ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
新しい場所に早く馴染むにはまずその場所の匂いに慣れろと誰かが言っていた気がする。
この場所の匂いに慣れるにはどれくらい掛かるのだろうか。
今のねぐらには家具も何もない。広く感じるその部屋の床に寝転がると、クリフは大きく深呼吸した。海があるからだろう。空いた窓から微かに潮の香りが入り込んできた。嗅ぎ慣れない匂いが鼻腔を刺激する。暫くはこの匂いと付き合う事となるだろう。
幸いにもねぐら付近の被害は小さく、加えてアライアンスによる復興作業が順調に進んでおり、ちょっとした作業で電気を通すことが出来た。
ここまでは順調。今のところ誰かにつけられているというのも無さそうだ。バーテックスにこの場所をまだ知られたくはない。
クリフは身体を起き上がらせると、煙草に火を灯して床に置いてある端末を起動させる。これでも仕事は出来るが、小さなもので良いので机と椅子くらいは欲しいなとはふと思い、後で調達しようと考えた。
携帯端末に着信通知。新着メールが1件。差出人はクリフ自身……になっているが、実際はメイシュウシティでの作戦に参加していたユーグ解放戦線のMTパイロットからだ。
メイシュウシティでの戦闘の後、搬送されたパイロットにこっそりと渡した予備の携帯端末。これに知っている事を送って欲しいとメッセージを残しておいた。
まず知っておきたいのはアルバトロスという組織は知っているか。
休戦中、レナシミエントと何かコンタクトは取っていたか。
そしてメイシュウシティ周りについて何か知っていることは無いか。
それらに具体的な回答があることを期待しながらクリフはメールを見てみる事にした。
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From:クリフ・オーランド
To:クリフ・オーランド
Subject:質問の内容について
この端末に入っていたお前のメッセージを読ませてもらった。
俺は組織内のいちパイロットでしかなかったから全てを知っている訳ではないので、答えられる範囲で回答しよう。
まず、アルバトロスについてだが、存在自体は知っている。昔からあった組織だって事もな。当然だが、我々の組織も連中の動向については出来る範囲で確認はしていた。
だが、メイシュウシティ周辺で動いていた事は全くの初耳だ。連中の拠点はそこからもっと離れた場所にあるのは知っていたし、交戦した事も無い。アライアンスとの戦闘で大きな損害が出ている事も確認しているが、あの街に出入りしているなんてことは聞いたことが無い。
休戦中にレナシミエントの連中とのコミュニケーションは俺たちパイロット間では取っていない。もしかしたら上の連中がしていた可能性はあるかもしれないが、そこら辺は一切分からない。ただ、強く言われていたのはあの街には絶対に近づくなという事だ。俺たち下っ端はそれをあそこがレナシミエントのものだったからだと解釈していたが、どうも違うらしいな。
組織の拠点を作ったのは今から4か月前だが、あの街周辺で輸送機らしきものが降りていくのを何度か遠くから見掛けたくらいであとは知らない。あの戦闘でようやく街の中に入ることが出来たが、あんなに気味が悪いと感じたのは初めてだ。
休戦協定はレナシミエント側が一方的に突きつけて来たというのは又聞きではあるがそう聞いたのは覚えている。実際のところ、俺たちや二月同盟は奴らに押され気味だったので本音を言えばありがたい提案だった。
ついでに言えば組織がバーテックスについたのは上の連中の独断だ。休戦していたとはいえ、色々と限界だったと思う。その判断は否定しない。理想を追いかけるには足りないものが多すぎる。俺も限界だった。代償は大きかったがここで生きていく事を選択する。
知っている事はこれだけだ。参考になるかは分からないが、お前の仕事の足しになってくれればいい。
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「やはりこんなものか」とクリフは小さく嘆息。一介のパイロットに多くの事を望むのは流石に難しかった。それでも必要最低限の情報は得られた。それでひとまず良しとする。
