ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
「クリフが? 出て行った?」
<クランウェル>に吊られて揺れる<ヴェスペロ>のコクピットの中で声を上げた。その声に少し驚きの色が含まれている事にオペレーターのルシーナは気が付く。いつもACに乗ると淡々としている様子のヴィラスにしては珍しい。思わず吹き出しそうになるが、作戦前という事を意識させてなんとか堪えることが出来た。
『ええ、あなたがガレージを出た後、私がオペレータールームに入る直前に声を掛けられたの。バスケットを返しながら、すぐにここを出て行くからヴィラスによろしく伝えてくれって。多分、出撃直前にすれ違いで来た輸送機に便乗して行ったと思う』
「他に何か言っていなかったか?」
『いえ……ただ、輸送機に乗ることを優先していたみたいだから、かなり急いでいる感じだった』
「そうか……別にガレージにいても良かった気がするが……」
『──私もそう思うけど、他の人がね……それは彼も察していたと思う。バスケットを返しに来た時、申し訳なさそうな様子をしていたから』
そう言われればガレージの事情もあるなとヴィラスは小さく頷く。戦死や離脱した者がいるとはいえ、突然余所から来た者をすんなりと受け入れられるほど大きな余裕が無いのも事実だった。
「無事に街まで行ければいいが」
『そうね。リサーチャーって少し胡散臭いイメージがあったけど、悪い人では無さそうだし、また別の機会に会えればいいわね』
ルシーナがそう言うと同時にアラームが鳴る。作戦ポイントが近づいてきた事を知らせてきて来た。
今回の任務はバーテックスから脱走した部隊の始末であった。
アライアンス本部へ向けて展開していた部隊の1つが突如戦線を離脱。追跡にあたった部隊を振り切って逃亡中という事だ。予想される逃走ルートを先回りして迎撃してもらいたいというのがバーテックスからの依頼だ。
脱走部隊の戦力はMT5機にACが1機の計6機。MTは<CR-MT85B>が3機に<CR-MT83RS>が2機。ACはレイヴンや独立傭兵が元々使っていた機体では無く、バーテックスで独自に組んだAC。構成は重量二脚型でバズーカ等の高火力武器を装備させたものという情報が来ている。
バーテックス側もAC用パーツを調達できるルートを確保している。どうやら組み上げたACを素質のありそうな者に宛がっている様だ。宣戦布告後にバーテックスも何名かのレイヴンを喪ったが、これで戦力を補うつもりでいる。実力は未知数だが、”本物”であれば、手強い相手になるだろう。
『作戦ポイントに到達。AC投下後に離脱します』
<クランウェル>から通信。今回<ヴェスペロ>を運んできたのは無人操縦のタイプ。合成音声特有の無機質で抑制の無い声が途切れると同時に懸架フックが外れて機体が降下する。
機体は無事着地。モニターに映るのは廃墟と化した街の姿。ミラージュ管理下の小規模な街であったが、特攻兵器によって破壊し尽くされていた。
件の部隊は逃走ルートからここを通過していく事をバーテックスの情報部が予測して作戦ポイントに選んだ。追手から隠れてここに留まる可能性もあってのことだが、こちら側からしても待ち伏せするには丁度良い場所でもある。
目標はこちらに来ているという情報はまだ入ってきていない。ある程度形が残っているビルの陰に機体を停めてヴィラスは待機する。
今回の任務は腕部を<CR-A82SL>に、脚部を逆関節型の<LR04-GAZELLE>に換えてある。障害物が多いこの場所で軽快に動くには丁度良い。
カメラを上に向けると、この廃墟と同じ色の空。今のところ雨は降らなさそうだが、ここ最近はこんな天気が多い。憂鬱さを連想させるその色の空は好きになれない。
ふと、このパイロットたちは脱走なんて企てたのだろうかと考える。彼らにはACに高級MTが宛がわれていた。待遇としては決して悪く無いはずだが、それでも我慢ならない事があったのだろうか。今のところ考えられるのはそれだけだった。
