ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第22話「Reunion」

 愛機<エクリッシ>のコクピットに座っていたジェランはヘルメットに入ってくる通信の声に耳を澄ませながら機体の状態を確認していた。機体の異常は無し。状態は良好だ。

 外界の状況は至る所で交戦中という通信が入ってきている。それは予測通りだ。輸送部隊の行く手を阻むためにバーテックスが攻撃をしている。それを守備する為に特務部隊が各ルートに向かうという段取りだ。だが、それは表向きで本来の目的は違う。

 オペレーターから通信が入る。Gルートを進行中の輸送隊が著しく”消耗”しているとの事なのでそちらに輸送機の進路を向けると言ってきた。

 それに「了解した」と返す。ミッションポイントが確定。そこにいるバーテックスの戦力を叩けという事だ。強化したこの身体の状態を示す良い機会。ジェランはそう捉える余裕が出来ていた。シミュレーターだけでは測れない実戦で於ける身体の変化。それを確かめたく、早くこの狭い輸送機から出たいという逸る気持ちも僅かにあった。

 Gルートの交戦ポイント付近まで近づくと同時に警告アラートがけたたましく鳴り響く。敵機がこちらに向かって来るとのこと。機種はAC。この輸送機には一応自衛の為のミサイルランチャーを備えているが流石にAC相手に対して非力感は否めない。

 ジェランはオペレーターに後部ハッチの解放をさせる様に指示を出し、部下にも出撃できる態勢取っておくように声を掛けた。このままでは輸送機と心中する羽目になる。コントロールスティックを握り締め、ハッチが開くのを待つ。

 直後に衝撃。そして高度が落ちるのが分かった。直撃を受けたと察する。そしてハッチ解放。傾いた状態で少々危険ではあるがジェランはフットペダルを踏み込み、機体を外に出させた。後ろから部下も続く。

 曇天の空がモニター一面に表示される。機外へ出る事に成功。後方確認モニターを見やると輸送機が峡谷の底に堕ちて炎上する様子が映されていた。元々無人操縦されていた機体だからパイロットの事は気にすることは無い。ただ、帰りの足がひとつ無くなってしまったかという少し惜しむ気持ちが出る位だ。

 そのまま輸送機を攻撃した機体の確認をする。モニターの片隅に紺色の逆関節型ACの姿を捉える。この機体はバーテックス所属ではなく、彼らに雇われたレイヴンの機体だとオペレーターが伝えてきた。

 

 「本隊ではないか」

 

 ジェランは小さく嘆息する。意図的に外部へ漏らした輸送ルートからバーテックスの主力を釣り出して撃破するという自身に課せられた1つ目の目的は外れた。それでも敵機の撃破という任務は続行である。

 機体を反転させ、敵ACを視認。カメラをズームさせてその機体の左肩のエンブレムを見た瞬間、自身の表情が強張っていくのが分かった。

 あの時と姿は違えども「夜空に染まりゆく翼と鴉」のエンブレムは忘れることは無い。<ヴェスペロ>という名のAC。

 

 「こんなところで会えるとはな」

 

 いつかは借りを返さなければならないと思っていたが、こんな形で再会出来る事にジェランは喜びを感じた。自分がこの部隊にいる遠因のAC。強化したこの身体で最初に戦う事になろうとは。ジェランは何か因縁めいたものを感じざるを得なかった。

 システムが戦闘モードに切り替わる。脳と頸椎辺りが一瞬熱くなると思った後、全身の神経がざらつくような感触。機体とリンクさせる時のこの不快感は当分慣れそうにないなとジェランは思う。

 だが、それが過ぎれば一気に感覚が変わる。コントロールスティックを握る、フットペダルを踏むという今までに操縦感覚とはまた違う。手の先と足の先がそのまま機体に繋がる様な不思議な感触だ。そして機体情報の羅列が随時自分の頭の中で流れていくように見える。どの様に表現すれば良いかジェランには分からなかったが、とにかく<エクリッシ>と一体化していくとそう捉えている。

 シミュレーターでは味わえなかったこの感触は無意識にジェランの感情を昂らせていった。

 武装を左背部のレーザーキャノン<WB02L-GERYON>に切り替える。空中でキャノンを構える事は本来であれば出来ない挙動であった。だが、今の自分にはそれをその挙動を制御できる力がある。

 敵ACにロックオン。挨拶代わりだ。そうジェランは小さく呟いてトリガーを引いた。

 

