ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第24話「Invasion」

 全身を襲う振動にクリフはうんざりしていた。特に腰部辺りにそれが響き、このままでは腰を痛めそうになる。

 当初は腰を何度も浮かせてはそれを軽減させようと試みたが、窮屈なコクピットの中ではあまり意味は成さなかったので諦めていた。

 <MT08-OSTRICH>の脚部にもショックアブソーバーが備わっており、本来ならばそれが働いてコクピットへの振動は軽減される筈だが、残念ながらこの機体は少々整備状態が悪く、不快な振動と目的地まで付き合う事になってしまっていた。加えて窮屈なコクピットでは煙草も吸えない。かれこれ半日以上口元が寂しい状態もストレスを大きくさせている。

 

 (フライボーイと代わるべきだったか)

 

 一瞬そう考えたがそれも違う気がして首を振る。

 フライボーイは今、自機の後ろを車で追走している。役目を交代するという申し出を受け入れる事も出来た。

 やる事はMTで特定ポイントから撮影して、そのデータを自分の端末へ転送するだけだ。それならば彼でも出来るし、分析ツールを動かすのは寧ろ自分の方が適任だった。

 だが、あの時は自分でやれると頑としてそれを拒否した。フライボーイの身体への配慮もあったかもしれないが、今になってみればあの行動の根底はリサーチャーだという自分のプライドがそうさせたのかもしれない。

 やろうと思えばクリフ一人でもこなせる作業だった。だから自分がやれる範囲の所を他人に任せてしまうのが嫌だったというのが正解だろう。仕事のことになると意外と意固地になってしまう。元々はひとりでやってきたからこそ、こんな形で自分の奥底にある頑固な一面が表れてしまった事にクリフは驚いた。

 上手く立ち回れる奴はもっと柔軟に動いてこれをこなすだろう。この世界に入ってようやく10年経ったとはいえ、青さがまだまだあるという事だ。

 

 『あの山だな?』

 

 女性の声が入ってくる。並走する<MT09E-OWL>からで、護衛に付いてもらったMTパイロット。名前はシルビアだと聞いている。クリフたちが基地へ連れていかれる際にナビゲーターとして車に同乗してきた人物でもあった。

 

 「そうだ。あそこの山頂に行く」

 

 モニターには小山を正面に捉えている。標高は300メートル程。地図からこの山の頂上付近であれば例の連中に襲われる事無くメイシュウシティを見渡せる筈。後は機体に備えたカメラとクリフ自身の観察眼次第だ。

 機体の走破力もあったが、道がある程度は開けていたので登るにはそれ程苦戦はしなかった。山頂へは直ぐに辿り着く。

 天候は雲が出ているが、晴れ。流石に見晴らしは良好だ。平時であればハイキングにはもってこいの場所だろう。生憎クリフにはそういったアウトドア寄りの趣味は持っていなかったが。

 

 『着いたぞ。始めるのか? リサーチャー』

 「ああ、準備が出来たらすぐに始めるよ」

 

 シルビアからの問いにクリフはカメラのコントローラーを動かしながら応えた。

 少々ガタついていただけに不安であったが、カメラの稼働状態は良好。望遠もしっかりと出来ている。偵察ポッドがあればもう少し細かく見られるかもしれないが、過去の戦闘で喪失したらしく、クリフが借りた<MT08R-OSTRICH-Recon>には残念ながら装備されていない。

 

 「動作確認はOK」とクリフはコンソールを操作してフライボーイに呼びかける。「フラ……ジョニー、映像を転送する。そっちでもモニタリング頼むぜ」

 『映像確認した。任せてくれ』

 

 フライボーイから応答がくる。これで準備は整った。メイン、サブのモニター上には遠く映る街の姿。後は今出来る最善の方法を尽くすだけだ。

 まずは街周辺からだ。街へと繋がる街道周辺は建物の残骸とやつれた木々が点々としている。ここにも特攻兵器が落ちて来たのか小さなクレーターが幾つか見受けられた。

 

