ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第29話「Invention」

 端末のキーを叩く音が部屋に響く唯一の音であった。

 

 先の調査依頼で得た情報をクリフは纏めていた。だが、突発で起きたあの戦闘の事が合わさってその作業は難しいものになっていた。

 実際にあの調査で得られたものは少ない。それでも形にしなければならないのはプロだ。猶予は2日。長いようで短い。頭の中で練り込ませたものをクライアントに分かり易くアウトプットさせるのは難しさがあるが、それもリサーチャーの腕の見せ所でもある。

 あちこち凹んだステンレスカップに口を付けた。誰の物かは分からないカップに注がれたコーヒーの味は一段と苦い。久々に代替豆ではない本物の味。ここの部屋の主の物を勝手に使わせてもらっているが、後ろめたさはそれほどないのはあの戦闘から逃げ延びられた安堵感の方が勝っていたからかもしれない。

 ここはヴィラスが使っているガレージの宿舎の一室。戦死したレイヴンの部屋を借りて使用している。

 バーテックスから受けた調査任務の後、クリフは前線基地に帰還した際のどさくさに紛れてヴィラスと<ヴェスペロ>を載せた輸送機に乗り込んでここまで来た。

 理由はある。あの場に留まればバーテックスからの拘束が続くかもしれなかったからだ。解放されても監視される恐れもあり、仕事が自由に出来なくなる可能性があった。それに加えてジノーヴィーの端末の存在も理由のひとつだ。これはアライアンスもだが、バーテックスにも持っている事を知られたくない。

 部屋のドアからノックの音。クリフは椅子から立ち上がり、大きく身体を伸ばしてドアに向かう。久々に動かした筋肉が軋む音がした。

 ドアを開けるとヴィラスが立っていた。手にはバスケットを持っている。

 

 「調子はどうだ? クリフ」

 「頭の中が賑やかで、目が冴えているよ。当分寝れねぇ。カフェインの助けが無きゃ、今頃気絶していただろうな」

 「大変なんだな、リサーチャーって仕事は」

 「お前さん程じゃない。俺の相手は情報だ。手を焼くことは多いが、銃弾のリスクは少ない」

 「それでも狙われる事があるって聞くぞ」

 「……突出する奴は殴られるのさ。どの業界でもそうだろ? 目立ちたがりは良い顔されない。……で、何の用だ」

 

 「これだよ」と言ってヴィラスはバスケットを渡す。蓋を開けると、中にはハムとジャガイモのサンドイッチが並んでいる。

 

 「これはまさか、お前がか?」

 

 香ばしい匂いに食事を暫く摂っていなかった事を思い出し、急に空腹感を覚えた。

 

 「残念ながら俺じゃない、ルシーナだ。俺のオペレーターだよ。俺が作ったらあんたは多分、仕事どころじゃなくなる」

 「ああ、あのカワイ子ちゃんか……」とクリフはガレージで会った若い女性の顔を思い出して頷く。

 「──だろうな。そういう雰囲気はあるぜ、お前」

 「……どういう意味だ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたヴィラスの問いには答えず、クリフはサンドイッチを手に取って一口齧る。薄くスライスして軽く焼いたハムと小さくカットしたジャガイモにレタス。そこ加えた胡椒とマヨネーズが利いてとても美味い。

 

 「あぁ……こりゃうめぇ。良い味だ。金を取っても文句は言われねぇよ」

 

 久々に人の作った料理の味だ。クリフはあっさりと1つ食べ切った。

 

 「──例の天使様の調査についての進捗を話すには良い機会だし、どうだ? 見ていくか?」

 

 クリフは机に置いてある端末を指差してヴィラスに尋ねた。

 

 「俺が見て分かるのか?」

 「お前さんは<十字架の天使>と交戦した張本人だ。何か分かるかもしれねぇぞ」

 

