ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第26話「Chased」

 側面から回り込んできたMTをブースト機動で距離を取りながら旋回。正面に捉え直した機体に向けて右腕に装備されたレーザーライフルを放つ。レーザーはMTの胴体を貫き、そのまま爆散。

 続けて、撃破した向こう側に居た複数のMTへ向けて右背部に備えた垂直発射式ミサイルランチャーを発射。4発のミサイルがMTに命中。

 オーバードブーストを起動。一気に機体は300キロ近くまで加速。慣れない挙動にフットペダルを踏む力加減を少々迷ったが、それも視野に入って来る情報を基に修正していけばそれは直ぐに自分の感覚になる。

 突破した先にACが2機。いずれも明るめのオレンジを基調としたカラーリングの中量二脚型。右腕にマシンガン、左腕にレーザーブレード、背部にミサイルランチャーというオーソドックスな構成だ。

 2機のACは自機に向けてマシンガンを発砲。それをブースト機動で躱し、レーザーライフルで反撃。レーザーはACの右肩に直撃。装甲がはじけ飛ぶ。更にもう一撃。今度はコアに直撃して機体が大きく体勢を崩した。それを見て左背部のレーザーキャノンに武装を切り替えて発射。高出力レーザーは敵機の装甲を破壊。更に放った一撃はコアを貫いた。これで1機撃破。

 機体を後退させる。残りの敵機はそれに追い縋るようにマシンガンを発砲。距離が離れた影響もあるが、バラけた射線で飛んでくる弾は機体の強固な装甲と防御スクリーンによって阻まれて乾いた音が弾けるだけで損傷は殆どない。

 正面に捉えた敵機にレーザーキャノンを発射。敵機は咄嗟に横へスライドしてそれを回避。意外と良い動きをすると思いつつもフットペダルを使って機体制御。ターゲットを捉える。

 ミサイルを発射。頭上から来るミサイルに翻弄されて右往左往する敵機へレーザーライフルに切り替えて発射。頭部、左腕が吹き飛び、機体の動きが止まるのを見てオーバードブーストを起動。敵機へ肉薄すると左腕のレーザーブレードを発振。光刃は敵ACコアの装甲を横一文字に切り裂いていった。敵機はそのまま炎を上げながら吹き飛び、動かなくなる。

 

 《ターゲットの全滅を確認 テストモードを終了します》

 

 頭部コンピュータからの音声が耳朶を打つ。モニターには「TEST MODE END」の表示。コクピットに座っていたジェランはハッチを開き、外に出た。ヘルメットを脱ぐとガレージの喧騒が耳に入って来る。敏感になった聴覚が小さな物音も拾ってきてやけに煩く感じた。

 これで4本目のシミュレーション戦闘だが、思っていたより疲労が出たなと首筋をさする。手術の際に髪を短く刈り上げたのに慣れていないせいか、そこをさするのが癖になり始めていた。

 首の付け根付近に異物の感触。そこには神経接続用のソケットが埋め込まれていて、これは腰部にも同様にある。あらためて自分が強化人間になった事を思い知らされる。かつて自身の右腕と胸に刻んだタトゥーと共に二度と消せないモノだ。

 更に言えば、味覚も変わってしまっていた。薄くなったと言えばいいのか、あの高級豆のコーヒーも代替豆のものと変わらない味になってしまった。仕方ないとはいえ、力と引き換えに人間として持っておかねばならない一部分が失われた。

 ハンガーを見据えるとそこには自分が乗っていたACが立っている。先日受領した新型ACにはこれまで通り<エクリッシ>と名付けた。機体のカラーリングも前の機体と合わせたつもりだが、黒の比率が多くなっている気がする。それはそれで構わないだろう。この機体には似合っている様な気がしたからだ。

 受領した機体の調整は短時間で大分進んだが、肝心の実戦投入はまだであった。後は細かい調整だけであったが、万全を期しておきたい開発部の意向もあってそれは出来ていない。待たなければならないのはジェランにとってはストレスである。こうしてコクピットでシミュレーションプログラムを動かしていなければ身体が鈍ってしまう。

 丁度その時、ガレージの外で輸送トレーラーが停まるのが見えた。コンテナから出てきたのはAC用パーツ。それは<エクリッシ>に装備をさせるというモノであったか。いずれも試作型であるが実働でのテストは終えていて直ぐに使えると聞いている。

 垂直発射式ミサイルランチャー<CR-YWB05MV2>。高出力レーザーキャノン<YWB35L-GERYON3>。レーザーブレード<YWL17-ALP>。シミュレーションプログラム上で使っていた武器であったが、ようやく実機に装備できるという事だ。

 ガレージ内に搬入されるそれらを見て、早いところ実機での稼働をさせたいと思った。シミュレーションと実機での感触は全く違う。

 