 「どの辺りからデッドゾーンなんだい?」

 『街の入り口から3から4キロ周辺だな。哨戒している<ジェリフィッシュ>に見つかると、直ぐにMTが飛んできた。それで仲間が数名やられている』

 『ガードメカが飛んでいないか? 動く影が見えた』

 「ああ、見えている。それも複数」

 

 サブモニターには街道周辺を低速で直線的な軌道を飛ぶ<ジェリフィッシュ>の姿。これは自分たちのテリトリーを持つ勢力には普遍的にある光景なので特に驚きは無い。流石に数まで把握出来ないが、複数飛んでいるところを見ると、ある程度の数は揃えているだろうと予想出来る。

 カメラを動かせる範囲で周囲を見てみる。ほぼ同じような光景だ。それがクリフには少し引っ掛かった。

 

 「人の気配がしないのが気になる。哨戒している兵くらいはいてもよさそうだが……ここは全てガードメカ任せか?」

 『どうだったか……まあ、確かにガードメカだらけだったが、これほどの数はいただろうか……』

 

 MTにも映像は共有させている。シルビアが淡々とした感じの声でクリフの問いに答えた。以前とは様子が違うのだろう。一瞬戸惑ったが、それ程驚いた様子は無かった。何か違和感を覚えながらも、クリフはなるほどな、と頷く。この規模であれば随伴のMTどころか、車両の姿も無く、ガードメカのみというのはあまりない。そういう意味では今の状況は異質だ。そう感じる。だが、これでアルバトロスという組織の性質が大きく変わっているということが分かった。

 カメラを動かして街中へと向ける。映し出されるメイシュウシティの様子。どうなっているか、クリフはもとより、他の2人も気になるところだろう。

 入り口付近から中央へと望遠で眺めてみる。普通だ。それが最初に抱いた感想だ。ただ、それが平時であればという言葉が頭に付いていればの事だ。

 先程と同様にカメラを動かして様子を探ってみる。中心街を通る道路は修復をしたのか、思っていたより損傷は少ない。カメラはメイシュウシティのランドマークである製薬会社の高層ビルを映し出した。こちらは上層部が崩壊している。そこまでは気は回らないか。

 カメラを止める。場所はシティガードの駐屯地。そこには数機のMTの姿。望遠のせいでややぼやけているが、<CR-MT98G>が駐機しているのが見えた。あの四脚型のシルエットは判り易い。<MT10-BAT>だけではない様だ。戦力は想定以上かもしれない。

 ここまで見ると、都市機能はある程度復旧出来ていると見える。だが、この状況にクリフはどうしても違和感があった。

 

 『人の気配が全く無いな。何なんだ、ここは?』

 

 フライボーイの言葉。それが違和感の正体だ。場所ごとに映し出すモニターには人間の姿は1人も映し出されていない。ガードメカだけが動いている。ただ、機械だけが動いている主がいない街。

 生と死の狭間。そんな言葉がクリフの頭を過ぎっては消える。胸に妙な圧迫感があるのはこの窮屈なコクピットのせいだけではない。

 たまらず、クリフはコクピットハッチを開けて外に出る。外の暑い空気でもこの感触が薄らぐことは無い。そのまま車に向かうと、助手席のドアを開ける。

 「おい、どうした」と驚いた様子のフライボーイ。シルビアからも同様の言葉が飛んでくるが、クリフはそれに構うことなく「休憩だ休憩」と言って助手席のグローブボックスの中から煙草の箱とマッチを取り出すと、すぐさま1本取り出して火を点ける。それを深く吸い込むと、少し時間を置いて紫煙を吐き出した。久々に味わうこの感触は気持ちを大きく落ち着かせてくれた。

 

 「訳が分からないな。この街、思っていた以上に気味が悪い」

 

 端末の画面を眺めながらフライボーイは頭を掻きながらそう呟く。画面にはMTのカメラが映し出している街の様子。<ジェリフィッシュ>が3機固まって飛んでいるのが見えた。

 

 「俺もお前さんと似た事を思っているよ。実際見てみると増々分からなくなってくる。人っ子ひとり見えねぇのは正直、気味が悪いというのを通り越してある意味清々しい」

 