これ以上は恐らく出てこないだろう。パイロットへはその端末を叩き壊すなり沈めるなどして処分しておくようにと、お礼の言葉と共に返信しておく。
ユーグ解放戦線はあそこにアルバトロスがいたという認識は無かった。二月同盟も同様だろう。そしてアルバトロスはメイシュウシティ近くで交戦が確認されたのを最後に動向が不明。
恐らくだが、状況からして彼らはメイシュウシティにいたMTの部隊によって壊滅したのだろう。情報通りの戦力であれば勝ち切るのは難しい。
あとは何故メイシュウシティなんかに来たのかだ。色々と考えられる。単に流れて来たか、勢力圏の確保か、それともレナシミエントと何かコンタクトがあったのか。いずれの可能性も否定は出来ない。関係者に聞いてみたいが、どこへ行ったのか全く分からない。
携帯端末に新たな通知。KDからのメッセージ。「もうすぐ着くよ」とのことだ。
ガル・パークを含む拠点の現状の確認ついでに事前に知らせておいたクリフのねぐらに物を渡す約束をしていた。
15分後、ドアのノックする音が聞えてきた。クリフは郵便受けの口を開ける。
「合言葉。ジナイーダの胸は──」
「──マナイータ」と知っている男の声。OKと言ってクリフはドアを開けると見慣れた丸い体格の男が立っていた。
「KD、よく来てくれたぜ。大丈夫だったかい?」
「言われたとおり、あちこち動き回りながらここに来た。つけられてはいないのは確認しているよ」
「そりゃ、よかった」とクリフは部屋に招き入れる。
「拠点はどうだった? この街に置いてあるのは確か4thベースだったか。中心部は見た感じ、結構酷かったけど」
「ベースが入っていたマンションに特攻兵器が突っ込んだらしく、崩壊していたよ……。機材は全部パァだね。予想はしていたけど、実際に見ると結構ショックっていうのがくるよ。あのベースには800から1,500コーム程掛けた超高性能端末を複数台保管させていたからね」
肩をすくめながらKDは溜息交じりに言葉に出す。
「他の街のベースは?」
「別のメンバーが様子を見に行っているけど、辛うじて残っていたか、ここと同じように崩壊していたってさ。でも避難中のメンバーと合流出来たって報告がさっきあった。これは良い報せでホッとしたよ。これで全てのベースは確認出来たかな」
うって変わって明るい声。同時に床へドスンと腰を下ろした。長時間歩いた所為だろう、体中から汗が噴き出していた。
「悪いね。何も出せなくて」
そう言いながらクリフは水の入ったペットボトルをKDに差し出した。
「構わないよ。君も災難だったらしいね。とうとう踏んじゃったか……竜の尻尾」
「ああ、寿命が縮んでいく感触をこれでもかと味わったね。10年くらいは軽く削られた。そんな感じがする」
「ダイワシティの1stベースを棄てた時、変装している僕が乗ったスクーターの脇をキサラギの公安の車が何台も横切った時は同じ気持ちを味わったよ。自分の心臓がそのま口から飛び出てしまうんじゃないかってね」
互いにいつ命を落とすか分からない者同士。ペットボトルの水であるが、蓋を開けて乾杯をする。
「そうだ、頼まれていた物、持ってきたよ」
KDは持っていたバッグからソフトケース取り出してクリフに差し出した。中にはノート型の端末と携帯端末。それにメモリースティックが1つ。
「”鍵通しMk-ⅩⅦ”と”ピースマスター”の起動ファイル。もし、君の端末では動かなかった場合に備えてプリセット済みの端末といつもの携帯デバイス。これで良かったかな」
「OKだ。代金は確認できたかい?」
「360コームの振り込みは確認出来ているよ。毎度あり。でも、これは多いな」
「いいんだ、帰りの交通費も含めている。手間賃さ」
「それはどうも」と言ってKDは右手を上げて分かったという意思表示をした。リサーチャー同士、持ちつ持たれつの関係はこういう小さなところで保たれている。
「パスコードと暗号解析ソフトをご所望だったのはやはり、あの端末かな?」
KDの視線が一瞬だけクリフのバッグに注がれた。バッグの空いた口から1つの端末が覗いている。