アライアンスの専横に立ち向かう革命の集団と持て囃す声もあるが、脱走者、それも優秀そうなパイロットが出て行ってしまう様な内情はあまり良くないイメージが湧き上がってくる。もしかしたら自分が思っているほどバーテックスの中は上手くいっていないのではないかとヴィラスは考えてしまった。
『熱源反応探知。数は6。バーテックスの予測通り、こちらに向かって来る』
ルシーナからだ。敵機が来る。
『接敵まで約2分。作戦開始よ』
「了解だ」
《メインシステム 戦闘モード 起動します》
メインコンピュータから火器管制とコア機能の制限の解除が告げられる。ミッションスタート。
フットペダルを踏み抜き、ヴィラスはブースターを吹かして機体を動かした。街の中心部の大通りだった場所を突っ切る。少しの間を置いてレーダーディスプレイに敵機を示す輝点が表示された。
輝点は自機正面から見て逆三角形の隊形を組んで動いている様だ。オーバードブーストを起動。敵部隊へ一気に近づいて先制攻撃を与えてやる。
武装を左背部の垂直発射式ミサイルランチャー<CR-WB03MV>に変更。同時にエクステンションも起動。
敵機射程内。狙いは隊列の先頭に立っているAC。トリガーを引く。ミサイルランチャーと連動ミサイルランチャー<JIKYOH>から同時に4発ずつ発射。高く飛び上がったミサイルはそのまま標的へ向かう。
それを確認してオーバードブーストを切り、横にスライドさせて廃墟の陰に潜り込む。ミサイルは全弾とはいかなかったが、5発の命中を確認したと頭部コンピュータが伝えて来た。先制攻撃は成功。
機体をジャンプさせて、ビルを飛び越す。今度は右腕のレーザーライフル<CR-WR98L>を構えた。先日の戦闘で取得したものだ。
バーテックスからは「降伏は認めない」というお達しが来ている。つまり、生かして返すなという事だ。組織の秩序を乱した者たちへは死の制裁。
1機の<CR-MT85B>へ向けてレーザーを発射。初速の速いレーザーは敵機に回避する暇を与えず、胴体に直撃。大きく吹き飛ばされたMTは瓦礫の山に突っ込んで動けなくなる。そこへもう一撃。MTは爆散して瓦礫の一部となった。
大きく跳び上がってビルの上に着地してレーダーを確認。先程の攻撃が効いたのか、隊列が大きく乱れてほぼバラバラだ。こちらの思惑通り、ある程度はこちらに有利な状況を作れた。
近くに居る機体から狙う事にする。ちょうど、正面の通りで退避行動を取ろうとしている<CR-MT83RS>に狙いを付けた。
再びジャンプ。ブーストで距離を詰めてレーザーを放つ。同時にMTからもライフルが放たれるが、大きく右へ逸れていった。レーザーはMTの頭部にあたるレドームを破壊。
ヴィラスはそのまま<ヴェスペロ>をMTの真上まで飛ばさせてブースターを切った。MTの上に着地する形となる。<CR-MT83RS>の脚部関節では<ヴェスペロ>の重さに耐え切れない。金属がひしゃげるような音と共にMTが膝から崩れて潰れる。そのまま左腕のレーザーブレード<CR-WL79LB2>の光刃をMTの首に当たる部分からコクピットへ突き刺した。これで2機目。
『……レイヴンか……やはり、ジャック・Oは……』
混線した無線に入ってきた声はバーテックスACのパイロットだろう。自機正面に滑り込んできた。両腕にバズーカを構えた重量二脚型AC。ロックオン警告。バズーカ弾が放たれる。サイドステップで回避。
『何故だ……』
困惑しているような声。本意ではないのか。意志を持って脱走した者にしては随分と弱気な印象を受けた。
機体を切り返してレーザーを発射。コア付近に1発命中。敵ACは廃墟の陰に逃れていく。ジャンプで廃墟を飛び越えて先回りしようとするも、ロックオン警告。バズーカ弾が飛んできた。続けざまに2発。ブースト機動で辛うじて回避。狙いは良いと感じた。ACを宛がわれただけの実力はある。ロックオン警告はまだ鳴り止まない。