 クリフはもう一度紫煙を大きく吐き出す。先程よりだいぶ身体が軽くなった気がした。胸の圧迫感も消えている。助手席のシートをリクライニングさせて身体を預けてもう一度紫煙を吐き出すと、フライボーイの方に身体を向けた。

 

 「ちょっと早いが、分析ツールを動かしてみるか。データは取り込んであるよな?」

 「言われた通り、ちゃんと取り込んであるよ」

 「よし、分析開始だ。現時点のデータを全部読み込ませて開始ボタンを押すんだ。それで始まる」

 「そういえば、聞いてなかったな。これで何が分かるんだ?」

 「ツールには1年ほど前のメイシュウシティの写真を基に作成した3Dマップデータを既に入れてある。それにさっき撮った映像や画像を基にしたデータと比較させる。それでこの1年で増えたモノ消えたモノを確認する。まあ、1年前の情勢も結構不安定だったからな。どこまで正確に出来るかは分からないが、今やれる事としてはこれが一番無難でかつ確実だろう」

 

 端末の画面はツールの処理画面が表示されて暫く動きそうにない。

 

 「どれくらいかかる?」

 「大きめのデータを入れたからな。2、30分ってところだ。暫く待つから一息つこう。姉ちゃんもそうしてくれ」

 

 『私は結構だ』とシルビアからの返答。「お硬いねぇ」と呟いてまた大きく紫煙を吐き出す。

 

 「そう言うな。私たちの護衛が彼女の任務なんだ。さっきの君の言葉は任務を放棄しろと言っているようなものだぞ」

 

 強い口調で言い放つフライボーイにクリフは思わず煙草を落としそうになる。自分の言葉に非があったか。今の声はひとりの人間として、そして戦士としての声であったようだ。

 

 「……そうだな。そうだった……軽率な発言だ。取り消す」

 

 備え付けの灰皿に煙草を押し付けてクリフはばつが悪そうに言った。確かにイレギュラーが起こりかねないこの状況で護衛に付いてくれた者に対する言葉としては不適切だ。彼らの本気に対してはこちらも本気で挑まなければならないとクリフは反省する。

 

 「まあ、結果を待たなければならないなら、少しは落ち着く時間があっても良いけどね。……しかし、久々に嗅ぐ匂いだ」

 

 フライボーイは杖を持つと、ドアを開けて外に出る。クリフもそれを見て外に出た。

 

 「こうしてじっくりと草木の匂いを嗅ぐなんてレイヴンになってから殆ど無かった。──心地が良いよ。まあ、本来ならば今は身体を癒すべき時だからな。こういう時間があってもいい」

 

 フライボーイはそう言いながら杖を支えにしてゆっくりと背を伸ばす。

 

 「こういう森林浴は好きなのかい?」

 「ジノーヴィーに拾われる前に育った孤児院の周りがこことよく似た様な場所だった。──決して恵まれた環境とは言えなかったが、こんな場所で遊んでいた記憶がある。虫を捕まえたり、草笛作ったりしていたな」

 「そうだったのか」

 「……今はどうなっているのかは分からないけどね。こういう場所の匂いを嗅ぐと昔の記憶が微かに呼び起こされる。あの時はこんな職業に就くなんて考えたこともなかった」

 「ガキの頃なんてそんなもんだ。俺だってリサーチャーなんてなるとは思わなかったよ」

 「……君も色々とあったみたいだな」

 「お互い様って事だな」クリフは頭を掻く。「思い通りの未来は描けなかったってとこだ」

 

 クリフは煙草を取り出すが、この匂いを満喫しているフライボーイを見てそれは無粋だと気付き、箱に戻した。

 

 「それが人生ってもんだろう」

 

 杖で肩を叩き、空を見上げるフライボーイ。見上げる先には羽がボロボロの1羽の鴉。クリフも鴉の方に目を向ける。

 

 「あの鴉は飛び続けられるか?」

 

 クリフは指差す。鴉は北へ向かって飛んでいく。ボロボロの羽を懸命に羽ばたかせて。

 

 「あいつの飛び方次第だな。無理な飛び方をしている。羽を休める時が無ければ近いうちに力尽きるだろう」

 