 「良かったですね。ようやく実戦機らしくなる。何も付けていないとではやはり大違いだ」

 

 若い男の声がジェランの横から入ってきた。そこにはパイロットスーツに身を包んだ男と女が立っている。

 特務部隊所属ACパイロットの”ミニオーグ”と”シグリッド”であった。声はミニオーグからであった。

 2人共ジェラン同様に新型ACを受領した隊員で、<エクリッシ>の隣に並ぶ機体が彼らの機体であった。四脚型をミニオーグ、軽量二脚型をシグリッドがそれぞれ受領している。両機体も最終調整の真っ只中であった筈だ。

 

 「俺たちの機体ももうすぐ調整完了だそうで、後は実戦で動かすだけ。楽しみですよ。隊長も機体にようやく武器が装備出来て嬉しいでしょう。実戦前に模擬戦が出来れば手合わせしてもらいたいものです。強化手術を受けて更に強くなった元ランカーの実力を受けるいい機会ですから」

 

 嬉々として話すミニオーグの口調は丁寧だが、ジェランには慇懃無礼さが感じ取られるのは気のせいでは無いだろう。レイヴンであった彼に礼節などそれ程期待はしていない。実力が伴っていれば大口叩いても相手は黙らせることが出来るが、この男については生き残っているという事を踏まえても経歴を見る限りではその評価は少し先だろうなとジェランは思う。

 まだ話し掛けようとしてくるミニオーグの隣で立っていたシグリッドは2人を押しのける様に自分の機体の方へ向かっていく。「スカしやがって」とミニオーグが小さく悪態をついたのをジェランは聞き逃さない。

 

 「ジェラン隊長」と機体のコクピットハッチを開けたシグリッドが声を掛けてくる。「模擬戦をやるのであれば、その小男よりも先に私からお願いしたい」

 

 190近い上背がある彼女からすれば大抵の男は小男なのだろうが、それを聞いて面白くなさそうに鼻を鳴らしたミニオーグも自分の機体へ足を向けた。ココア色の肌が印象的な女パイロットはアーク所属ではない独立傭兵であったと聞く。戦果は特務部隊の中でも高い方であるのは報告で判っている。どれほどの実力か試すにはいい機会だろう。ジェランは搬入される自機の装備を眺めながら出撃の時を待った。

 

 

 

    *     *     *

 

 「やってくれたな」

 

 死と隣り合わせになる局面もあったあの戦場からようやく帰還し、疲弊した心身を休ませようとしていたクリフは手酷く荒らされた部屋を眺めながら思わずそんな言葉が口に出た。

 少ない家財道具が全てひっくり返されて、部屋に置いてあった端末と調査資料が一切盗られていた。

 リサーチャーの間でいう「竜の尻尾を踏んだ」というやつだ。三大企業をはじめとする企業群はもちろん、ヤクザにマフィア等の裏社会の暗部に故意、偶然問わずに触れてしまう。そうなってしまったリサーチャーが待ち受けるのは大抵不幸な結末しかない。だが、これはかなりマシな方だ。最悪、ねぐらにしているこのアパート丸ごと焼かれていた可能性だってある。

 こんな仕事をしているからいつかはこういう目に合うというのは覚悟していたが、実際に目の当たりをすると、背筋に冷たいものが走る。誰の仕業であるかなんて今は考えるだけ時間の無駄だろう。心当たりは数多くあり過ぎる。

 クリフは微かに震える手をなんとか収めると、ひっくり返っていた椅子を元に戻して座面を剥がす。中からハードケースが1つ。それを見てクリフは「詰めが甘かったな」と口元を歪めた。ケースの中には10本の小型メモリースティック。この中に今までの調査資料が電子データとして納まっている。ケースをしっかりと抱きしめると自然と落ち着くことが出来た。

 ただ、自分の居場所はもう割れてしまっている。ここにはもういられない。ケースと少しの着替えをバッグに詰めて戸棚を開ける。煙草の箱が残っている事に安堵して、それも詰め込んでおく。ただ、冷蔵庫の中に入れてあったビールの缶は全て無くなっていた。くそったれめ。

 さて、どこへ逃げるかとクリフは考えた。一応、こういう事があった時の為に自分の身を隠す場所は以前から幾つか用意はしている。だが、特攻兵器の襲来でそこが無事であるかは分からない。賭けではあるが、今の場所から近い所をまず行ってみるかと考えて、煙草を取り出そうとした。

 その時、外から階段を上がって来る足音。それも複数。それを聞いた瞬間、クリフはすぐさまベランダへ飛び出ると、排水管を掴みそれを伝って下へ降りる。その直後、自分の部屋からドアを乱暴に開ける音が聞こえた。