 「期待しよう」と、ヴィラスは言って、部屋に入った。本来の部屋の主の趣味だったのだろう。壁には扇情的な格好とポーズを取る女性のポスターが幾つも張られており、「目の保養にはなる」とクリフはポスターに写る女性の尻を叩きながら笑って言った。

 

 「機体はどうだ? それに怪我は無いのか?」

 「ああ、身体の方は大丈夫だ。機体の方は整備班の皆に小言を言われたよ。毎度のことだけどね。ただ、予備のパーツを以前に複数買っておいたからそれ程時間が掛かることは無い」

 「そりゃよかった。次の出撃も問題なさそうだな」

 

 輸送機に潜り込んだ時に損傷した<ヴェスペロ>の姿は見た。フレーム構成パーツの一部は直すよりも買い換えた方が良さそうな壊れ方をしていた。メイシュウシティにいた多数のMTとガードメカに加えて<十字架の天使>とも戦闘をしたのだからこうはなるだろうと揺れるカーゴの中で思っていた。

 怪我が無いという事にも安心してクリフは端末をヴィラスに見せる。

 

 「まあ、ぶっちゃけた話、進捗としてはあまり進んでいないのが現状だ。すまねぇ……天使様は割と恥ずかしがり屋でね。ポスターの彼女らと同様に大胆なところはあるが、肝心なところは見せてはくれねぇんだよ」

 「秘密が多いって事か。で、どこまで分かったんだ?」

 「──そうだな。まずはお前さんが以前、セントラル・アークで交戦した時に比べて、このACの姿形が少し変わったことからだな」

 

 クリフは端末を操作して画像を表示させる。先の戦闘で<ヴェスペロ>のカメラで捉えた<十字架の天使>の姿。幾つかは補正を入れてディテールがはっきりとしたものになっていた。

 

 「あの機体の装備が前とは全然違っていた。背部にも武器を積んでいたな。そのせいかもしれないが、機動力が以前よりも少し落ちていた気がする。あと、ECMを使っていなかった」

 「今回の装備構成は俺も初めて見た。まあACだし、装備はコロコロと変えてもおかしくはねぇな。フレーム構成パーツを何度か換えた形跡があるのは過去に調査済みだ」

 「背部の右がマイクロミサイルランチャー。左がパルスキャノンだ。ただ──」

 

 ヴィラスは端末を動かして別のアングルの画像を出した。

 

 「右腕のライフルとパルスキャノンは見たことない形。そしてライフルは高出力レーザーを放ってきた」

 

 ヴィラスが出したのは右腕を上げてレーザーライフルを構える<十字架の天使>の画像。ライフルとしては大型な印象を受けた。強力なレーザーはクリフも見ていて分かった。<十字架の天使>が今まで装備していた<WH04HL-KRSW>を彷彿させるものというのは予想できる。

 

 「形状が確認できる画像で装備は検証してみたが、左腕と肩部エクステンションは以前と同じ。右背部は”マゴラガ(MAGORAGA)”。左背部はちょっと分からねぇな……パルスキャノンという事は恐らく”ラミア(WB09PU-LAMIA)”の系列だろう。新型かもしれん。マゴラガは奴さんがパージして残していったから直ぐに分かった。──ちなみに、製造番号は例のごとく刻印なしだった。そんでもって、右腕のライフルは多分だが……これは”カラサワ(WH04HL-KRSW)”の後継機じゃねぇのかな」

 「後継機……? そんなモノが……」

 

 ヴィラスは首を傾げた。<WH04HL-KRSW>の後継機があるというのは初耳だ。いつの間にそんなものが開発されていたんだという当然の疑問が出てくる。

 

 「当然、市場にはまだ出ていないよ。8か月くらい前だったかな。”カラサワ”の後継機が開発されているというリーク情報がリサーチャーのネットワークに上がってちょっとした話題になった。開発時のコードネームは”MK2”。──コイツさ」

 