 「そう、力がなければ」とフライボーイが小さく付け加えたのが聞こえた。それはあの鴉だけではなく自身に向けたもの。戦えない現状に対する複雑な感情が渦巻いている様にクリフは思えた。

 ふと思い立ち、クリフは鼻を動かしてみる。草木特有の青臭さと苦味のある匂いが鼻腔をくすぐった。それで何か感じたわけではないが、悪い気はしない。車のドアに身を任せて空を眺めると、鴉の影はもう小さな点ほどにしか見えない位に遠ざかっていた。次に向かう先は分からない。

 暫くして車の中からアラーム音。少しばかりウトウトとしていたクリフは思わず背筋を伸ばした。横を見やればフライボーイも同じリアクションをしていた。それを見て互いに肩をすくめた。

 

 「どうやら終わったみてぇだ」

 

 もう少しこのままにしてほしいと思いかけたが、待たせるわけにもいかない。両肩を一振りさせてクリフは車の中に戻る。

 

 「大体こんなものか。なかなか面白いな、この結果は」

 

 ツール使って出た結果を2人はじっくりと眺める。画面にはメイシュウシティのマップデータ上に様々な情報が表示されていた。

 

 「見慣れない建物が幾つか建っているな」

 

 マップ上の比較データには平屋の建物が数棟確認できる。

 

 「面白れぇのは、シティガードの駐屯地が少しばかり拡張していやがる。多分、MTとかの兵器もそれ相応にいるかもしれないな」

 『これはガレージなのか? それとも工場か?』とシルビアの声。MTにも画面は共有させている。『こんなものが出来ているなんて知らなかった』

 「さあてね。ここからでは流石に何の建物かは分からん。これに似た建物が街の至る所にある。復旧状況はこれで見る限りだと全体の30パーセント。特に主要部分である中心街周辺は特攻兵器襲来後に整備されている」

 

 更に表示させた3Dマップには崩壊直後と現在の状況を差分化させた詳細情報が記載されている。崩壊していた中心街は整備され、新たな建屋が並んでいた。

 

 「ここまでとは……これはOAEとかアライアンスが来てやったとかではないのか?」

 「そうであれば公表しているはずだが、その発表がされていない」

 

 クリフは端末のキーを叩くと別の資料が表示される。

 

 「OAEが出した全都市の損害状況のカテゴリー分けだ。メイシュウシティは五段階の内、『4』にされている。街全体に甚大な損害が出ており、かつ二次災害の恐れが高く、立ち入りを制限するというお達しだ。本来ならば許可が無い限り、俺らが勝手に入れない場所。だが、武装勢力にとってはそんなの関係ない事だからな。勝手に入って好き放題だろうし、アライアンスは復興以外で色々と手が回っていない状況を鑑みればここはなんも手は付いていない」

 「でも、アルバトロス側で動いたわけでもなさそうだね」

 「そうだな。前に見せた通り、連中の規模じゃこれだけの再整備をする事なんてまず無理だ。やれても瓦礫をどかして使えそうな建物の再利用が限界だと思う。それにだ」

 

 クリフは再びキーを叩く。今度は駐機中の<CR-MT98G>の画像。

 

 「<MT10-BAT>の他にも戦力はあったな。これも前の紛争時にロールアウトした最新の機体だ。連中の現戦力からしてあっても大して驚きはしなかったが、これならACも隠しているんじゃねぇのかって思わせてくれる充実ぶりだ」

 

 次々と映し出される街の姿。やはり、人の気配は全くない。

 

 「これだけの規模だ。運用している人員は相当数いる筈だが……」

 「もしかしたらあの建物のどれかに引きこもっているだけかもしれねぇな。宅配ピザでも持っていけば出てきてくれるかもよ。ま、これで正体はある程度絞れそうだ」

 「ああ、私でも少しは察しが付いたよ。ここに居るのはアルバトロスという組織ではないのは確信した。アライアンス辺りだろ。これだけの事をやれるのは少ない」

 「そいつが可能性としてはかなり高い。ただ、アライアンスならコソコソ隠れて街をひとつ盗るなんてせこい事をせずに堂々とやって来る筈だ。そう考えると旧企業軍の残党……そんな気もする。まあ、それは後でじっくりと調べる事にしようか」