「ああ、色々とロックが掛かって見られねぇから、これが本当に必要だったんだ」
「相当な秘密主義の様だね、その端末の持ち主は。まさか……ヤバい情報が盛りだくさんとかじゃないよね?」
「そうかもしれねぇが、それは承知の上だ。まあそうだな……いざとなったら、そん時はドブ川に投げ捨てて全てを忘れるさ」
何かあった時の対応方法は既に考えてある。そうならないのを望むが、覚悟はしている。
「それよりもどうだい? この間渡した情報は役立ったかい?」
「今のところ32コーム分以上の価値があった情報だよ。アライアンスの情報が割と取りやすくなっている。まだ気が付いていないんだろうね。本格的な対策はまだ取られていないから、今のところは持ち逃げし放題さ。成功報酬と情報の売却料で結構儲けさせてもらっているよ」
クリフの問いにKDは嬉しそうに早口で捲し立てた。それを見て「良い取引が出来て何よりだ」とクリフはホッとした表情を浮かべる。
「そこでだね、クリフ。持ってきた情報からから幾つか面白いものをいくつか見つけたんだ。お礼と言ってはなんだけど、君にも情報を共有しておくよ」
バッグからタブレット端末を取り出したKDはそれを動かすとクリフに見せて来た。そこにはアライアンスが行った作戦報告書が表示されている。
アライアンスがバーテックスを含む反アライアンス勢力拠点への攻撃が主な内容ばかりだ。成否は様々。クリフは端末を受け取ってそれを眺めた。
「これはこれは……面白れぇな、この報告書」
報告書に共通して記載されているのはACと交戦したというもの。だが、交戦した機体は全てナービス領の紛争末期から特攻兵器襲来後に死亡が確認されたレイヴンを含むACパイロットの機体。
「最近、目撃多数の亡霊ACか。アライアンスが俺らリサーチャーに情報を求めていたが、向こうから来てくれているんだ。アライアンスにとっては願ったり叶ったりだな、こいつは」
「直近1週間でアライアンスが接触したのは13機。これまでの目撃情報の頻度からして、大分ハイペースだ」
「それにだ。幽霊は皆、上位から中位ランクのレイヴンか独立傭兵や企業軍でも名は通っている方のパイロット。どうやら低レベルなヤツらは蘇る資格が無いらしい」
クリフは報告書を1枚ずつ舐める様に読んでいく。そこには千態万状の姿を見せるACの画像がノイズ交じりで載せられている。
「それと、もうひとつ気になる点を見つけたよ」
KDは人差し指を上げてクリフをジッと見ながら言う。
「これら全てという訳では無さそうだけど、アライアンスは亡霊ACと遭遇した作戦後にレイヴンズアークと交信している形跡が見つかった」
「アークが……ここで出てくるか」
今もなお辛くも生き残っているアークもこの抗争の裏で動いてはいた様だ。組織の維持で精一杯に見えたが、ここ最近の動きは詳しく掴めていなかった。
「交信の頻度はそれほどないけど、結構強度の高い暗号通信を使っているね」
「考えられるとしたら、元所属のレイヴンの照会とかか? 死んだ筈のレイヴンが動いているんだ。アークからすれば何か掴みたいのか」
「いずれにしても今後はアークが亡霊絡みでアクションを起こす可能性がありそう。そんな感じがするよ」
ふと、クリフは自分の端末を動かした。先日、ヴィラスが戦死した筈のユウティエンの<レイニースワロー>と交戦したという報告を貰っていた。本人が調査は後回しで良いとメールに記載していたのと、ここ最近の忙しさですっかり忘れていた事に気が付く。
メールとそれに添付されていた資料を開くと、そこにはアリーナの中継で何度か見掛けたことのあるダークグレーの軽量二脚型ACの画像。
「カメラログだけじゃなくて戦闘ログもあるか。いいね」
クリフは口元を緩めた。ACのメインコンピュータには自機がどの武器を使用してどの様に動いたかというデータがログとして保存される。また、頭部戦術コンピュータが敵機情報を取得すれば、敵機の動きも同様に記録できる。相手の情報を知る場合に重要な情報となる。
「後は<レイニースワロー>の戦闘データがもうちょい欲しいくらいか」