 後はもう走るだけだ。銃声と共に足元の近くに何かが弾ける感触があったがそんなことは気にしていられない。足を止めたら最期だ。身体は疲弊しきっているはずだが、今は本能が「生きろ」と叫びながら必死に自分の足を動かしている。

 

 

 誰もいない狭い路地を必死で走る。

 後ろから足音。クリフは一瞬だけ首を回して見た。追手の数は3人。いずれもラフな格好をしたチンピラの様な風貌であったが、その走り方はそういった輩の雰囲気は無く、戦闘訓練を受けた者の動きだとすぐに分かった。

 足音が次第に近づいてくるのが判る。追いつかれると感じたクリフは曲がり角に入るとすぐ後ろで銃声とコンクリート壁が弾ける音。次の曲がり角へと入って、また更に曲がってを繰り返した。拠点としているこの街の道は一応全て知っているつもりだ。

 幾つ目かは分からないが、角を曲がったところで足が止まる。流石に走りっぱなしで体力は少なくなっていた。壁に身体を預けてクリフは大きく深呼吸をする。幾分呼吸が楽になるが、走るにはインターバルがまだ必要だ。

 クリフは腰に付けたホルスターから拳銃を取り出す。ロドリゴから貰った軍用拳銃。セーフティを解除。確かにロドリゴの言っていた通り、今持っている拳銃は軽量なために持つには苦にならない。思っていたより手の震えは無かった。

 角の向こうから足音が聞こえてくる。それはこちらに来ているのを感じた。一瞬迷ったが、クリフは腕だけを出して足音のする方へ数発発砲した。足音が乱れるのが微かに聞こえる。だが、当てたという感触は無い。腕を引っ込めてまた走り出した。遠くから再び足音。やはり、当たっていなかった。

 また路地を何度も回りながら街の中心部に出た。夕方の時間は仮設店舗や炊き出しを求めて避難民を含む人々で多く混み合っている。流石にこの人出の中で銃を発砲するような短絡さは持っていないだろう。そう願いながらクリフはその人ごみの中に紛れる。

 ふと後ろを見ると先程の3人組が人ごみの中をせわしなく首を動かして自分を探しているのが小さく見えた。逃げ切るチャンスこのタイミングだろう。そうクリフは考えた。

 人ごみをかき分けて前へ進む。早いところ彼らを撒いてここから出なければならない。他の街へ移動する為の足も必要だ。OAEの職員に金を払ってトレーラーにこっそり乗せてもらうか、適当な車もしくはバイクを拝借するかだ。やるべきことはまだある。

 ふと、クリフの足の動きが鈍くなる。前方から向かって来る2人組の大柄な男。周りを伺うような素振りを見せているが、首の動かし方が店を物色するような動きではない。クリフの勘が危ないと告げていた。

 2人の視線がクリフの方に向かれる。目が合ったか。クリフは横を向いて店を眺める振りをした。視線を少し2人組に向けると彼らは一瞬顔を見合わせてクリフの方へまた顔を向けていた。

 明らかに自分の方へ近づいてきている。そう感じたクリフは道路を走って横切った。人の流れを阻害する様な動きに周りから非難の声が上がるが、そんなのはお構いなしに仮設店舗の脇にある細い路地へクリフは入り込んだ。

 再び走ることになった。背中に背負っているバッグの重みもあるが、やはり疲労が自分の身体を鈍らせている。だが、脳裏に響くアラートが足を止めるなと警告してきていた。

 十字路に差し掛かった時、銃声。そしてクリフの後ろを何かが横切った。それは銃弾であることは容易に想像つく。もう見つかったかとクリフは小さく舌打ちをした。

 暫く走ると目の前に3メートルほどの壁。両側のビルの壁を使ってそれによじ登る。登り切ったところで遥か後ろから足音。遠くにねぐらから追いかけてきていた3人組の姿。クリフは迷わず壁から飛び降りる。その背後で銃声。身体を転がしながら上手く着地して通りに出た。中心部に比べて人の通りはまばらだが、通行人の視線は一斉にクリフに向けられている。だが、そんなことを気にする余裕は全く無かった。

 とにかく身を隠せる場所を探す。高い壁があったとはいえ、彼らならすぐに超えてくる。猶予はそれほどないだろう。

 その時、ポケットに入れていた携帯端末に着信。取り出して画面を見ると見慣れない番号。こんな時に。とクリフは思うが電話に出てみることにした。

 

 『久しぶりね、クリフ』

 

 聞き覚えのある女性の声。シェイン・ファレムだ。

 