 

 そう言って煙草の箱を胸ポケットに入れると、クリフは機体へと戻る。見きれていなかった箇所を見る為に機体のカメラを動かす。

 暫くの間眺めていたが。他の場所も先ほど見た場所とそれほど変わらず、同じような風景だ。それでもクリフは新たに建ったと思われる建物の数はカウントしておく。やはりここにも人の姿は見えない。ガードメカが数機動いているだけだ。

 これで一通り見ることは出来た。引き上げる事にしよう。その旨を2人に伝える。後はどれくらい精査できるか、そして外部から有力な情報を引っ張ってこられるかだろう。

 カメラを一度、街の入り口の方へ向けるとそこには<ジェリフィッシュ>が1機、こちらを向いている様にも見えた。機体のカメラアイが赤く灯っているのが見える。クリフは何故かそれを見続けてしまっていた。

 

 「気味悪ぃな……おい」

 

 ここまでは捕捉されていない筈だが、見られているような感じがして思わずカメラをオフにすると機体を後退させた。一応は調査完了といったところだ。シルビアのMTが隣につき、フライボーイの車も続く。

 

 

 基地に戻ると、出発前と比べて明らかに基地の雰囲気が淀んだ空気になっているのが一目で判った。複数のMTが基地から出る準備をしていて格納庫は騒然としている。機体を降りたシルビアも他のパイロットに呼ばれて足早にブリーフィングルームへと向かっていった。

 出発前に見たパイロットたちとロドリゴの表情がクリフの脳裏に浮かぶ。何か緊急を要する事態が起きようとしているのは間違いないだろう。

 

 「ピリピリとしているな。何かしらのアクションが起きるぞ、これは」

 

 背後からフライボーイが肩を叩きながら声を掛けてきた。

 

 「何が起きるかは……聞くまでもねぇか」

 「十中八九ドンパチだろ。どことやるかまでは向こうの事情はよく知らないから分からないけどね」

 「面倒事に巻き込まれる前にズラかりたいぜ」

 「私も同じ気持ちだ」

 

 そう言いながら周りを眺めていると、目の前に現れた兵士がこっちへ来いと手を振っている。2人はそれに黙ってついていく。この状況が少しでも収まってくれることを胸の中で祈りながら。

 連れていかれたのは司令室。パイロットスーツに着替えていたロドリゴがデスクで端末を睨みつけていた。

 

 「やあ、どうだったか。首尾は?」

 

 端末から目を逸らし、ロドリゴは立ち上がった。そこは上に立つ者らしさだろう。つい数秒前に見せていた剣呑な表情はさっぱりと消えて、自分たちを迎え入れてくれる者の表情に切り替わっている。

 

 「これから精査するが、大雑把に話せばあそこにいるのはアルバトロスではないという事がほぼ確定かな。そして中規模の組織以上の戦力を抱えていそうな事だな。こんな事を言っては失礼かもしれないが、おたくら単体で挑むには荷が重そうな相手だと思う。やるなら協定結んでいる連中と組んで、ついでにレイヴンも雇って徹底的に潰すのが得策だ」

 「そこまで言わせるほどの力を持っているらしいな。まったく参ったものだ。厄介事が重ねて起きる。これでは胃が持たない」

 

 クリフの言葉に驚く様子もなく、ロドリゴは両手を上げて少しおどけた感じで言っているが、目は笑っていない。これは予想通りだと言わんばかりの表情であった。

 

 「君たちの調査結果を早く知りたいが、それを見るのは少し後回しになりそうだ」

 「割と深刻そうだね? この状況は穏やかでないのは分かるよ」

 

 フライボーイの言葉にロドリゴの表情は一気に硬くなり、そして少しばかり勢いをつけてデスクに腰を下ろした。

 