 端末内のファイルをアクセスしてクリフは画面を見せた。そこには<YWR27HL-KRSW2>というレーザーライフルのスペック表と図面。形状は少し差異があったが、確かに交戦時に見たものと似ている。

 

 「確かにそれっぽい形をしていた。こんなものまで持っているとは……」

 「あと、コイツの腕部はミラージュの試作型の”グエノン(MYA13-GUENON)”ってやつになっている。これも同様にまだ市場に出ていない筈なんだが、こんなもんどうやって手に入れたんだか……」

 

 「まるで新型パーツの見本市みたいになっているな。次に会った時には全パーツが見たことの無いものになっていても驚かない」

 

 椅子の背に身体を思い切り預けてヴィラスは大きく溜息を吐く。こんな機体と相手にしていたという事実に戸惑いとよく生きて帰れたなという安堵感が入り混じって、よく分からない感情が湧き上がってしまっていた。

 

 「ある意味、それが正体を暗示しているようなもんかもしれないな。惜しみなく新型パーツを使ってきている。羽振りの良いパトロンを抱えているのは間違いない」

 

 クリフは2つめのサンドイッチを手に取って齧りつきながら言った。

 

 「例えば?」

 「旧企業の残党。幾つかの武装組織は規模の割にはまあまあ良い装備を揃えたところもいるし、その恩恵を受けた形跡もある。アライアンスだけが旧企業の力を持っている訳じゃないって事さ。もしくはアライアンスそのものかもしれない。企業の残党という説はこいつを初めて生で見た時からそうではないかとは思っていたが、もしかしたらアライアンス内部で動きがあるんじゃねぇかなっていう考えも俺の頭の中で出てきた」

 「コイツはアライアンスの部隊にも手を掛けているんだろう? 内輪でこんな事を……?」

 「そう考える理由はある。まずは純粋に新型パーツをこんなにも使っている。こんな大層な事が出来るのはアライアンスの可能性が高いって事だ。あそこは決して一枚岩じゃねぇし、今後もならないと思うぜ。企業の人間全てがアライアンスの理念を素直に従うほど単純じゃない。なんだかんだで派閥は出来ているし、それに伴うゴタゴタもあるって聞く。良い例っていうか悪い例かもしれないが、キサラギ派なんて言う集団が開発部門でごちゃごちゃ動いているって話もある。アライアンス内の何処かの派閥が内緒で新型機をこさえて動かしているっているのもありえなくは無い」

 「見当はつくのか?」

 「いや……」とクリフは空返事をだす。「だが、以前から旧企業の連中が手を引いていそうな組織がいくつかあることは調べている。けど、決定的な証拠はない。だからちょっと良い事思い付いた──」

 

 そう言いながらクリフは端末の画面にリストを出した。

 

 「元々はアライアンスから依頼を受けて作ったヤツだが、現時点での臭そうな組織の構成と動向を纏めた情報をバーテックスにもそっくりそのままくれてやる」

 「どうなるんだ。そんな事をして」

 「バーテックスが取るリアクションを見てみるのさ。連中の敵は目下のところアライアンスだが、ずっと相手している訳じゃねぇ。他の武装勢力だって茶々入れてくる。リストに入っている組織に対して動きを見せた時に<十字架の天使>も動いたか後ろからこっそり見る。アライアンス側も当然見てみる。まあ、連中にビーコン代わりになってもらうってところか」

 「それは……効率悪くないか?」

 「ごもっともだ。ただ、アライアンスならデカい分、動きは見易いはずだ。バーテックスは……ジャック・O含む上級幹部たちがそういう連中への関心が薄ければ思い通りの結果は望めないが、今やれる事で確実性がありそうな方法のひとつだ。それに俺はコイツを生で3回見ている。まあ、リサーチャーの勘ってやつだ。<ファシネイター>や<バレットライフ>よりも多く見ているから上手くいくかもしれんという根拠のない自信からかな。多分、一生分の運どころか、来世と再来世分の運も前借りしているだろうよ」