 『厄介事に絡まれているみたいだけど、もし生き残りたいなら、こちらの指示に従って』

 「ああ、色々とツッコミみたいところだけど、どうするんだ?」

 『あなたが走っている通りを南へ1ブロック走り、そこの交差点を右へ。そして更に2ブロック』

 「なんだって?」

 『頑張ってそこまで来て。それじゃ、生きて会いましょう』

 

 通話が切れる。その言葉を信じるべきか迷う暇もない。後ろから銃声に地面が弾ける音。クリフはとにかく、足を動かすことに集中するしかなかった。

 指定した場所まであと少し。後ろを振り向くと、3人組の姿。銃を抜き、発砲。走りながらのあてずっぽうな射撃はやはり当たらない。

 3人組は一斉にクリフへ銃を向けた。手に持っていた銃の弾はもう無い。「くそっ」と思わず口に出る。

 銃口が見える。距離はあるが、彼らなら当てられるだろう。足がもつれる。上着の裏に手を入れるが、間に合わないだろう。自分の死が脳裏にハッキリと浮かぶ。

 銃で撃たれ、全身から流れ出る血が地面を赤く染める……

 自分の死を覚悟した次の瞬間、エンジン音が響くと同時に前方の交差点の右から大型の黒い四駆車が飛び出してきた。

 運転席の窓がスライドしてそこからライフルの銃口。「伏せろ」という男の声。クリフは咄嗟に身体を低くして急ブレーキで停まった車の下へ転がるように滑り込む。

 直後にライフルの短い銃声が数発。複数の重いものが倒れる音が遠くに聞こえてそして静かになる。

 クリフは車の下から這い出た。時間を掛けて立ち上がると、遠くに血を流して倒れている人影が3つ。クリフを追いかけていた3人組だ。

 どうなったか確認したくて近寄ろうとしたが、運転席から出て来た男に「ここにいろ」と強く言われ、黙って従う事にした。

 ようやく落ち着くことが出来た身体を車に預けて一息吐く。これだけ長く走ったのは久しぶりだった。

 

 「生きていて何よりね、クリフ。とても元気そうじゃない」

 

 助手席側からシェインの声。一度だけだが、知った声。それでも気は緩めない。

 

 「助けてもらったって事でいいのかな? 感謝はするよ」

 

 そう言いながら上着の裏からもう一丁の拳銃を抜ける準備はしておく。シェインの所属を知っていれば用心するには越したことは無い。

 

 「そう構える事は無いんじゃないの? 気持ちはとても分かるけど、命なんて取らないし、ここで取る理由も無い」

 

 シェインは微笑を浮かべてクリフへ水の入ったペットボトルを投げ渡した。それを受け取りながらクリフは自分の意図が読まれていた事を悟り、観念する。そしてひどく喉が渇いていた事に気が付き、クリフは一気に水を8割ほど飲み干した。

 

 「なんでここにいた?」

 「理由は幾つもあるけど、ひとつはこの近辺に私たちの拠点があってそこに用があったから。もうひとつはついでにあなたの所に寄ろうと考えたから」

 「俺に? 何か用かよ」

 「リサーチャーなら誰でも良かったけど、この街を拠点にしているリサーチャーはあなただけ。一度、部屋まで伺ったけど留守だったからおいとましようかと思ったけど、あなたに用があったのは他にもいたみたいでちょっと様子を見てみたのよ。そしたらこの状況ってとこよ」

 「ねぐらまでバレていたとは……まいったね。もうあそこには絶対帰れねぇな」

 「前にも言ったでしょ。我々には協力者がいるって。当然、この街にも同様にいる。もう少し早く連絡できればこんな面倒事にならずに済んだのにね」

 

 道路の向こう側から先程見た2人組の大柄な男。そしてその上では小型のドローンが旋回している。シェインが自分の動きを把握していた理由が何となく分かった。あの男たちは刺客ではなくバーテックスの協力者で、そしてドローンでクリフの動きを見ていたという事だ。

 「シェイン」と運転席の男が戻ってきた。キャップを深く被っていて表情はよく見えない。

 

 「身元が判るような物はやはり身に付けていなかった。1人くらいは生かしておくべきだったか」

 「ま、予想通りね。どうせ簡単には吐かないでしょうから生きていようが、死んでいようが変わらないけど。クリフ、あなたに心当たりは?」

 「分かってて言っているだろ」クリフは残りの水を飲み干す。「あり過ぎて分かんねぇよ」

 「それもそうね。じゃ、乗ってちょうだい。ここの憲兵だって間抜けじゃない。騒ぎを聞きつけて来る前に出ましょう」

 

 シェインにそう促されてクリフは後部座席に乗り込むと車が発進する。シートに座り、背負っていたバッグの中身を確認。中に入れていた自分のとジノーヴィーの端末はどうやら無事な様だ。これで仕事は続けられる。