 

    *     *     *

 

 前方から橙の光芒が飛んでくるのが見えた。ヴィラスはコントロールスティックを横に倒して回避。<ヴェスペロ>の左肩のすぐ横にレーザーが通り過ぎていくのが分かった。

 

 『敵機の情報を更新するわ。ACは<エクリッシ>のようね……』

 

 ルシーナから敵機の情報が送られる。モニターには<エクリッシ>と<MT11-STARLING>の情報が表示される。MTは最近配備が始まったばかりのミラージュの新型。交戦したことの無い機種ではあるが、機体の挙動を見ながら順次対応するしかない。

 バズーカを構えさせながら一度後退する。既に敵機は峡谷内に着地していた。最初に対峙した部隊とは戦力の質が大きく違う。狭い峡谷の中でどうやって1対4の状況を切り抜けるか少ない時間で考え出さなければいけない。

 敵機が近づいてきている。<ヴェスペロ>は飛び上がり、峡谷上部で足場になりそうな場所を見つけてそこに降りた。重量二脚型である<エクリッシ>の機動性と比べれば<ヴェスペロ>の方が勝っている。トップアタックを仕掛けて優位性を取り、まずは一番の脅威であろう<エクリッシ>の排除が優先だとヴィラスは判断した。

 <エクリッシ>がバズーカの射程内に近づいてくる。ヴィラスはフットペダルを踏み込んで<ヴェスペロ>を飛び上がらせた。

 射程内。ロックオンマーカーが赤になる。トリガーを引こうとしたその瞬間、モニターにロックオン警告の表示。モニター正面に<MT11-STARLING>がこちらに向けて砲口らしきものを向けているのが見えた。

 

 「この高度に?!」

 

 紫の閃光が見えた瞬間、反射的にフットペダルを踏んでジャンプ。直後に足場としていた場所が大きな音を立てて崩れていくのが見えた。

 高出力レーザーだ。そしてあのMTはブースターでの飛翔ではなく、逆関節型の形状から見て脚部の跳躍力で峡谷の上層付近まで跳べる能力を持っている。

 ここまでとはとヴィラスはアライアンスの技術力は三大企業が健在であった頃に比べて大きく衰えがない事を改めて実感する。寧ろ各企業の長所を上手く集めてしっかりと向上させている。

 足場を失ったため、峡谷の底に降りるしかない。その間もブーストで細かい機動で捕捉されないようにする。上方からレーザーが何発か機体の近くを掠めていくが当たらせない。

 だが、地面まであと少しというところで正面から飛んできた緑の光芒に対応しきれず腰部付近に被弾。防御スクリーンが爆ぜる音がコクピットに響き、機体が大きくバランスを崩す。だが、ヴィラスはブースターとコントロールスティックの捌きで機体を御して墜落を辛うじて避けた。

 更にレーザーが飛んでくる。無理矢理ブースト機動で後退させてそれを掠らせながらも回避。だが、雨で泥濘みだした地面に足をとられて動きが一瞬鈍り、上からきたレーザーを躱しきれず、<CR-A88FG>の右肩の装甲に被弾。

 

 「いい加減にしろよ」

 

 飛翔しているMTに向けてバズーカを発射。MTに命中するも、まだ健在。装甲は意外と硬いようだった。流石は新型かと内心感心するも、もう一発放つ。大きく吹き飛ばされたMTは岩壁に機体をぶつけてバランスを崩し、墜落。火球が咲く。

 前方から2機。跳びながらこちらに向かって来る。

 

 『カエルみたいね……ちょっと苦手』

 

 ルシーナがぼそりと嫌悪感滲ませて呟くのが聞こえた。跳び方は少し違うが、確かにカエルを彷彿させる動きをしている。

 MT2機が正面から向かって来る。レーダーディスプレイの端に映る残りの反応は<エクリッシ>だろう。MTが<エクリッシ>と交わってこちらを相手する前には片付けておきたい。当初の予定を変更。優先目標をMTにする事にした。

 ミサイルランチャーに切り替えると、2機に向けてロックオン。3発ずつ放てるように調整。連動ミサイルと併せて放たれたミサイルは1機のMTに全弾直撃するが、もう1機は寸前でジャンプされて回避される。

 

 「逃した……」

 