 

 眉間に皺を寄せるヴィラスを見ながらクリフは少し口元を緩めた。目の前にいる無愛想そうに見えた青年の顔が少し愉快に見えたのもあるが、この白いACと妙な縁が完全に出来てしまったなという自虐も込めている。

 

 「他に何か分かっているのか」

 「あとは……ああ、これもだな」と、クリフは端末の画面を切り替えた。「ナービスが3年前に<十字架の天使>に似たエンブレム作成を無名の画家に依頼したことくらいかな。分かった事は」

 

 天使をモチーフにした数枚のラフ画。ステファニー・チェンバレンという画家が描いたもの。絵画やデザインに関する評価の仕方はクリフもヴィラスも素人であったので分からなかったが、ラフ画とは言え、清書してきちんと彩色をすれば見られるモノになるのではという印象を2人は受けた。

 

 「多分だが、これらをブラッシュアップしたものがあのエンブレムじゃねぇかなって俺は勝手に思っている」

 「確かに……4枚目あたりなんかはアイツが付けているモノとレイアウトが似ている。──剣と十字架が無いくらいか」

 「ナービスが何でこの無名の画家にエンブレム作成の依頼をしたかはまだ分かっていねぇが、あの街に居たのはナービス絡みの何かなんじゃねぇかなって俺は思い始めている」

 

 ヴィラスは顔を上げて「理由は?」と聞く。その表情は少し強張っている様にも見えた。

 

 「──そうだな……まあ、あそこで得られた情報だけでの推測でしかないが、ひとつはあそこで使っていた兵器と機材かな。MTはクレスト製。増設した建物の中にあった端末はキサラギ製。ナービスが支援を受けていた企業の物を使っていた。ナービスが前の紛争の時に用いていた兵力配置の一部によく似ている」

 

 「それが<十字架の天使>と関係あるのか」

 「確定の情報が無いから仮説だけど、あの街はナービスに関わる団体が使っていた。それをバーテックスが奪ったのでそれを悟られるのを隠すために<十字架の天使>を使って調査チームもろとも施設をぶっ壊して証拠を消した。──っていうのが俺の推測だ。あのACがナービスに関わりを持ったACだと仮定すれば、多少は納得いく」

 「そうだとすればあの街で何を……?」

 「それをこれから調べていくのが俺の仕事だ。天使様絡みはいつも厄介だよ。分厚いベールがヤツの前を何枚も覆って見えねぇ。地道に1枚ずつ剥がしてかなきゃならない」

 

 大きく肩を揺らしてクリフが溜息を吐いた。ヴィラスもそれにつられる。進展として小さく一歩前にしか進められなかったという事実。

 

 「──あと、そうだ。乱入してきた黒いACは……?」

 「あっちはもっと分からねぇよ」

 

 クリフはそう言ってサンドイッチを大きく齧ってそれをコーヒーで流し込む、冷めたコーヒーの苦味に思わず顔をしかめた。

 

 「やっぱりか……」

 「<十字架の天使>よりもある意味謎だらけだよ。アイツの残していった左腕の一部からは個体の識別ができるものは見つからなかった。まあ、あの部分は廃材くっつけて盾代わりに使っていたみたいだから残っていなかったと思う」

 「俺が持ち帰ったライフルは?」

 「製造番号を調べてみたところ、あのライフルは今から6年前にロズウェルっていうレイヴンが新規購入したものらしい。ただ、そのレイヴンは2年前に戦死している。それ以降の持ち主はいない様だ。分かったのはここまでだったよ。最期の出撃で使っていなければ、あの機体が持つまで何処かで放置されていたんだろう」

 「その割にはしっかりと撃つことが出来た。最低限の整備はしている筈だ」

 「そうであれば何処かをねぐらにはしていそうだ。アイツの去っていった方向にアライアンス管理外の施設があるか調べてみるさ」

 「──あの黒い機体に乗っていたのは人間だ。間違いなくそう思う」

 「根拠はあるのかい?」

 「意思疎通は出来ていた。発光信号で、だったけど。『信じろ』、『了解』。それと──」

 