 これまでの緊張が解けたのか、激しい疲労感と逃げる途中に負ったであろう怪我の痛みが一気に襲い掛かって来る。それを紛らわすため、ポケットから煙草を取り出して火を灯した。肺に思いっきり煙を吸い込ませる。やはり、これが一番落ち着ける。窓を開けて、外へ紫煙を吐き出した。

 

 「紹介するわね。彼はケインズ。うちの工作員。特技は射撃全般。特に狙撃に関しては優れた腕を持っているわ」

 

 運転席でハンドルを握るケインズはクリフの方を向かずに「よろしく」と無愛想に言い放つ。

 

 「よろしく。さっきはありがとな。助かったよ」

 

 クリフの言葉にケインズは右手を僅かに上げて応える。口数はそれ程多くは無さそうだという印象を持った。

 

 「で、俺に何の用だよ。デートのお誘いって訳じゃ無さそうだが」

 「そうね。少なくとも身綺麗さと程遠い男とのデートはお断りさせてもらっている」

 「即答かよ。別に好きでこんな格好している訳じゃねぇ」

 

 クリフは小さく舌打ちして紫煙を吐き出す。汗と土埃まみれでボロボロの服。あの戦闘からずっと着たきりだ。これもさっさと脱ぎたいのが本音だ。

 

 「調査依頼よ。動き回れるタイプのリサーチャーに協力してもらおうと思っていたの。我々の次の任務にそういう人材が適任だから」

 「俺の評価ってそんななのかよ」

 「実際そうじゃないの? 色んな所歩き回っては情報を漁ってきて、そこから精査した情報を売り渡すってあなたらしいじゃない」

 「まあ、確かに最近はそっちの傾向が多いかもしれねぇけど、それは必要であると判断してやっているだけさ。俺だって部屋でデンと構えてそこで情報を収集する事もやってらぁ」

 「それをしていただくのはまたの機会にお願い。依頼についてはこの街を出て、落ち着いたところで話しましょうか」

 

 遠くからサイレンの音。先ほどの騒ぎを聞きつけた憲兵だろう。もう少しすればあの辺りは野次馬だらけになるに違いない。紫煙をまた大きく吐き出した。

 窓から入ってくる風がクリフの頬をくすぐる。長い事住んでいた部屋へ二度と戻れない事に一抹の寂しさを覚えた。

 

 

 街を出て、暫くすると廃工場を利用したガレージに到着。ここで乗り換えをするという事だ。

 ガレージ内にはMTが数機駐機されている。──何故ここに気が付かなかったんだろう。バーテックスの拠点が割と近い場所ににあった事にクリフは軽いショックを受けた。

 

 「よくまあ、ここまで準備できたもんだよ」

 「……アライアンスの情報網は広大だけど、その分、穴は出来易い。そこを突けばどうにかなるものよ」

 

 格納庫からグレ―の小型飛行機が出てくる。民生品を再利用したらしい。コクピットにはケインズ。「彼は操縦も出来るわ」とシェインが言ってきた。器用なヤツだという事も理解してクリフは機体に乗り込んだ。

 

 「で、何の調査をするんだい?」

 

 元は旅客用なだけあって、座り心地はOAEのよりかは良い。キャビンのシートに身体を沈めてクリフは対面に座るシェインに尋ねた。

 

 「調査対象はこの街よ」シェインは手に持っていた端末の画面をクリフに見せた。「キサラギ領メイシュウシティ」

 

 クリフの顔が強張った。知らない名前ではない。先日いたばかりの場所の名。ロドリゴやシルビアの顔、そしてあの戦闘の光景が思い出される。

 

 「……こんな所に何の用があるんだ?」

 

 何となく察しが付いているが、クリフは尋ねてみる。

 

 「概要くらいは教えておきましょう」

 

 そう言ってシェインは端末を動かすと、画面にメイシュウシティ周辺の写真が幾つも表示される。

 

 「この辺りで不穏な動きをしている連中がいる。放っておいてもよかったけど、揃えている兵力が高級MT揃いで怪しい臭いがすごくするの。なので、危険な芽は早めに摘み取っておきたいという上の意向。ただ潰すのではなくて、背後関係も洗っておきたいのよ。だからリサーチャーが必要って事」

 「確かにその周辺では複数の武装勢力がドンパチやっていたよな」

 「ええ、我々に泣きついてきた組織の手助けで邪魔だったから片付けたけど」

 「ああ、そうかい」

 

 クリフの声が自然と低くなる。その変化にシェインはすぐに気が付いた。

 