衝撃。右肩に被弾。レーダー後方に反応。<CR-MT83RS>からの遠距離狙撃だ。損傷は軽微だが連続で受けるわけにもいかない。オーバードブーストを起動。<CR-MT83RS>のライフルの狙撃モードは次弾発射のリロードがある為、少しのタイムラグが発生する。この隙に狙撃機へ距離を詰める。
射程内。オーバードブーストを切り。武装を右背部のミサイルランチャー<WB01M-MYMPHE>に切り替えてロックオン。トリガーを引くと、6発のミサイルが放たれると同時にコントロールスティックを横に倒して機体を滑らせる。<ヴェスペロ>の頭部左側を弾丸が掠めていった。6発のミサイルは狙撃機に命中。狙撃機は大きく吹き飛ばされてそのまま爆散した。
「3機目撃破」
機体を反転させて次の目標を確認する。この調子なら僚機のMTはすぐに片付けられるだろう。そうヴィラスは考えた。
『待って……! 熱源反応を感知。数は7。1機はACの可能性あり。もうすぐこちらのレンジに入って来るから迎撃準備をしておいて』
ルシーナからの通信。ヴィラスは機体の動きを一瞬だけ緩めてレーダーを確認。ヴィラスがやって来た方角から幾つかの輝点が示されていた。
『機種が判明。情報を送るわ。1機はやはりACよ。気を付けて』
モニターに増援と思しき戦力の情報が表示される。<MT08M-OSTRICH>と<CR-MT85M>が3機ずつ。そしてACはムームの駆る<METIS>であった。
「こいつらか。しかし何故……」
目的は何だろうと考えを巡らせるが、その前に飛んできたミサイルの回避が優先だ。建物の陰に隠れてやり過ごす。
ミサイルが飛んできた方に頭部カメラを望遠して向けるとオレンジ色の軽量二脚型ACがブースター炎を揺らめかせて高速で接近してくるのが見える。その後方からまたミサイルが飛来。ヴィラスは機体を後方に飛ばしてそれから逃れる。周辺にいた脱走兵たちも同様に回避行動に入った。
相手側の増援ではない。彼女らは乱入者だ。
『情報屋の言った通りだ。獲物がちゃんといるじゃないか』
オープン回線に入り込んできた声。ムームだろう。勝気そうな若い女性の声が耳を打った。
随伴するMTを置き去りにして<METIS>がこちらに向かってきた。これが戦術なのか向こう見ずな突撃かは分からないが、軽量級らしい素早い動きで廃墟を軽々と飛び越えてきた。
『なんだい、余計なのが1匹いるね。まあ、いいさ。まとめて始末してやるよ』
<METIS>の左腕に持ったショットガンが<ヴェスペロ>に向けて放たれる。ECMメーカーの射出は間に合わない。咄嗟に飛び退いて躱そうとするが、数発の散弾が命中。だが、すぐにアラート音。モニター正面にミサイルが迫ってきているのが見えた。
フットペダルを踏みながらコントロールスティックを横に倒して機体をスライド。辛うじて回避に成功。<METIS>の左背部に装備しているステルスミサイルだった。ヴィラスは後退して機体を立て直す。仕留めるつもりだったのだろう、「チッ」というムームの舌打ちが聞こえて来た。
だが、ムームは追い縋るようなことをせずに機体を反転させてジャンプ。向かった先は脱走兵のMT。
『──まずは弱いのから片付けようか』
<METIS>はショットガンを撃ちながら近づくと右腕を後ろに引いた。そして、散弾を受けて動けない機体に向けて引いた右腕を空手の正拳突きの様に突き出すと、装備されていた射突型ブレード<RASETSU>から合金製の杭が打ち出される。
強力な爆薬によって赤熱化した杭がMTの胴体、コクピット部分に深々と突き刺さり、そのまま杭は背中まで突き破った。それによって穿かれた穴からオイルなどが激しく飛び散ったが、恐らくそれだけでは無いだろう。
『しゃあっ、まずは1匹!』
一際大きなムームの声がヘルメットに入ってきた。そして自分の実力だと見せつけるかのようにMTの残骸を思い切り蹴り上げる。ムームの狙いはこの脱走兵たちだとヴィラスは察した。