 ヴィラスは次に出そうとした言葉にどこか躊躇いを感じ、一度止めた。それは触れるべき言葉か。だが、これも事実として出さなければいけない言葉でもある気がして口を開いた。

 

 「──『遺産は生きている』。あの機体のパイロットはそう言っていた。何かを知っているのかもしれない」

 

 「遺産……か」とクリフはつぶやくのを見てヴィラスは小さく頷く。当然、それはあの特攻兵器群と結びつける言葉であった。

 

 「遺産……新資源……それを聞くとどうしても最後にはナービスっていう単語に行き着く」

 「やっぱり、あそこは……」

 

 そう言って2人は口をつぐむ。脳裏に過ぎるあの光景。赤い記憶はこの世界の人間の口をつぐませるには十分な衝撃があった。

 暫くの沈黙の後、クリフはハッと顔を上げた。「どうした?」とヴィラスが尋ねる間もなく。部屋の隅に置いておいたバッグを漁って中からメモリースティックを取り出した。

 

 「思いだしたよ。以前、あの黒いACに似た機体を見た」

 

 端末にメモリースティックを差し込み、中のファイルを呼び出す。そこには以前、クリフがセントラル・アークに向かう途中で遭遇したACの画像。手慣れた動きをしていたスターター機。

 

 「こんなのもいたのか……もし、同一機体だとしたら、整備状況は辛うじて出来ている程度か。あの武器もどこかの戦場かガレージで拾ったんだろうな」

 「映像で撮れなかったのが悔やまれるよ。俺の記憶が正しければ、あの機体とよく似た動きで<フリーバード>と取り巻きのMTを少なくとも3機は潰した」

 「他に分かるものは?」

 「掠れてしまって判別し辛いが、スターター機の左肩にナービスのエンブレムを付けていた。これだ」

 

 表示を切り替えてスターター機の左肩を拡大、補正された画像。下半分が掠れてしまって消えかかっているが、一応ナービス社のエンブレムが見える。

 

 「ナービスもACを持っていたのか」

 「兵力というより、研究用だな。AC技術産業に参入する際に三大企業から武器を含めてこっそりと数機購入している筈だ。けどなぁ……」

 

 クリフは再び画像を切り替える。今度は黒いACの画像。左肩部分を拡大してみる。

 

 「こっちはエンブレムが無いか。まあ、状況が状況だし、完全に消えちまったって可能性もある」

 「同一機体って可能性が高いのか」

 「と、いうより他にいるっていう可能性を考えたくないっていのが本音かもしれん。こんな機体が2機も3機もいてたまるかってね」

 

 3つ目のサンドイッチを取り出してクリフは苦笑いを浮かべた。

 

 「それに、あの機体が何を目的にあそこにやって来たのも気になるな。街そのものに用があったのか、<十字架の天使>にあったかにもよって意味合いは大きく違ってくる」

 「俺は<十字架の天使>だと思っている。街であれば、攻撃対象はあんたも含めて、俺たちでも構わなかった筈だ」

 「──そう思うならば、そうなんだろう。実際にあの機体と共闘したお前さんの直感の方が俺の推測より正しいかもしれない。ここはレイヴンの勘というやつを信じてみよう」

 

 そう言ってクリフはサンドイッチを一気に齧りついて飲み込んだ。腹は大分満たされた。温かい飯はやはり良いものだと実感できる。

 

 「そういや、<十字架の天使>のエンブレムを初めて見た時、何故か気に入らねぇっていう感情が沸いたが、その理由が今、何となく分かった気がするよ。──俺は神様を信じちゃいねぇからだ。……ヴィラス、お前は神様っていうのを信じているか?」