 「……知り合いがいたのね。顔に出ている」

 「知り合いって言う程知り合っていねぇよ……。依頼主だ。レナシミエントって名前のな」

 「じゃあ、あの周辺の事情は分かっているって事ね。好都合ってところかしら」

 「ああ、だがお前らがメチャクチャにしてくれた。場荒らしもバーテックスの十八番だな? 増々テロ組織らしさが板についてきたな」

 「──それは一応、褒め言葉として受け取っておきましょう。でも、この戦いに我々が勝てば、それは些細な事になる」

 

 クリフの皮肉を込めた言葉にシェインは涼しい顔で全く動じずに答えた。これくらいの言葉など、それこそ些細なのだろう。

 

 「ジャック・Oが声明で言っていたでしょ。我々の理想に同調できない勢力も排除するって。そのレナシミエントってところもそうしただけ。彼らはこの世界で生き残るに値しなかった。それだけよ」

 

 それは確かにそうかもしれないとクリフは思う。生き残るための選択肢としてバーテックスに与する事もそれはアリだ。ロドリゴの組織の練度であればバーテックスも受け入れてくれるだろう。だが、彼らはそうしなかった。時流に乗れなかった愚か者という見方も出来るが、彼らはそんな事ではなく、別の事を為そうと考えていた。バーテックスは知る由もないだろうが。

 

 「で、どうやってメイシュウシティに乗り込む? 俺一人だけじゃあんなところに乗り込めねぇよ」

 「本当は我々のACを使いたいけど、ACは対アライアンス戦に優先的に回すから、レイヴンとこちらのMT部隊を使う。それで防衛戦力を無力した後、あなたに潜り込んでもらうわ」

 「……レナシミエントへの攻撃に向かわせたレイヴン含む戦力はやられちまったからなぁ。慎重にはなるよな」

 「知っているみたいね」今度はシェインの声が少し低くなる。「だからこそ危険な芽は摘み取っておきたいの。横から殴られてからでは遅いのよ」

 

 シェインの強張った顔を見てクリフはこの女もこういう表情を出すのかと内心ほくそ笑む。やはり、所属レイヴンの損失は彼らを神経質にさせているようだ。

 

 「それにな、助けてもらってなんだが、受けるとはまだ言っていねぇぞ。報酬はどうなんだ?」

 「前払いで350コームは支払うわ。後は収集した情報の内容で加算。これでどう?」

 「何があるか分からない街に乗り込むんだ。危険手当を含めてもう少し色を付けてくれれば、この依頼を受けさせてもらうよ。後はおたくらがお抱えの部隊と雇うレイヴンの頑張り次第だけどな」

 「400コームは?」

 「50コーム増やした程度じゃ動きたくねぇよ。天下のバーテックス様ならもう少し出せるだろ?」

 「……480コーム。これが限界よ。これでもダメなら別のリサーチャーをあたる」

 「まあ、悪くはねぇかな。それで手を打つよ」

 「契約成立ね。じゃあ、手続きをさせてもらうわね。──良かった。あなたが受けてくれて」

 「……一応聞いておくが、もし俺が受けないって返事したらどうする気だったんだ」

 「……そうね。ここでハッチを開けてパラシュートなしのスカイダイビングをしてもらうのもいいけど、適当な場所で叩き降ろして裸一貫で歩いて帰ってもらった方が人道的かしら? あなたはどちらが良い?」

 

 含み笑いが混じった声だが、シェインの目は笑っていない。冗談ではなく本気でやるつもりだろうとクリフは思った。

 

 「でもまぁ、承諾してくれたのだから、ここでの安全は保障する。今のうちに身体は休ませておきなさい」

 「お言葉に甘えさせてもらうよ。実のところ、心身共にもう限界ってところだ。暫く掛かりそうだし、お上品な操縦で頼むようケインズに言っておいてくれ」

 

 そう言ってクリフはシートの上でバッグを枕にして横になると目を瞑った。つい先ほどまで起きたことが瞼の裏に浮かんでは消えていき、妙な酔い心地と共にクリフの気は遠くなっていく。

 

 

 どれくらい寝たかは分からないが、シェインに頬を軽く叩かれてクリフは目を覚ます。

 窓の外は既に暗く、陽は落ちていた。高度は低い。もうすぐ着陸といったところだ。

 どこかで見た風景だと思った瞬間に軽い衝撃。そして機体が減速して無事に着陸した。

 

 「上手なアプローチだ。良い工作員を雇ったな。ジャック・Oの専属ドライバーも出来そうだぜ」

 「仰せのままにお上品な操縦で届けさせたけど、ご感想は?」

 「──おかげでよく眠れたよ」

 

 まだ残る眠気を引きずりながらクリフは機体から降りる。どうやら臨時で作った滑走路らしい。舗装もされておらず、重機で平らに整地されただけだ。そして、遠くに見える建屋の影でここがどこだか分かった。