 ヴィラスは思わず舌打ちした。直後に衝撃。レーザーが左肩に命中した。<ヴェスペロ>はすかさずサイドステップ。その瞬間、機体の居た場所にレーザーが落ちて来たのが見えた。

 機体を上に見上げさせて敵機の動きを確認。MTが自機から離れて降りていく姿が見える。丁度<エクリッシ>と挟み合う位置。<エクリッシ>も自機との距離を縮めてきていた。狭い峡谷では逃げ場はほぼ無い。

 オーバードブーストを起動。泥濘む地面の影響などお構いなしにMTの方へ向けて一気に加速。ロケットランチャーをMTに向けて発射。命中こそはしなかったが、空中でほぼ無防備状態であったパイロットは動揺したのだろう、大きく機体を揺らし、着地地点をずらして降下していく。

 オーバードブーストを切り、改めて位置関係を確認。MTは<エクリッシ>に近い場所にいる。挟撃されるという状況は脱することは出来た。

 バズーカを構え直し、敵機へ向ける。前方から飛んできたレーザーをサイドステップで回避すると今度はレーダーにミサイルの反応。モニターには垂直発射式ミサイルが飛翔するのを捉えている。<エクリッシ>からだ。以前交戦した時も使っていたのを思い出す。この機体の装備パターンなのだろう。

 機体をバックステップ。目の前にミサイルが着弾。それが全弾落ちたのを確認するとブースト機動で一気に加速。

 手前に位置していたMTが飛び上がってレーザーを放つ。それを躱し、バズーカの射程内にMTを捉えて<ヴェスペロ>も高く跳び上がった。そこにすかさずトリガーを引いて、弾丸を放つが、MTはそれを機体の体重移動で逸らすと岩壁を蹴って後方へ逃れていく。

 そこへ再びミサイルが自機に向かって飛来。ブースト機動で回避行動に移る。狭い峡谷では派手に動き回れないため、半ば後退に近い形で回避。次の瞬間、前方から緑の閃光が走るのが見える。

 

 「くっ!」

 

 <ヴェスペロ>はサイドステップ。ガリガリと右肩を岩壁に擦らせながらレーザーを回避。ミサイルの回避時に動きが直線的になった所を狙われた。ヴィラスはロケットランチャーに切り替えて数発発射。直撃は狙っていない。あくまでも牽制だ。追撃はさせない。

 モニターにはロケット弾によって舞い上がった土煙を飛び越えて左肩のレーザーキャノンを構える<エクリッシ>の姿を捉えていた。

 

 「こいつは……」

 『半分はお前のお蔭かもしれないな。ヴィラス……だったか? 久しぶりだな』

 

 無線の共通チャンネルからだ。声の主はジェランだとヴィラスは直ぐに分かった。

 

 『お前に敗れた後、アライアンスの世話になってな。こんな事も造作もなく出来る様になった』

 

 <エクリッシ>は飛び上がったままの姿勢で左肩のレーザーキャノンを放とうする。ヴィラスはインサイドトリガーを引いて左肩装甲からECMメーカーを射出。ロックオンが外れたレーザーは<ヴェスペロ>の左側へ大きく外れていった。

 攻撃が逸れた事に一瞬安堵するも、再びロックオンの警告音。レーザーはECMメーカーを消失させていた。コントロールスティックを握り直し、ヴィラスは<ヴェスペロ>を飛び上がらせる。

 強化手術を受けたのだとヴィラスは直ぐに気が付く。似た様な挙動は以前エヴァンジェが愛機の<オラクル>で見せていた。そしてジェランがアライアンスの雇われではなく専属になっている事も。

 あの戦いの後、身柄を拘束された筈だが、ジェランなりに生きる為の選択をしたのだろうとヴィラスは思う。それを否定するつもりはないが、自ら組織を組み、アライアンスに対抗していたにも拘らず、それを捨ててアライアンスの兵になっていた事に寂しさも覚えた。

 下から<エクリッシ>がレーザーを放つ。右腕に握られた<WR09HL-SPIRIT>からだ。レーザーが左肩の装甲に直撃。装甲が破損したらしい。部位損傷アイコンの左肩が赤色点滅。左肩のインサイド使用不可。貫通力の高いあのレーザーは距離によっては防御スクリーンを貫いて装甲へ致命的なダメージを与えかねない。アライアンスのバックアップがあるお陰もあるかもしれないが、<エクリッシ>は以前よりも攻撃力が増した構成になっている。