対象の機体の武器の使用率や間合いの取り方など、挙動の傾向をこれまでのデータと突き合わせれば正体がある程度分かってくる。機体構成が大きく変わってしまえば判断が難しいが、画像の<レイニースワロー>の機体構成は撃破された事が公表される直前と同一だったのでその心配は無い。だが、クリフは自分が持っているデータだけでは少々心許ないと気が付く。
「KD、奴さんの戦闘映像って持っているかい? あれば買わせてもらうぜ」
「ああ、確かベースに過去35年分のアリーナ全試合の映像を入れたデバイスがあったね。確かユウティエンの試合って昔、君が大負けをしたあの試合も含まれているでしょ」
「おいおい、アレはもう忘れたいんだよ。思い出させるなって……」
KDの言葉にクリフは顔をしかめる。2年前の事だ。オーダーマッチでユウティエン対鳥大老の試合があり、直近の試合結果で判断して大穴狙いでユウティエンの勝利にクリフは掛けたが、健闘の末にユウティエンが敗れ、250コームの大負けをしてしまった事があった。
ひとまず頭を振ってその苦い過去は頭の隅に追いやっておく。
「全試合分まとめてだけど、5コームか500ドルでどうかな」
「実戦のも付けてくれれば、あと5コームか500ドル足すぜ」
「オーケイ。それも探して、あれば準備しておくよ」
KDは指でOKのサインを出すと、水を一気に飲み干した。
「じゃあ、僕はそろそろ行くとしようかな。帰りの便があるからね」
「おう、データの方は頼むぜ。届き次第、送金する」
互いに肩を叩き合ってKDは部屋から出て行った。クリフは大分短くなった煙草を灰皿に押し付けて消す。
窓の外を見やると雲が晴れて太陽が見えた。潮の微かな香りは相変わらず。耳をすませば波の音も聞こえてくるのではないかと思うくらいに静かだ。
本来であれば仕事に集中するには適した静けさだ。だが、今は何故か落ち着けない。メイシュウシティの一件に、亡霊ACの目撃多数。その末に薄らと見えてきたのは旧世代の遺産という言葉と特攻兵器の姿。
そして、ヴィラスが話していた黒いACパイロットからのメッセージが脳裏に沸き上がって来る。
──遺産はまだ生きている。
もしや亡霊はあの技術の一端を使っているのか……? クリフの頭にその可能性が浮かび上がる。無いわけではない。特攻兵器襲来後に確認された奇妙な事案はいくらでもある。それらが人の手に渡った旧世代の遺産であればやや強引ではあるが、今であれば納得できる。それを確信に近づけるにはやはりジノーヴィーの端末は必要だ。
“レヴェラティオ”と名前が付けられたファイルをはじめとする厳重にアクセスロックされたファイル群はそれらに関する資料なのかもしれない。ジノーヴィーが新資源絡みで何かあった筈だというのは端末内の資料で判明している。
「まずはブラックボックスの解析といこうか」
そう呟いてクリフはバッグからジノーヴィーの端末を取り出し、電源を入れた。のちに分かった事だが、この端末はレイヴンが取り扱う事を前提に頑丈に作られた特注品らしく、あれだけ激しく動いたにも関わらず、しっかりと動く。
パスコードを入れてログイン。自分の端末とケーブルを繋いで、さあ仕事だと新しい煙草を咥えた。
その時、窓の外から轟音。爆発の様だ。音の響きからして距離は少しあるか。窓が振動している。
「なんだよ、おい」
クリフは急いで立ち上がって窓の外を眺めると5キロ先程のビル跡から炎と煙が上がっている。中心部から少し外れた場所だ。すぐさま双眼鏡を取り出す。
「事故か、それとも……」
そう呟いた言葉の回答はすぐに出た。遠方から飛翔体が複数飛来して街の数か所に落ちる。先程と同様の轟音が遠くに響いてきた。どうやらミサイルらしい。
携帯端末を出してKDに連絡を取ってみる。まだあそこまでは行っていない筈だが、繋がらない。
「大丈夫か……」
飛翔体がきた方角に今度は複数の機影らしきもの。遠すぎてまだ判別つかないが、形状からして輸送機の様な気がした。恐らく先程のミサイルはあの機体からだろう。そしてあの中にはMTかACが搭載されている可能性が高い。
とりあえず、すぐに逃げられる準備をしなければならない。紫煙を吐き出して、火を灯したばかりの煙草を灰皿に押し付けると、床に広げていた端末をバッグに押し込んでおく。