 

 「レナシミエントの基地か。ここの戦闘は結構激しかったはずだが、使えそうなのか?」

 

 外に用意されていた車にクリフ達は乗り込む。

 

 「幸い、基地機能に大きな損害が無いから使わせて貰っているわ。ここが前線基地ってとこよ」

 

 途中、幾つかMTの残骸が転がっているのが見えた。所属は分からない。激しい戦闘だった事は遠くから見ていても分かった。生き残ったのは僅か。フライボーイとヴィラス。そしてレナシミエントのMTパイロット数名。ロドリゴもシルビアもここで散った。

 基地に到着。一部は戦闘で損傷しているが、シェインの言う通り、基地機能に大きな支障が出るほどではない。先日連れてこられた時とほぼ変わらない。

 ただ、ガレージに駐機しているMTだけは違っていた。機種は<CR-MT85>。全機サンドブラウンのカラーリング。バーテックスでは使われていないカラーリングであり、見慣れないエンブレムが付けられていた。

 

 「おい、このエンブレム」

 「何が?」

 

 シェインはそれ程関心を示したような様子もなく返事をする。

 

 「バーテックスのじゃねぇな」

 「そうよ。今回の依頼の協力者。ユーグ解放戦線のものよ」

 「おたくらに泣きついてきた組織か。早速、有効活用する気かい?」

 「ここの地域に詳しい彼らならこれから来るレイヴンと円滑に任務を遂行しやすい。だから使うの」

 「頼もしいねぇ。何を餌にした? 寝床と組織のポジションか」

 「人聞きが悪いわね」とため息交じりでシェイン。「我々の同志になった以上、まずはその実力を示してもらわなければならない。弱者は我々には必要ないの」

 「物は言いようだな。使える兵隊は大事にしてやらねぇと、いつかデカいしっぺ返しがくるかもしれねぇぞ」

 

 ガレージの待機スペースで言葉を交わしているパイロットに視線が移る。どんな会話をしているかまでは分からないが、安堵と不安が入り混じった複雑な表情を皆浮かべている。バーテックスに合流したが、それだけで安全は確保出来ていない。自分たちの運命がこれから始まる任務の結果次第で大きく変わるのだろうから。

 

 「で、レイヴンは何処にいるんだ?」

 「後1時間程で到着するみたい。あなたの出番はその後だから、その間にシャワーでも浴びたらどう? 一応水道は使えるようだし、石鹸とタオルくらいなら貸してあげる」

 「ああ、そうさせてもらうよ。全身がかゆくってしょうがねぇ」

 

 クリフがそう言うと、シェインは部下に石鹸とタオルを持ってこさせた。

 

 

 頭に掛かる水の感触。自分が居たアパートと同様、ノズルから出る水の勢いはあまりない。辛うじて温いお湯が出るのもそっくりだ。石のように固い石鹸を擦って体中の汚れを落とすが、それが傷に染みて痛い。土埃と共に乾いた血が流れていく。

 バーテックスの末端も取り巻く生活環境は自分たちとさほど変わりは無い。バーテックスの理想は声明で結構回りくどく言われていたが、シンプルに解釈すれば企業が享受していたものを自分たちのものにすることだ。ジャック・Oの言葉が彼らにとって光明になるのは容易に想像できる。

 下を這いずり回っていた彼らからすればこの動乱は企業を打ち倒すチャンスであり、力を示させられる。これですべて変える事が出来るかもしれないのだ。

 ユーグ解放戦線の連中も何か心変わりがあったのだろう。元々持っていた筈の信念を曲げてバーテックスに恭順したのには理由はあった筈だ。その末が訳の分からない街への調査任務。これで生き延びられればバーテックスからの評価を変えられるかもしれないが、兵力からすれば難しい。明らかな捨て駒であり、少しばかり同情したくなる。

 敵はアライアンスだけではない。バーテックスの規模が大きくなれば今度はそれに反発する勢力も出てくるだろう。ジャック・Oの思惑か分からないが、バーテックスはアライアンス以外にも敵を作ってしまう様な動きがここ最近少しばかり見えてきた。

 バーテックスの登場はアライアンス体制の変革を臨む民衆によって今も熱を持って歓迎する声は多い。だが、明らかな形で結果が表れなければそれはいつか冷え切ってしまう。

 サークシティから離れたこの場所でも様々な思惑が動いている。アライアンス打倒後の世界。もしそれが実現したとすればそれは彼らにとって幸福な世界になるのだろうか。

 彼らの統制力なんて未知数だ。ジャック・Oたちのやり方次第では先の紛争前と変わらない可能性がある。下手すれば今の状況以下だってあり得ることだ。

 振り回されるのはいつも一緒だ。結局、一般市民が一番に翻弄され、希望を失う。それはレイヤード時代から変わらない。かつては管理者に三大企業。そして今はアライアンスとバーテックス。政治についてはそれ程強い興味があるわけでもなく、そんな活動もするわけでもない。彼らによって自分の生活は成り立っているとはいえ、やや無責任ではあるが、もう少し穏便に出来ないものかというのがクリフの思いであった。