 「その通りだ」とロドリゴは深く溜息。「休戦協定が破られた。丁度、君らが出発した直後だ。二月同盟がユーグ解放戦線から攻撃を受けたという報せが入ってね。現在、我々の部隊を送って救援及び、情報の収集をしているが、状況は芳しくない。つい先程彼らからの通信が絶った」

 

 パイロットたちが口にしていた協定という言葉はそれだったのかとクリフは思い返した。

 

 「寝耳に水ってやつだが、メイシュウシティの事もあって結んでいたこの協定は互いに腹に一物を抱えながら結んだものだからこうなる可能性はある程度は予見していた。まさかこのタイミングとはな……通信途絶直前に送ってきた情報もあまり歓迎したくない情報だった」

 

 「レイヴンでも雇ったのか?」とクリフ。

 

 「それならまだマシだっただろう。もっと厄介な相手だ。ユーグ解放戦線の奴ら、バーテックスの軍門に下ったそうだ」

 

 端末の画面をクリフたちに見せながらまたひとつ大きな溜息。画面にはバーテックスのエンブレムを付けた複数のMTがノイズ交じりで映っている。

 

 「この画像が送られた直後に通信が絶った。裏でバーテックスとコンタクトを取っていたんだろう。この緊張状態に耐えられなくなったユーグの連中はバーテックスに縋りついた。まあ、分からなくもない。状況が逼迫すればする程迷いというのが出てくる」

 「おたくらはどうするんだ? 見た限り迎撃するみたいだけど」

 「向こうの状況次第だが、迎撃に出るつもりだ。だが、いずれにせよ非戦闘員は退避させる。君たちも逃げろ。我々に付き合う必要はもう無い」

 「逃げる……か。まあ、状況が状況だけにしょうがねぇな。データを渡す準備は直ぐにしておくよ」

 「まずは逃げる事を優先してくれ。非戦闘員を乗せる車両を準備している。それに付いていくといい。南へ行けばアライアンスの勢力圏の街がある。そこならば連中も簡単には手出ししない。不本意かもしれないが、避難民として保護してもらう。彼らの当面の生活資金も持たせていくから問題ない筈だ」

 「勝機はあるのか? 向こうの戦力がまだ不明なんだぞ」

 「そこは考えてある。既に──」

 

 そう言いだした時、部屋の扉が開く。そこには副官の姿。「ロドリゴ……」と緊張した声と表情。

 

 「第一防衛ラインが破られた。第二防衛ラインに戦力を回しているが、戦況は不利だ。向こうの戦力が想定以上で抑えるのが難しい。それと……」

 

 副官はそこで一度言葉を止めて息を吐くと、口を開く。

 

 「ACもいるとの事だ。このままだと最終防衛ラインに到達される可能性が高い」

 

 その言葉にロドリゴは苦い表情を浮かばせ、クリフとフライボーイも顔を見合わせる。

 

 「機体情報は出ているのか?」

 「不明。ただ、2機いるという事だけは確認している」

 「バーテックスに与したんだ……これくらいはやるだろう。とは言え、もはや笑えんな。待機中の機体を全部出せ。俺も出る。お前は退避の指揮を執ってくれ。準備を急がせるんだ」

 

 その言葉に副官は何か発しようとするが、それをロドリゴは手を前に出してそれを抑える。

 

 「皆を無事に逃がせ。それが今のお前の役目だ」

 

 少しの沈黙の後、「了解だ」と副官はラフな敬礼をして部屋を出て行く。それを見届けるとデスクの引き出しを開けた。

 

 「武器は返そう」

 

 取り出したのは2人が持っていた武器。だが、クリフの拳銃を持ち上げるとロドリゴは少し苦笑いを浮かべる。

 

 「しっかり手入れはされている。だが、それ程撃った形跡は無いな。それに材質はそんなに良くない。安物か? 見た目に反して割と重い」

 「ああ、10年位前にガンショップで安売りされていたヤツだよ。碌に撃ったこともねぇ」

 「この重さだとコンディション次第では取り回しに少々難があるだろう。いざという時には困るかもしれん」

 

 ロドリゴはそう言うと、腰のホルスターを外してそれをクリフに渡す。

 