これだけでOKとクリフは一息入れると、外から叫び声が聞こえる。外を見るとKDがこちらに向かって走ってきているのが見えたので「早く来い」と手招きをした。
1分後、ドアが勢いよく開き、KDが転がり込んできた。先程よりも汗が大量に噴き出していて、既に息が上がっていた。
「無事だったか、KD。とりあえずこれ飲んで落ち着きな」
クリフは水の入ったペットボトルを差し出すと、KDはそれを受け取るや、一気に飲み干した。
「……ああ、びっくり……したよ。……大きな音がしたもんで、特攻兵器が……落ちて……来たもんだと……思ったけど」
「どうやら違うっぽいぜ。多分ミサイルだ。何処の連中かは分からないが、輸送機が飛んで来たようだ」
再び窓の外を見やると、先程よりも形状がはっきりと見えた。機種はやはり輸送機の<C06-STORK>。そして後部ハッチが開き、MTらしき機影が降下していくのも見える。
「まさか、バーテックスなのかなぁ……あれは」
「どうかな? 都市部への攻撃なんて下手すれば世論全体を敵に回す。そんな愚行をジャック・Oが指示するとは思えねぇけど……ああ、ここからじゃ、ちょっと分からねぇな。なんにせよ好まざる客ってヤツだ」
遠くでホバー音らしき音が複数。それは街の中心部に向かっている様だ。
「シティガードはどうしちまったんだ? 迎撃出来ねぇか……」
「街の中じゃ避難民を巻き添えにしちゃうからね。迂闊に発砲できないよ。街の外周からであれば対処出来ただろうけど、空から一気に攻められれば……」
「並みの連中であればそんな事やらねぇけど、こいつらは躊躇せずにしたって事か」
双眼鏡を下ろすと、クリフはまた新しい煙草に火を点ける。そして大きく紫煙を外に吐き出して、ポケットから携帯端末を取り出した。
「あの輸送機を所持している組織はどれだけいたかだな」
「あの大きさだからね。アライアンスとバーテックス……それに加えて中規模クラスの組織が3、4くらいのはずだけどなぁ。それでも1、2機が精一杯だよ」
「ああ」とクリフは携帯端末を見ながら応える。「KD、お前さんの言う通りだ、現在確認されている”ストーク”を保有しているのはアライアンス、バーテックス含めて5つだ。まあ、これは1週間前の情報だから変わっているかもしれねけど」
外からはサイレン音も混じり、先程まであったはずの静寂は破られていた。
「まずはここから出ておくか。動けるかい?」
クリフは唯一の荷物であるバッグを背負い、KDを促す。
「まあ、なんとかね。でも身体が休む暇ないよ。最悪のタイミングだ」
「とはいえ動かなきゃ、いつ巻き込まれるか分かったもんじゃねぇからな」
重い身体を動かして、KDもクリフの後に続いて部屋から出る。
外に出ると遠くで幾つもの炎と煙が上がっているのが見えた。外部スピーカーからだろう。遠くて聞き取れないが、何か言っている様だ。状況からして襲撃者からのメッセージだと2人は察した。だが、突如平穏を乱した来訪者の声に好意的に耳を傾けてくれる者が到底いるとは思えない。
「さて、どうしようか」
「使えるか分からねぇが、ここから東へ18ブロック先にシェルターがあるらしい。そこ行くか」
「中々距離があるね」
KDは少しげんなりとした表情を見せる。クレストの都市は他の企業管轄都市に比べて景観よりも機能を優先する傾向があり、ブロックごとの距離も決まっている為、距離が判りやすい。
「こっちに弾が飛んできちまうよりはマシだ。そこで情報収集が出来ればやろうか」
「確かに。そうしよう、僕たちが最前線だ」
リサーチャーの性分はこの状況でも忘れてはいない。金になりそうな情報が出てきてくれるのではという期待感の方が膨らみかけているのを実感する。
その時、視界の端に見慣れない車が停まっているのが見えた。
(来た時にあったか……?)
一瞬だけそんな事をクリフは考えたが、再び聞こえて来た轟音がまずは逃げようという思考に戻し、瓦礫がまだ残っている道へ足を進めさせた。
風に乗って漂って来るのは既に潮の香りではなく硝煙の臭い。
ある意味では嗅ぎ慣れた臭いであったが、出来れば暫くは嗅ぎたくはなかった臭いであったとクリフは先程までの香りを懐かしんだ。