<METIS>はそのまま大きくジャンプ。今度は<ヴェスペロ>の後方で動いていたMTが狙いだろう、ミサイルを放ちながら飛び越えていく。
だが、それを見す見す好きにやらせる程お人好しではない。本来、自分が仕留めなければならない獲物を横から来た連中に明け渡すなんて以ての外だ。こちらも反転してフットペダルを踏んだ。<ヴェスペロ>は高く跳び上がり、<METIS>を追う。
レーザーライフルを発射。だが、それは察していたのだろう。<METIS>はそれを躱す。『邪魔するんじゃないよ!』とムームが叫ぶのが聞こえた。乱入してきておいてこの言い草。こちらの台詞だとヴィラスは思わず口に出そうになる。
<METIS>が回避行動で機体の向きが変わった隙にブーストで一気に追い越してMTに狙いを付けた。MTからバズーカが放たれるが、それを躱してレーザーを2発放って撃破。撃破直後、残骸となった機体にミサイルが着弾。どうやら同様に狙っていたようだが、こちらの方が一歩早かった。またムームの舌打ちが聞こえて来た。
<ヴェスペロ>は反転してミサイルを発射。狙いは<METIS>。撃破まではいかなくとも少しは黙らせておきたい。4発のミサイルが<METIS>に向けて飛んでいくが、着弾寸前にミサイルはあらぬ方向へ堕ちていく。肩部に装備されたミサイルジャマー<RURI>が発動していた。
『甘いね!』
突如、機体が揺らぐ。ステルスミサイルが左肩に被弾。更に散弾。防御スクリーンが大きく弾ける音がコクピットに響く。ヴィラスは機体を後退させる。
ロックオン警告。今度は自機右側面。脱走兵のACからだ。左腕のバズーカに続いて左背部の多弾頭ミサイル。バズーカ弾は逸れたものの、4つに別れたミサイルが覆い被さる様に向かってきた。
オーバードブースト起動。脱走兵ACに向けて突進。ミサイルを潜り抜けて敵ACに肉薄する。脱走兵も接近してきた<ヴェスペロ>を迎撃する為にコア<CR-C89E>のイクシードオービットを展開。1発被弾するが、それに構わず敵機の左側面に回り込んでレーザーブレードを発振。光刃がACの左肘を切断。
『なっ……!』
パイロットはこの状況に慣れていないのか、動揺したような声を上げて機体を大きく飛び退かせた。だが、逃がさない。ロックオンしてミサイル、続けざまにレーザーライフル発射。頭部、コアに直撃。パイロットの悲鳴が聞こえて来た。
ヴィラスはインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。相手の反撃を遅らせるだけではない。ムームへの牽制も兼ねていた。
パイロットの焦りが動きから見て取れた。ACはバズーカを振り回して必死に後退。するとロックオンの定まっていないバズーカ弾が自機の遥か頭上を飛んでいった。
側面から<METIS>が迫ってきている。その後方には追い付いてきた随伴機。レーザーライフルで接近を阻むと、機体を再度脱走兵のACに向けた。
レーザーライフルを連続で発射。近距離ともいえる間合いからでは回避は不可能。脱走兵ACの防御スクリーンが弾け、コアの前面装甲が吹き飛んだ。それでもバズーカを構えようとする。
『……こんな……ジャック・O……俺は……なにも──』
「諦めろ」
パイロットの言葉を遮り、ヴィラスはそう言って<ヴェスペロ>にレーザーブレードを振らせた。脱走した理由は知らないが同情は不要。光刃が防御スクリーンを貫き、コクピットを薙いだ。パイロットが光刃に呑み込まれる直前、何か言おうとしていたがそれも全てノイズが掻き消した。コクピットが抉れたACはそのまま倒れて動かなくなる。
『脱走部隊の全滅を確認──』
ルシーナからの通信を聞くよりもコントロールスティックを動かす方が優先だった。<ヴェスペロ>をバックステップさせると、そこに散弾が飛んできた。
『あたしらの獲物をよくもやってくれたね……』
ムームの怒りを滲ませた声。今度は3発のミサイルが<ヴェスペロ>に向かって来る。