 「ミラージュ製の軍用拳銃だ。軽量で使いやすい。報酬代わりという訳ではないが持っていけ。ちゃんとした報酬は後で財務担当のレオナルドから出させるように言っておく」

 

 小さな振動。それが連続してクリフたちを揺らす。当然、地震ではない。警報が鳴り響く。

 

 「存外早かったな……時間が無い。急ごう」

 

 遠くから聞こえる爆発音。死の予感はもう目の前まで差し迫っている。

 

 

 格納庫へ向かう。警報が相変わらず鳴り続けていた。

 

 「最終防衛ラインに到達された。状況からして恐らく突破されるだろう」

 

 ロドリゴが思うように走れないフライボーイを背負って走りながらそう言った。

 

 「バーテックスの戦力がどれだけ入り込んでいるんだろうな」

 「通信によると相当数のバーテックス所属機かいる模様だ。本気でここを潰すつもりでいる」

 「まいったね。持ちこたえてくることを祈るしかないか」

 

 ロドリゴの言葉を聞いてクリフは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。どの様なテンションで聞けばよいのか分からなくなっていた。

 格納庫に到着。既に複数のMTが出撃準備を終えて格納庫から出ようとしている。その中にはシルビアの機体もあった。

 

 「ここまでだ。南ブロックの搬入口から出られる。逃げ延びてくれ。それと、予想外の出来事とはいえ、巻き込んでしまって、すまなかった。君たちの協力には感謝する」

 

 フライボーイを降ろし、ロドリゴはそう告げると自分の機体へ向かって走っていく。

 

 「戦力を全部出したな。こりゃ、相当きつそうだ」

 「耐えきれるかどうかは彼ら次第だが、状況からして不利なことは変わらない」

 

 その時、基地の外から大きな火柱が複数上がるのが見えた。距離はそれ程遠くない。爆発音と振動も大きく、足元を揺さぶる。ロドリゴが危惧していた通り、最終防衛ラインが突破されたのだろう。格納庫前に居たMT数機が一気に加速して基地の外へと向かっていく。

 

 「逃げるにしてもこれは難しいぞ……バーテックスの連中含めてどれだけいるんだ?」

 

 車に乗りかけたクリフはポツリと呟く。背中に冷や汗が流れるのを感じた。ひたひたと近づいてきた死というものがいよいよ首元まで迫っている。それはフライボーイも同じだった。続けざまに立ち上がる火柱をじっと見つめていた。

 

 「このままだと非戦闘員も巻き込まれるな。逃げる猶予が殆どない」

 「ああ、このままだと俺らも追いつかれてやられるな。いっそ車を捨てた方が目立たなくなるかもしれないが……」

 「それも難しいな。……いや、生き延びる方法をひとつ見つけたぞ」

 

 フライボーイが視線を向けた先には整備台に寝かされたAC。ロドリゴはこれに乗らず、MTで出撃していったのでここに残されたままだった。整備台のそばには誰もおらず、放っておかれていた。

 

 「私があれに乗って逃げる時間を稼ごう。クリフ、君はその間に出来るだけ遠くに行くんだ」

 「ちょっと待てよ。お前さんはどうするんだ? 連中と戦う気か? ACもいるって話だぞ」

 「適当にあしらってから頃合いを見て機体を捨てて逃げる」

 「大博打過ぎる。そう簡単にいくかよ」

 「だが、片方が生き残る確率は上がると思う。2人共巻き込まれて死んでしまえば意味が無いんだぞ」

 「確率が低い方にお前が乗るのか?」

 「これもレイヴンとしての本能かも知れない。私は逃げるよりもこっちの方がしっくりくる。身体はまだ鈍っていない。さあ、準備をしよう」

 

 フライボーイはそう言うと整備台に向かう。これではもう梃子でも動かないだろう。クリフは半ば諦めと悟り気味の表情を浮かべフライボーイに付いていく。血が更に流れる予感を感じながら。

 

 

 「いけそうか?」

 「整備はされているから稼働に関しては多分問題ないと思う。──それにしても”69式(CR-C69U)”のコクピットに乗るのは本当に久しぶりだ」

 

