にはクリフだけでは処理しきれない”触れざるモノ”が入っている可能性だってある。元の持ち主の立場からしてそういった情報がこの端末内にあってもおかしくは無かった。
クリフの後ろから視線。フライボーイもしゃがみこんで画面を見ている。クリフ同様に顔が少し強張っていた。
「どうだい?」
「まあ、これからだな。メールにドキュメントも結構量はありそうだ。全部を捌くには時間が掛かりそうだし、これからじっくりと調べてみるさ」
端末を一通り操作してクリフはそう呟く。これでようやくスタート地点に立つことが出来た。これからが本番だ。
「それにしても腹が減ったな。少し休もうぜ。KD、ゲストルーム使わせてもらうよ。煙草吸えるところはあったか?」
「ああ、自由に使ってくれ。喫煙所は2階の非常階段に設けてあるからそこでお願いするよ」
「了解だ。じゃ、ちょっと飯と仮眠でも取るとしようか。頭と身体をスッキリさせた方が仕事は捗るってモンだ」
そう言ってクリフはフライボーイを促しながら立ち上がると大きく身体を伸ばした。長時間の運転を経て疲労のピークに達していた身体は仕事よりも休息を求めている。目の前の大きなお宝はもう逃げない。ここは本能に従うべきだ。フライボーイも大きなあくびをして頷く。
「──僕も少し休もう。後で君から貰った情報をメンバーに共有させてどう儲けるか考えなきゃね」
KDは更に大きなあくびをして椅子の背にもたれ掛かるとそのまま目を瞑った。
* * *
峡谷の底で<ヴェスペロ>は待機していた。
サークシティへと繋がるルートのひとつである峡谷が今回のミッションポイントであった。ミッションの内容は単純明快。その先にある前線基地へ向かう輸送部隊の排除。
日の出は近いが、空は厚い雲で覆われていて暗く、今にも雨が降りそうな気配がする。それが今回の任務にどれだけ影響するかはまだ分からないが、少なくとも狭い峡谷の中。そして限られた足場での行動には及ぶだろうとマップデータを眺めながらヴィラスは推測する。
既に機体は戦闘モードに移行。レーダー上にはまだ反応は無い。外界は不気味なほどに静かだ。
アライアンスの輸送部隊はブリーフィングで記述されていた通り、複数のルートに分けて動いているらしいが、想定のルートを通るとは限らない。そうなった場合のフォローも考えて指示があるまでは動けない。それは少しストレスになるが、コントロールスティックを握る力を時折緩めたりして身体の緊張を適度にほぐす。
待つ事約20分。通信が入る。ルシーナからだ。
『バーテックスの斥候部隊からよ。敵輸送部隊が間もなくこちらに向かって来るとのこと。戦力情報を転送するわ。確認して』
戦力情報がモニターに表示される。<79式装甲輸送車>に<89式装甲戦闘車>が複数台。それに護衛であろうMT<CR-MT77M>と戦闘ヘリ<CR-AH79>も同様にいるという。また、後続の部隊もいるらしく、その情報も随時知らせてくるだろう。
相当数いるらしい。そしてそれが複数のルートを使って向かって来るのだからアライアンスの本気度も分かる。
『迎撃をお願い。輸送部隊をここで食い止めて』
「了解」と返答。ミッションスタート。フットペダルを踏み込み、機体を前進させる。
レーダーディスプレイ上に輝点。輸送隊だと一目で判る隊列を成している。ブースターを起動。一気に距離を詰めて攻撃態勢に移行。狙うは先頭の車両。
だが、向こうもしっかりと防衛体制を整える。輸送車の両翼に位置していたMTが輸送車の前面に立ち、レーザーとミサイルを放ってきた。
ヴィラスは機体を跳び上がらせてそれを回避。逆関節型脚部<LR04-GAZELLE>の跳躍力であればそれは容易だった。狭い峡谷内では横方向の機動は制限されて難しい。機体の動かし方も変えていかなければ相手は火力で劣るMTとはいえ、集中砲火を受けてこちらが沈む。
そのままブースト機動で隊列の真上に位置付けると既に作動させていた右背部ミサイルランチャー<WB01M-MYMPHE>と肩部連動ミサイル<CR-E84RM2>を発射。防御手段を持たない先頭にいた輸送車数台が直撃を受けて爆散。爆発の余波を受けてMTも転倒して後続の隊列はあっさりと動きを止めた。
そのままの態勢で今度は動きの止まった方へ再びミサイルをロックして発射。慌てて後退しようとしていたがそれは無駄な努力であった。再び大きな爆発と共にMTと輸送車が吹き飛ぶ。
これで3分の1程を撃破。レーダーに複数の飛翔体。装甲車から放たれた垂直発射式ミサイルだ。そして<CR-AH79>4機が一気に距離を詰めて来た。