ブースト機動で回避するが、今度は軽い衝撃が連続でコクピットを襲う。レーダーには自機側面と後方に<CR-MT85M>が囲むように動いていた。
<ヴェスペロ>はオーバードブーストで包囲網から抜ける。だが、抜けた先にミサイルが飛来。3機の<MT08M-OSTRICH>が自機前面の遠方から狙っていた。
コンデンサの容量が残り僅か。オーバードブーストを切って機体を滑らせて建物の陰に隠れる。
『目標は達成しているから後はもう撤退していいわ』
そうは言っても向こうは逃がすつもりは無いらしい。レーダーを確認すると全機が<ヴェスペロ>を囲むような動きで近づいてきた。
『そのエンブレム。あんた、47,000コームの懸賞金が出ているレイヴンじゃないか』
ムームのニヤついた声。いつの間に5,000コーム引き上げられていたらしい。先日の戦闘でヴェルンハントを撃破した実績からか。
『あんたを倒せばその懸賞金でもっと上乗せ出来るねぇ。だからさ……ここで大人しくやられなよ!』
ムームの張り上げた声が耳を打つ。他の機体の様子からして囲んで撃破するつもりだ。
コンデンサの容量が回復したのを確認して<ヴェスペロ>を跳び上がらせる。
『ヴィラス、撤退出来そう?』
「──少し難しい。けど、ACくらいはやっておきたいな」
ECMメーカーを射出させながら<METIS>に狙いを付けて垂直ミサイルを連動ミサイルと共に発射。頭であるムームを潰せば逃げやすくはなる。元々、マレス渓谷で仕留めるはずだったのが逃げられた。ここで決着を付けるのも悪くは無い。
ミサイルはジャマーによって逸らされるが、その隙に<METIS>に接近。本命のレーザーを発射。レーザーは<METIS>のコアに命中。
『──こいつ!』
ムームが叫ぶと同時にMTから一斉にマシンガンが放たれる。ECMメーカーをもう1基射出。攻撃が一瞬止まる。その隙にMTの近くに着地。レーザーブレードを振るう。だが、光刃はホバーを全開にして後退したMTの右腕の先を切り落としただけだった。MTはパルスガンを放ちながらそのまま後退していく。
後方から反応。機体を反転させると<METIS>が猛スピードで接近してくる。右腕が振りかぶられていた。そのまま前方に大きくステップ。
「──ッ!」
ヴィラスは咄嗟にコントロールスティックを横に倒す。次の瞬間、赤熱化した鉄杭が<ヴェスペロ>の右脇を掠めていった。
『クソっ』
機体を向き直すと、<METIS>がショットガンを構えているのが見えた。<ヴェスペロ>は右脚を上げてコアを蹴りつける。軽量級のボディが簡単に吹き飛んだ。
レーザーライフルを構えるが使用限界のアラート音。もう撃つことが出来ない。ミサイルランチャーに切り替えて発射。体勢を立て直していた<METIS>はブースト機動で強引に逃れる。
もう一度追い打ちで発射。今度はジャマーによって逸らされるが、次の瞬間<METIS>の動きが止まる。
──チャージング。
ジャマーを起動させながらの無茶なブースト機動がジェネレータに大きな負荷を掛けたのだろう。機動力がこれで大きく制限された。<METIS>はバックステップで距離を取ろうと必死に動く。
『こんな時に……!』
「逃がすか」
ブーストで一気に距離を詰める。今ならジャマーも使えない。ミサイルを発射。
<METIS>に向けて放たれたミサイルは直撃するかと思われたが、随伴のMTがマシンガンとパルスガンでそれを阻止。向こうも組織の頭であるムームをやらせるわけにはいかないのだろう。弾幕を張って接近を阻んできた。
今度は垂直ミサイルに切り替える。これならば迎撃は難しいはずだ。トリガーを引こうとする。
『熱源反応を検知。──増援……ヴィラス、大きさからACだと思う。気を付けて!』
レーダー上に自機に向かって来る反応。スピードが速い。トリガーに掛けた指を止めて、ヴィラスは機体の向きを変えた。
モニターには鮮やかな紫色の重量二脚型ACがオーバードブーストで接近してくるのが見える。頭部コンピュータがケルベロス=ガルムの駆る<ニフルヘイム>であることを告げてきた。右腕に構えたレーザーライフルが<ヴェスペロ>に向けられている。