 ACのコクピットハッチは調整の為に開けられていたため、直ぐに乗りこめた。フライボーイが見る限り状態は良好そうだ。

 機体フレームはスターター機の脚部を<CR-LH73SSA>に換えられていた。装備は両背部と左腕はそのままであるが。肩部に連動ミサイルランチャー<CR-E73RM>が付けられている。

 

 「私向きだな。この武器は」

 

 それに加えて右腕はグレネードライフル<CR-WR81G>を備えていた。愛機<スピットファイア>は両腕をグレネードキャノンにしている。形は違うがフライボーイにとっては使い慣れた武器でもあった。

 

 「無線のチャンネルは開けたままにしておく。時間稼ぎだ。適当にあしらって逃げろ。ACがどいつなのかは分からねぇが、相手はバーテックス所属のレイヴンだろう。性能差では負けていると思え」

 「なるべく努力しよう。君もすぐに出ろ。巻き込まれるぞ」

 

 フライボーイはそう言ってコクピットハッチを閉じる。

 

 「おいっ、なるべくって言うのはよせ。特攻精神なんて今時流行ってねぇぞ!」

 

 言葉の意味を察したクリフはハッチを叩くが、もう聞こえていない。機体が整備台から立ち上がった。火器管制のロックが外れたのだろう。収納されていたグレネードライフルの砲身が伸びる。機体は格納庫の外へゆっくりと歩を進み始めた。

 流石にこれには格納庫に残っていた兵士も気が付くが、もう止めることは出来ない。彼らが右往左往している隙にクリフも車に乗り込む。

 

 「……生きて戻ってこいよ」

 『案ずるな。私は割と悪運が強い』

 

 ハンドルを握ったクリフの呟きにフライボーイはそう答えてきた。ACのブースター炎がクリフの視界の端に映り、遠のいていく。

 

 

 『AC? 誰が乗っている? 応答しろ』

 

 想定していなかったのだろう。困惑と少々苛立った様子が混じったロドリゴの声が少し大きめのヘルメット内イヤホンに流れて来た。

 

 「やあ、助太刀だ」

 『その声……アシスタント君か。私は逃げろと言った。こんな事は頼んでいない筈だ』

 「まだ非戦闘員の車両は発っていない。このままでは全員がやられるぞ。それにACがあるんだ。あそこで寝かさず有効に使わないとな。……それにしても私がACに乗っている事にそんなに驚いていない様だね」

 『何となくではあるが、君が只のアシスタントではないという事は最初会った時に察していた。こっちが本業だろ?』

 「ご名答。実のところ私はレイヴンだ。今は休業中だけどね」

 『やはりか。──だがその身体では操縦はきついぞ。無理はしない方が良い。我々に付き合うメリットは無いのだからな』

 「私にとっては戦う方が自分を納得できる。こんな身体でもな」

 『生きる保証も無いのにか?』

 「この身体になってしまったからかも知れん。ちょいとばかり死生観が狂ってしまった様だ。死ぬ恐怖よりも戦う事への高揚感の方が勝ってしまっている」

 

 正直満足に動けるとは言えない身体でもACに乗れば動けるように感じる。戦いから離れてもやはりこの闘争本能というものは簡単に消えるものでは無い。レイヴンであるが故の本能。かつての自分と比べると相当変わってしまった気がする。

 どれが本当の自分なのか。それは愚問だ。全てだ。野山を駆け巡っていた鼻たれ小僧もレイヴン”フライボーイ”も。

 

 『……まあいい。そこまで言うのであればこの戦闘に付き合ってもらうぞ。アシスタント君……もといレイヴン』

 「紹介が遅れた。ジョニー・バーダーもとい、フライボーイだ。よろしく」

 

 レーダーには複数の輝点。そしてモニターにも敵機と思われるカメラアイの灯りを捉えている。会敵まで後わずか。

 

 「生き残って見せよう」

 

 フライボーイはフットペダルを踏み込む。踏み込んだ右脚は今までとは違う感触であったが、ブースターが唸らせるコクピットの振動とシートの感触はいつもと変わりなかった。

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