 「信じていない」ヴィラスは即答。「そんなもの、俺には知る余地もなかった。──疑問だが、俺たちの祖先は管理者というAIの元でレイヤードという地下世界を何百年も暮らしていた。そう聞いている」

 「ああ、そうだ。それが?」

 「管理者っていうのがレイヤードの神みたいなものだったんだろ。その管理者が沈黙しても未だにこんな概念があるのが分からない」

 「そんな事か。神という概念は人さまざまだから、どうこう言えねぇけど、まあ強いて言えば人間の心の奥底にある信仰心ってやつが根深くあると俺は思っているけどね」

 「信仰心……」ヴィラスはゆっくりとその言葉を口に出した。「AIなんかを信仰するのか」

 「別に管理者を神と見做す必要もない。そいつよりも先祖代々信じていたモノの方に対する影響が強ければそっちの方を信仰するだろし、当時の人間が管理者をAIであるとどこまで認識していたかにもよるからな」

 「確かにそうかもしれないな」

 

 ヴィラスは納得したように深く頷いた。

 

 「今はかなり少なくなっているが、人類がレイヤードに潜る前は数えきれないくらいの宗教とその宗派があったと聞く。僅かでもその宗教の教えやら何やらが残れば時代が進んでも受け継がれるものだ。レイヤードの頃にも教会にモスク、それに寺院もあったし、なんなら管理者そのものを崇める宗教もあったという記録も残っている」

 

 コーヒーを飲み干してクリフは椅子に身体を預ける。

 

 「このACも神への信仰とかそういう意図があるのかな」

 「確かにエンブレムの調査協力してくれたユーコ・アマノはこのエンブレムの作成依頼した人物は神の代行者を気取っているようなコメントをしていたが、これだけの新型パーツを使って好き放題しているからまあ頷ける。……単なる伊達っていう可能性もあるけどな」

 

 ポッドを手に取ってカップにコーヒーを注ぐ。クリフは「どうだ」と勧めるがヴィラスは「いや、いい」と言って断った。

 電子音が鳴る。ヴィラスが持っていた携帯端末からだった。ヴィラスはポケットから取り出して画面を確認する。

 

 「どうした?」

 「依頼が入った。バーテックスから1件。内容は……ブリーフィングシステムで確認だ」

 「出撃するのか?」

 「依頼内容と報酬次第だ。どちらかでも納得できなければ拒否する。レイヴンにはそれをする権利があるからな」

 「それはリサーチャーも一緒だな。ある意味では似ているところはあるかもしれん」

 

 「確かにな」と口元を少し緩めてヴィラスは部屋を出て行った。

 部屋にまた静寂が戻り、クリフは端末の方へ向き直した。すると今度は端末のそばに置いておいたクリフの携帯端末から電子音が鳴った。メールが1件。シェインからだった。

 

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 From:シェイン・ファレム

 To:クリフ・オーランド

 Subject:お疲れ様

 

 調査任務、お疲れ様。

 今回の調査はイレギュラーが起きたとは言え、生きて帰ってこられたことにまず喜びましょう。

 ただ、残念なのは損害に見合った収穫は恐らく少ない。

 あなたの纏めた情報がそれを補填できることに期待しておく。

 

 それからもうひとつ。

 あなたのやり方かは分からないけど、別れの挨拶くらいは寄こしてほしかった。

 挨拶の下手な男は嫌われるということを覚えておいて。

 

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 「へいへい……すまねぇな」

 

 文面からでは分かりづらいが、淡々としているように見えて少し怒りも滲んでいるようにも感じる。何も言わず勝手に去ったのはやはり不味かったかと、クリフは申し訳ない気持ちになった。報告書が出来上がったら、詫びの言葉も含めて送ることにしようと考えた。

 気を取り直して端末に目を向け、キーボードを叩く。画面に映される作成資料は次第に報告書らしい形になっていくが、やはり今回の収穫からボリュームとしては物足りないと感じる。

 