バックステップで一度離れながら右腕に装備したバズーカ<CR-WR93B3>を構えて発射。まっすぐ進んできた1機のヘリに直撃。続けざまにもう一発放ち、素早く2機を撃破。すぐさま<C03-HELIOS>のオーバードブーストを起動。残った2機を無視して隊列へ一気に強襲。当たり損ねたミサイルだろう。後方で爆発音。だがもうそれは意識の外だ。
1台の装甲車を射程内に捉えている。バズーカでそれを破壊。装甲車とはいえ、対AC戦を想定しているバズーカ弾の直撃には耐えられない。更に2機、3機と流れる様に破壊。火柱が次々と上がる。
『ヴィラス。第二陣が来るわ。<クランウェル>が3機。MTを3機ずつ積んでいる模様よ。ポイントへ到着まであと3分』
ルシーナからの通信。次が来る前に片付けておかなければならない。機体を跳び上がらせると再びミサイルランチャーに切り替えて発射。輸送隊への掃討を続ける。
レーダー上に新たな輝点。モニターの奥に<クランウェル>の機影が小さく見えた。
目の前に立っていたMTを左腕の<CR-WL06LB4>の光刃で薙ぎ払い、輸送車の残骸を飛び越えて前進。<クランウェル>の機影がはっきりとしてくる。この機体もまた前線へ送られる機体なのだろう。底部フックには<CR-MT85M>が吊り下がっているのが見えた。
先頭の<クランウェル>に照準を合わせてバズーカを発射。前部ローター付近に直撃を受けた<クランウェル>はバランスを大きく崩して側面の岩壁に機体を擦らせる。それでもバランスを一瞬戻した瞬間にMTを投下。<クランウェル>はそのまま墜落した。MTの1機は着地に失敗して擱座するも、もう2機は辛うじて着地。後続機もMTの投下を開始。
先に着地したMTにバズーカを放つ。着地時の衝撃で動けずにいた機体に容易く直撃。胴体から炎を上げて吹き飛ぶ。
着地を終えた残りのMTからマシンガンが放たれる。数発被弾するも細かいブースト機動でそれを逃れて飛び上がるとミサイルランチャーに切り替えて発射。ミサイルは射線の間に入った<クランウェル>に直撃して墜落。<クランウェル>は機体前部を潰して炎上する。
<ヴェスペロ>は飛び上がったまま近くの岩場に着地。峡谷の底にいるMTを見下ろす形となった。ヴィラスは対岸の岩壁を見据えてある事を思い付く。
左背部のロケットランチャー<CR-WB75RP>を岩壁のひびの入った箇所に向けて発射。下からMTがマシンガンを発射しているみたいだが、それに構うことなく数発発射する。
岩壁が崩れ、複数の岩塊がMTの集団へ落下。直径3、4メートル程の岩に押し潰されてMTは沈黙した。
「思っていたより派手に落ちたな……」
我ながらえげつない事をしたなとヴィラスは眼下の光景を見ながら思う。幾つもの岩塊に埋もれたMTはパイロットがいるとすればもう助からないだろう。MTの片腕が1本、岩塊の隙間から飛び出ていた。
これで任務は一定の目標達成が出来たか。輸送隊の要である輸送車及び装甲車は全滅。残存している戦力の<クランウェル>と護衛の戦闘ヘリ数機は戦線から離脱する動きを見せていた。
「ルシーナ。後続部隊の情報は?」
『現在確認中。……待って、斥候部隊から通信。輸送機が1機、こちらに向かって来る。到着まで2分。ヴィラス、輸送機の撃破をお願い』
「了解。迎撃に入る」
輸送機1機だけかとヴィラスは訝しんだ。単に遅れて来た機であれば良いが妙な胸騒ぎを覚えた。今のうちに武装と機体状態の簡易チェックを済ませる。損傷度も弾薬の消耗も今のところは許容範囲内だ。
レーダーディスプレイに輝点。速度があるなとヴィラスはレーダーを見ながらそう感じた。機影を確認。通信のあった通り、輸送機だ。機種は<C06-STORK>。
飛翔体の反応。輸送機から発射されたミサイルだ。距離はまだある。峡谷の底に降りてそれを回避。機体後方の岩壁上部に着弾。岩壁が大きく崩れる音が聞こえた。
ヴィラスは武装をミサイルランチャーに切り替え、<ヴェスペロ>を飛び上がらせた。射程距離には既に入っている。肩部連動ミサイルと合わせた10発のミサイルを発射。ほぼ相対する位置から放たれたミサイルは<C06-STORK>のコクピットブロックへと真っ直ぐ突き刺さる。
機体前部から大きく炎を吹き上がらせた<C06-STORK>は峡谷の底へと吸い込まれるように堕ちていく。これで終わりかという安堵感はレーダーディスプレイに新たに表れた輝点で一瞬のうちに失われた。
『反応は4つ。うち1つはACね。バーテックスからは撃破しろというリクエストがきたわ』
ルシーナの言葉の通り、望遠モニターにはMTと思しき機影とACの機影。輸送機から撃墜寸前に飛び出したのだろう。ACのシルエットは重量二脚型。黒と銀のカラーリング。
「あの機体は……まさか?」
ヴィラスの脳裏に以前交戦したことのあるACの名前が過ぎった。それは恐らく合っているだろう。
雨粒が装甲を叩く音が聞こえてくる。雨が降り出した。