 警告音。後方確認モニターには自機より高く跳び上がったMTがキャノンを構えている姿。挟み込まれた。

 

 「間に合え……!」

 

 ブーストで右へサイドステップ。今度は左肩をレーザーが掠めていく。岩壁を蹴り飛ばして反転。バズーカをMTへロックオン。トリガーを引く。

 真っ直ぐ放たれたバズーカ弾はMTに直撃。MTは直撃を受けながらももう一度レーザー.を放とうと体勢を立て直して砲口を向ける。だが、既にヴィラスはミサイルに切り替えて発射。6発のミサイルが無防備になったMTのボディに直撃。部品と金属片を派手に散らし、MTは峡谷の岩壁に叩きつけられてそのまま墜落した末に爆散した。残りは<エクリッシ>のみ。機体を反転させて対峙させる。

 

 「後はお前だけだ。ジェラン」

 『俺の部下をやってくれたな……!』

 

 ジェランの声に怒りが混じっているのが分かった。少しは精神的に優位に立てたかなとヴィラスは思う。ふとアライアンスの基地で交戦したTATARAを思い出す。状況は違えども、1対4から1対1の状況まで持ち込めた。立ち振る舞いさえ間違えなければジェランにだって後れを取ることは無い筈。

 その勢いに任せる様にフットペダルを踏み込み、一気に加速。ミサイルをロックオン。連動ミサイルと共に残りのミサイルを全発放つと、空になった背部と肩部のミサイルランチャーをパージ。それと同時にECMメーカーを射出。

 <エクリッシ>のコア<CR-C83UA>の迎撃装置が作動。ミサイルが次々と迎撃されるがそれは想定している。動きを引き付けてバズーカを構えた。狙える。そうヴィラスは確信した。

 そこへ<エクリッシ>の左腕に握られたショットガン<CR-WH01SP>が自機に向けて放たれる。散弾が<ヴェスペロ>の装甲の至る所に着弾。機体が僅かに揺れ、照準がブレる。それに構わず発射するが、バズーカ弾は<エクリッシ>の右へ大きく外れて直撃とはならない。更に放たれる散弾に機体が大きく揺らぐ。

 <エクリッシ>の左肩のキャノンが展開されるのが見えた。しかし、何故かそれがゆっくりと見える。ヴィラスは<ヴェスペロ>オーバードブーストを起動。直後にキャノンから放たれる橙の光芒が機体の左脇を掠めた。そしてそれを目で追える余裕があることに気が付く。

 時間が間延びする感覚。己の内にある生存本能が自分の身体全てにアラートを出している。そう思えた。目線を正面に向けると<エクリッシ>がレーザーキャノンを構える姿。砲口の収束レンズや頭部カメラアイのディテールまでもがはっきりと見える。そして周りの音が遥か遠くに聞こえている事にも気が付いた。

 このまま<エクリッシ>に肉薄すると、左腕のレーザーブレードを振るう。右上から振り下ろした光刃はレーザーキャノンの砲身を切り落とし、コアの装甲上層を切り裂いた。

 すぐさまバックステップしてバズーカを放つ。<エクリッシ>の機体が大きく揺らぐが、<エクリッシ>もショットガンを放ちながら後退して追撃をさせない。

 お互いの機体の距離が離れた瞬間、遠くに聞こえていた計器や外部の音が不意にやかましく聞こえてヴィラスは思わず首を振る。全ての感覚が戻っていた。コントロールスティックを握る手の感触や流れる汗の臭い。視覚も全てヴィラスが知る感覚になっていた。

 

 『──貴様っ! そのブレードは……!』

 「有効に使わせてもらっている」

 

 左腕に装備させたレーザーブレードはかつてジェランが所有していたモノだ。ヘルメットに入ってくるノイズの混じったジェランの声が怒りによるのか増々低くなっていく。正面に映る<エクリッシ>は右肩も損傷したのか接続部から火花が出ている。だが、こちらも散弾を受けて腰部の装甲が完全に吹き飛ばされ、右肩装甲も破損していた。向こうに相当のダメージを与えたが、こちらも同じだ。流石に一筋縄とはいかないかと苦笑いが思わず出てしまった。

 弾は残り少ない。一度距離を置いてリトライするか考える。幸いにも右肩側のインサイドの発射機構は生きている。もうワントライは可能だ。

 だが、<エクリッシ>は攻撃をする気配を見せず、そのまま後退していくのが見えた。

 