 シャワーのコックを締めてシャワールームから出る。肌心地のあまり良くないタオルで身体を拭きとると、部屋から持ってきた服に着替えた。清潔とは言えないが先程よりか遥かにさっぱりして気持ちがいい。生き返った気分だ。これでビールがあれば尚よかっただろう。

 どうすべきか考えて、シェインの所に行くことにした。粗暴な雰囲気を隠そうともしないバーテックスの兵士たちに難儀しながらもシェインの場所を聞き出して向かう。どうやら司令室にいるらしい。

 司令室に入ると、数人の兵の姿。そこから離れた場所でシェインが端末を眺めていた。クリフの姿を見るとこっちに来いというジェスチャーを見せた。

 

 「あら、綺麗になったじゃない。それなら食事くらいは付き合っても良いわ」

 「そりゃ、どうも」とクリフは片手を上げる。「先に司令室にいる事を教えておけよ。聞くのに苦労したぜ。それに下っ端の教育がなっていねぇぞ。次の世界の覇権を握る組織の人間にしちゃ態度が横柄過ぎるな」

 「……それは悪かったわね。次の幹部会議の議題に上げる様に進言しておきましょう。傭兵崩れも多いし、今回は大目に見てちょうだい」

 

 そう言いつつもあまり悪びれる様子もない口調でシェインは言い放つ。こういうところは如何にも武装組織らしさがあった。常にピリピリとして、いつ銃を抜いてもおかしくないくらいに余裕が少ない。ただ、今の状況からして余裕を持てなんて無理があるのも分かる。「兵士の意識向上に期待しておくよ」とクリフは心にもない台詞を言っておいた。

 

 「で、そっちは何してんのさ? おっかない顔で端末眺めていたぜ」

 「現在のメイシュウシティの様子をモニタリング。そんなに変化はないけど」

 「そんな遠くからじゃ分からねぇだろ。もっと近づけな。可愛いクラゲちゃんたちの出迎えに加えてデカいコウモリが盛大に歓迎してくるぜ」

 「──それはこれから来るレイヴンの役目よ」

 

 クリフに覗かれたのが癪に障ったのか、少しムッとしたような表情しながらシェインは端末の画面を閉じた。

 

 「さっきも言ったけど、ミッション自体はそれ程難しい事は要求していないから問題ないでしょう。大切なのはその後──」

 

 缶コーヒーを差し出しながらシェインは微笑を浮かべた。飲んでもいいという事か。蓋を開けて口に付ける。砂糖とミルクがたっぷりと入った甘い味。普段あまり飲まない味だが、たまに飲むには悪くは無い。

 

 「あの街にいる連中の正体ねぇ……。シェイン、あんたはどう思う?」

 「大方、旧企業勢力の一部が組織化したものでしょう」

 「俺と同じ考えだな。気が合うじゃねぇか」

 「ここの分析結果を基にすれば、情報畑の人間の9割がそう予測するんじゃない? そんなんで気は引けないわよ」

 

 シェインも同じ缶コーヒーを開けて口にする。「手厳しい評価で」とクリフは両手を上げた。

 

 「──ただ、土台になっている勢力はどこだか分からないけど」

 「それも一緒かな」

 

 クリフのおどけた表情に対してシェインは特にリアクションなし。だが、端末に通知音が鳴るとシェインはそちらに視線が向く。

 

 「レイヴンの到着よ。受け入れの準備をしてくる」

 

 輸送機のエンジン音が聞こえて来た。窓の外を見やると、輸送機が滑走路の方へ降りていくのが見える。

 

 「第一段階のスタートを切れるな。誰を雇った」

 「ここと縁深いレイヴン。レイヴンネームはヴィラス。搭乗機名<ヴェスペロ>」

 

 そう言ってシェインは司令室から出て行った。

 

 「縁深いだって?」

 

 クリフはコーヒーを飲み干すと。ポケットから煙草を出して火を灯す。

 

 「どういう意図があるのか分らんが、まさかの人選か」

 

 思いっきり紫煙を吐き出してクリフは呟く。部屋の中に紫煙が漂う。部屋にいた人間の視線が一斉にクリフへ向けられるが、それを気にする事は無く、また紫煙を吐き出す。

 とんだ事に巻き込まれたなとクリフは紺色のACを駆る青年にも同情を禁じえなかった。

 

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