『ガルム!』
『ムーム……! 突出するなとあれ程……』
<ヴェスペロ>と<METIS>の間に割って入ってきた<ニフルヘイム>がレーザーライフルを連続発射。バックステップでそれを躱す。距離を離してしまったその隙に<ニフルヘイム>と随伴のMTが<METIS>の前を庇う様に立ち塞がる。
『ここは退かせてもらおうか。レイヴン』
<ニフルヘイム>とMTから一斉射撃。廃墟の陰に隠れてやり過ごす。それらが止んだ後、レーダーから敵機の反応が離れていくのが見えた。
「逃げられたか……」
陰から機体を出すとモニターにはオーバードブーストで作戦領域から撤退していく<ニフルヘイム>の後ろ姿が小さく映されていた。
メインシステムが通常モードに切り替わる。今回も逃げられてしまったという悔しさがじわりと湧き上がって思わずコンソールに拳を叩きつけてしまった。
とはいえ、当初の目標であった脱走兵部隊の撃破は出来た。横取りされずには済んだ事は良しとする。
『10分後に迎えが到着予定。お疲れ様、ヴィラス』
「了解。イレギュラーがあったが、何とかなったな」
『そうね。でも彼女たち、脱走兵がここに来る事を事前に知っているかの様だった。どうやって……』
「情報屋がどうのと言っていたな。バーテックスの情報が漏れていたのかもしれない」
『向こうも規模が大きいからこういう事が起こり得るって事ね』
「そうかも知れない。まあ、それはもうどうでもいい事だな。一応バーテックスに伝えておけば、彼らが調査するだろうさ」
ヴィラスはそう言って機体を動かす。モニターには撃破した脱走兵のACの残骸。コクピットが抉れてしまっているが、武装は綺麗に残っている。これも持ち帰るとしよう。<ヴェスペロ>のマニピュレータでそれらを外して持っていけるようにする。想定外の戦闘に出くわしたのだからこれくらいは持っていっても文句は無いはずだ。
暫くして<クランウェル>のローター音が聞こえてくる。任務完了。
雨音が小さくローターの音に紛れて聞こえて来た。
* * *
照明を最小限の輝度に落とした廊下。そこに白衣を着た女性が独り歩いていた。
三枝博士だった。リノリウムの床を踏むヒールの硬い音が大きく木霊する。
「何の用だ?」
突如、三枝博士の目の前に黒い肌の大柄な男が立ち塞がる。
三枝博士は男の顔を見上げた。男の両頬と鍛え上げられた剥き出しの二の腕には刺青が彫られている。風か炎を彷彿させる模様の刺青は男の祖先から代々伝わる戦士の証だと以前聞いたことを思い出した。
「ジャック・Oに現在の状況の報告を……」
三枝博士は手に持っていたタブレット端末を見せた。自分がここに来た目的をしっかりと示さなければならない。そうでなければ彼、ンジャムジの握られた両の拳のどちらかが躊躇なく自分の顔面へ振り抜かれるだろうと博士は直感する。
「……失礼した。通って良い。ジャックが待っている」
ンジャムジはそう言って道を譲る。だが、その眼は完全に気を許してはいないと言わんばかりに三枝博士を鋭く見据えていた。
「ありがとう」と小さく言って三枝博士は先に進む。後ろから刺す様な視線を感じたが、振り向く勇気は無かった。
最奥の部屋のドアをノックすると「入りたまえ」と明瞭な声。声量は決して大きくは無いはずだが、しっかりと耳に入ってくる声。不思議な魅力を持つ声だと常々思う。
「失礼します」と言って部屋に入る。ジャック・Oの執務室は意外と物が少なく、広く感じられる。かつて在籍していたキサラギの研究室の乱雑さに慣れきっていた三枝博士にとってこの整頓された空間は少し落ち着かない。
「待っていたよ」
デスクに座っていたジャック・Oは手に持っていた本を置き、三枝博士を見据えた。何の本かは自分の立っているところでは判別できなかったが、彼にも読書の習慣があったのかと内心驚く。
「旧ナービスの研究員の招聘をしていただき、ありがとうございます」
「……首尾はどうかな」