 『……目的は果たせたよ。ここは退かせてもらおうか。だが、今度会うときは必ず……!』

 

 先程とは違って煮え切らないといった口調のジェランの声。同時に<エクリッシ>がレーダーレンジから消えていく。

 やがて体の力が抜けていくのを感じたヴィラスはコンソールを拳で軽く叩いて一息吐くと、固いシートに身を預ける。

 

 突然の幕切れ。先程までの感触を残したまま戦闘継続させたいという気持ちがあっただけにやりきれない。ただ、生き残ることが出来たという安堵感も湧き上がってくることも否めない。コントロールスティックを握る力を緩めて<エクリッシ>が去っていった方向を見つめた。

 

 『バーテックスから通信よ。作戦は失敗したみたい。撤退命令が出たわ』

 「どういうことだ?」

 『どうやら今回の作戦で出て来た輸送部隊はおとりで、別ルートで本隊が各前線基地へ既に到着をしているとの事よ』

 「あれだけの大部隊もダミーって事か。まいったな……」

 『それだけアライアンスにはまだ余裕があるって事ね。回収班がもうすぐそちらに向かうと連絡がきたわ。帰還しましょう』

 

 ルシーナからの通信にあらためて安堵の息を吐き、パイロットスーツの胸元を開けた。首に掛けた認識票を握り締める。

 もう会うことは無いと思っていたレイヴンとの戦場での再会はアライアンスとバーテックスの抗争が続く限り続くかもしれないと感づく。この抗争の果てはどうなるか。その先に自分が居るかもわからない。ただ、それでも戦い抜くしかないだろう。

 雨脚が強くなり、雨が装甲を叩く音が更に大きく聞こえる。そしてそれに混じって微かにローター音が聞こえて来た。

 

 任務完了。

 少しもやつく気持ちを抑え、ヴィラスは目を瞑ると、機体は通常モードへと戻った。

 

 

    *     *     *

 

 携帯食ではあるが、食事を済ませて少し眠った後、ゲストルームでクリフはジノーヴィーの端末を眺めていた。

 膨大な量の情報で、まさに宝の山と呼べるものだ。だが、それらが全てとも限らない。ひとつずつファイルを眺めては仕分けていく。その情報が有効であるか否か。今回はレイヴンに関する事項。まだ大雑把ではあるが、ここからまた細かく仕分けてば良い。

 対面のソファに座っていたフライボーイは横になってすっかり寝息を立てている。やはり慣れていない身体での負荷は大きかったのだろう。まだ深く眠っている様だった。

 情報を眺めているとクレストの重要事項に関わっている事を伺わせる内容の資料が多い。ジノーヴィーがクレストの重要人物であったことがよく分かる。そしてこの端末はアークから提供された筈の物。これで堂々とクレストと直接やり取りをしているのだからアークの厳しい規律というものは裏側でとうの昔に崩壊していたのだろう。三大企業がもたらす影響力はそれだけ今の時代は大きかったという証でもあった。

 だが、クレストだけではなく、キサラギやナービスからも少々であるが依頼を受けていた形跡もある。レイヴンであるという対外的なアピールも欠かしてはいない。それでもミラージュからの依頼は全く受けていないのは彼らしいと言えばよいのだろうか。

 仕分けを続けていくとある依頼に目が留まる。依頼主はナービス。どうやらミラージュによる強制調査が行われた直後に関連施設の防衛を依頼していたようだった。その中には本社のあったベイロードシティも含まれている。ここにも絡みがあったかとクリフは資料を眺める。

 

 だが、その次に開いたファイルの中身にクリフはぞくりと背筋に冷たいものが走ったような気がした。

 それはクレストからの短い報告書であった。タイトルは「ホルボス採掘所:ミラージュ軍壊滅についての続報」というもの。そこに並ぶ文字に目を走らせる。

 内容はナービスの新資源の採掘場に向かっていたミラージュ軍主力部隊の消失。そしてその調査に向かったレイヴンが遭遇した「モノ」についての報告。特攻兵器の詳細な画像も一緒に添えられていた。