 「こりゃ、報酬は半額かねぇ……」

 

 今持っている情報では彼らを満足に出来ないだろう。補足の情報は欲しいが、あては無い。

 バッグに視線を寄せる。中にはジノーヴィーの端末がある。その中の情報の整理はまだ終えていない。そこを探ればあるいは、という考えが過ぎる。椅子から立ち上がり、バッグに手を伸ばした。

 だが、部屋に備えられていた時計の音がバッグの中までに掛けていた手を止めた。1時間毎に鳴る音らしい。握り締めた手を額に軽く何度も叩く。冷静になれと自分に言い聞かせた。

 クリフは大きく嘆息して椅子に身体を預けた。この端末内の整理はまた別の問題だ。これに掛かれば今やるべき事がいつまでも終わらない。ここはしっかりと割り切る事にした。

 もう一度端末へ向き直して報告書の作成を進める。メイシュウシティと<十字架の天使>の因果関係について考えるのは後回しだ。まずはバーテックスが欲しがっている情報が優先。使用されていた兵器と機材の種類と編制。それに伴い予想される関連組織の一覧と兵器の流通ルート。現在持っている情報を基に完成させていく。時計の針が進む音が次第に遠くなっていく。

 一応の形には出来た。これをシェインに渡せば完了。あとはこの報告書をバーテックスがどう評価するかだ。取るに足らないと判断されればそれまでだ。それは今回の調査内容からしてクリフも納得しなければならない。

 煙草に火を灯す。ふわりと浮かんだ紫煙を見つめながらクリフは次にやるべきことを考える。まずはここを離れなければならないと感じた。このガレージには無理を言って居させてもらっている。自分に対して食糧などのリソースをこれ以上割かせるのも彼らにとって良い事では無い。

 携帯端末から地図を表示させて眺める。クリフが今いるガレージから近い都市を探す。周りは荒野と岩山だらけだ。これは仕方が無い事であった。各地に置かれているレイヴンズアークの共用ガレージは各企業へ互いに干渉を避ける為に都市部からは遠ざけられた場所に建設しなければならない。これは各企業とレイヴンズアークで取り決めた規約で定められたものだ。

 ようやく地図上に都市が表示される。クレスト領の都市で名前は”ガル・パーク”。恐らくここから一番近い位置の街。OAEやアライアンスによる復興作業の手が入っている街で、幸いにもここにはクリフが予備で用意したねぐらがある。

 

 「さて、どうやって行こうかね?」

 

 地図上の距離を測ったところ200キロ以上はある。どう考えても徒歩では難しい。車などの移動手段の調達もここでは難しい様に思えたが、外から聞こえて来たジェットエンジン音でひとつ方法を考え付いた。

 部屋の小窓から外を覗くと、輸送機が1機見える。ちょうど着陸したところで、後部ハッチが開けられている。あれに乗せてもらおうと考えた。当然、対価は支払わなければならないが、200キロ以上の距離を歩き続けるよりはマシである。行き先がガル・パークでなくとも、街に行ければよい。

 カーゴから運び出されるのは武器弾薬ではなく、食糧を含めた日用品を詰めたコンテナらしい。となればレイヴンズアークから委託された輸送業者の可能性が高い。他のガレージもしくは何処かの街に寄るだろうとクリフは確信した。

 あとは行動を起こすだけだ。その前にバスケットに残った最後のサンドイッチにかぶりつく。暫くはこういうモノを口にすることは出来ないだろう。彼らが発つ前に動かなければならないのでゆっくりと味わえないのが惜しい。ふた口で完食して最後にコーヒーで流し込む。

 荷物をバッグに詰め込んで準備完了。部屋をぐるりと見渡す。たった1日しかいなかったが何故か妙に馴染めることが出来た。状況が違えばまだ居続けても良かったかもしれない。

 

 「じゃあ、行くとしますか」

 

 ポスターの女性の尻を強く叩いてクリフは部屋を出た。

 

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