「彼らの持っている情報はなかなか有用性があります。我々が持っていなかった情報も幾つか確認出来ました」
声が上ずりそうになるのを堪えて三枝博士は言葉を出す。
ACから離れてもこの男の持つ雰囲気は他の兵に比べて剥き出しの敵意や殺気ではない冷たさがあるというのは何となくではあるが博士は感じ取っていた。ジャック・Oと1対1で話すのは<AMIDA>の群れを1枚の薄いガラス越しから眺めるよりも緊張する。
「サークシティ地下のエネルギー反応変異は正体不明機の逃亡から今日までの間、大きな乱れも無く一定のリズムを繰り返しており、言わば安定状態に入っております」
そこで一旦言葉を切り、深呼吸をして「──ですが」と続ける。
「その間にごく僅かですが、小さな波があった事も付け加えておきます。ただし、地下で動きがあった事は観測されていません」
「────」
ジャック・Oはデスクで腕を組みながら三枝博士の言葉に頷く事も無く聞いている。
「ただ、気になるのは、その小さな波が出た時間とアライアンスをはじめとする部隊が所属不明の機体に襲われた時間とリンクしている様だというのが判明しました」
タブレット端末をデスクに置き、ジャック・Oに見せた。三枝博士らスタッフにとっては驚嘆すべき事実でも彼はそれに感情を揺らがせる事無い。表情は一切変える事無く、そこに表示されたものをジッと見続けた。
「……例の機体は今も動き続けている……か」
暫くの沈黙を破りジャック・Oは口を開く。感情が削ぎ落されたような無機質な響き。
「確定情報ではありませんが、報告に出ている襲撃した機体の特徴があの機体によく似ているというのが情報部で確認したという事です。それともうひとつ、その時間と前後して中枢部で何らかのデータが受信されている形跡も確認されました」
「以前、貴方の言った仮説通りであれば学習をしているか。我々やアライアンスの戦力をこの様に実戦を通じてデータを蓄積させているのだろう」
「これまでの状況からしてそうでしょう。仮に撃破された際、蓄積されたデータを基に強化された機体が瞬時に製造されて外へ出て行く」
「この小さな波というのは資料を見る限りでは日に日に増えている気がするな」
「戦闘の頻度が増えればそれだけこの機体が介入する可能性が高くなるという事ですね。そしてその分学習するデータの量も増えると思います」
ジャック・Oは腕を組み、端末を再びジッと眺める。そこにどんな思考が流れているか。三枝博士には想像のつかない事だった。
「──少し急ぐ必要はあるな」
タブレット端末を三枝博士に返してジャック・Oはデスクから立ち上がると、壁に掛けていたジャケットを羽織って部屋から出る準備を始めた。
「三枝博士」とジャック・Oは三枝博士に背を向けたまま声を掛ける。
「あの機体。いや、あの施設はいずれ滅さなければならない存在だ。科学者だからこそ、あの技術をどうすべきかをしっかりと考えて行動しろ」
そう言うとジャック・Oは去っていく。部屋には三枝博士がひとり残る。遠くに2つの足音が響いていた。
「……滅する……か」
手にしたタブレット端末を見つめる。そこには現在の技術を超越した旧世代の技術の一端の痕跡が示されている。
例の機体の画像を見た瞬間、声色こそ変わらなかったものの、ジャック・Oが僅かに眉間に皺を寄せたのを博士は見逃さなかった。嫌悪感が一瞬露わになった。
確かに恐ろしいという感触があるのは否定しないが、科学者目線からはこの機体は好奇心を大きく刺激させる未知の技術の塊ではある。だが、ジャック・Oからすればこれは拒絶反応を示すものだろう。以前も報告の際に同様に見せた表情がそのまま出ていた。
元を辿ればこれらの技術体系は人類が造ったものである。過剰な畏れは未来の停滞となり得るというのが三枝博士をはじめとするキサラギ派の考え方であった。
──別の道を辿れる余地はまだある。
「そう簡単な事ではありませんよ。……ジャック・O」
そう呟いて三枝博士も部屋から出て行った。