 それだけではない。そのファイルには別のファイルがリンクされている。見るべきか。クリフの手が止まる。

 触れざるモノだ。そう自分の本能が告げている。それと同時に見てみたいという好奇心。相反する2つの感情。止まっていた手が震えだす。狭い部屋に響く時計の針の音がうるさい。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。クリフは端末のキーを動かし、リンクへアクセスさせる。好奇心が勝ったというよりは確かめなくてはならないというリサーチャーとしての使命感みたいなものだった。もし本当に触れざるモノであれば直ぐに引き返そう。そう考える事にした。震えていた手は止まっていた。

 リンク先のファイルには同様に新資源こと旧世代の遺産についての報告書。特攻兵器と類似した自立兵器に大型の機動兵器と思しき図面やスペック表も記載されている。

 

 「ナービスと一時期組んでいた時に取ってきたものか。ま、これが全部じゃねぇだろう」

 

 何処までかは知る由もないが、これら全てナービスから譲ってもらった情報ではないのは想像できる。新資源を巡っては三大企業を中心に様々な勢力がナービスに対してアプローチをしてきた。クレスト程の勢力であれば非合法でのやり方は幾らでも出来る。

 だが、これだけの情報を持っておきながら起こした行動があの泥沼の様な抗争。彼らにこの情報の恐ろしさが少しでも判ればあの様な事は起きなかったかもしれないという怒りと呆れの感情が不意に込み上がる。

 リンク先のファイルには他にもナービスが発掘した旧世代の施設やそれに関する技術の断片にも触れている。いつの間にか資料の仕分けを忘れてそれらに目を奪われていた。自分が大事にしている筈の引き際を弁えるという信条もこの情報の前では無用でしかなかった。

 だが、あるファイルフォルダをアクセスしようとした時、そこはロックが掛かっており、アクセスが出来なくなっていた。

 

 “Revelatio”

 

 「レヴェ……ラティオ」とクリフはフォルダの名前を小さく読み返す。今見ている情報よりも更に機密にしなければならない情報があるのだろう、これには厳重にアクセスロックが掛かっている。

 アクセスキーのヒントになるような文書やメールを探ってみようとしたが、膨大な量のため時間が掛かると判断して中断した。

 他に資料が無いが探してみるが、幾つかの資料にはプロテクトが掛かっていて閲覧が出来ない。場合によってはKDの協力がまた必要になるだろう。

 

 「チッ」

 

 舌打ちをして、胸ポケットに手を伸ばした瞬間、前のめりになっていた自分に気が付く。意識の外にあった時計の針の音が再び耳朶を打った。

 

 「資料の仕分けしていたんだろ。……何をやってんだよ。俺は」

 

 テーブルの上に置いてあった袋からビーフジャーキーを1枚つまんでそれを一齧りする。固い食感と苦味があるだけだが、それが気分を落ち着かせる。それを食べ切るとソファに身を預けて一息吐いた。

 端末から出て来たその情報は自分の感情を掻き乱していた。目の前に映るモノにはそれをさせてしまう位の力があったのだ。クリフは端末の画面から目を逸らす。下手に直視するものでは無い。もう少し自身を冷静な状態に落ち着かせてから見るべきものだった。クリフは端末を一旦閉じる事にした。

 もう1枚ビーフジャーキーを袋からつまみ出して齧る。あまり旨くはないが、今はビールでもあれば少しは違っただろうなとクリフは思う。

 

 「順調そうかい?」

 

 耳元のすぐ横からフライボーイの声が飛んできた。あまりにも唐突に来たのでクリフは思わず首を振る。いつの間にか隣に座っていた事にも気が付かなかった。

 

 「起きていたのか」

 「君のキーを叩く音ですっかり目が覚めたよ。あと、独り言が大きいな」

 「悪かったな。独り言は多分、癖だ」

 

 クリフはフライボーイからの強めの視線を躱して水筒に口を付ける。さっきまで全身を帯びていた熱はすっかり冷めていくのが分かった。悪い意味ではない。自分の頭が冷静になっていく証拠だ。

 

 「……新資源。いや、旧世代の遺産についての資料がいくつか見つかった」

 

 クリフの言葉にフライボーイの表情が強張る。

 

 「ナービスから持ってきたんだろう。見たことのない兵器の資料もあった」

 「彼はあの紛争の最前線にいたからな。ナービス関連の情報は結構持っていたかもしれないね」

 「ナービス絡みの情報はもっと掘り進められそうだが、アクセスできない箇所があった。量からして少し時間が掛かると思う。──ちなみにジノーヴィーの最期の相手については今のところ全く手掛かりなしだ」

 「……それは残念だ」

 「ま、そいつもこの端末のどこかに眠っているかもしれねぇし、気長に待ってくれよ」

 

 クリフはそう言ってまた1枚袋からビーフジャーキーを取り出して齧る。フライボーイも大きく溜息を吐いて同様に袋から1枚取り出して一緒に齧る。

 

 「あまり旨くないな。チョイスが悪いぞ」

 

 慣れない味なのだろう、顔をしかめるフライボーイに「それしか無かったんだ」と、クリフは返す。

 

 「──何か喋っていなかったか? ナービス絡みで」

 

 ビーフジャーキーを齧りながらクリフは尋ねてみた。

 

 「残念だが、その頃はナービス領ではなく、別のプログラムに参加していたからな……彼と合流した頃にはクレストの本社と前線の支社でドンパチ始めていて、私も彼も前線支社の基地からの出撃続きでね。顔は合わせても、会話は殆どしていなかった。今思えば、あのガレージにふたりで戻ってきた時がラストチャンスだったよ」

 「そうだったか……」

 「些細なことでいい。もう少し会話をしておくべきだったよ」とフライボーイは視線を下に落とす。「──それが心残りだ」

 「最期の日もそうだったのか……?」

 

 クリフの問いにフライボーイは「朝の軽い挨拶くらいだったな」と小さく頷く。

 

 「私にとって彼は絶対的な存在だった。だから負ける事は無い。そう信じていた。──あの日もだ。クレスト本社から一時休戦の打診を受けてね、ベイロードシティで本社からの特使と休戦協定について対談すると言っていつもと変わらない様子で出撃していった。<デュアルフェイス>のコクピットに収まる前、私に手を振った。それが最後に見た姿だ」

 「そして来たのは特使ではなく、本社が雇ったレイヴン……か……」

 

 そこから先は2人が知っている通りだ。

 

 「2日は待ってみた。もしかしたら密かに脱出してこっちに向かっているかもとか。そんな事を考えていたよ。けど、心の何処かでは半ば諦めていた」

 

 そこでフライボーイは黙り込む。暫くしてテーブルに置いてあった水筒に一口付けた。

 

 「もっと強く言うべきだったよ。私も一緒に行くってね。彼の僚機として付いていくのが私の役目だったからな」

 「結果は違っていたと思うかい?」

 「当然さ」とフライボーイは即答。「──勝っていた」

 「自信ありげだな」とクリフは笑う。

 「私は彼の僚機だぞ」

 

 「そうだな」とクリフは口角を上げたフライボーイの顔を見て頷いた。

 

 「……ジノーヴィーで思い出した。フライボーイ、”モリ・カドル”っていうレイヴン知っているか? 戦術部隊に今いるんだが」

 

 その言葉にフライボーイの眉間が少し動く。

 

 「ああ、知っている。<デュアルフェイス>の模倣品に乗っているレイヴンがアライアンスにいるって話は」

 「なんだ、知っていたのか」

 「実際に見てはいないが、話は聞いているよ。ついでに言えば、”あるヤツ”がそのモリ・カドルに対してもの凄くブチ切れているって事もね」

 「誰だそいつは?」とクリフが聞くが、「それは秘密だ」とフライボーイは含み笑いを浮かべて答える。

 「お前さんはどうなんだ? ジノーヴィーの機体を模した機体がアライアンスに所属しているっていうのは。それにコイツ、元々は下位ランク帯に沈んでいたヘタれ野郎だ」

 「最初に聞いた時は腹が立ったもんだが、正体を聞いて笑ったよ。このモリ・カドルってやつが生き残るために考えた末がこれとはね。寧ろ敵が増えそうで大変そうだが、どれだけやれるか見物じゃないか」

 「そういう反応か。意外だな」

 「模倣者が現れるのは強者の証さ。それに、こういう手合いのヤツは毎年現れる」

 

 フライボーイの反応にクリフはなるほどと頷く。ただ、フライボーイの言う「ブチ切れているヤツ」というのは誰なのだろうかと気になった。恐らくレイヴンだろうが、仮に戦場で出会ったときにどんな反応をするのか。仮にそれが上位クラスのレイヴンであれば酷い事になるのは想像できる。

 

 「そうだ、クリフ。モリ・カドルの戦闘映像は持っていないのかい? 見たことが無いからどんな感じか見てみたいな」

 「探してみるか……ちょっと待ってろ」

 

 クリフは自分の端末を取り出して中身を探ってみる。レイヴンに関する情報は一通り置いてあるはずだ。

 

 「……あったぞ。アーク時代のアリーナの公式戦と戦術部隊に所属してから撮られた模擬戦と実戦がひとつずつだが、よく撮れているやつだ」

 

 映像ファイルを見つけてそれを再生する。フライボーイが興味津々でそれを覗き込んだ。

 

 「……どうよ? アーク所属の時は言わずもがな。アライアンスに入った時に強化手術を受けたらしい。乗機の<ピンチベック>はその時に調達したんだと思う。──で、義理の息子からしてコイツは何点だ」

 

 フライボーイは無言で映像をじっと眺めていた。それを何度か映像を巻き戻して繰り返し見続ける。

 

 「あー……思っていたよりダメだな。強化しても立ち回り方が変わっていない。単独じゃ早死にするな、これは」

 

 暫くして映像を見終えたフライボーイは嘆息しながらソファに身体を預けてそう言った。

 

 「そんなもんか」

 「ただ、ブレードの振り方に関しては光るものが少しある。それを踏まえて……100点満点中5点ってとこかな。彼は」

 

 袋に入っていた最後のビーフジャーキーを手に取ってフライボーイはそう採点した。

 

 「手厳しいな」

 「本物と一緒にいたんだ。彼の動きの鋭さを知っているとこのレイヴンの動きはあまりにもスローモーション過ぎて全然違う。どういうチューンをしているか分からないが、機体に振り回されているな。彼を超えるには相当の努力が必要だ」

 

 やはり、ジノーヴィーとは動きに雲泥の差があったか。クリフもアリーナでの映像でジノーヴィーの動きはある程度は知っていたので納得した。

 

 「で、これからどうするんだ?」

 

 フライボーイの問いにクリフは天井を見上げて暫く思索してみる。調べなければならない事項は増えた。それを頭の中で整理してやるべき事の順番を組み立てていく。順番をしっかり決めて行けば物事はスムーズに進めていける。

 「そうだな」とクリフは口の中に残っていたビーフジャーキーを飲み込んで口を開く。

 

 「まずはコイツの中身をもっと調べるところから始めなきゃな。それから関連するモノに手を付けるって感じで行こうかと思っている。とりあえず俺のねぐらに帰って参考になりそうな資料と突き合わせもしてみたい」

 「そうか。ここから先は君の仕事ってことだね。もう少し見てみたいが、私も病院に戻らないとな」

 

 フライボーイが義手と義足を振りながら名残惜しそうに呟く。

 

 「美人を待たせるんじゃねぇぞ」

 「分かっているよ。彼女は意外と厳しいんだ。ちゃんと戻る」

 「そうと決まれば、ここはおいとまするとしようか。いつまでもここで駄弁っていたらあいつらにも悪いからな」

 「そうしよう。何処まで行く?」

 「ここから更に南に下ったところの街に行けばOAEの輸送機が支援物資を配る為に降りている筈だ。それに金払って乗せてもらうさ。お前もどうだ? オーバル・コート付近の街まで行くかもしれないぜ」

 「ああ、あそこの整理も終えたし、君へその端末を託すという使命も果たせた。便乗させてもらうよ」

 

 フライボーイはそう言って立ち上がって身体を大きく伸ばす。ここから出ようという意思が既に見えた。

 カーテンを開けて窓の外を見やると、既に太陽が高い位置にあった。思っていたよりも長居をしていた事に気が付く。クリフは肩のあたりも揉みしだく。相当凝っていた。

 

 「そうと決まれば、準備して出るとしようか」

 

 クリフも立ち上がる。荷物を纏めて2人は部屋を出た。

 途中、KDの部屋に立ち寄ると、まだ灯りが付いていたが彼は束の間の休息をとっているのだろう。机に突っ伏して大きめのいびきが聞こえている。クリフはバッグから栄養ドリンクの入った紙袋を取り出してKDのデスクの上に置いていった。

 

 「彼はどうだった?」

 「気持ちよさそうに寝ていたよ。まあ、余計な仕事させちまったし、そっとしておいた」

 

 アパートから出ると。日差しが痛いくらいに2人へ降り注ぐ。ここ最近は曇天ばかりであったが、久々に晴れている。じわりと来る暑さに2人は少しうなだれてしまった。

 

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